第849話・彼女について知っている二、三の事柄
中央本部兵の王寺に殺された犬上の話をすると、わずかに動揺したようだった。
「……何か知っているようですね?」と、俺。
「し、知らねぇよ。その事件があった時、俺は雑務に回されていた。知るわけがない」
「王寺さん……」と、美咲が歩み寄る。
「な、何だい? お嬢ちゃんには教えてあげると思っているのかい?」と、王寺はややだらしない顔になった。
「教えてください」と、美咲。
「教えて、教えて~。」と、雛季も姉に倣ってお願いする。
「先生が犯人にされちゃいそうなの」
「先生が……?」と、王寺は眉をひそめる。
雛季はまだ続けるが、彼女の話では要領を得ないと判断したのか、美咲の方に視線を移す(王寺のその判断は正しいだろう)。
「は、はい。ちょっとこんがらがった話なんですけど……」と、美咲はかいつまんで話した。
「そう……。しかしなぁ」と、王寺はそれでも言い渋る。
「さっき教えてあげるっていう言い方をしたってことは、何か知っているんですね?」と、俺は詰め寄る。
「くっ……お前は黙ってろ!」と、俺にだけ冷たい言葉を投げる王寺。
「王寺さん、ご協力お願いします」と、美咲が瞳で懇願する。その後ろで雛季も可愛らしく何度も頭を下げる。
「……ああ~」と、王寺は頭をクシャクシャに掻いてから、「ここじゃ目立つ。ちょっと来い」と手招きし、通りを歩き出した。
礼を言って、俺たちも後をついて行った。
少し人混みから外れた植え込みの前に座った王寺。その横に俺たちも座った。
「初めに言っとくけど、その生徒の死やお前らの先生が疑われている事件のことではないぞ?」と前置きしてから、王寺は話し始めた。
「俺がさっき反応してしまったのは、『エイト剣』の裏での売買って話が、ちょっと俺と関係しているからだ」
「ああ! ……あんた、中央本部の『エイト剣』を横流していたのか? それがバレてこれまでの任務を……」
「いや、待て! お前は勝手に進めるな!」と、王寺は俺の頭を叩いた。
「いてっ……」
「横流ししてペナルティを受けていたわけではない! 俺はただ、『エイト剣』を回収して『キャッスル』に運ぶ任務に就いていただけだ」
「『エイト剣』を回収……。ああ、『8ビギンティリオン』はある程度の強化がされたら回収されるんでしたね?」と、美咲が言った。
「また新しいのに交換されるんだったな? 最悪だな、せっかく鍛えたいのに」と、俺は呟く。
「お金はもらえるらしいけど。それと、相当鍛えられた物しか回収はされないらしいけどね」
美咲がそう答えてくれるが、王寺が途中で止めた。
「ああ~、まぁ、俺が回収していたのは、一般の剣士たちのそれではないんだ」
俺たちは小首を傾げて王寺を見る。
「『神々の黄昏』内の闘技場で使われた『8ビギンティリオン』だ。あそこでは年がら年中それらを使った闘いをしているから、一般の剣士たちよりも強化が早いんだ」
「強力なエネルギーを持つ魔溜石を集めるのはわかるが、強化された『エイト剣』や『エイト弓』を回収するというのは、やっぱり市民の力が中央本部を越えないようにするためなんだろうな?」と、俺は独りごとのように呟く。
「そういうことが訊きたいのか? それなら話はやめるぞ? と言うか、俺もその辺の意図は知らないし……」と、王寺が眉間にシワを作った。
「ああ、いいえ、そのことよりも、先ほどの話を続けてください」
美咲が取り繕ってから、俺を鋭くにらむ。俺は肩をすくめて黙った。
話自体が退屈だからか、雛季は「アハッ、怒られた」と、そんなことでも笑う。
