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第842話・禁じられた遊び

 夜8時。

 一行は露天風呂がある丘からさらに北へ行った小さな公園に出てきていた。その北側の林を抜けていくと、噂の廃屋があるらしい。

 

 肝試しに参加しない桜川、ミュウ&トラヒメ、浅川、小牧も応援のためについて来ていた。

 

 くじで決めた4人1グループで廃屋に行き、最初に行った鹿角(かづの)たちが三つのスポットに置いてきた紙を、あとのグループが持って帰って来るというルールだ。

 

 そしてすでに、鹿角グループ(鹿角、松川姉さん、宇佐、鮫川)の次の、玉城(たまき)グループ(玉城、広尾、中間(なかま)、美馬さん)も三つの紙を持って帰って来ていた。

 鹿角グループでは宇佐がかなり騒がしかったらしく、玉城グループではリーダーの玉城をはじめほぼ全員が苦手だったらしく、戻ってくるのはかなり遅かった。

 

 そして3番目のグループ……美咲グループ(美咲、雛季(ひなき)、坂出、鳩ケ谷)も、玉城グループと同じぐらい時間を掛けて戻ってきた。


「オオ~、遅かったネ、美咲ちゃんたち」と、玉城たちが迎え入れる。

「お前たちも遅かったけどな。みんなビビり過ぎだ」と、鮫川。


「ちゃんと三か所回った?」

 鹿角に訊かれ、美咲は三つの紙を渡した。

「何とか……雛ちゃんが途中で怖くなっちゃったみたいで、時間掛かっちゃった」

「う~……怖かった~」と、雛季は姉や坂出に抱きつき、頭を撫でてもらう。


「でも、途中からは大丈夫だったの。あとはポッポ君のせいだよ~」

 雛季の後ろで「ぜぇぜぇ」と肩で息をする顔面蒼白の鳩ケ谷がいた。

「いや、1階の奥に何かいたんじゃって、本当に……」


「鳩ケ谷君……。そうやって美咲さんたちを必要以上に怖がらせて、抱きついてもらおうとしていたんですよね?」と、坂出が冷めた口調で言う。

「そうなんだろう。美馬さんと一緒になれなくて、せめて君たちにくっついてほしかったんだな」と、俺もうなずく。


「違う! それは、最初は……いや、とにかく物音がしたんじゃ! お前たちもこの後行って、耳にすればええ!」と、鳩ケ谷はミシンで自分の指でも縫ってしまったかのような恐ろしい形相で言い返してくる。


「や、やめてよ、鳩ケ谷君」と、俺と同じグループの青葉や東御(とうみ)が眉をひそめる。

「あ、ああ、う、嘘、嘘! 気にしないで女子三人は。怖くないよ、大して」と、硬い笑顔を見せる鳩ケ谷。


「どっちだよ?」

 問い詰める俺にだけ、鳩ケ谷は小声で返してきた。

「本当に物音を聞いた。じゃが、青葉ちゃんたちが必要以上に怖がってお前がヒーロー気取りになっても困るからのぉ。ましてや抱きつかれたなんてことがあったら許さん」

「お前が許すとか許さないとか決めることじゃないだろ……」




 とにかく、最後の俺のグループ(俺、青葉、東御、二宮)も林の奥の廃屋に向かって歩き出した。

 先頭に行かされた俺と、最後尾の東御が魔溜石(まりゅうせき)灯を持ち、一応みんな『エイト剣』(二宮は『エイト弓』)だけは腰に吊るしている。

 

 背後からの琴浦姉妹を中心とした声援や、「くっつきすぎじゃないか?」などと(ねた)む鳩ケ谷の声が徐々に遠ざかって行き、暗い林の中を抜ける風の音と枝葉のざわめきばかりが耳に入ってくるようになる。


「あ~、いよいよか~。雛季ちゃんも行くって言うから私もって言っちゃったけど、やっぱり遠慮しておけばよかったかな」

 俺の右肩を掴みながら、青葉がふにゃふにゃした声で言う。


「行くんだからね、陽香莉(ひかり)が行くと言うから、私は。苦手なのよ、本当は」と、東御も弱々しく言う。一番後ろを行く彼女は、青葉や二宮にできるだけくっつきながら歩いている。

