第840話・カニにチ✕✕コ挟まれた ≪キャラ挿絵≫
特殊攻撃魔法・『GRAPH』によってスピードを上げた代わり、防御力を落としていた俺。
そこへ、人魚の魔獣……サタン・マーメードが甲高い声を上げながら両腕を伸ばしてくる。
俺はなす術がない。あっという間に首を絞められた。
上半身の見た目は美女……しかし力は男性格闘家のようなものだろう。俺はそのまま沈めさせられる。
「うご……ぶご……ごほっ」
「カケル君! やられちゃう!」と、雛季。
「瀬戸君! 切り裂きネイル!」
【NAIL(=爪、くぎ)・美馬所持魔溜石、『A』、E、H、『I』、『L』、M、『N』、O、O、P、S、T、T、T】
美馬さんの声がした。
それから敵の力が緩み、俺は何とか顔を海面から突き出した。
ぜえぜえと呼吸をしながら、敵の方を見る。美馬さんが放った巨大な鋭い『爪』のような五つの青白い気が尾を引きながら、宙に漂っていた。
気を背中に食らったらしいサタン・マーメードは海の中に沈んでいく。
「瀬戸君、雛季ちゃんを連れて少し離れて!」
泳ぎながらなのでかなり大変そうに剣を構えながら美馬さんが言った。
俺は指示に従い離れ、雛季を浮き輪ごと押す。
直後、海の中に向け美馬さんが剣先を伸ばす。
「鮮烈シュートッ!」
【SHOOT(=射撃、シュート)・美馬所持魔溜石、A、E、『H』、I、L、M、N、『O』、『O』、P、『S』、『T』、T、T】
青白い閃光が広がって間もなく、激しく水飛沫が上がった。ハンドボール大の『SHOOT』の気が海を潜って、敵を襲っているようだ。
そして海中から「ボフッ」というくぐもった衝撃音が聞こえ、やがて白い影が浮上してくる。
「ばああっ!」
「うわぁっ!」
ゆっくり浮上してきていたサタン・マーメードが、いきなり空中に飛び出してきた。端正な顔を歪めながら、勢いよくまた降りてくる。その下には美馬さんがいる。
「美馬のお姉ちゃん気をつけ……」という雛季の叫びの途中で、敵の手が美馬さんに向かって振り下ろされた。
美馬さんは剣を使って相手の片手は防いだが、もう片方の手が美馬さんの肩を激しく叩いた。
「きゃうっ!」
それによって美馬さんのブラが引き剥がされた。浮力を持った二つのふくらみが海面で揺れる。
「む、胸ぇ!?」
「おっぱいが……。でもそれどころじゃないの、カケル君!」と、雛季にも注意される。
「わ、わかっている! 今助けるぞ、美馬さん!」
サタン・マーメードはまた水中に潜ると、美馬さんの足を引っ張って彼女を自分のテリトリーに引きずり込んだ。
俺も潜る。もちろん美馬さんの胸を見たいわけではない。
美馬さんがもがいているため水泡が散らばり、敵の姿がなかなか見えてこない。
剣を構えながら、しばらく待つが段々と息が苦しくなってくる。
だが、美馬さんが一度剣でサタン・マーメードを突き放した。敵の長い髪と白い肌、海の中でもきらきら光る鱗に覆われた下半身が泡の中を抜けて露わになった。
シャイニング・タイッ!
声には出せないが、心で強く念じる。
【TIE(=ネクタイ)・カケル所持魔溜石、A、『E』、G、H、『I』、N、P、R、S、『T』】
そして水圧がかかる中、ゆっくりと剣先を突き出す。
先端から伸びた青白い気が、サタン・マーメードの腰に巻き付いた。
再び美馬さんを捕えようとしていたサタン・マーメードは『TIE』の気に引っ張られ、止まった。
その隙に美馬さんは空気を吸うため海面へ逃げる。
サタン・マーメードはこちらをにらんだ。標的を変えた瞬間だ。下半身を華麗に振り、こちらへ迫って来る。
俺は『TIE』の気を繋いだまま、剣を上に振る。どうしても緩慢な動きになってしまうがそれでも魔法が発動されたようで、青の視界に一瞬白い光が混ざった。
セット! ライズ……!
