第832話・YOU GIVE LOVE A BAD NAME ≪キャラ挿絵≫
レストランで体調を崩した二宮を、諸塚がどこかへ連れて行った?
二宮は軽いだろうが、おんぶして移動となるとさすがにそこまで遠くに移動はできないだろう。
俺たちの推測通り、先ほどのレストランから15分も歩かないうちに鳩ケ谷の魔法・『USHER=案内係』は消えた。
その近くには2軒ほどの安宿があった。
「宿の近く……。どっちかの宿で休むつもりか?」と、俺。
「休むったって、どっちの宿も……1泊するというよりは数時間の休憩だけで済ませるような宿じゃ。言っている意味がわかるか?」と、鳩ケ谷は険しい顔を俺に近づけてきた。
「大体わかる。恋人が愛を育むような場所だな?」と、俺は鳩ケ谷を突き放して言う。
「そうじゃ。そんな所へ連れ込むとは……諸塚ぁ!」
「落ち着け。毒を盛られて死にそうな奴みたいな顔になっているぞ? とにかく、まず手前の宿から行くぞ。二宮をおんぶしているなら、できるだけ近い場所に行くだろうし……。もちろん宿以外の場所に行っていることも考えられるけど」
手前の宿は、全体的に西部劇に出てきそうな木造3階建ての建物だった。
1階はスイングドアで入る酒場兼レストランになっていて、2、3階が部屋になっているようだ。
2、3階の通りに面した方は繋がったベランダとなっていて、各部屋は衝立や観葉植物で仕切られている。
俺たちは恐る恐る中に入り、カウンターの奥のマスターらしき男に諸塚のことを訊ねた、が……客のプライバシーを守るという理由で追い払われた。
また通りに出た俺は呟く。
「プライバシーがどうとか言ってくる店には見えないけどな……」
「怪しいな。まぁ、仕方ない。端の方から飛び上がって、ベランダに移るぞ」
鳩ケ谷は建物を見上げながら歩き、言った。
「マジかよ……。と言うか、お前、ノゾキをしたいだけじゃないだろうな?」と、俺。
「アホ! もちろん二宮ちゃんを助けるためじゃ! ……それは、途中で他の部屋の中が見えてしまうこともあるかもしれんが……。とにかく、人が見ていないうちに上がるぞ!」
鳩ケ谷は宿の前に立つ木の裏から通りを確認し、人が少なくなると、地面に気を当てて跳び上がった。
いつもは何だかんだ言って他人より後に行動するくせに、こういうエロが絡んでくることは早い。
俺も周りを気にしながら、2階の左端のベランダへ跳び上がった。
そこは窓のカーテンが隙間なく引かれているので、最初に降り立つには丁度いい。
下の通行人たちから見えないようしゃがみ、一時耳をそばだてた。
横の部屋からは特に何も聞こえない。話し声や色っぽい声も……。人の気配がない(寝ているだけかもしれないが)。
鳩ケ谷は肩をすくめてから、指でベランダの先を指した。そして四つん這いで隣のベランダとの仕切りの方に進みだす。
は、早いな……と思いつつ、俺も追う。
鳩ケ谷は隣室の境界付近まで来ると、そこにあった観葉植物の鉢をどかした。それをどかすとさらに板の衝立があるのだが、衝立の下には匍匐前進で行けば俺や鳩ケ谷なら通過できそうな隙間があるのだ。
鳩ケ谷は早速匍匐前進で進む。服が汚れるのもお構いなしだ。とてもこれが初めてとは思えない。普段から人の家のベランダを這ってノゾキをしているんじゃないかと疑いたくなった……いや、正直に言えば、しているのだろうと決めつけた。
俺は防具をしている分、衝立の下を抜けるのにやや戸惑った。
何をやっているんだ、という顔で鳩ケ谷が衝立を支える手助けをしてくれ、ようやく隣のベランダに移れた。
その部屋も大部分カーテンは閉じられていて、中の様子がよくわからない。人の声も聞こえてこない。
だが……。
「ん?」
カーテンの隙間で人影が動いた。俺は窓に顔を近づける。
しかし鳩ケ谷はさらに奥の部屋へ進もうとしていた。理由はハッキリしている。そちらから女性の甘い声が漏れ聞こえているからだ。
