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第844話・デスゲームとファイトクラブ

 魔獣・死詩人(ししじん)が、廃屋3階付近の壁に飛び移っていた。


 俺がそちらへ視線を移した時には、ひび割れた壁を蹴って死詩人が勢いよく跳び降りて来ていた。

 しかし俺や二宮に向かっていたわけではない。少し角度をつけ、東御(とうみ)の方に向かっていた。


「東御ぃっ!」

 東御は必死に剣を構え、防御魔法の黄緑色の気を発した。しかし、まだ先ほど受けた紫の光線の苦しみから抜け出せていないせいだろう、その防御魔法は見るからに弱々しく……。

 

 死詩人の突撃を制することができず、左拳を食らった。

「きゃふっ!」

 派手に転んでしまう東御。そこへ、さらに歩み寄る死詩人。


「せ、瀬戸君! あれ……! アンジェリーヌを助けて!」

 背後で倒れている青葉が建物の壁を指しながら叫んだ。

 改めて建物3階に視線を向けると、先ほど魔獣が蹴りつけた場所に赤黒い文字……『T』が。


「い、いつの間に……!」

『T』ってことは、次が最後の『H』……。それで呪いの文字『DEATH(デス)』が揃ってしまう。

 そして、その呪いを東御に掛ける気か?


「させるかぁ! セット! トリップ! ウォーリア・グラフッ!」

【TRIP(=旅行)・カケル所持魔溜石、A、E、G、H、『I』、N、『P』、『R』、S、『T』】

【GRAPH(=グラフ、図表)・カケル所持魔溜石、『A』、E、『G』、『H』、I、N、『P』、『R』、S、T】


TRIP(トリップ)』で一気に敵と東御の間へ。

 その段階で、頭の中には棒グラフを思い描いている。そのうちの一つ、『攻撃力』のグラフを突き上げるイメージ!


「っらぁぁぁ! アーレス・ストライクッ!」

【ARES(=ギリシア神話の軍神、アーレス)・カケル所持魔溜石、『A』、『E』、G、H、I、N、P、『R』、『S』、T】


 振り下ろした『エイト剣』から大きな火焔の気が飛び出し、死詩人を呑み込む。

『ARES』は特大攻撃魔法なので元々他の攻撃魔法よりも大きな球状の気になるが、この一発は直前に『GRAPH(グラフ)』で攻撃力を高めているため、いつも以上に大きかった。

 

 赤い光に呑み込まれた死詩人はあっという間に黒い影だけになり、やがてそれは縮小した。体の一部が灰と化したのだ。


『ARES』はそのまま建物横の木を幾つかなぎ倒した。飛び散った欠片(かけら)が当たり、建物壁も一部剥がれ落ちる。

 俺は急いで東御の傍に移り、彼女を背に(かば)う形で建物から少し距離を取る。

 

 そうしながら、死詩人にも目を向ける。

 魔獣はなぎ倒された木の少し手前で、真っ黒になって倒れていた。しかし、まだ蠕動(ぜんどう)している。

 やがて、炭の塊のようになっている体の中で何かが光った。魔溜石(まりゅうせき)のようだ。


「……あ、ありがとう、瀬戸君」

 そこで東御が声を出した。少し(かす)れてはいたが、普通の声だ。

 一度振り返って見ると、東御はもう穏やかな表情に戻っていた。紫の光線を受けたことによる苦しみから解放されたようだ。


 その後ろに視線を流すと、青葉に抱きかかえられた二宮がいて、彼女ももう大丈夫そうだ。

 死詩人が瀕死となり、ようやく二人が苦しみから解放されたのだろう。

 

 俺は目を敵の方に戻し、警戒しながら近寄って行く。

「魔溜石がある。取りだ……ぐわっ!」

 死詩人が黒い塊のまま跳んできた。もう子供ぐらいのサイズに縮んでいるが、短くなった両腕で肩を掴まれた。


「『H』を刻まれちまう……おらぁっ!」

 俺は横から剣先で突いた。青白い光が発せられ、死詩人の体が地面に落ちる。

 

