第848話・それぞれの、ヒビ割れた日々 ≪キャラ挿絵≫
香取先生が人を襲ったという疑惑が生まれた……。
先生と再会するのは夏休み明けになりそうだと思っていたが、3日後に出会うことができた。
街で偶然砥部先生に会い、砥部先生が連絡を取ってくれ、その翌日、『牙』近くのカフェで香取先生と会えたのだ(俺たちの方は、3日前のメンバーから鮫川を抜いたメンバー)。
3日前の出来事をかいつまんで話すと、香取先生もはじめ驚きを見せた。その表情に偽りはないように見えた。
「……『PHOTO』と言う魔法で写真を……なるほど。しかしそこに僕が写っていたなんて、それはおかしなことだ」
「そ、そうですよね。何度も言いますが私たちも信じているわけじゃないんですよ、ハハハ……」
「そうです。ただ、写真がその~……先生でしたから変だな~って」
鹿角や青葉たちがぎこちない笑顔で言う。
「雛季も先生はそんな悪いことしないって信じているの。でも、カケル君が信じてなくて」と、雛季。
「お、おい……俺も基本的には疑ってないって!」と、慌てて訂正する。
「いや、いいんだ。ただ、僕はその日、そのエリアには行っていない。まぁ、証明はできないけど……」と、香取先生は儚げに微笑む。
「先生……。あの、カケル君が言うには、休み前、犬上さんの件を話していた際、何か考え事をしていたようですけども?」と、鹿角が訊きづらそうに言った。
「また俺が疑っているみたいに……」と、俺は頭を抱える。
香取先生は小さく溜息をついてから、「ああ、そのことか」と言った。
「……亡くなった犬上君の名誉のために黙っていたんだけど、君たちにだから、話そう。実は、彼が亡くなる少し前の時間だと思うけど、僕は夜道で彼に襲われたんだ」
「ええ?」
「犬上って人が? 先生を?」と、美咲をはじめ一同目を白黒させた。
「そうなんだ。通りの前から彼が歩いて来て、挨拶をしようとしたら、いきなり剣を振り下ろしてきたんだ。僕も慌てて剣を抜いて対抗した。そうしながら、何か僕が恨まれることをしたのか、訊ねた。時として自分では気づかないことが実は相手を傷つけたり怒らせたりしていることはあるからね。しかし何度問い掛けてもそれには答えず、がむしゃらに襲ってきた。僕は必死に逃げ出すしかなかった」
「先生でも倒せんかったんか?」と、鳩ケ谷が不安げに問いかける。
「恥ずかしながら、このままでは負けると思った。いきなり襲われたのでなかなか心が整わなかったということもあるけど、その時の犬上君は学校での彼とはまるで別人で、表情もそうだったけど、剣士としての能力も……」
「その後、犬上さんは犬上さんで別の何者かに襲われた?」と、鹿角。あまり納得がいっていない顔つきだ。
「そうだ。それを聞いて驚いたよ。彼と次会ったら、襲った理由を問い詰めようと思っていたんだが、答えが出ないままになってしまった……」
香取先生は抱えていた頭を掻き乱した。いつも穏やかな先生には珍しい姿だ。
「先生……」と、さすがの雛季も寂しげな顔をする。
香取先生はコーヒーに口をつけ、一息ついてから、自嘲的な笑みをこぼす。
「しかし、犬上君の件を信じてもらえても、僕に襲われたというその男の件はどうしようもないんだろうね。その人がなぜか僕が襲っているところを目撃したと言い、証拠の写真を取っていた……。もちろん僕自身はやっていないと言い切れるんだけど、人に信じてもらうのは苦労しそうだ……困ったな」
「雛季は先生、信じるよ~」
「わ、私も信じます」
「力にはなれないかもしれませんが」と二宮や桜川も言い、美咲たちも続いた。
「何か、犬上さんの件と今回の件は絡み合っていそうな気がしますね」と、鹿角が顎に手を添えながら言った。
「『個人戦』で連敗中の犬上さんは新たな『エイト剣』を手に入れようとしていて、裏で剣を捌く危険なグループと接触して命を落とした可能性が高いと思うんですけど、その前に先生を襲ったのは……それを邪魔されそうになったから?」
「裏で売られている『エイト剣』を使うのは校則違反、とか? それを知っていたから犬上は、先生に見られてマズいと思ったとか?」
