第841話・【中盤三人称視点】お風呂で聞いた話
その後も『グラジオラス』一行は夕暮れまで各自海水浴を楽しんだわけだが、カニに挟まれて股間を負傷した俺はもう海には入らず、レジャーシートで横になって日焼けしたり、砂で動物などを作る雛季や桜川や浅川や小牧やミュウを手伝ったり、棒倒しをして遊んだりした。
ちなみに股間の傷は治癒魔法で何とか消え、痛みも治まった。
それからまた服に着替え、海辺の民宿に向かった。
さすがに遊び疲れて、一行の足取りはダラダラとしていた。
民宿は、緩やかな坂道を10分ほど歩いた先の小高い場所にあった。
20人と1匹の一団だ。3階建ての宿の、3階にある一番大きな大部屋が用意された。
角部屋で、西と南に大きな窓がある明るい部屋だ。南の窓一面にオレンジに染まった海が見渡せる。
床は板張りで、寝る時は布団を敷くことになる。
「わ~い、広い~。雛季、この辺で寝る!」と、雛季は靴下で床を滑りながら入り、早速自分の場所を確保。
その近くに桜川やミュウたちも座り、一時部屋の匂いを嗅ぎまわっていたトラヒメもミュウの隣に落ち着いた。
雛季は横になってゴロゴロ転がり、鹿角や玉城たちも真似をする。
一方、美咲たちは景色を眺める。
「わ~、綺麗な夕日ね」
「ロマンチックですね、美咲先輩」と、二宮。
「晴れた日の日中もいいでしょうね。夏を感じられそうな部屋」と、広尾たちも喜んでいる。
「しかし、20人にしては少し狭い気がするな」と、鮫川はしかめ面を見せる。
「お前らのいびきはうるさいからな……。できれば、離れてほしいんだが」と、俺もやや不安になった。
しかし鳩ケ谷は「文句を言うな」と、どこか嬉しそうに言った。
「たくさんの女の子たちと一緒に夜を過ごせるんじゃ、ヒヒヒ」
小声で言った後半部分が彼を浮かれさせているようだ。
しかし、部屋を案内したオバさんが一言付け足す。
「男性は戸の向こうに部屋を用意しました。こちらへどうぞ」
「は、はあ?」
東側の引き戸を開けると、8帖ほどの部屋が現れた。
「こ、ここが……俺たちの部屋?」
「ああ、うん。三人だから充分でしょ?」と、美咲が近寄って来る。
「さすがにこれだけの女性の中に、男性三人いるわけにはいきませんからね」と、坂出は眼鏡を押し上げ冷静に言う。
「そ、そんな……」
俺はうなだれ、鳩ケ谷はくずおれる。
鮫川は「騒がしいよりはいいぜ」と、早速荷物を置き、窓際の端を確保した。
「まぁ、寝る時までは開けておけばいいじゃない」と鹿角や玉城たちが言ってくれたおかげで、俺たちも起きている間は雛季たちの持ってきたトランプやボードゲームなどを女子たちと遊ぶことができた。ジュース代などを賭けるという条件で鮫川も参加した。
ゲームをしない美馬さんや松川姉さんや中間などは何やらセクシーなトークをしており、桜川や坂出はゲームに何度か参加もしたが、読書もしていた。
そして入浴時間。
一行は着替えやタオルなどを持って1階へ。北に坂を上がると、露天風呂がある。
もちろん俺たち男子は男湯で、17名は女湯。トラヒメは脱衣所の前の大木に繋がれ待たされる。
『ゴブレット』外のこういった田舎だから混浴かもしれないと期待をしていた鳩ケ谷は当然がっかりしたが、まだ絶望という感じではなかったのは、そう、鳩ケ谷の代名詞であるノゾキに望みを残していたからだろう。
しかし男湯と女湯を隔てる壁は高く、他の客も多かったため結局ノゾキも諦めるしかなかった……クソッ……いや、これは鳩ケ谷の言葉だ。
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一方、女湯。
脱衣所から鹿角や玉城、あるいは宇佐などは他の女子の下着姿やそれを脱いだ後の裸にはしゃいでいた。
