第846話・敗者復活の歌
志木の『BATTLE』という特大攻撃魔法に、東御の特大攻撃魔法・『LION』がぶつかった。
しかし『LION』がどんどん削られて行き、弱まっていく。
それを感じ取って、二宮が『エイト弓』を構え、魔法を放つ。
「パイル・オブ・アイロンッ!」
【PILE(=堆積、山)・二宮所持魔溜石、B、C、『E』、H、『I』、『L』、N、『P』、S、Y】
リリースされた『矢』は落ち、代わりに黄緑色の気が飛んで行って、俺や東御の前に『山』を作って行った。
『LION』が壊された丁度その時、二宮の『PILE』が完成。今度はその防御魔法の壁に『BATTLE』が何発もぶつかって行く。
「いつまでそうしているんですか、先輩!」と、二宮が自分の近くまで戻ってきた『矢』を拾いながら、険を帯びた顔で叫んだ。
「わかっているよ!」
俺はヌルヌルの気の上で生まれたての子鹿のように立ち上がって、気持ちを整え、ゆっくり『エイト剣』を地面に向けて振った。
直後、二宮の『PILE』も壊された。
東御は横に転がって、突破してきた『BATTLE』の光線から逃げる。
そして、俺のもとにも『BATTLE』の数発が。
「ライズ・オブ・ファイターッ!」
【RISE(=上昇)・カケル所持魔溜石、A、『E』、G、H、『I』、N、P、『R』、『S』、T】
ギリギリのところで真上へ飛び上がった。
10メートルほどの高さまで行き、少しの滞空時間。
その間に、俺はまた唱える。
「セット! グラフ……」
【GRAPH(=図表、グラフ)・カケル所持魔溜石、『A』、E、『G』、『H』、I、N、『P』、『R』、S、T】
『GRAPH』で攻撃力を上げる(代わりに下げるのは防御力と発動距離あたりでいいだろう)。これで、終わりにするつもりだ。
落下が始まる前に、銀に光った剣を振り下ろした。刀身を包む光は途中から赤く変わって、炎も伴う。
「……アーレス・ストライクッ!」
【ARES(=軍神、アーレス)・カケル所持魔溜石、『A』、『E』、G、H、I、N、P、『R』、『S』、T】
紅蓮の気が落ちて行った。『GRAPH』で攻撃力も上がっているから、周囲に広がる明りはいつもより大きい。
対して志木は『STOLE=えり巻き』を発動、黄緑の光に包まれた。
そこへぶつかって行った『ARES』の紅蓮の球は一瞬揺れた。押さえられる予兆のような揺れ……。
だが、すぐに『STOLE』が砕けた。
「な、何ぃ……」と、志木が目を見開く。
いくら『ARES』が特大攻撃魔法とは言え、自分の防御魔法ならばある程度押さえ込む時間が持てる、その間、剣を構え直すか、横へ逃げるつもりだったのだろう。
しかし、『STOLE』はあっさり壊され、その上ほとんど削れることなく降って来たのだから、志木も想定外だっただろう。
「がはあああっ!」
断末魔の叫びを上げ、火の尾を伴いながら飛んで行った志木は、真後ろの大木にぶつかった。
木は折れて奥に倒れる。
志木自身は煙に包まれながらうつ伏せに倒れた。破損した肩甲と流線型のサングラスが転がった。
志木はうめきながら土を掴むが立ち上がれない様子だ。
俺は地面に下り立つと、剣を構えながら志木に歩み寄った。
「もらうぞ、魔溜石……ん? あんたはまだやる気か? その格好で」
視界の隅で少し動いた宮代に声を掛ける。彼女はまだ防具を直せておらず、胸がこぼれそうだ。
「わ、私はもう……。こんな激しい争いになるなら、石一つぐらいくれてやるわ!」
宮代はそう言って、俺から距離を取った。
彼女の警戒は東御たちに任せて、俺は倒れる志木に歩み寄った。先ほどこの男が魔溜石をしまった腰の袋を漁る。
「てめっ……」と血の混じった唾を吐いて言った志木の、腕を払い、魔溜石の一つを手にした。
「初めから横取りなんてしなければよかったものを」
「横取りは……てめえらの方……」と志木は、その露わになった鋭い目でにらみつけてくるが、それ以上抵抗はできなかったようだ。
俺は後ろ向きに歩いて、彼らから離れる。逆に宮代は、ゆっくりと志木に近づいて声を掛ける。
「……?」
その時だ。左手の林から大きな葉擦れの音がした。
俺や東御が視線を向けた時には、双方の魔溜石ランプが作り出している仄かな灯りの中に、幾つもの人影がが入って来ていた。
