第843話・ナイト・オブ・ザ・リビングデッド
肝試しで行った廃屋で転んだ二宮。その手には血のような物が付いていた。
「血? どうして? きゃああ!」と、青葉はその場を離れようとした。
二宮もわめきながら立ち上がり、俺を押しのけ、青葉と共に駆け出す。
「で、出よう、早く!」
東御も俺にしがみつきながら、二人を追いかける。
先を走って行く青葉と二宮は、一刻も早くこの建物から出ようと思ったのか、すぐ右側にあった勝手口から外に飛び出す。
「お、おい、そっちは裏だって!」と言いつつも、俺も早く外に逃げ出したかった。東御を引き連れ、そのドアから飛び出す。
外は伸び放題の雑草が広がっていた。すぐ傍の雑木林の枝葉が垂れ下がって、月明かりを遮断しようとしているようだ。
そこでみんな息を整える。
そして、二宮が改めて自分の手を見て、泣き声を発した。
「あああ~ん、血が、血がぁ……」
「ん? いや、よく見て、遥ちゃん。それ、赤くないんじゃ? 黒くて、血というよりは、油? 錆を含んだ油みたいな……」
顔を近づけた青葉にそう言われ、二宮の表情も少し柔らかくなった。
「え? そうですか? もっと明るい所に行かないとわかりづらいです。臭いは……うわっ! 臭い! やっぱり、何か血生臭いですぅ!」
二宮は濡れた両手を伸ばし、俺の袖を掴んだ。
「おいっ! 拭くなよ! マジ、臭っ!」
「とにかく、行こう、向こうに」と、東御が青葉と手を握りながら歩き出そうとした。
直後。
視界の上の方に影が掛かったのを感じた。
視線を上へ転じた時には、もう影は下へ飛び降りて来ていた。
「うわあっ!」
上から降りてきたのは、マントのようなものに包まれた身長160センチほどの人間だ。
いや、ランプを向けると、それが人間ではないことがわかった。顔の位置にあるのは人の頭蓋骨のようだ。
二本の大きな角のような骨も生えている。まるで鬼の頭蓋骨のようではないか。
さらに、マントと思われたものが、長く伸びた毛のようなものだとわかった。二本足でしっかり立っているが、胴体は猿のようだ。そこから、何か滴っている。
「な、何だ、あいつは?」
「きゃあああっ!」と、俺よりも相手の方にいた二宮、青葉、そして青葉に引っ張られ東御も逃げ出し、俺に突っ込んできた。
「ぶわっ!」と俺は倒され、その上に三人が重なって倒れてくる。三人の柔らかい体が俺の体に圧しつけられる。
「な、何をやっているんですか、あなたは!」
二宮が急いで体を起こし、自分の胸を隠すように腕をクロスさせる。
青葉と東御はとにかく逃げ出そうと、俺の体の上を這って行く。胸や下半身が俺の顔や体にくっついていてもお構いなし、一刻も早く逃げたい……いや、とにかく俺の背後に行きたかったようだ。
そんな中、相手がくぐもった、不気味な笑い声を発した。
二宮もまた悲鳴を上げながら俺の背後に回る。
俺はまるで魔溜石ランプの灯りが武器であるかのように相手を照らし続けながら、後退り。
「人でも幽霊でもない……魔獣か?」
「そうかもしれない。シシジンかも……もしかしたら。死ぬの『死』に、詩を詠む人の『詩人』で」と、東御が後ろで答える。
「死詩人?」
「血? あれは……。怪我している?」と、東御。
「ああ、滴り落ちているのは、確かに赤黒い血だな。二宮の手に付いたのは、あいつの血だったのか?」と、俺。
「ああ~ん! 水で洗いたいです~」と、二宮は叫ぶ。
「間違っても指しゃぶりしないようにな?」
俺がそう言うと、二宮は頬をふくらませ、「意地悪な人!」と言った。
「ハッ……」
俺が後ろの女子たちに目を向けている隙に、相手が跳んだ。
そして一気に俺の所まで来て、片手を振り下ろした。
「瀬戸君!」
東御のその声がしたのと、俺が腰の剣に手を掛けた時には、敵の手が俺の腕を打っていた。
一瞬見えた相手の手の爪が長かったというわけではないが(むしろ爪は割れたり剥がれたりしていたようだ)、直後、引っ掻かれたように血が噴き出した。
「くおおっ……!」
俺は痛みを堪え、剣を抜いて、すぐに気を放った。