美咲、桜川、青葉、東御、坂出、浅川、小牧、ミュウは恥ずかしがり、鹿角たちの前ではできるだけ大事な部分を小さなタオルで隠す。
それから、洗い場で体を洗う。
ここでは松川が美馬の背中を丁寧に洗ってあげた。美馬が頼んだのではなく、松川の方が洗わせてほしいと頼んだのだ。人に奉仕するのが彼女の喜びだ。
「美咲せんぱ~い、私もお背中流します」
ここでも美咲の隣をキープしていた二宮が、言いながらすでに両手に石鹸の泡を作っていた。
そして美咲の背後に回り、その綺麗な肩や背に泡を乗せる。
「あ~、すべすべの美しい背中……。憧れます」と、二宮は今にも頬ずりし出しそうなほど顔を近づけ、一人顔を赤くする。
「あ、ありがとう、二宮さん……。でもね、そうなると……ああ、来たわ」
美咲は横を向きながら呟く。鹿角が二宮に接近していた。
「遥ちゃん! 美咲の背中洗ってあげているのね? それなら、あなたの背中は私が洗ってあげるん!」
「え? ひゃっ……! いや、結構です……あっ、あうっ……」
鹿角はいつの間にか作った泡を手に持ち、二宮の背中を撫で回した。
「そういうことがあるから、私のもしなくてよかったのに……」と、美咲は苦笑い。
「べ、勉強になります。はんっ……」
同じく、美馬を洗う松川の背中は、玉城が洗い始めた。
もちろん玉城もイタズラ半分で、その手は度々お尻や胸に行く。ただ松川は嫌がることがなく、玉城に身を任せているといった感じだ。
露天風呂には、体を洗い終わった雛季や青葉たちが早速入って行く。
「アハッ、寮のお風呂よりも広くて、気持ちいい~」
雛季は泳げないのに泳いでいるような格好で湯の中を進む。
それを真似て、浅川や小牧も平泳ぎをした。
当然美咲や坂出から注意を受ける。しかし雛季だけはそれでも潜水の真似などでふざけていた。
ようやくみんなが落ち着いて湯につかり始めた頃……。
別の女性客2名が入ってきた。20代後半ぐらいの二人だ。
彼女たちは『グラジオラス』メンバーが集っている場所は避け、岩の向こう側に回った。
「なかなかいい体の二人ね」と、鹿角は二人を目で追う。
「ジロジロ見ないの、鹿角さん!」と、美咲が注意する。
「じょ、冗談よ」
「今の二人、魔法剣士なのよね」
首にお湯を掛けながら広尾が言った。
「そうなの? どこかで見たの、茉莉香?」と、鹿角。
「うん。1階のロビーの方で見かけたわ。男性4、5人とも一緒で、みんな剣や弓を持っていたわ。どこかのパーティーね」
「近くの森に魔溜石採取かな? 偉いわね」と、美咲はやや自嘲気味に笑う。
「わからないわよ? 私たちみたいに遊びに来ているだけかも……ほら、結構はしゃいでいるみたいだし」と、鹿角は岩の方を指して言った。
確かにその奥から、二人の笑い声や話し声が聞こえてくる。
のんびりお湯につかりながら、鹿角たちは何気なくその話声を聞いていた。
「……ああ、そう言えば、聞いた? 裏の廃屋の話」と、女性の声。
「何それ? 知らない。廃屋があるの?」と、もう一人の女性。
「ここから宿とは逆の方に下りた所に、ね。昔はそこも宿だったらしいけど潰れて、ずっと放置されているの」
「やだ、何か怖いわね」
「そう。それだけで少し怖いんだけど、少し前、パーティーの数名がこっちに来た時あったじゃない? その時、彼らがその宿の横を通ったらしいのよ。で、なんと!」
「ビックリした、いきなり大きな声出さないでよ~」
「ゴメンゴメン。とにかくそこで見たらしいのよ、朝倉さんを」と、女性の一人が話を続けた。
「朝倉さん? 朝倉さんって、あの?」
「そうよ。メンバーだった朝倉さん」
「朝倉さんの幽霊ってこと?」
「そうね。亡くなっている人がいたってことなんだから」