【RISE(=上昇)・カケル所持魔溜石、A、『E』、G、H、『I』、N、P、『R』、『S』、T】
体が一気に浮上、空中へと飛び出す。
通常時なら地面から5メートルほどの高さまで上がれるのだが、海の中での発動であったため海面から3メートル程の所までしか上がらなかった。
それでも、『TIE』の気に繋がったサタン・マーメードも空中に引っ張り上げることができた。
「パーフェクト・ヒットッ!」
【HIT(=打撃の当たり、命中)・カケル所持魔溜石、A、E、G、『H』、『I』、N、P、R、S、『T』】
空中ですかさず放った『HIT』の青白い弾丸が、サタン・マーメードに炸裂。7、8メートル離れた海面へと突き飛ばした。
「海の中で戦うのは不利すぎる! 今のうちに、逃げよう!」
再び水中に落ちた俺は、すぐに叫んだ。
「でも、雛季は浮き輪があるから泳げるんだけど、速くは泳げないの」
悲しい声で言う雛季。
何も言わず、その腰の浮き輪を掴み、俺は泳ぎ始めた。そして、美馬さんの所まで行くと、彼女にも掴まるよう言った。
「『GRAPH』で速度を上げ、浜まで逃げる! 美馬さんは雛季の浮き輪を掴みながら、俺にしっかり掴まって!」
「わ、わかったわ。完全ドッキングね」と、美馬さんは雛季の浮き輪に腕を絡ませ、剣を持ったもう片方の腕を俺の肩に絡めた(水着のブラを首に掛けただけの状態)。
雛季もしっかり浮き輪と美馬さんの腕にしがみつく。
『GRAPH』発動。刀身が銀に光る。
だが、泳ぎ出す前に、背後で大きな波が起きた。サタン・マーメードがまた迫って来ていた。
「速っ! マズい!」
「鮮烈シュートッ!」
美馬さんが一旦俺の肩を離し、剣先を相手に向けた。青白い気が飛んで行く。
しかし、敵はすぐに海中に潜った。美馬さんの気は海面と平行に進み、敵の上を過ぎて行ってしまった。
「ああ! 来ちゃう! 来ちゃうよ~!」と、一番後ろの雛季が騒ぐ。
確かに人魚の魔獣は潜ったまま、迫ってきている。
そして大きな飛沫を上げ、雛季のすぐ後ろで姿を現した。
「うわぁ!」
しかしその直後、サタン・マーメードはまた後ろに跳ねた。海面を滑るように、5メートル程後ろへ。同時に、青白い光も飛んで行った。
「雛ちゃん! 逃げて!」
前方に小さく見える美咲が、青白く光る剣を片手に叫んでいた。彼女が攻撃魔法を放ってくれたのだ。
「お姉ちゃん!」
「美咲、それに鹿角も……」
「綺麗な人魚さんには悪いけど、もう4、5発! アミナ・マーチッ!」と、鹿角も剣を振り下ろす。
【MARCH(=行進、行進曲)・鹿角所持魔溜石、『A』、『C』、E、『H』、『M』、O、『R』、S、T】
赤いレンガのような気が幾つも『行進』するように連続で飛んで行き、サタン・マーメードのいる海面を撃った。水飛沫と共に人の悲鳴に似た甲高い声が聞こえる。
「すぐにそっちへ行く! 二人も掴まってくれ!」
俺はそう言ってから美馬さんに自身の剣を預け、前に向き直り、泳ぎを始めた。美馬さんはまた俺の背に抱きつき、片手では雛季の浮き輪を掴む。
三人は一気に加速した。やや気持ちに乱れがあったが、『GRAPH』によるスピードアップはうまく行ったようだ。
あっという間に美咲と鹿角の横へ。
二人も少し慌てながら、美咲は雛季に、鹿角は美馬さんに掴まった。
五人塊になって、さらに浜へ進んで行く。浜辺にいるトラヒメや他のメンバーがどんどん大きくなって見える。
サタン・マーメードは倒れたのか、もう追ってこなかった。
「わ~い、助かった~!」と、雛季も遊園地のアトラクションに乗っているかのようにはしゃぎ、美咲に軽く注意される。
鹿角も「あ~、美馬さん、ブラ外れていたのね? 一体沖の方でカケル君と何していたのよ~?」と美馬さんの胸に触れる。
「ご想像にお任せするわ」
「いや、よくこんな時にそんな冗談言っていられるな……まぁ、何とか助かったけど」と、俺。