 それでも動く死詩人。俺は剣先を下に向け、もう一度気を撃ち込もうとした。

 しかし、直後、()ぜた。

 青白い光の欠片と(えぐ)れた土が飛び散って、俺は後退りさせられる。


「な、何だ?」

 目を瞬かせていると、前方の林から2名、男女が姿を見せた。

「ああ、やっぱり、さっき逃がした死詩人だぜ? 宮代(みやしろ)」と、男が言った。


「宮代……」と、俺は目を見開き、魔溜石ランプを彼らによく当てる。

 男が口にしたその名前に聞き覚えがあり、男のその風貌……黒髪短髪で、あごに少しヒゲの長身の男に、見覚えがあった。

 男が普通の格好ならば忘れていてもおかしくなったが、何せこの世界においては特徴的な流線形のワンレンズサングラスを掛けているのだ。当然、かつて会った同じ物を掛けていた男と結びつきやすい。

 

 後ろの女性はセミロングの髪を前分けにした、なかなか整った顔立ちだ。今は暖色系の灯りのもとでわかりづらいが、きっとその髪の色は薄いピンクのはず……。

「倒したんですね、志木(しき)さん……えっと、彼らは?」と、宮代と呼ばれた女性は言った。


「志木……! そして、宮代! やっぱりあんたらだったか!」

 俺は顔をしかめてそう言った。

 彼らのことを知らない東御たち三人は、俺の背後で「誰?」、「知り合い?」などと警戒している。


「……えっと、誰だ?」と、志木はサングラスを動かして言った。

「見づらいなら、外せよ……必須ってわけじゃないんだろう? あの時も普通に外していたし」と、俺は言った。


「あの時?」と、志木は肩をすくめた。

「忘れてんのかよ……。なるほど、俺に倒された苦い思い出は消去したってわけか?」

「倒された? 俺が? お前に?」と、志木は口の端を吊り上げる。


「ああ、どこかで見たことがあると思ったら、あなたね……」と、宮代の方はようやく思い出したようだ。

「志木さん、桜川家のパーティーの剣闘で、最後に志木さんと戦った男ですよ」

【第176話・参照】


「そして俺が勝った」と、俺。

「そうなの?」と訊いてくる青葉たちに、うなずき返し、改めて軽く説明する。

 

 志木はようやく思い出したのか、顔をさらにしかめた。

「ケッ……あの時とツレが違うじゃねぇか? 犬とかガキとか、あの威勢だけいい男を連れてればもっと早くわかったがなぁ」


「威勢だけいい男……鮫川(さめがわ)君のことね?」と、青葉。

 俺はうなずく。そして志木たちに言った。

「忘れられないように、今度からお前のそのサングラスと、ついでに鼻へし折って首にぶら下げておくよ」


「相変わらず減らず口だな。残念だが、今は忙しい。遊んでやれなくて悪いな。4人でケンケンパを続けていてくれ」

 そう言って、志木は死詩人の死骸に歩み寄った。


「おい、待てよ。何、している?」と、俺は呼び止めた。

「パンにピーナッツバターを塗っているように見えるか?」と、志木。

 

 くだらない冗談だけを返す志木に代わって、宮代が応じた。

「私たちが仕留めた魔獣だからね、魔溜石を取り出しているのよ」


「ちょっと、待てよ! 仕留めたって……ほとんど俺たちが(たお)したんだぞ?」

「そ、そうですよ~」と、俺に続いて青葉。東御や二宮も声には出さないが険しい顔をする。

「横取りだろうが!」と、俺は歩み寄る。

 

 すると、志木が剣先をこちらに向けてきた。

「横取りしたのはお前らなんだよ。こいつはさっきまで林の中で俺たちが追い詰めていた。死にかけの状態で一度は逃げられてしまったが、結局今ここで仕留めたわけだ」


「この死詩人、大きな傷を負っていたはずよ?」と、宮代も言った。

「ああ、だから血……」と、二宮が呟く。


「相手が最初から深手を負っていたから、お前たちも戦えていたんだろう。そうでなければ、お前ら今頃全員ビーム食らって苦しんでいるか、『DEATH』という文字をケツに刻まれて死んでいたんじゃないか?」

 志木が半笑いで言い、魔獣の体内から取り出した石を袋にしまった。

 

 青葉たちは、言葉に詰まった。事実、ビームを食らったり、やられかけたりし、ギリギリの戦いだった。

 

