第837話・夏だな、夏なんだな
夏休み、しばらく働きづめだった俺たちは、久しぶりの休暇を海で取ることに。
そうと決まると、彼女たちは早速持って行く服や水着を決め、はしゃいだ。
もちろん雛季は持って行くお菓子なども考え始め、桜川は心配性なので浮き輪の点検を、浅川や小牧やミュウや二宮も泳ぎが得意ではないということで思い出したように浮き輪を確認、広尾や東御などは虫よけや紫外線対策グッズなども準備、美咲や坂出はこの海水浴で掛かる出費について話し合う。
美咲や坂出はともかく雛季たちについては浮かれすぎだと思ったが、この17人の水着姿をいっぺんに見られることを考えると、俺も段々ハイな気分になってきた。
それは後日誘われた鳩ケ谷も同じで……と言うか俺以上に、興奮、高揚、狂喜、深謝、有頂天、飛び跳ね、胸躍らせ、感極まり、奇声を発し、万歳し、小躍りし、にやけ、うれし泣き、最終的に脱糞……いや、脱糞はしていなかったかもしれないが、したと言ってもいいぐらいに喜んだ。
一方、鮫川は「お前らと産卵期のアカガニみたいにゾロゾロ海なんか行きたくない」と初めは乗り気ではなかったが、グループから離れてしまって子供の虐待を始めるメスゴリラのように可哀そうなのでしつこく誘ってやると、「暇だし仕方ねぇな」、「たまには泳ぎで体を鍛えるのも悪くないし、水棲の魔獣も倒してぇからな」などと言ってついて来ることになった。
本当は行きたかったんだね、可愛いね。
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当日。
『ビッグドーナツ』のメンバーが防具や着替えなどを入れた背嚢を背負い、腰に『エイト剣』や『エイト弓』を携えた格好で外に出ると、すでに鳩ケ谷と鮫川が待っていた。彼らも私服に剣だけ吊るし、防具は袋に入れているようだ。
「わ~い、ポッポ君、鮫ちゃ~ん!」と、まずは雛季が駆け寄り、トラヒメも何事かという感じで駆け足になる。
「おお~、みんな! 待っておったよ!」と、鳩ケ谷も満面の笑みだ。
「まだ約束の時間ではないけど、もう来ていたのね」と、美咲が少し苦笑い。
「俺はさっき来たばかりだ。お前ら姉妹の両親がうるさいからな」と、鮫川はあまり興味がないというような意味のないアピールをする。
「お前はだいぶ前から来ていそうだな、鳩ケ谷?」と俺が訊くと、彼は照れた。
「ま、まあな。2時間ばかり早く来てしまった」
「2時間? 逃さんとする意気込みが凄いな」と、俺は目一杯引いた。
「ハハハ……私たちに置いて行かれると思ったのね? まぁ、実際時間になってもいなかったら置いていくつもりだったけどね」と鹿角がいたずらっぽく笑い、「置いて行くつもりだったんかい……危なかった~」と鳩ケ谷は胸を撫で下ろす。
それから鳩ケ谷は歩きながらも、薄着の女子たちを眺め、にんまりしていた。
女子たちの私服は確かに、いつも一緒に生活している俺は見慣れているが、鳩ケ谷からしたら魅力的だっただろう。
ボタンシャツに短パンの美咲、フリフリの服に短パンという浅川、ボタンシャツに長ズボンという坂出などはいつものように隙がない格好だが、雛季、青葉、東御、二宮はTシャツにミニスカート、頭に麦わら帽子を被った桜川と、小牧、ミュウ、広尾もワンピースのスカートは裾が短い(ちなみに二宮はいつもの紺の帽子の耳当てを頭頂部で結んでいるので、それはキャップのように見える)。
松川姉さん(頭にはつばの広い白の帽子)と美馬さん(頭にはつばの広い黒の帽子)もワンピースで裾は短く、さらに胸元も広く開いているため深い谷間が見える。
ホットパンツの鹿角、中間、宇佐、ミニスカートの玉城も、上のTシャツの胸元が大きく開いていて谷間が見られる。
というわけで、鳩ケ谷がチラチラ見ていかにもエロい妄想していそうな顔をしているのも無理はないかもしれない。