「お。おい、鳩ケ谷……」と囁いて止めようとするが、彼は無言で鉢をどかすと、また衝立の下に潜り込もうとしている。
あのエロ坊主……。
しかし俺も大差ない。目の前の部屋の中を覗き込もうとしているのだから。
こちらのカーテンの隙間に揺れていたのは、やはり諸塚の背中だった。彼がベッドに近づこうとしている。
そのベッドの上には……。
視線の角度を変えてようやく見えた。二宮らしき女の子が横たわっている。どうやら上下白の下着姿にされているようだ(色は今関係ないけど)。指しゃぶりしながら眠っているように見える。
その彼女に、諸塚が近づく。一瞬見えた彼の横顔は、にんまりとしていた。
「諸塚……まんま予想通りの行動をしていやがる」
「何? そこにいたんか? 二宮ちゃんは?」と、鳩ケ谷が伏したまま小声で訊いてくる。
「いる。寝かされている」
俺が答えると、鳩ケ谷は名残惜しそうに隣室の方を見てから……結局、衝立の下を潜り出した。
「おい?」
「すぐ戻る!」
「バカ野郎……あっ」
俺の声が聞こえたのか、部屋の中の諸塚が振り返ってこちらを見た。俺と目が合うと、彼はギョッと目を見開く。
「も、諸塚……開けろ!」
俺は窓を叩いた。
諸塚は二宮が目を覚ますことを気にしたのか、ベッドの方を何度か振り返ってから、苦り切った顔で窓を開けた。
「い、一体何なんです?」
「お前こそ、何をやっているんだ、諸塚? 嫌な予感がしたから来てみれば……どういうことだ?」と、俺は隣室を気にして声量を抑えながら言った。
「いや、あんたらの方がどうかしているでしょう? 宿のベランダにいて、人の部屋をのぞいていたんだろう?」と、諸塚はもっともなことを言う。
「それは……いや、お前が眠っている二宮をおんぶしながらここに連れ込んだのがわかったから来たんだ」
「つ、連れ込んだって……嫌だな~、先輩たち。二宮が体調悪いから休みたいと……」と、諸塚は言い訳を始める。
「レストランでお前が二宮を眠らせたのも見ていた」と、俺は鎌をかけた。
案の定、諸塚の頬は引きつり、目は泳いだ。
「もっと言えば、今日のデートも仕組まれていたよな? お前はガラの悪い友達二人を、二宮に絡ませた」
諸塚は小さく舌打ちをする。
「二宮が好きなら、もっと正々堂々と告白するべきだ」
「……したよ、何度も。しかし、全然応えてくれなかった」と、諸塚は険しい顔つきで言う。
「今日も、ずっとつれない態度で……そりゃ、自作自演をしたけど、実際に男に絡まれてそれを俺が助けることもあり得る話だろう? そういう時に、何て言うか、もっと感謝してもいいもんじゃないか? こんな嫌々デートするなんて……」
「男たちがお前の知り合いということを知らないまでも、お前が人助けを理由に見返りを求めることがわかっていたんだろう、二宮も」
「……くぅ~! 何で、何で俺の気持ちをわかってくれない……! 今日だって、もっと楽しんでさえくれれば、こんなことは……俺だって好きな人にこんなこと……! クソッ!」
諸塚は頭を抱え、なりふり構わず叫んだ。
「んん……?」
ベッドの上の二宮も、さすがに寝返りを打った。横向きで隠れていた胸やショーツがはっきりと俺の目にも入って来る。
そして彼女は上体を起こした。
俺は慌ててカーテンの後ろに隠れようとしたのだが、見つかった。
「え? え? ど、どうなって……え? 諸塚君……せ、瀬戸さん? どこ、ここ? え? な、何で下着……キャア~ッ」
おそらくまだボーっとしている頭の中でいろいろ考えた二宮は、結果叫び、自分の体の下にあった掛布団に素早く身を隠した。顔が真っ赤だ。
一方、俺も慌てて窓から離れた。
直後、右手で別の悲鳴が聞こえる。隣室にいた女の人だ。
同時に、「ヤバい、ヤバい、見つかった! しかもオッちゃん、オバちゃんだ!」と言いながら、鳩ケ谷があたふたと立ち上がり、最後は『エイト剣』を振ってベランダから跳び降りた。
ノゾキがバレて逃げるために使う……魔法の使い方としては最低ランクのクズな使い方だ。
「おおい、鳩……」