「えっと……で、ある日俺は『闘技場』から強化された『8ビギンティリオン』を運ぶことになった。先任の人が体調を崩して、代わりに俺が任されることになった。長田さんよりも先に出世の道が開いたと言ってもいい。しかし……くそっ!」
「どうしたの? オジさん……じゃないや、王寺さん?」と、雛季。
「ああ、いや、今でも腹が立って……。俺が初めて『大型マレンゴ』で『闘技場』へ剣などを回収に行って、『キャッスル』に戻るその途中だ。近道と思って、雑木林の中を抜けたのが間違いだった。そこで突然……女に襲われた」
「女?」
「そう。防具の上にすっぽりフード付きのマントを被った長身の女だ。しかし俺も、中央本部兵の意地がある。何とか抵抗した。相手にしても予想以上に時間が掛かったのだろう、フードで見づらかった女の顔も見え、焦りの色が見えたな」
「……でも、やられそうな流れだな」と俺が呟くと、王寺は舌打ちした。
「やられたよ……。『エイト剣』十数本まとめて持って行かれたんだ。恥ずかしくて、中央本部の奴以外には言えなかったのさ。……でもな、知っての通り、女だからって強い奴は強いんだ! もちろん、こっちは突然やられたということもあるし」
王寺は言い訳するみたいに言った。
「わかります。相手は相当な魔法剣士ということですね」と、美咲もなだめる。
「ああ、かなりの奴だ。で、そういうことがあって、おかげで減給、部署も移されてしばらく雑用だ。でもな、俺だけじゃないんだぜ? 実は少し前から『エイト剣』を狩られる事案が増えていて、中央本部兵も何人か取られているって話だ」
「他にも……。全部、その女がやったのか?」と、俺は目を丸くする。
「大概、雨が降っている夜、暗がりで、しかもいきなり襲ってくるから、俺みたいにはっきりと相手の顔を目撃した者は少ないんだが、マントをしていたとか長身で細身という点は共通している。中には俺と同じように、女の顔、もしくは女っぽい顔だったと証言している奴もいて、同一犯だと見られている。あと、持って行くのが『エイト剣』に限られているという点も同じだったな」
「『エイト弓』の方は奪わない? 『エイト弓』だって裏で売れるんでしょう? それだけ強い奴なら、『エイト弓』士には極端に弱いってこともないだろうし」と俺は首を傾げ、雛季も「むむ~」と考える(フリをしている)。
「そもそも狙わない。俺の時は、たまたま『エイト弓』も幾つも持っていたんだが、それは全部破壊された状態で後から見つかった。数十本の『エイト剣』は見つかっていない。それだから、『エイト剣』だけを専門に売りさばいている奴なのか、あるいは売りさばく以外にも目的があって『エイト剣』を狩っているのか……」
「う~ん……犬上も、そいつに殺られたのか?」と、俺は頭を傾げる。
「そう言えば、彼も雨の日に殺されているね」と、美咲も言った。
「ああ、確かにそういう話だったな」
「教師の事件の方は知らないけど、その生徒は、その女に殺られた可能性は高いだろう? 結構いい情報だったんじゃないか? 感謝しな、お嬢ちゃんたち」
「あ、ありがとうございます」
「ありがと~、王寺さん!」と、琴浦姉妹は礼を言う。
「少し喋り過ぎたな」と言って王寺は立ち上がった。
「ちょっ、待ってくださいよ。その女の特徴、もう少し教えてくださいよ」
「うん、教えて、教えて~」
俺や雛季がそう頼んでも、「もう行くんだ。忙しいんだよ」と渋い表情で返した王寺だったが、美咲と目線が合って「お願いします」と言われると、歩を止めた。
「う~ん……俺も中央本部の人間ももちろん調べて、それらしき人物は事情聴取したけどね、結局見つからなかったんだぞ? それでも知りたいって言うなら教えてあげてもいいけど、君のために」