 一方、先頭の俺は恐る恐る進んでいるので、つまり4人は団子のようになって進んでいる状況だ。

 

 俺の左肩を掴む二宮も続いて言った。

「私、やっぱり美咲先輩と一緒がよかったです。あ、青葉先輩や東御先輩も一緒でいいんですけど、リーダーが瀬戸先輩というのが……」


「キツイな、二宮……。先頭が美咲でも同じようなもんだと思うけどな? あいつもあれで幽霊に対しては怖がりなところがあるから」と、俺は前方を恐々と見ながらぎこちなく笑った。

「美咲先輩のことを知っている風に言うの、やめてください。それに、あいつと呼ぶのも。美咲先輩ならもっと頼りになっていたと思います。少なくとも、そんなへっぴり腰ではなかったか、と」


「確かに、へっぴり腰だね」

 二宮に続いて青葉にそう言われた俺は苦笑いを返し、少しだけ姿勢を正した。

「そんなつもりは……。じゃあ、少しペース上げるぞ? ついて来いよ?」

 

 俺は歩く速度を上げた。もとは宿だったその廃屋の玄関前の階段を上がる。

 割れたガラス戸の中に入って行く前に、一度後ろを振り返る。

「……って、早く来いよ! 一人でこんなに進んで、怖いじゃないか……!」

 三人はいつの間にか俺の背後を離れ、6、7メートル後ろをゆっくり歩いて来ていた。


「早すぎるよ、カケル君……」と、青葉。

「肩から手が離れた時点でわからなかったですか? それとも、ずっと何かが肩に触れていた気がしましたか?」と、二宮。


「ひっ……! やめろ、二宮! 同じグループで怖がらせるようなこと言うな」と、俺は少し後戻りしながら言った。

 再び青葉や二宮に掴まれながら、今度こそ中へ。

「何だ、夏だというのに、このひんやり感……」


「あ~、足がすくむ……」

「嫌だな~、怖いな~。美咲せんぱ~い」

 俺の肩や腕を掴む青葉と二宮の力が強くなった。そして二人とも体を丸め、俺の背中に寄っている。なんだかんだ言って、可愛いじゃないか。


 東御も、ライトを持っていない方の手は俺の背中を掴んでいる。

 三人とも俺を頼りにしている。男の俺がしっかりリードしてやらなければ。


 廃屋の中は以前の宿の名残(なごり)が残ってはいるが、(はり)や柱などの木造部は折れたり割れたりしており、壁の土や窓は割れ、床は少し歩くだけで(きし)む。

 いかにも肝試しにはもってこいの場所だ。


 俺たちは時間を掛けながら進み、必ず立ち寄らなくてはいけないスポットの一つ目……1階のメインの廊下の奥にたどり着く。

 横の戸の(さん)に、持ち帰る紙きれが置いてあった。鹿角のサインが書いてある。


「あ、あった。一つ目だ。……ん?」

 魔溜石ランプの灯りを紙に近づけ、サインを確認したのだが、その裏に『D』という文字が書かれていて不思議に思う。

 その『D』の字は、今さっき墨で書いたばかりかのように下に向けて垂れ、何だかおどろおどろしい字となった。


「このDって何だ? 鹿角、何か言っていたっけ?」

「D……? さぁ~。でも多分、振っただけじゃないかな、わかりやすく、4グループあったから」と、東御が答える。


「なるほど。4番目の俺たちはDと書かれた紙を持って帰らないといけないけど、最後だから説明しなかっただけか……」と、俺は納得して紙をポケットに押し込んだ。

「とにかく、早く終わらせようよ。やっと、一つ目だよ?」と、青葉が急かす。


「残り二つは2階なんですよね? 瀬戸先輩、一人で取って来てくれませんか?」

「二宮……。君は本当に残酷なことを言うなぁ」と、俺は彼女を横目で(にら)む。

 

 とにかく、4人はまた固まって、2階への階段を上っていく。

 まるで鳩ケ谷が望んでいた展開のように3人の女子にくっつかれるのは嬉しいのだが、魔溜石ランプの灯りしかない中で先頭を進むのは恐怖だ。

 それに、階段もところどころ傷んでいて、幽霊ということを抜きにしても慎重にならざるを得ない。


「よくよく考えたら、紙を置く鹿角グループが一番いいよな、自分たちが怖くなったら適当に紙を置いていけるんだから……」

「ぶつくさ言っていないで、早く次のスポットに……奥の方の『梅の間』って部屋にあるって」

 そういう青葉は下を向いていて、ずっと俺の誘導を頼りにしている。


『梅の間』に着き、部屋の奥に置いてある紙は俺一人が取りに行った。紙は入り口から見える場所にあったので、そこ以外には灯りも視線も向けずに行った。

 