こちらの呼び止める声も無視して、通りへ落下した彼は、着地に失敗して転倒した。しかし、痛みを我慢し走って裏道へ消える。
隣のベランダでは、ランニングシャツ姿のオジさんが見下ろし、罵声を浴びせている。
「あ、あ、あんたも落ちろ!」
「え?」
諸塚が脱いでいた防具と『エイト剣』を抱えながらベランダに飛び出してきて、俺を手すりの方へ押してきた。
木製の手すりにもたれかかると大きく軋み、バキッといきなり壊れた。
「おわああっ!」
俺は一階の庇に転がり落ち、そして地面へ。
『エイト剣』を使う余裕もなかった。庇にぶつかって体の向きが変わった分、頭を打ちつけるということはなかったが、危なかった。
「痛てっ! くそ、諸塚の奴……」
通りでしゃがんだまま2階を見上げる。
キャンキャンとした二宮の高い声と、諸塚が言い訳する声、そしてどたばたとした足音が降って来る。
おそらく、諸塚は追い出されたのだろう。それならば、ここで隠れて待っていれば奴を捕まえることができる。そう思って木陰に待機していたのだが、建物の裏の方で人の叫び声がした。
俺は驚き、一度そちらを見に行った。
裏道にはカップルが立っていて、その先には走る諸塚の後ろ姿があった。そちらの窓から逃げ出したらしい。先ほどの声は、その諸塚に驚いたカップルの声だったのだ。
「クソ! 待て、諸塚! 捕まえて、二宮に謝らせて……と言うか、俺は無実だということを証明してもらう!」
前を走る諸塚は一度こちらを振り返り、俺の存在に気づいたようだ。速度を上げ、脇道に逃げ込む。
「ピット・オブ・ダークネスッ!」
【PIT(=穴、くぼみ)・カケル所持魔溜石、A、E、G、H、『I』、N、『P』、R、S、『T』】
地面に円を描くように剣先を動かす。
それに合わせ数メートル先の地面が青白く光り、小さな爆発、その場所の地面がえぐれ、深さ1メートルほどの穴が生まれた。
「とわあっ! があっ!」
諸塚は咄嗟に反応し、俺が作り出した『穴』に落ちることはなかった。しかし、縁に足を引っかけ転んだ。
俺はさらにネクタイのような形状の気・『TIE』を飛ばし、諸橋の右手に巻き付けた。
「逃げるな、諸塚! 今後も『牙』で生活するんだろう? ずっと二宮から逃げ回る気か? おとなしく捕まって、彼女に謝罪しろ!」
「許してもらえねぇだろ? ああ~、もう! あんたらが来なければ……」
「まだ言うか……」
「逃げるしかない! ずっと逃げてやる! リップ・アップ・ワールド!」
【RIP(=裂く)・諸塚所持魔溜石、A、C、C、H、『I』、M、N、O、『P』、『R』、S、U】
「お、おいっ!」
諸塚が自分の体に向けて剣を振った。『RIP』が発動され、『ネクタイ』の気を引き裂く。
飛び散る青白い光……。『TIE』の気が破られ、諸塚の腕が自由になった。
「破られた……。純太たちが言っていたように、なかなかやるな、諸塚……」
顔を引きつらせる俺に、諸塚が伸ばしていた剣の先を下に向けた。
「ウィッチズ・アンカー!」
【ANCHOR(=錨)・諸塚所持魔溜石、『A』、『C』、C、『H』、I、M、『N』、『O』、P、『R』、S、U】
黄緑の気が流れてきて、あっという間に俺の体に絡みついてくる。
その瞬間、俺の体は重くなり、手も足も動かしづらくなった。その名の通り、『船の錨』が下ろされてしまったようではないか。
さらに諸塚は「ナップ・トゥー・ヘルッ!」と剣を振ってきた。
【NAP(=昼寝、うたた寝)・諸塚所持魔溜石、『A』、C、C、H、I、M、『N』、O、『P』、R、S、U】
『NAP』は俺も使えるようになっているから、どういう魔法かはわかっている。しかし、『ANCHOR』のせいで避けきれないし、すぐに防御魔法を築くことができなかった。
「やばっ……く、う……瞼が重い……」
『NAP』は眠りを誘う特殊攻撃魔法だ。このまま目を閉じたら、眠ってしまう。耐えねば……。
【挿絵】左手前・諸塚、右奥、起き上がった二宮