「お願いします」と俺が言うと、「お前じゃない!」と、王寺は俺を押しのけた。
俺の後ろにいる美咲が「小さなことでもいいので、お願いします」と言った。
「お願いなの!」と、ついでに雛季も言う。
王子は少し照れた様子でうなずき、答えた。
「うん……。ちらっと見えた髪が水色の、多分30手前ぐらいの女で、左目の下に二つのホクロが並んでいたんだよ。あとは女性にしては長身。それぐらいの特徴だ」
「髪が水色……この世界でも珍しい方だな」と、俺は呟く。
「あっ! 喫茶店の鈴音ちゃんが髪の毛、水色なの!」
「去年卒業した色麻さんもそうだったね」と、雛季に次いで美咲が言った。
「でも、二人とも長身ではないな。むしろ小柄だ。目の下に目立ったホクロもないよな?」と、俺。
もちろんそれ以前に、彼女たちがそんな犯行をするわけがない(色麻さんについては5%ぐらいあるかもしれんが)。姉妹もとりあえず名前を出したに過ぎない。
王寺がまた口を開く。
「髪の色は変えているかもしれんしな。俺たちは、どちらかと言うと長身と左目の下の並んだホクロを持った女性を捜した。そして各地から数名の該当者を引っ張ってきたが、みんなそもそも魔法能力が認められなかった。俺も面通しで犯人とは違うと思った。……だから、お前らだけではもう捜せないと思うぞ? それこそまたあの女が事件を犯さん限りは」
悩む俺たちを残し、王寺は今度こそ本当に去って行った。
一旦『ビッグドーナツ』の部屋に帰った俺と琴浦姉妹は、相変わらず目の保養……いや、目に毒となる薄着姿でくだらない話をしていた鹿角や玉城たちに、表で王寺から聞いた話をした。
そして、この後も暇な俺たち(鹿角と桜川とミュウ&トラヒメが加わった)は、『南西部エリア』にある天川をはじめとした情報屋の寄り合い所を訪ねることに。
確かに、中央本部の捜索でも見つからなかった相手を俺たちが短期間で見つけることは難しい。
だが、中央本部の捜索には一つ足りないものがあって、それが情報屋からの情報だ。
中央本部は自分たちにとって良くない情報も流す彼ら情報屋の存在を、基本的には良く思っていないし、自分たちの方が持っている情報量も多く捜査体制も優れているという自負もあってか、彼らを頼ることは少ない(よっぽど大事な捜索の時には裏で協力を要請あるいは強要することもあるらしいが)。
そのため今回も、情報屋からの情報は得ていない可能性が高い。
天川たちに頼めば、王寺たちも得られていない情報を得られることがあるかもしれないのだ。
そしてその期待に、天川たちは応えた。
30分ほど待たされ、当然情報料も払うことにはなったが、彼らは水色の髪の女、左目の下にホクロが並ぶ女の写真と名前などが書かれた紙を、たくさんの資料の中から引っ張り出してきたのだ。
「多分その女じゃないか? 身長は162、3らしいから、とりたてて長身と言うほどでもない気がするが、まぁ、左目の下の並んだホクロってのは合ってるし」
天川はどこか誇らしげな顔つきで言った。
写真を見て、俺たちも「なるほど」、「条件は合っているね」などと納得した。
「名前は、朝倉舞彩……『ローエングリン』所属」と、美咲が写真横の文字を口にしていく。
と、鹿角が「ん?」と視線を宙に向けて何かを考え、そして「朝倉……!」と大きな声を出した。
「な、何だよ、ビックリするなぁ。知っている人なのか?」と、俺。
「雛季は知らないなぁ」と雛季は頭をクリクリいじりながら呟く。
鹿角はやや早口で続けた。
「この人ってもしかして、海水浴の時の、例の廃屋に出る幽霊の……」
「た、確かに、同じパーティーの人は朝倉さんと言っていたけど……」と、美咲は混乱気味だ。