 だが、俺は納得がいかない。

「俺たちの前に現れた時は、その魔獣も少し回復していた。瀕死の状態ではなかった。それを俺たちが追い詰めたんだ! あとはトドメを刺すだけだった。そこにノコノコ現れて、花火セットの中の面倒臭いからまとめて火を着けられるようなちゃちな花火みたいな攻撃魔法を使って、自分たちが斃しましたって言われてもなぁ! 悪いけど、それは俺たちの物だ。返してくれ!」


「返してくれじゃねぇよ。9割9分、俺たちが斃したんだよ! お前らは1分(いちぶ)をやっただけ。あまりに苦労したから、ものすごいことをやり遂げた気になっているのかもしれねぇけど。俺たちからしたら、自分が作って唐揚げ食べようって時に、勝手にレモンを掛けられたぐらいなもんで。むしろそういうの余計なお世話なんだよ!」


「ぶわっ!」

 志木は剣先を少し下げ、俺の足元に小さな気をぶつけた。抉れた土が飛び散って、俺に掛かる。

「てめっ……先にやりやがったな?」と、俺は剣の柄に手を掛ける。


「お? やるのか? 花火セットの中の特大花火、食らいたいか?」と、志木は挑発的な笑みを見せる。


「魔溜石を返せ、ハイエナ! いや、ブチハイエナなんかは結構自分たちで狩りをするからな、お前らはハイエナですらない、置き引き犯だ!」

「何、ぶつくさ言ってんだよ?」と、志木は本格的に剣を構えた。

 宮代も鞘から『エイト剣』を抜いた。


「ちょっと、瀬戸君……。これ、戦う感じ?」

「そ、それほど強くもないのに、何やっているんですか~?」

「忘れていない? 防具をしていないこと、こっちは……」

 青葉、二宮、東御と、背後でみんなが慌てている。


 正直、最後の東御の言葉は俺にも効いた……。人数的には有利だが、ばっちり防具をしている相手に対してこちらは誰も防具をしていない。それぞれの魔法だけで体を護らないといけないのは圧倒的に不利だ……。

 

 しかし、もちろん相手が「待った」を受け入れてくれるわけがなかった。

「とりあえず、これ食らってから考えろよ! 魔溜石1個に値する戦いか。 キラー・ブラスト!」

【BLAST(=突風、一陣の風)・志木所持魔溜石、『A』、『B』、E、I、『L』、O、『S』、『T』、T】


「ワージー……くっ……」

 俺は剣を掲げて『HEAP(ヒープ)=積まれた山』を発動しようとしたのだが、動きが鈍かった。

 

 実は、先ほどの『GRAPH』発動の際、攻撃力を上げる代わりにスピードと魔法発動距離のグラフを低下させていたのだ。

 すべてスピードの代わりにしたわけではないので、ノロノロというほどではなく、魔獣に歩み寄った時などはそれほど気にならなかった。しかし防御魔法の発動となると致命的な遅さだ。


「ぬぐあああっ!」

 俺は志木の剣から出された青白い強風の気を受け、吹っ飛んだ。

 10メートル程転がる。防具をしていないから、打ちつけた体が痛すぎる。


「瀬戸君! ライフパワー・バッテリー!」

【BATTERY(=電池、バッテリー)・東御所持魔溜石、『A』、『B』、『E』、F、I、L、N、O、『R』、S、『T』、『T』、U、『Y』】


 東御が下がりつつ、俺に向け治癒魔法を使ってくれようとした。ラグビーボールぐらいの、やや丸みを帯びた長方形の白い光(巨大な乾電池に見えなくもない)が俺に向かって来る。

 だが、それが俺の体に吸収される前に、爆ぜた。


 直前に宮代が「ノー!」と叫び、本来防御魔法である『NO』を放ち、『BATTERY』にぶつけ消滅させたのだ。

【NO(=否定、いいえ)・宮代所持魔溜石、A、E、F、I、『N』、『O』、R、S】


 俺は舌打ちし、何とか自力で立ち上がる。体の節々が痛い。肘や膝がしらのあちこちから血が流れている。


「どうした? さっきから、その動き。実は怖くておもらしでもしちゃったのか?」

 志木が再び剣を構えた。

 俺も防御に移ろうとするが、やはりまだ動きは鈍い。刀身の黄緑色の気もなかなか溜まらない……。

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