 引き返す時には、廊下で待つ3人に自然と灯りが当たる。3人とも身をくっつけ合うようにして待っている。そして二宮は親指を口に付けていた。緊張と恐怖で、思わず指しゃぶりをしているようだ。どうせ怒られるので指摘はしないでおこう……。

 

 廊下に出て、また3人が俺の肩や背を掴むと、来た道を引き返した。

 階段から見て『梅の間』は左手に、最後のスポットであるトイレは右手の廊下の突き当りにあるのだ。

 ゆっくりとした足取りでそのトイレまで行き、短い話し合いの結果、また俺が紙を取りに(もちろんトイレットペーパーではない)行くことになった。

 

 鹿角曰く、ここの紙は個室トイレのどこかに置いたと言う。

 そして俺は結局、壊れかけた三つのドアをすべて開けるはめになった。鹿角が置いた紙は、一番奥の個室に落ちていたからだ。

 

 便器には目もくれず(一番怖い)、紙を拾って、なぜか謝りつつ走って外に出た。

 そして3人と共に階段前まで引き返してきた……その時。


「ハッ……きゃああっ!」

 3人が悲鳴を上げ、俺に抱きついてくる。

 俺の心臓は早鐘(はやがね)を打つ。女子たちに抱きつかれてドキドキしているわけではなく、単純に俺も突然の出来事に驚いただけだ。

 

 階段から見て左手の暗闇からこちらに向け、何かが転がって来たのだ。灯りで照らすと、たこ焼きぐらいの石だった。

「び、びっくりしたぁ~! な、何? 確認して、カケル君!」と、青葉がくっつきながらも俺の背を暗闇の方に押す。


「お、押すな……。幽霊が石を投げるはずがない。きっと人の仕業(しわざ)だ……お、おい、誰かいるんだろう?」

 俺は廊下の先に叫び、ゆっくりと魔溜石ランプの灯りを投じた。


 板張りの廊下や『梅の間』などの幾つかの部屋の戸などがぼ~っと浮き上がったが、突き当りの壁まで、どこにも人の姿はなかった。


「た、ただ、天井とかから落ちてきただけじゃないでしょうか? ほら、天井や壁などに所々穴が開いていますし、今日は風も少しありますからぁ!」と、二宮が自分も納得させるように大声で言った。


「……でも、見て、これ」

 東御がやや震える声で言った。彼女は持っている魔溜石ランプで床を照らし、先ほどの石を拾い上げる。

「この石……。書かれている、Eの文字……」

 

 東御が見せてきた石には、確かに『E』と書いてあった。その文字は先ほどの『D』と同じように、文字が垂れておどろおどろしくなっている。


「これは……人の字? やっぱり、誰かいるのか?」

 俺は叫び、再び廊下の先を照らす。しかし誰もいない。


「幽霊だよ、幽霊! もう~、早く下りよう!」

 青葉と二宮が俺を押した。

「だから、押すな……危ないから!」と泣きそうな声で言いながら、俺は階段を下りた。

 東御も石を投げ捨て、慌ててついてくる。

 

 4人固まると、さらに速足で階段を駆け下りた。穴が開きそうなほど踏板が軋む。

 1階の床に下り立ったその時……俺は足を滑らせた。床がぬるっとしていたのだ。

 同じように足元のぬめりに滑ったのか、二宮も短く悲鳴を漏らしながら後ろに尻もちを突いた。


「だ、大丈夫か、二宮?」と、俺は彼女に手を差し出す。その際、反対の手に持った魔溜石ランプの灯りが彼女を照らす。

 灯りの中、二宮は床に突いた自分の手のひらを一度見た。そして叫んだ。

「きゃああああっ! 何、これぇ!」


「うわぁ! い、いきなり叫ぶな!」と、俺。

 その後ろで、東御も叫ぶように言った。

「そ、それ……血?」


「え?」と、俺は固まる。

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