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第834話・WE ARE THE CHAMPION

 鳩ケ谷(はとがや)越しに、諸塚(もろつか)が迫って来るのが見える。


「ホント、しつこいよ、あんたら。ここで休んでいてくれ! アイドラー・チェアー!」

【CHAIR(=椅子)・諸塚所持魔溜石、『A』、『C』、C、『H』、『I』、M、N、O、P、『R』、S、U】


 諸塚が剣先を鳩ケ谷の足元に向けた。

 前方に剣を構えていた鳩ケ谷はあっけにとられ、足元から広がる黄緑の気に簡単に包まれてしまった。

 その気は魔法名のように、まるで椅子のような形となった。そこに座った格好となった鳩ケ谷は、その場から動けなくなったようだ。


「封じてくる魔法だったんか……。くそ、これだと剣も動かしにくい」

 その気を『椅子』に見立てた場合、ひじ掛けに当たる部分が鳩ケ谷の両の腕を押さえ込んでいる。

 

 だが、彼が真正面でそれを受けてくれたことで、俺は護られた。

GRAPH(グラフ)』による体力低下もなくなり、今では体が軽い。


「セット! トリップ! パーフェクト……」

【TRIP(=旅行)・カケル所持魔溜石、A、E、G、H、『I』、N、『P』、『R』、S、『T』】


 俺は前進しながら剣を構える。『SET(セット)』でまず『TRIP』が発動され、諸塚に接近。

「ヒットォッ!」

 そこへ、わずかに遅れて『HIT』の青白い弾丸が撃ち込まれる。

【HIT(=打撃の当たり、命中)・カケル所持魔溜石、A、E、G、『H』、『I』、N、P、R、S、『T』】


 諸塚はまた『クッション』という防御魔法で防ぎに行ったが、わずかに『HIT』の威力が勝って、黄緑の光は屑と化す。

 うめきながら突き飛ばされる諸塚。


 しかし、転がりながらも自身の剣を振りやがった。

「おあああっ! チャンピオン・ロードッ!」

【CHAMPION(=優勝者、チャンピオン)・諸塚所持魔溜石、『A』、『C』、C、『H』、『I』、『M』、『N』、『O』、『P』、R、S、U】


「なっ……大きいっ!」

 放たれた青白い気は空中で巨大化、六畳一間なら埋まってしまいそうなほどの大きさになる。

「後ろには民家もあるんだぞ、バカ野郎! ウォーリア・グラフッ!」

【GRAPH(=グラフ、図表)・カケル所持魔溜石、『A』、E、『G』、『H』、I、N、『P』、『R』、S、T】


 俺は防御力アップを念じて『GRAPH』を発動。

 広がった銀の気の壁が、『CHAMPION』なる火系の攻撃魔法(おそらく特大攻撃魔法)と衝突。激しいフラッシュとビリビリとした音の中、青と銀の光の欠片が飛び散る。


『GRAPH』によって間違いなく防御力は上がったようだが、それでもぶつかってきたのは特大の攻撃魔法だ。俺は流れてくる強風に押され、何メートルも後ろへ行ってしまう。


「瀬戸ぉ! また『GRAPH』を……。防ぎ切っても、その後どうすんじゃ? ああ、クソ!」

 未だ『CHAIR』に固定されたままの鳩ケ谷は苦々しく呟きながらも、わずかに動く手で何とか自身の剣先をこちらに向けた。

「グラマー・ナースッ!」

【NURSE(=看護師)・鳩ケ谷所持魔溜石、A、『E』、H、M、『N』、『R』、『S』、『U』、X】


 白い光が飛んできて俺の体を包み、より強い光を発した。光は子供をベッドの上に運ぶ親の手のように優しく俺をまた地面に下ろす。失われていた体力が戻って来た。

「魔法名は恥ずかしいが、助かった、鳩ケ谷! サンキュー」

 俺は礼を言いつつ、すぐに剣を構える。

 

 すでに諸塚が体勢を整え、再び剣を腰の横に引いていた。刀身は大きな青白い光に包まれている。

「もう一発! チャンピオン・ロードッ!」


「ウォーリア・グラフッ! 防御力アップを!」

 俺は銀の気を発光させ、迎え撃つ……。

 しかし、銀の光は俺の前に壁を作らず、諸塚の方に流れて行った。


「? マズ……失敗か?」

 俺は焦った。慌ててまた剣を構える。

 