ようやく足が着く場所まで戻ってきた。
少し寂しいが美馬さんたちも離れ、ずっと浮き輪を引っ張ってもらっていた雛季も自分の足で浜辺に向かった。
手前にいたトラヒメとミュウに感謝してから、玉城たち他の女子たちにも優しく迎え入れられる。
「よくガンバったヨ、カケル君!」
玉城や松川姉さんが抱きしめてくれる。柔らかな胸の感触が心地いい。
「雛季ちゃんを助けていただいて、ありがとうございます」と、桜川や浅川たちも拍手を送ってくれた。
雛季も自分が何かを達成したかの如く誇らしげにしている。
「大丈夫でしたか、美咲先輩? 先輩の攻撃、遠くから見ていました。カッコよかったですぅ!」と二宮は、俺や美馬さんではなく、やはり美咲を労う。
「その後の私の魔法も見ていた、遥ちゃん?」と鹿角は悔しそうに言って、二宮にちょっかいを出す。そういうことをするから尊敬されないのだろう。
その間、鳩ケ谷が苦々しい顔で寄ってきた。
「……そもそもお前が雛季ちゃんから目を離したんじゃろう? むしろ非難されるべきじゃ」
彼は俺が美馬さんを抱えながら戻って来たことも気にくわないのだろう。
また、鮫川は「人魚みたいな奴が敵だっただろう? それにしてはずいぶん時間が掛かったな?」と、からかってくる。
「だったら助けに来てくれよ。とにかく、どけどけ!」
俺は二人を押しのけ、その場に倒れ込んだ。
「ああ~、疲れた……」
そこに美咲が、心配そうに近寄って来る。
「カケル君、最後『GRAPH』を使って泳ぐ速度を上げたから、代わりに体力が落ちているの?」
「いや、体力は普段通りだ。かなりの距離を泳いだから疲れただけ。それが、必死だったからさ、速度の代わりに何のグラフが下降したのかわからないんだ」と、俺は応じる。
攻撃力が落ちているのか、防御力が落ちているのか、あるいは魔法の発動範囲が狭まっているのか……。
「まぁ、何が犠牲になったのかはわからないけど、敵があれ以上追いかけて来なかったからよかったね」と、美咲は安堵の微笑を見せる。
俺は仰向けで息を整えながらうなずいた。
その直後。
「いぐっ!」と、俺は顔をしかめた。
「ど、どうしたの、カケル君? え? キャッ」と、美咲をはじめ女子たちが叫び、一歩下がった。
俺は突然股間に痛みを感じ、声を出してしまったのだが、見れば、股間がもっこりしている。
下がった美咲たちの代わりに前に出てきた鹿角が、目を瞬かせる。
「ええ? もっこりしている……」
「ああ、私がしばらく抱きついていたからね? いけない子」と、美馬さんが色っぽく微笑む。
「違うっ! 何かが海パンの中にいる! そして、痛てぇ……!」
俺は海パンに手を突っ込み、股間にいる何かを引っ張り出した。
砂浜に放り投げられたそれは、カニの一種だった。
「カ、カニのハサミに、は、挟まれた……」と、俺は股間を労わりながら震える声で言った。
「ブハハハッ! そんな奴、現実にいるんだな!」と、鮫川は笑った。
鹿角も引き笑い、美咲や桜川たちは顔を逸らした。
「天罰じゃ、天罰! ワシが股間を負傷した時に笑ったからじゃ。どうじゃ? これで人の苦しみがわかったか?」と、鳩ケ谷は勢いづく。
「……鳩ケ谷のことは関係ないが、しかしこれはある意味天罰なのかもしれん」と、俺。
「どういうこと?」と、広尾。
「『GRAPH』で速度アップの犠牲になったのは、ラッキー度だったのかも……。速度グラフを上昇させた分、何かの力が下がる……それがたまたまラッキー度の降下……つまりアンラッキーなことが起きたってわけ」
俺は顔を歪めたまま唸るようにそう答える。
「それが本当だとしたら、マジで恐ろしい魔法じゃな。ワシなら絶対封印じゃ」と、鳩ケ谷は引き笑いで言った。
【挿絵】左からサタン・メーメード、雛季、美馬(右上)、カケル(右下)