「いやいや~、そこまで行くと何か怖くなくなっちゃったな~。彼女が亡くなった場所だって『ゴブレット』内でしょ?」
「だから、うちらとまだいたくて、ついてきちゃったんだよ。朝倉さん、魔法剣士として人一倍熱い人だったから」
「もう~、何それ~。じゃあ、あの人たちはそこで朝倉さんと思い出話でも語り合ったってわけ?」
「いや、そりゃ、みんな驚いて逃げ出したってさ」
「可哀そう、幽霊の朝倉さん」
「みんな見たらしいんだけど、笑えないぐらいリアルだったらしくて、さすがに近づいちゃダメだと思ったらしい。その後、お祓いも行ったとか」
「それなのに、よくまたここに泊まりに来たよね……」
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「……それで?」
1階の食堂で夕食を取りながら、鹿角から女湯で聞いた幽霊の話をされ、さらに女子たちで盛り上がり、この後肝試しをしようということになったと聞かされた俺は、一切れの刺身を口に放り込んでから訊ねる。
「何で肝試しって展開に?」
「そ、そうじゃよなぁ……。そ、そんな、わざわざ死者をからかうようなことをせんでも……」と、鳩ケ谷の顔色は入浴後間もないのに青ざめている。
「暑い夏にはピッタリでしょ?」と、鹿角は笑みをこぼす。
「ワタシたちも美馬さんも、行くコトを決めたヨ」と、玉城や美馬さん、中間たちが小さく手を振る。
「雛季も行くよ~」
「雛季も? 幽霊、大の苦手だろ?」と、俺。
「うん。でも、お姉ちゃんもついて来てくれるって言うし、今日は何か大丈夫な気がするの!」と、雛季は根拠もなく言って笑った。
「私たちの分まで、頑張ってきてくださいね、雛季ちゃん」と、桜川に励まされる。
「そう、璃紗やミュウやすみれや萌絵は怖いからやめるって。君たちも、どうしても怖いと言うのなら、無理にとは言わないよ?」と、鹿角は少し嫌味っぽく言った。
「まぁ、陽香莉やアンジェリーヌ、年下の遥も行くって言っているのに、男子が行かないのは情けないと思うけどね~」
見下すような目を向けて微笑む中間。
「そ、そういうの、差別じゃと思うんじゃけど? 男子だって、行きたくないもんは行きたくない……」と、鳩ケ谷はぶつくさ言っている。
「どうするの、カケル君?」と、美咲。
「美咲先輩たちの前だからって、強がらなくてもいいんですよ? 瀬戸先輩」
二宮にまでそう言われてしまっては、引き下がれないだろう。
俺は無理に笑顔を作って、返した。
「お、俺は別に、幽霊なんて信じてないし……。仮にいるとしても、こ、怖がる必要はないんだ。幽霊は友達だ。うん、いい人」
俺は、もしかしたら傍で聞いているかもしれない幽霊に聞こえるように言った。
だから悪さしないで……できれば現れないでくださいという気持ちで……。
「俺も、ただ面倒臭いなって話だ。そこまでナメられるんだったら、行ってやるよ。幽霊が出てきたら、あの世に直帰させてやるぜ」と鮫川も言って、サイダーを飲み干した。
「お前のその強気は信用できん……。しかし、瀬戸までが行く気になるとは……」
などと、相変わらず浮かない顔の鳩ケ谷に、玉城が言った。
「チーム分けで美馬さんとイッショになったらラッキーよ? もしかしたら美馬さん、イガイと怖がりで、抱きついてくるコトがあったり?」
「むむっ……」と、鳩ケ谷は居住まいを正した。
「そうね。幽霊に限らずビックリさせられることは苦手で、腰が抜けるなら別のことで抜けたいぐらいだから、そういう時に勇気ビンビンの人は頼りにしちゃうかもね?」と、美馬さん本人も微笑を浮かべた。
「……ワシも、参加させていただきます! ビンビンです!」
鳩ケ谷の心変わりは早かった。




