第833話・悪魔をやっつけろ
眠りを誘う特殊攻撃魔法・『NAP=うたた寝』を食らってしまい、瞼が重くなってくる。
しかし耐えねば……。
諸塚がまた走り出した。追わなければならない。
「セット! トリップ! トリップ!」
【SET(=セット、一組)・カケル所持魔溜石、A、『E』、G、H、I、N、P、R、『S』、『T』】
【TRIP(=旅行)・カケル所持魔溜石、A、E、G、H、『I』、N、『P』、『R』、S、『T』】
『SET』によって可能となった『TRIP』の連続発動で、諸塚との距離を一気に追い詰め、追い抜き、5メートルほど先に出た。
俺は少し足を滑らせながらも振り返って、諸塚の前に手を広げる。
「追ってくるなよ! 半分寝ながら……」と、諸塚は急ブレーキをかけた。
諸塚が言ったように、俺の瞼は半分……いや、8割ほど閉じかけていて、寝落ちする寸前だった。
しかし、そうしながらも、俺は『エイト剣』を振り下ろした。
「ハンターズ・ネット……!」
【NET(=網)・カケル所持魔溜石、A、『E』、G、H、I、『N』、P、R、S、『T』】
円周2メートル超の黄緑色の網状の気が諸塚を狙うが、外れて地面に溶けていった。『NAP』のせいで集中力が落ちており、狙いが外れてしまったのだ。
一方諸塚も、鼻で笑ってから、剣を振り下ろし黄緑の気を飛ばしてきた。
【PRISON(=監獄)・諸塚所持魔溜石、A、C、C、H、『I』、M、『N』、『O』、『P』、『R』、『S』、U】
それは空中で幾つもの光線となり、複雑に交じり合って『気の監獄』を作る。
そして俺は、諸塚のその『PRISON』に簡単に捕まってしまった。やはり寝ぼけているせいだ。
諸塚はこちらを一瞥してから、また走り出した。
「おい、諸塚! 逃げてどうなる? どうせまた寮で会うことになるんだぞ?」と、俺は奴の背に叫ぶ。
「2年のあなたたちとは会わないでしょう? あとは二宮だけを避ければいい」と、諸塚は振り返りながら返す。
「『グラジオラス』はどうなる? 話を聞いたら鹿角たちが許さないだろ?」
「あのパーティー入りは、二宮と仲良くなりたかったから作った口実みたいなものですからね。まぁ、篠山さんたちは俺にいてほしいでしょうけど」
言い終わるが早いか、諸塚はまた走り出した。
「あ、おい! くそ! 邪魔だ、『PRISON』!」
俺はダメもとで『PRISON』の気に内側から斬りかかってみた。しかし、魔法力で負けているのか、『PRISON』の気はやはり壊れない。
「くそっ……! 『NAP』はもう解けているから、割と本気に近い力で斬りつけているんだが……。元々の力で負けているのか……先輩なのに恥ずかしい……ん? 待て、通常の力なら負けているが、何倍にもなったら?」
俺は最近訓練を積んでいる『GRAPH』のことを思い出した。
「そうだ。あれで一時的に攻撃力をアップしたら……。攻撃をイメージして……ウォーリア・グラフッ!」
【GRAPH(=グラフ、図表)・カケル所持魔溜石、『A』、E、『G』、『H』、I、N、『P』、『R』、S、T】
両手で握った剣の、刀身が銀に光る。
目を閉じ、幾つかの棒グラフを頭に浮かべる! そのうちの一つを突き伸ばすイメージ!
目を開く。瞬間、銀の光が視界を満たす。
「うまく行ったか……?」と呟きながら、剣を振った。
銀の斬撃が、体を囲う光の檻……『PRISON』にぶつかって、黄緑の光が飛び散った。
明滅が収まると、『PRISON』はなくなっていた。
「よし! イメージ通り攻撃力を上げられたぞ!」
「おい、それより……」
喜ぶ俺に、茂みから飛び出してきた鳩ケ谷が声を掛けてくる。
「諸塚が逃げて行っただろう? 早く追わんでいいんか?」
「ああ、鳩ケ谷……。逃げていたお前に急かされたくはないが……ん? くっ、うまく走れな……い……」
諸塚が向かった方へ走り出そうとしたが、何だか体が重く、速く走れない。
「新しい魔法のせいじゃな? 攻撃力を上げた分、速度が落ちているんじゃ。ったく、使えないんじゃないか、その魔法……」
「うるせぇ……。それならお前があいつを追え!」と、俺は鳩ケ谷を睨む。
並走する鳩ケ谷は「いや、それは……」とごまかし笑いを見せる。
「諸塚は、二宮を襲おうとした奴だ。あの子の下着姿もまじまじ見ている。許せないと思わないか?」
俺は走りながら言った。多少速度は上がっているが、まだ鳩ケ谷よりもだいぶ遅く、並走する鳩ケ谷が俺に合わせて速度を落としている状況は変わらない。
「……そう考えると、腹が立ってくるな」
「そうだろう? お前には『RUN』という加速する魔法があったな? それで先に追いついて止めてくれないか?」
「すぐに来るんじゃろうな?」
「ああ……。現に、徐々に速度は上がっているだろう?」