 だが、諸塚が放った『CHAMPION』の気もこちらへ飛んで来ない。諸塚が足を滑らせ、『エイト剣』の先が空に向かったからだ。

『CHAMPION』の大きな青白い気は虚空(こくう)へと呑まれて行く。


「な、何だ? 何が……ぶっ!」

 俺が放った銀の光が煙のように漂っている地面に諸塚は倒れた。転んで頭を打ったらしい。


「……もしかして『GRAPH』が何か別のパターンで攻撃をしたのか? おい、大丈夫かよ、諸塚?」

 近寄って声を掛けると諸塚は目を開いたが、まだ意識がしっかりしないのか、あるいは抵抗を諦めたのか、しばらく立ち上がらなかった。

 

 鳩ケ谷が『HAM=ハム』を、俺は『NET=網』を発動、二重の魔法で諸塚の身動きを奪った。

 諸塚ももうそれを破る気力はないようで、俺たちに従って帰った。

 

 ちなみに俺が最後に発動した『GRAPH』は俺の防御力を奪っただけだったようで(あるいは魔法の発動距離に関する能力も下がっているかもしれないが)、『NET』はいつもの強度を保っていた。

 



 すでに二宮は宿からいなくなっており、彼女も含めたメンバーたちとは寮の食堂で再会した。

 

 怖がる二宮に代わり鹿角(かづの)たちが諸塚をこっぴどく叱り、諸塚の方は土下座までして謝った。当然だが、それでもなかなか許してもらえなかった。

 

 最終的に、諸塚は寮や学校内で二宮に話しかけない、半径3メートル以内に近寄らないなどのルールを設けることで、二宮が許した。

 

 未だ二宮に好意を寄せている様子の諸塚にとっては辛いだろうが、本来なら退学処分あるいは逮捕されていてもおかしくない事案なので、当然守るべきだ。むしろこの期に及んでも話したい、近づきたいと思う方がおかしいのだ。


「……守らなかったら?」と、諸塚は試しにという感じで訊いてきた。

「冬季オリン●ックのノルウェーの金メダル獲得数だけ殴らせてもらう」と、俺。

「よくわからないけど、すごく殴られそうな気がする……」と、諸塚は顔を引きつらせた。


「それと、今回のことを教師に報告することになるわよ?」

 鹿角がそう付け加えると、「ま、守りますよ。近づきません!」と改めて言った。


「……それと」と、鹿角はさらに言った。

「諸塚君。残念だけど、『グラジオラス』も去ってもらうことになるわ」


「そ、それは……」と言い返そうとした諸塚だが、美咲にしがみつく二宮を一度見て、彼女に顔を背けられると言葉を引っ込めた。

「……わかりました」


「二宮ちゃんが怖がっているからね。パーティーの活動でも顔を合わせることはできないわ」と、鹿角。

 美咲や青葉たちだけでなく、雛季(ひなき)もいつになく深刻な顔つきでうなずいている。

 

「わかりました。『グラジオラス』も辞めます。短い間でしたが、ありがとうございました」と、諸塚はボソボソ言って1年生棟に去って行った。


「少し可哀そうだけど、遥ちゃんをいじめたから仕方ないよね」と雛季が呟き、二宮の肩を優しくさする。

「でも、1年生棟さんにいる間など、本当に何もしてこないでしょうか? 自分のことに置き換えると、仕返しなどが怖いです」と桜川が言うと、二宮も不安げな顔でうなずいた。