俺は自分の『エイト剣』も裏ルートで手に入れているため、やや弱々しく言った。
「そう」と、鹿角が続く。
「その場で会っただけならごまかしたのだろうけど、直前に『エイト剣』入手をしていて、その場面を目撃されたと思った」
やや強引に話を進める鹿角に、当の香取先生が首を傾げる。
「入手方法が危険という意味では学校も注意事項とはしているが、ただそれで、少なくとも一発退学処分なんてことはないんだけどね……。つまり、僕に見られたとしても、あそこまで殺意のようなものを持たなくていいと思うんだけど。それに、顔ももう少し隠していてもよかったんじゃ?」
「それは、犬上さん本人にしかわからないですけど……とにかく、マズいと思って先生を襲った。その後、彼は『エイト剣』を売っていた連中に襲われた」
「瀬戸君や鮫川君が入手した時も、あとから襲われたんだったよね?」と、青葉。
「うん。売っているのはやっぱり悪い人が多いから……」と、美咲が答える。
鹿角はうなずいて、続けた。
「先生の話を信じて先に進めると、私たちを襲ってきたあの男もそいつらと関係があるんだと思うな。犬上さんを殺したことがバレて、さらに『エイト剣』を裏で捌いていることが中央本部にバレたらマズい。だから、香取先生に犬上さん殺しの濡れ衣を着せようとしている」
「何で香取先生がターゲットになったんだ、名探偵?」と、俺は訊いた。
鹿角は少し不愉快そうな表情をして、応じる。
「もしかしたら、あの男は犬上さんが香取先生を襲った場面を見ていたんじゃない?」
「犬上って奴が先生に剣を買うところを目撃されたと思って自棄になったというのなら、まぁ、その近くに『エイト剣』の売人がいてもおかしくないからのぉ」
「そうよ、鳩ケ谷君。鋭いじゃない」と、鹿角は鳩ケ谷の頭を撫でた。
「竹の花が咲くように、120年に1回ぐらい鋭いこと言うんだよ、鳩ケ谷は」と、俺。
「やかましい! と言うか、もっと撫でておくれ、鹿角ちゃ~ん」
甘えた声を出す鳩ケ谷を押しのけ、鹿角は続けた。
「その売人の中に、あの男もいたのかもしれない。そして香取先生のことも知った。どういう事情か犬上さんを殺してしまった彼らは、香取先生を利用しようと考えた」
「じゃあ、あの人が言う話はでっち上げで、向こうの人の中で殺された人はいないってことなのね?」と、美咲が首を傾げつつ訊く。
「そう。香取先生を殺人も厭わない冷徹な人間、もしくは感情を爆発させることがある人という印象を、生徒たちに残そうとしたのよ。そして後に、犬上さん殺しの濡れ衣も着せるつもり」
「やや強引な推理な気がするけど、僕のことを信じて言ってくれているのは感謝するよ」と、香取先生はまた固い笑顔を見せる。
「しかし、君たちが見せられた写真も、その人が作った偽物ということかい?」
「『PHOTO』と言う魔法で撮られているのは間違いないかもしれませんが、襲われながら撮ったというのは嘘でしょう。おそらく初めに先生を見た日に、こっそり撮られていたのだと思います。その男は魔法剣士ではなかったですが、仲間には魔法剣士がいるでしょうからね」
鹿角は言った。
「どこか無表情のように見えたのは、隠し撮りされているからかもな……」と、俺も少し納得した。
「だから、先生が悪くないってことだよね? よかったね、先生」と、雛季は笑顔を見せる。
「ありがとう、信じてくれて。まぁ、でも、いつか衛兵や中央本部兵が事情聴取に来るだろうから、まだよかったとは言えないけど……君たちの意見は参考にさせてもらうよ。それと、そのことは学校側にも話して、独自に調査してもらう。自分の写真が独り歩きしていくのは気味が悪いからね。もちろん、犬上君の件も合わせて」
香取先生は最後には笑顔で店を出て行った。
しかしその笑顔にはまだ陰りが見えた。
「私たちも、何かできることがあれば協力してあげたいね」と、閉まったドアを見つめたまま美咲が言い、雛季や桜川たちも同調する。