ちなみに、どうでもいいことかもしれないが、男子勢は俺が黒いポロシャツに薄茶の短パン、鳩ケ谷は皮がブカブカしているみかんみたいにやや大きめの山吹色のTシャツに紺の短パン、鮫川は爺さん婆さんから訊き出した銀行の暗証番号なのか数字の羅列が書かれた白のTシャツに、黒い短パンという格好だ。
この人数なので、さすがにトラヒメに頼ることもできず、巨大馬車2台に10人ずつ乗って、南東門の先まで向かった。
南東門から漁村までの道を進んでいると、前を行っている馬車(俺を含む男子と琴浦姉妹や鹿角などが乗っている)の運転手が急ブレーキをかけた。馬は嘶き、足を止める。
いきなり停まったので、幌の中の俺たちは前のめりとなり、鳩ケ谷は前に座っていた青葉や東御にわざとらしく体を寄せて怒られ、俺も、横向きに座る美咲やその隣の二宮の膝の上にダイブする形となって、二宮に注意をされてしまった(鳩ケ谷と違い、俺はわざとじゃないのに)。
「一体何? どうしたんです? 急に」と、鹿角が運転手に問い掛ける。
「人が飛び出してきたんですよ、危ないなぁ。轢くところだったよ」と、運転手は顔をしかめながら道端に目を向ける。
「人が? 大丈夫かな?」と、美咲は幌の隙間から外をのぞいた。
俺もその後ろから(二宮にうっとうしがられながら)のぞき見てみる。
「危ないってのはこっちのセリフだ! ああ、足が痛いな……少し馬に踏まれたかもしれん……」
道端にいた上半身裸の全身日に焼けた髭のオッサンが、持っていた釣り竿とバケツを揺らしながら叫んでいる。
その顔に見覚えがあった。美咲も「あ……」と声を漏らす。
声に聞き覚えがあったからだろう、鹿角も慌てて幌の前から顔を出し、そのオッサンを確認した。
「……やっぱり。伯父さん……」と、鹿角は呆然となって呟く。
「あ、あの人、知ってるの!」と、雛季も憶えていた。
そう、馬車の前に飛び出してきたというそのオッサンは、去年の夏に俺たちも会った鹿角の伯父さん(父親の兄)だったのだ。
「げっ……愛海那たち?」と、鹿角の伯父さんも顔を引きつらせた。
「あ、そうだ。愛海那ちゃんのお父さんだ!」
「多分、伯父さんですね」と、桜川が雛季の訂正をする。
「そう。お父さんはもっと真面目よ。これはダメな伯父さん」と、鹿角は血相を変えて言う。
「ダメなとは何だよ……」と、伯父さんの方も眉間にシワを刻む。
「それより、足は大丈夫なんですか?」
冷たい口調の鹿角とは違って、美咲は心配そうに問いかけた。
「あ、ああ~……優しいな、君は。えっと、足は……まぁ、大丈夫かな?」と、鹿角の伯父さんはサンダルを履いた片足をブラブラさせた。
「そりゃ、轢いていないからな」と運転手がぶっきらぼうに言い、伯父さんは眉を吊り上げる。
「いや、馬に踏まれたんだ。姪っ子に免じて許してやるけど……」
「……ねぇ、伯父さん。まさか、当たり屋みたいなことをしようとしていたんじゃないよね?」と、鹿角はジト目で言った。
俺もそんな気がしている。昨年少しだけこの人を知って、そういうことをしそうな人だという気がする。
「そ、そんなわけないだろう? 伯父に対して酷い言い方だな、まったく」
鹿角の伯父さんはやや動揺を見せた。どうやら当たり屋のようなことをしようとしたのは本当らしい。
長い溜息の後、鹿角は言った。
「伯父さん……。しっかり働いて稼いでよ。当たり屋なんて、捕まるよ?」
「だから当たり屋はしてないって。それに、今日は魚釣るからよ」
「釣れればいいけどね……。せっかく『エイト弓』が使えるんだから、魔溜石採取しなよ……」と、鹿角は諦め半分に言った。
伯父さんは少し黄ばんだ歯を見せて、堂々と返す。
「そんなに命賭けて頑張ることはない。前世で頑張ったから現世は一休み、来世で頑張るから現世は一休み、さ」
「はぁ~……」と、鹿角は溜息。