その者たちは、防具をし、剣や弓も携えている。
「ここにいたのかい、志木さん、宮代も」と、男の一人が言った。
『プライド』のメンバーらしい。俺は舌打ちし、東御に小さく声を掛け後ろに下がった。
「て、敵……?」と、二宮。
「に、逃げよう」と、青葉。二人は俺たちのさらに後ろにいる。
「その状況……こいつらにやられたのか?」
男たちに問われた志木は、しかしやられたとは認めず、ただ「さっきの死詩人の魔溜石を横取りされた。取り返せ!」と叫んだ。
「何? 本当か?」
「おい、お前たち……」
『プライド』の者たちがまだ戦闘準備をしていないうちに、俺たちは走り出した。
廃屋の向こう側に回って少し行けば、美咲たちが待っている。とにかくそこまで逃げるしかない。
しかし……一番後ろを走る俺の足を、青白い気が薙ぎ払った。防御力が落ちているせいだろう、やけに脚が痛む。
「ぬわあっ!」
「瀬戸君? ま、待って! 陽香莉! 遥ちゃん! 転んだ、瀬戸君が!」
「ええ? な、何しているの~?」と、先頭の青葉。
「少し見直していたのに……やっぱり頼りないです、先輩」と、二宮も頬をふくらませて速度を落とす。
俺の足を薙ぎ払った男が接近してくる。こいつは相手集団の端にぽつりといたため、逆に一番先に追って来られたわけだ。
ランプの灯りによって、相手の顔が見えた。
「……お、お前……どこかで」
何となくその顔に見覚えがあった。
ただ、じっくり思い出している暇はない。俺は素早く立ち上がって、右手の剣を発光させた。
防御力は落ち、魔法発動範囲も狭まっているはずだが、攻撃力は上がったままだ。先手必勝。攻撃魔法をぶつけて、相手が怯んだうちにまた逃げよう。
「パーフェクト・ヒットッ!」
【HIT(=打撃の当たり、命中)・カケル所持魔溜石、A、E、G、『H』、『I』、N、P、R、S、『T』】
振り下ろした刀身から、いつもの『HIT』よりも大きく明るい気の『弾丸』が射出された。
相手は剣を構え、それを防ぐ。青と黄緑の光が混じり合って散っている。
その光輝によってよく見える相手のその顔……。そして防具にある刻印……。
そうだ、こいつは……。
直後、『HIT』は夜空へと流された。消滅こそされなかったが、あっさりと逸らされてしまったのだ。
男がにたりと笑って、今度は攻撃魔法を放ってくる。
「……ぶはああっ!」
「瀬戸君っ!」
「ハァ~……」
宿の大部屋の隅で横になっている俺は、溜息をついた。
「……カケル君。何度も言うけど、魔溜石を取られたからって……」
美咲が膝を進めて寄って来る。
「いや、そういうわけじゃなくて……」と、俺は上体を起こした。治癒魔法を受けてだいぶ良くなったのだが、まだ少しクラッとした。
「まったく、君もプライドが高いよね」と、鹿角もにじり寄ってきた。
「プライドだけな。俺なら奪われていなかった」
開いた戸の奥の男子部屋にいる鮫川も、わざわざ大きな声で割って入った。
「そうじゃぞ。あまりに遅いということで、ワシらが見に行っていなければ、あのままあいつらにやられていたんじゃないか?」
「カケル君だけならトモカク、陽香莉やアンジェリーヌや遥ちゃんが大ケガしてしまっていタラ、ドウするノ?」
非難してくる鳩ケ谷や玉城に、俺はジト目を向ける。
「お前たちは何もしてくれなかったと思うが?」
そう、俺が倒されたあの後、美咲たちが集団でやって来た。
志木をはじめ『プライド』の連中はそれを見て退散した……と言うか、その段階ではすでに俺から死詩人の魔溜石を奪っていたため、それを持って立ち去っただけだが。
俺を倒したあの男も一緒にいなくなった……。
それから俺たち4名は治癒魔法を受け、みんなと共にこの宿へ帰ってきた。
しかし、あの時、鳩ケ谷や玉城はビビっていて、一団の最後尾にいて何もしてくれなかったので、彼らに責められるのはなんだか納得がいかなかった。
「……魔溜石のためにムキになったのは悪かったよ。それは反省している」と、俺は呟く。
その点は美咲や二宮に泣き顔で注意され、実際反省している。
「ただ、あいつと差が開いていて……」
「もう~、そんなことで落ち込んでいるの? 反省していないじゃない」と、美咲はまた憂いの帯びた顔で言った。
「そうよ、カケル君。相手は『プライド』でしょう?」と、窓際で涼んでいる松川姉さんが言った。