「し、しかし、協力と言ってもできることなんてあるかのぉ?」と、鳩ケ谷は厄介事に巻き込まれたくないようで、憂い顔だ。
「そうだな。『エイト剣』を売りさばいているグループと接触を図るぐらいしか……」
俺がそう言うと、「それは~……」と美咲たちもさすがに難色を示した。
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結局、何もできないまま3日が経った。
『ビッグドーナツ』の近くの商店で買い物をし、その帰り道。俺と琴浦姉妹は、思わぬ人に出会った。
「あっ! あんた……」
俺が大きな声を出すと、その金髪の男もこちらに気づき、数秒固まってから舌打ちした。
「何だ、ビックリさせんな」
「そんなに驚いて、何かやましいことでもしていたんですか? 万引きとか?」と、俺は皮肉っぽく言った。
「そんなことしてねぇよ。ただ、今年は酷い一年でね……憔悴しきってんのさ。と言うか、この格好見てわかるように、俺はまだ中央本部の人間なんだ。気安く話しかけてこないでもらいたいな」と男は、赤と黒を基調にした防具を叩いて言う。
「えっと、カケル君……もしかして、この人……」
「誰~?」と、美咲に続いて、溶けかけのアイスキャンディーを必死に舐めながら雛季が訊いてくる。
「例の、『キャッスル』で俺を詰問していた一人、王寺って人だよ」と、俺は言った。
「詰問という言い方はやめてほしいな。俺たちなんて優しい部類なんだから」と金髪の男……王寺は苦々しく言った。
「オウジ? 王子様? あ、何か聞いたことある名前」と、まだわかっていない雛季に対し、美咲は何度かうなずいた。
「ああ、やっぱり。カケル君を初めて迎えに行った日、少し見ていたから、何となくわかりました。でも~……」
美咲は何か言いたげに俺を見た。
俺は彼女が言いたいことを、王寺に向けて言った。
「職場を移されたらしいですね? 何かヘマをやって」
「チッ……。そう言えば、この前、長田さんと会った時に言われたな。瀬戸カケルがお前のことを訊き回っているって……。やめてくれないかな、そういうこと」
王寺は友達の家の料理が口に合わなかった時のような引きつった笑みを漏らす。
「あ、あの人か」と、今頃雛季も思い出す。
そんな雛季を呆れたように見てから、王寺は続けた。
「俺が死んで魔獣人になったと思っていたらしいな? そんでお前らの仲間を殺した? 残念! この通り生きているよ。イキイキとはしていないけども……」
「すごい似ていたんだけどな……。魔獣人に親戚もいない?」と、俺。
「質問が逆だろ! 親戚が死んで魔獣人になっていないかって言うのならわかるけど……。それもいないけどよ!」と、王寺は細い眉を吊り上げる。
「ごめんなさい、王寺さん。カケル君の勘違いのようで。ほら、カケル君、もう行こう」
俺が中央本部兵の王寺に対して無礼だから内心冷や冷やしていたのだろう、美咲が袖を引っ張ってくる。
「あ、ああ。だが、ついでにちょっと訊いておきたいことがあるじゃないか? せっかく知り合いの中央本部の人に会ったわけだし」と、俺は言った。
当然王寺の方はサボテンを食ったみたいな渋い顔をして言い返す。
「だから、馴れ馴れしくするな。俺はお前らのことなんか何も知らん」
「時間は取らせませんよ。夏休み前に『牙』生が『ゴブレット』内で何者かに殺された事件、知っていますか?」
「……それが何だよ? 夏休み前って、お前たち学生の基準で言うなよ? 俺にはまとまった夏休みなんかないんだ」
「ああ、すみません。とにかく、その殺された生徒は、どうやら新しい『エイト剣』を入手しようと、剣を裏で売っている連中と接触しようとしていて殺されたらしいんですね」
王寺の表情が一瞬曇ったことに俺は気づいた。
この男、何か知っているんじゃないのか?
俺は姉妹の方へ目線を送った。もちろん雛季はつまらなそうに話を聞いているだけだが、美咲は王寺の変化を感じ取ったようで、合図のような首肯を見せた。
「……ああ、そう」と、王寺の声はあきらかに上ずっている。
【挿絵】左から鹿角、香取先生、雛季