死詩人はバックステップしてかわす。バックステップのくせに1回で5メートルぐらい下がった。
俺は一度、血が出た左腕に目を落とす。防具をしていないため剝き出しとなっている肌に、赤い傷がついている。
「凄い傷……ってか、何だ? Aの文字みたいな傷だな……クソ!」
「A? ……最初がD、次にE、次はA……せ、瀬戸君!」と、東御がやや震えた声で言う。
「え? 何?」
「そうだった……。マズい……」
「どうしたんだ、東御?」
「一文字ずつ文字を書いて行くんだった、人に遭遇してから、死詩人は」
「えっと、カケル君のその傷のAみたいに?」と、青葉が東御の後ろに隠れながら訊く。
「うん。多分、DとEも、さっき中で見た文字。書いたやつだと思う、この魔獣が……」と、東御。
「それを書かれたから、何なんだ?」と、俺は敵をけん制するために気を飛ばしてから訊ねた。
「詳しくないけど、私も。確か、作り上げるの、最後に『DEATH』という文字を。呪いを掛けられる、それが完成してしまう前に倒さないと!」と、東御が少し早口で答えた。
「な、何だって?」
「呪いって何ですか、東御先輩~」
「毒に侵される、死ぬこともあるらしい、確か……」と、東御。
「マジかよ……え? それじゃあ、さっき『D』の書かれた紙と『E』と書かれた石があって、今『A』の傷? 三つ書かれたってことなのか?」
俺は一度自分のAに似た傷痕に目をやって言った。
「そう。あとは二つ……」
「『T』と『H』を書かれる前に倒せってこと? でも、その呪いって誰が受けることになるの? まさか全員?」と、青葉がわめくように言う。
「わからないけど、はっきりは……。危ないんだった気がする、最後に『H』の傷を受けた人が」
「さ、最後にやられなければいいのね?」と、青葉。
「後ろにいれば大丈夫そう……」と、二宮。
「お~い? 一番前にいる俺が食らったら、自分には関係ないってか?」と、俺は背中を向けたまま彼女たちに言った。
「『H』……瀬戸君のマークみたいなものじゃない?」
青葉のその冗談に、二宮も「そうですね。『H』は瀬戸先輩にふさわしい」と拍手までした。
「何がマークだよ……。チッ、その前に倒せばいいんだろう?」と、俺は顔をしかめて剣を構え直す。
「そう。でも気をつけて、瀬戸君」と、東御も剣を構えて俺の横に出てきてくれた。
ほぼ同時に、死詩人も動き出す。
大きく跳んで、俺に突っ込んでくる。
「デビルズネイル・リップ」
【RIP(=裂け目)・カケル所持魔溜石、A、E、G、H、『I』、N、『P』、『R』、S、T】
俺は叫び、素早く横一文字に『エイト剣』を振った。
刀身を追うように描かれた青白い光線が放たれ、死詩人に斬撃を与える。
死詩人の毛に覆われた体から、赤黒い血が噴き出した。それはやはり、二宮が手に付けてしまった液体と同じようだ。
そう考えると、この魔獣は手負いで現れたのだろうか?
しかしそれ以上考えている時間はない。
後ろに転がった死詩人だが、すぐに立ち上がってまた飛び掛かって来る構えを見せていた。
「マジック・オブ・ボタニストッ!」
【BOTANIST(=植物学者)・東御所持魔溜石、『A』、『B』、E、F、『I』、L、『N』、『O』、R、『S』、『T』、『T』、U、Y】
飛んできた敵に合わせて、東御が剣を振った。
黄緑の長い気が急速に生長する蔓のように変化し、死詩人の腕、肩、首に絡みついた。
「やあああっ!」
東御が剣を振り下ろすと、死詩人は『蔓』の気と共に後ろへ引っ張られて行った。
尚も複雑に絡みつく『蔓』の気で、死詩人はこちらへ襲い掛かってくることができずにいる。
俺も再度、剣に青白い気を溜めた。身動きの取れない敵に『HIT』を撃ち込んでやる……。
しかし、突然、紫の光が辺りに広がった。見れば、それは死詩人の両目の穴からビームのように伸び出ていた。
「うっ……な、何?」
「うううう……苦しっ……」
「どうしたの、遥ちゃん? アンジェリーヌも!」と、青葉が叫ぶ。
紫の光線を照射された二人が、自分の首や胸のあたりを触りながら苦しみだした。