「それに、途中までは勝っていたわけだし。後から向こうが増えて、やられちゃったけど」と青葉も言い、隣で東御も同調する。彼女たちもすっかり傷はなくなり、もう一度シャワーを浴びて汚れも落とし、新しい服に着替えていた(同じく二宮も)。
「魔獣が出てきた上、大勢で魔溜石採取に出てきていた『プライド』ともバッティングしてしまったなんて、ホント、ツイていないわね、カケル」と、寝転がってスナックを食いながら中間も言った。
「『プライド』だろうが、神聖ローマ帝国軍だろうが、俺がいれば倒していたけどな」と、また隣室から鮫川の声。
それを聞き流し、俺は呟く。
「相手が『プライド』の大勢なら、それは気にしねぇよ。青葉が言ったように、志木と宮代だけなら俺たちが勝ったわけだし……。後から大勢現れて攻められたら、さすがに勝てないのはわかっていた」
「つまり、そのうちの、たった一人にやられたってことが解せないわけね?」と、鹿角が溜息交じりに言う。
「まぁ、一人にやられたというのはあるけど……それだけじゃない。俺を倒した男は、『プライド』の奴じゃなかったんだ」
「う~ん? 何でわかるの?」と、美咲は困り顔で訊いてきた。
「防具に『SDG』と刻まれていた」と、俺はあの時この目で確かに見たことを告げた。
「『SDG』?」
「え? 『プライド』のメンバーの中に?」
美咲や鹿角、ゲームなどで遊んでいる雛季や浅川たち一部のメンバー以外の者が一様に目を瞬かせた。
「そうなんだ。そしてそいつは、俺が最初の頃『SDG』の入団試験を受けた時に、テストの相手をした奴だった。確か長門……長門壱郎って男」
俺はその頃の長門のことも思い出しながら言った。
【第75話・参照】
「へぇ~……じゃあ、移籍したのかな」と、鹿角。
「しかし、『SDG』の印は確かに付けていたぞ?」と、俺。
「でも、脱着式でしょう? ブラみたいに、いつでも外せるように。それなら、いつまでも『SDG』の威光にすがれるわ」と、美馬さんも団扇を扇ぎながら言った。
「ブラみたいにって……」と、俺は少し顔を熱くして言った。
「と言うか、『プライド』に移籍したのなら、『SDG』の威光にすがる必要はないと思うぞ? 『プライド』の方が上だから」
「『プライド』と『SDG』は今かなり険悪な感じだから、メンバー同士が一緒に行動しているとは考えにくいし……やっぱり、移籍をしているのはしているんじゃないかな? 『SDG』の印を付けていたのは、逆に『プライド』メンバーだと思われて狙われることを避けるためとか?」と、美咲。
「それはありますね。大きなパーティーの人は、普段マークを隠す人も少なくないでしょう。ただ、何もしていないと下に見られることがあるので、『SDG』のマークだけ残すようにしているのかもしれません」と、坂出も続いた。
「なるほど……」
俺はまだ腑に落ちていなかったが、一応うなずいた。
「どっちみち、元『SDG』のメンバーなら落ち込むことはないよ、カケル君。『SDG』も結構優秀な剣士を育てているから」
鹿角がそう言ったところで、部屋の中央で輪になってゲームをしていた雛季たちが手招きした。
「ね~、お姉ちゃんたち~。そろそろみんなも一緒に遊ぼ~」
「雛季ちゃんと私、負けっぱなしだもんね」と小牧が言い、「うん。雛季も時々たまには勝ちたいよ~」と言った。
それで鹿角たちが移動し、俺も鳩ケ谷もゲームに加わることになった。
一時は長門のことを忘れたが、就寝のため布団に入った時、また思い出した。
『SDG』の試験で戦った時、あいつも新入りで、俺は簡単にあいつに勝利した。あの段階では、長門はそんなに強くなかったのだ。
しかし先ほどのあいつの剣捌き……。
そして何より、『GRAPH』でさらに攻撃力が上がった俺の『HIT』を、あっさり防いだ魔法能力。
それが『SDG』時代に身につけたのか、『プライド』に入って身につけたのかはわからないが、ずいぶんと成長したのは確かだ。
一方、俺は……?
自分ではこの1年以上でかなり成長したつもりでいたが、そうでもないのだろうか?
少し不安になって、隣室の女子集団の寝姿を覗き見て興奮気味の鳩ケ谷の話もどこか上の空で聞いていた。
まぁ、その不安感とは関係なく、鮫川のイビキのせいで俺も鳩ケ谷もなかなか寝付けなかったのだが。