「そうだね。登下校時や寮にいる時は私たちの傍にいればいいけどね……」

 美咲が何気なく言うと、「美咲さん……はい、一緒にいたいです」と二宮は目を輝かす。


「それ以外の時間は、深空(みそら)ちゃんや他の『黒衣(こくい)の花嫁』メンバーとできるだけいるようにしたらいいんじゃないかな?」

「あ、うん。『花嫁』さんは強い人がたくさん多いから、護ってもらえるね」と、青葉の意見に雛季も乗り、美咲や東御(とうみ)も二宮にそうするように言った。


「『黒衣の花嫁』は私たちと仲間みたいなものだからね」と、鹿角。

「そう思っているのは俺たちだけだと思うけど……」と、俺はツッコむ。


「それと、鳩ケ谷君。君も……」

「ええ? な、何じゃ?」

 突然鹿角に冷たい視線を向けられた鳩ケ谷は動揺した。

 諸塚は告げ口をしていないので、彼が宿の隣室をのぞこうとしていた罪を知っているのは俺だけなのだが、なぜか鹿角たちにバレていて(とが)められると思ったらしい。

 

 しかし鹿角は今日のことを言いたかったわけではないらしい。

「これまで君も、諸塚君のことを責められないようなことをしているからね。これを機に、君も品行方正な人にならないと」


「鹿角ちゃんに言われたくないというのはあるが……ああ、いや、何でもありません。じゃが、それは瀬戸にも言えることで……」と、鳩ケ谷は俺に矛先を向けさせた。

「いや、俺はお前ほどでは……」と言い返すが、すぐに美咲の言葉が遮った。

「カケル君についても、これから注意するところだよ」


「えええ?」と、俺は目を丸くする。

「カケル君は今回、実際に二宮さんの下着姿を見てしまったわけだからね?」

「二宮ちゃんはそれもショックらしいのよ」と、鹿角もわずかに笑みをこぼして言った。

 

 二宮に視線を向けると、帽子のつばを下げて目を隠した。

「いや、助け出すためだし、そもそも窓の外からはベッドに横になって寝ていた君の下着は見えないって。見えても寝顔ぐらい……」

 実は少し見ているのだが、部屋も薄暗かったし、はっきり見ていないのは事実だ。

 

 しかし、二宮は別の所に食いついた。

「寝顔……。寝顔を見たのですか?」

「いや、そこは恥ずかしがることでも……ああ、指しゃぶりしていたから恥ずかし……」


「ああ~!」と二宮はいきなり大声を発して、俺の言葉を遮った。

 しかし他の者たちにもしっかり聞こえてしまったようで、

「え? 二宮ちゃん、指しゃぶりして寝ているんだ?」

「可愛いな~」と鹿角や青葉が笑みを見せ、「ダメだよ、からかっちゃ。悩んでいるのかもしれないし」と東御が注意する。


「アハッ、雛季もちょっと前までしていたの。でも12歳ぐらいで、いつの間にかしなくなったの」

「わ、私もしていましたよ、8歳さんぐらいまで」

 雛季と桜川も励まそうとして言ったが、15歳の二宮にはあまり助けになっていないし、むしろ雛季さえ12歳で自然とやめているという事実は二宮の心を軽くえぐったようだ。彼女は顔を真っ赤にし、ついにはテーブルに突っ伏した。


「ワシはそういうの、逆に愛らしくなるのぉ。萌える」

「鳩ケ谷君……! そういうのが一番いらないやつだよ?」と、美咲が注意する。


「じ、地雷を踏んじまったな……。すまん、二宮」と、俺はこちらを見ていない相手に向かって頭を下げる。

「美咲さんにしか、打ち明けていなかったのに~……」と、二宮は(おもて)を伏せたまま泣き声で言った。

「何だ、やっぱり美咲ちゃんだけは知っていたのね」と、鹿角はその関係性を少し羨ましそうだ。


「寝ている時だけじゃなくて、不安になる時にもしゃぶってしまう癖があるらしいの。気持ちを落ち着かせるためだし、彼女自身止めようと努力しているから、笑わないであげてね」

「笑わないよ~。雛季も12歳までしてたも~ん」と、雛季。

 だからそれが一番傷つくんだよ……と、心でツッコむ。


「美咲さん……ありがとうございます。やっぱり、優しい~」

 二宮はようやく頭を上げ、美咲の肩にすり寄った。美咲は照れ笑い。

 しかし二宮は、俺にはムッとした顔を向けてくる。


「そ、それよりも……話を変えないでください、瀬戸さん。これからは気をつけてください!」

「く……わ、わかっているよ」と、俺は視線を逸らした。

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