「それより、後ろのも愛海那の友達か? 女の子たくさんだな? 海水浴か?」と訊く伯父さんを黙殺し、運転手に馬車を進ませた。
「お~い、無視かよ?」
「いいの、鹿角さん?」と美咲や桜川あたりは気にするが、鹿角は手をひらひら振って「いいの、いいの。教えるとついてきちゃうから、女には弱いから」と言った。
「少し気の毒じゃの」と、呟く鳩ケ谷。
「……女好きのぐうたらということで、何となくシンパシーを感じているのか?」と、俺。
「そうじゃないわい!」
鹿角の伯父さんと別れてから、さらに南下し、すっかり潮の香りが漂う場所まで来たところで一行は馬車を下りた。
そして近くの食堂で軽く昼食を取ることに。
しかしここで鮫川や中間が少し吠えることになった。
「ハンバーガーがない? メニューに書いているじゃないか?」
「ハンバーガーはともかく、トマトパスタもないわけ?」と、彼らが注文しようとしたものが売り切れたと言われたからだ。
「申し訳ありません。このシーズンは客が多いので……特に、先日『プライド』さん一行もやって来ましたからね」と、女性店員が言い訳する。
「『プライド』の連中が来ているのか……」と俺が呟くと、店員はすかさず言葉を継いだ。
「毎年この近くの森で合宿と、海辺でバカンスをするんですよ。先ほど彼らがゾロゾロと来て、たくさん注文されまして、メニューの幾つかの材料が切れてしまったんです。ごめんなさい」
「食い漁っていったわけか」と、鮫川が歯ぎしりする。
「それなら仕方ないね。彼らの方が先に来たんだから」と、美咲や坂出などが諭す。
「ハンバーガーでなくても、ホットドッグでいいじゃない、鮫川君? ほら、こんなに太くてジューシーなソーセージが挟まっているわよ?」
美馬さんがそう言って、自分の頼んだホットドッグのソーセージを艶やかな唇に咥える。
「これじゃ、これじゃ~。やっとワシの夏がやって来た~」と、囁く鳩ケ谷。
俺は美馬さんのセクシーな口元をしっかり見てから、鳩ケ谷には白い目を向ける。
「何が、これじゃ、これじゃだよ……」
「亜紗美も、シーフードパスタにすればいいじゃない?」と、広尾。
「おいしいですよ。新鮮です、近いとあって、海が」と、東御。
確かに彼女たちをはじめ多くのメンバーが頼んだそのパスタは貝やらエビやらイカが載っておいしそうだ。
「カレーもラーメンもおいしいよ~」と二つ注文した上、美咲や桜川たちの物も少し貰っている雛季も、満足げに言った。
結局中間はシーフードパスタを、鮫川は美馬さんの薦めるホットドッグは避け、カツサンドと元々頼んでいたラーメンにした。
それから歩いて浜辺に出た。
鹿角や雛季を中心にテンションが上がり、いよいよ女子が水着姿になるということで、鳩ケ谷の興奮度もどんどん上がり、このまま昇天しても本望なんじゃなかろうかと思うほどだ。
浜辺の隅に置かれた着替え用の小屋は女子たちに譲り、俺たち男子三人は外で着替える。それをトラヒメがつまらなさそうに見ていた。
俺たちの着替えはさっさと終わった。俺は黒の短パン水着、鮫川は紺の短パン水着、鳩ケ谷はコゲチャオニグモみたいな色の短パン水着だ。
小屋の中からはキャッキャ、キャッキャと女子たちの楽しげな声がする。
浜辺にいる他の海水浴客の目がなければ、鳩ケ谷は室内を何とかのぞこうとしただろう。そして俺も彼に誘われ、仕方なくのぞいてしまっていただろう。
ノゾキができない代わりと言っては何だが、鳩ケ谷は女子の着替えを待っている間、他の海水浴客を盗み見ていた(女性限定)。
この世界の女性は大胆な格好をしていることが多い。特に、気温が高い6月から10月あたりはより薄着になる。
普段からそれだから、水着もセクシーなものが多く、Tバックやかなりのハイレグも見られるし、時にはトップレスでいる者も見られるのだ。
鳩ケ谷は指で望遠鏡を作り、そんな女性たちを眺め、「うひゃ~、やっぱ最高じゃ」とはしゃいだ。