「クソッ……今のビームのせいか? そんな技もあるのかよ……。とにかく、早く倒さねぇと!」
一旦止めていた剣を振り下ろし、『HIT』の弾丸を飛ばす。
【HIT(=打撃の当たり、命中)・カケル所持魔溜石、A、E、G、『H』、『I』、N、P、R、S、『T』】
死詩人は『蔓』の気を引きちぎりながら、体を移動。胴体の真ん中に向けられた『HIT』の気は少し逸れ、敵の左腕に炸裂した。
血と共に肉片が飛び散る。
しかし、倒れはしなかった。死詩人は尚も『蔓』の気を引きちぎり、徐々に体の自由が戻って来ていた。『蔓』の気を発動した東御が先ほどのビームの影響で苦しみ、力が入っていないせいもあるだろう。
「悪魔のアップル!」
【APPLE(=リンゴ)・青葉所持魔溜石、『A』、B、『E』、『L』、M、N、N、O、『P』、『P』、R、U、Y】
青葉が前に出てきて、刀身から赤い気を射出した。『リンゴ』よりも大きく、ハンドボールほどの大きさの火焔をまとった気が、熱を放ちながら死詩人に向かって行く。
火の粉と赤い光の欠片、そして『蔓』の気の黄緑色の光が同時に飛び散った。
よく見れば死詩人のマントのような毛の一部も舞っている……が、本体は空中に飛んで青葉の『APPLE』をかわしていた。
東御の『BOTANIST』が完全に断ち切られたのだ。
死詩人は傍の木を蹴って勢いづけると、青葉に突撃した。
青葉も咄嗟に防御魔法を張るが、敵の伸ばした手に叩かれダメージを受け、悲鳴と共に後ろへ転がって行った。彼女の血も少し飛び散っている。
「青葉っ!」
死詩人は俺の方を向いた。どくろの中の目が紫に光り、光線が向かって来る。
「ワージー・ヒープッ!」
【HEAP(=積み重ね、かたまりの山)・カケル所持魔溜石、『A』、『E』、G、『H』、I、N、『P』、R、S、T】
俺が前に突き出した刀身から、正方形の黄緑色の光が幾つも出て積み重なり、厚く高い『壁』を作り出した。
俺は『NEST=巣』という防御魔法をよく使っているが(その分、鍛錬もされている)、それは網状から成る防御魔法なので、死詩人が放ったこうした光線や、細かい気による攻撃を多少浴びてしまうという欠点があるため、今回は咄嗟に『HEAP』を発動した。
まだ鍛錬は足りていない魔法だったが、見事に相手の光線を防いだ。
しかし二つの気がぶつかり合っている間、死詩人は二宮の方に動き出している。彼女はまだ見えないロープに首を絞められているかのようにもがいている(それは反対側にいる東御も同じだ)。
「二宮……。セット! ヒロイック・スナイパーッ!」
【SNIPER(=スナイパー、狙撃手)・カケル所持魔溜石、A、『E』、G、H、『I』、『N』、『P』、『R』、『S』、T】
ライフルのように構えた剣先から、弾丸のような気を放つ。
「ナイス・トリップッ!」
俺は同時に二宮の横に向かって前進。
『SNIPER』の気を受けて7、8メートル吹っ飛び木に激突した魔獣はまたすぐに幹を蹴って飛んできたのだが、俺はすでに二宮の前に立っていた。
「せぇ、せぇとせんぱぁい……」と、背後で二宮の苦しそうな声がする。
「しゃべるな。すぐにあいつを倒して、治癒を掛けるから。ワージー・ヒープッ!」
正方形の気が積まれて壁を築き、死詩人の体当たりを弾き返した。
俺はすぐに『HEAP』の気の前に出て、剣を振り下ろした。
「パーフェクト・ヒットッ!」
刀身に合わせて伸び出た青白い気の尾、そして気の『弾丸』が飛び出した。
死詩人は後退をしながらも、空中でそれを叩き壊しに行った。
だが、『HIT』は威力がかなりある。それを壊しに行った魔獣の右手、右腕……それだけでなく右半身の半分以上が飛び散った。油のような赤黒いドロッとした血も噴き出た。
しかしそれでは死なず、死詩人は左半身+右脚になった体で、後ろの木を蹴りつけ、また跳んできた。
「死なないのかよ……!」
俺は慌てて剣を振り下ろすが、その斬撃波の上を過ぎて行く魔獣。
そして背後の建物の、3階付近の壁に移った。