「まあな……。じゃあ、できるだけ早くしろよ。ワシも正直、どこまで止められるか……ラン・ボーイ・ラン!」
【RUN(=走ること、走力)・鳩ケ谷所持魔溜石、A、E、H、M、『N』、『R』、S、『U』、X】
不安げに言いつつ、鳩ケ谷は剣を振った。彼の体が銀色の光に包まれ、そして加速、その後ろ姿は一気に前方へ消えて行く。
俺も、徐々に通常の走りに戻っていった。
横道があれば必ず目を向けながらしばらく進んでいると、右手の林の方から諸塚の声がした。
足を止め目を移せば、今まさに諸塚が『NAP』を飛ばしてきたところだった。
手前にいる鳩ケ谷は『URN』でそれを何とか防ぐ。
【URN(=つぼ、かめ)・鳩ケ谷所持魔溜石、A、E、H、M、『N』、『R』、S、『U』、X】
「この1年坊主! 先輩の女に手を出しおって! ラッシュ・オブ・アンガー!」
【RUSH(=突進)・鳩ケ谷所持魔溜石、A、E、『H』、M、N、『R』、『S』、『U』、X】
鳩ケ谷が反撃に出る。彼の刀身から青白い中型犬ぐらいのサイズの楕円の気が射出された。
「いつ二宮があんたの女になったんだ? ケツの穴でもくすぐっていろよ、先輩! ダイヤモンド・クッションッ!」
【CUSHION(=クッション)・諸塚所持魔溜石、A、『C』、C、『H』、『I』、M、『N』、『O』、P、R、『S』、『U』】
諸塚の体の前にある剣から黄緑の光が放たれ、厚みのある菱形の塊にとなった。
そこに青白い『RUSH』の気が突っ込み、双方の気が激しく散っていく。
「ぬぅ……『RUSH』をあっさりと。だから嫌なんじゃ、自分より強い後輩は!」
恐ろしく情けない言葉を漏らす鳩ケ谷の横を、俺は追い抜いて行った。
すでに『TRIP』を発動し、諸塚との距離を一気に詰めた。
「瀬戸さん……あんたもしつこいなぁ! エクストリーム・サーカス・ヘルッ!」
【CIRCUS(=サーカス)・諸塚所持魔溜石、A、『C』、『C』、H、『I』、M、N、O、P、『R』、『S』、『U』】
「何だそれは? ああん?」
馬鹿にして言うつもりが、驚きの声を出してしまった。
諸塚の体が人間離れしたバク転をし、俺が振り下ろした剣をかわす。
同時に向こうからは自転車のホイールのような赤い気が幾つも飛んできた。
諸塚本人の動き、一輪車、猛獣がくぐる火の輪を連想させるリング状の気が、なるほど『サーカス』のようだ。
俺は咄嗟に引き戻した剣で『NEST=巣』を発動、その赤い火系の攻撃を防ぐ。
しかし、やはり諸塚は元々魔法能力が高いようで、その気も一つ一つ威力があった。気づけば俺は10メートル以上押されていた。
後ろに流れて行った木に当たり、幹を裂き、あるいは燃やす。
その間、諸塚は再び剣を振り下ろした。今度は鳩ケ谷に向けられた攻撃だ。
「マッハ・ブロウッ!」
【MACH(=マッハ)・諸塚所持魔溜石、『A』、『C』、C、『H』、I、『M』、N、O、P、R、S、U】
スピードある攻撃魔法だ。肉眼で追うのは困難な速度で飛ぶ青白い気の球は、防御不充分の鳩ケ谷を突き飛ばした。
「ぐああっ! 痛い! 痛いっ!」
「落ち着け、鳩ケ谷……あ、また逃げる!」
後方に転がっていった彼に目を向けている間、諸塚は前方の木々の中を進みだした。
「待て、シャイニング・タイッ!」
俺は剣を振り下ろし、青白いネクタイのような気を前に伸ばした。
しかし、その『TIE』に限らず魔法の多くには発動距離に限度がある。諸塚の後ろ姿はすでに『TIE』(俺が現在使える『TIE』)が伸びる距離以上に離れていたのだ。
「ちくしょう……届かないか……んん?」
しかし、一度止まりかけた『TIE』は再び伸び始め、木立の中を進む諸塚を追った。
「まだ……伸びる? 『TIE』が強化されているのか……いや、違う」
俺は自分の体にだるさを感じた。これは、『GRAPH』によって攻撃力やスピードを上げた時に感じる体力の消耗だ。
「……なるほど。『GRAPH』には魔法の発動範囲を広げる効果もあるのか。その代わり体力を失っているが……」
そう理解する間に、放たれた『TIE』が諸塚に巻きつき引き戻していた。
諸塚は慌ててがむしゃらに剣を振り、何とか『TIE』から逃れようとしている。
そして、ついに破る。青白い光が飛び散ると、諸塚は不格好に落下し地面を転がった。
一方、俺も安心していられない。この状況で反撃されたら、防御がうまく行くかわからない。俺は息を切らしながら、鳩ケ谷の後ろに回る。
「あん? おい、何しとる?」
「すまんが、防御頼む。『GRAPH』が発動されてしまって、体力が落ちたみたいだ」
「バカ野郎! もう『GRAPH』は使うな! ああ、来る……」
慌てて剣を構える鳩ケ谷越しに、諸塚が迫って来るのが見える。
「ホント、しつこいよ、あんたら。ここで休んでいてくれ! アイドラー・チェアー!」




