第831話・白昼の行方不明者
元・魔溜石研究部の人たちと会ってから、数日後。
俺は寮の裏にある訓練場などで『GRAPH=図表』という新しい魔法を何度か確認。
魔溜石研究部の人たちが言った通り、その名と魔法の特色を知ってイメージをしやすくなったことで素早い発動が可能になった。
しかし、まだ鍛錬が足りない。スピードアップはできるようになったが、攻撃力をアップさせたり防御力をアップさせたりすることができていない。
ましてや、それと引き換えにどの力を犠牲にするのか、自分で決めるまでにはまったく至っていない状況だ。
だから、加速の代わりに次の攻撃魔法が弱くなることがあれば(攻撃力が落ちている)、その際に飛び散る小石などを浴びて体が痛むこともある(防御力が落ちている)。
また、加速直後に短時間だけ体がだるくなることもある。これは速度が上がる代わりに体力が落ちているのだと思われる。
このように、まともに習得できていない間はかなりリスキーな魔法だ。
しかし、極めれば使える魔法でもある。
俺は、『個人戦』第3戦に向けて他の魔法を強化すると共に、この『GRAPH』の鍛錬に時間を使うことにした。
ちなみに、俺以外の『グラジオラス』メンバーも各々『個人戦』第2戦を終えていた。
グループCに入っている東御は2勝。グループGの鹿角も2勝。グループHの青葉は1勝1敗で、鳩ケ谷は2敗。グループJの雛季は1勝1敗……彼女は2戦目にA組の野木と当たって延長戦の末に勝利したのだ。
グループLの美咲は2勝、しかし同じグループには同じく連勝中のD組・塩谷がいる。グループMの桜川も初戦こそ緊張で落としてしまったのだが2戦目は勝利し、1勝1敗。グループPの鮫川は2勝、しかし同グループには連勝中の国頭がいる。
『グラジオラス』メンバーではないが、同盟関係の『メドゥシアナ』の美馬さんはグループKで、初戦にA組の市川さんに惜しくも敗れたが、2戦目は亘理であったため余裕勝ちした。ちなみに亘理もやはり2連敗中。
グループQの白鷹は1勝1敗、グループTの目黒さんは2勝、グループNの吾妻は2敗、グループAの朝霞さん、グループBの月形さん、グループDの駿河、グループEの出水さん、グループFの羽村などは順当に2連勝中。
そして俺のいるグループRの神栖ももちろん2連勝していた。
一年次と同じように連敗中の鳩ケ谷や亘理たちを除けば、俺の周りの者たちはここまではみんな満足のいく結果だ。
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そうして迎えた次の休日。
午前中、寮の裏の訓練場で魔法発動の訓練をしていた俺。
そこへ、美咲たちがやって来た。
「がんばるね、カケル君。はい、お茶」
美咲は寮の食堂の麦茶(無料で飲める)を入れた水筒をくれた。
「雛季が入れてあげたんだよ~」
「ああ、ありがとう。汗かきすぎて、ぶっ倒れそうだったんだ」と俺はタオルで汗を拭きながら、水筒のフタに麦茶を注いだ。
「気をつけてよ」
「だんだん暑くなっていますからね」
美咲に続いて桜川が言った。
「そうだな。これからは気をつけるよ」
そう言って2杯分麦茶を飲んでから、俺は辺りを見回した。
「しかし、今日はいないんだな、二宮は」
最近寮にいる時、俺たちのグループにはいつも二宮がいる。もちろん美咲と一緒にいたいからだ。
しかし今日は姿がなかった。
鳩ケ谷がいないことはよくあるし、ミュウも寮の手伝いをしていていないことは多いのだが、二宮がいないのは最近では珍しい。
それに雛季が答えた。
「あ~、教えてあげる~。遥ちゃん、モロボシ……諸塚君と、お昼を食べに行くんだって!」
「それってデートだよね~。やるなぁ、二宮ちゃん」と青葉が言い、鹿角は少し悔しそうな表情だ。
「何だって? いや、二宮は諸塚のこと面倒臭がっていなかったか?」と、俺は眉をひそめる。
「まぁ、それが女心というものなんじゃない?」と、鹿角が肩をすくめながら言った。
「そういうものか?」
「それが、仕方なくらしいのよ」と、美咲が言った。
「この間、外で男の人二人に声を掛けられたらしいのよ。ナンパみたい……」
「可愛いからねぇ、二宮ちゃん」と、にやける鹿角。
「怪しすぎるよ、その目……鹿角さん」と、東御がツッコむ。
俺は「ナンパ……?」と、呟く。
「そこを、諸塚君に助けてもらったんだって。だから、そのお礼も兼ねて、一回デートすることにしたらしいよ」と、美咲は続けた。
俺はハッと目を見開いた。
「男二人って、どんな奴だ?」
「さ、さぁ~、私はそこまでは……。雛ちゃん、璃紗ちゃんは何か聞いている?」
美咲に目を向けられた雛季と桜川は少し考えてから、思い出したようだ。
「あ! 一人髪が長いチョウハツだって言ってたの!」
「あと、もう一人の人が大柄さんで、怖かったと……。確か灰色の髪さんで」と、桜川も答えた。
やはり……! 千葉君たちと会ったあの日見た、諸塚と一緒にいた二人だ。
「自作自演か? 諸塚……あいつ、とんだスケコマシ野郎なんじゃ……」と俺は独り言ちてから、また雛季たちに訊いた。
「二人、どこで食事するって?」
「うん? そこまでは言っていなかったよ~」
雛季が困ったように言い、桜川や美咲も首を横に振る。
「デートなら、ちゃんとした所がいいわね。できれば高い店」
「愛海那ちゃんの希望は訊いていないよ?」と、青葉が鹿角にツッコむ。
「ちょっ……カケル君?」
前庭の方に歩き出した俺に、美咲が声を掛けてくる。俺は振り返って、「汗かいたから着替えてくるだけだよ」と告げた。
考えてみれば、諸塚がどんな手を使って二宮に近づこうが知ったことではない。もし本当にあの男たちを使って、自分をヒーローに仕立てたとしていたら卑怯なやり方だとは思うが、しかしそれもあくまできっかけづくりに利用したというだけだ。諸塚の、女の子へのアプローチの仕方が不器用というだけの話じゃないか……。
だから本当に、部屋で着替え終わったら少し横になろうかと思っていたわけだが……。
「なぬ? それで、二宮ちゃんは諸塚と飯を?」
廊下で鳩ケ谷たちに捕まり、その話をすると、彼らが騒ぎ始めた。
「に、二宮ちゃんってあの帽子の子だろう? か、可愛い子だから、し、心配だ」と、吾妻。
「もし本当に仲間を使って自分をヒーローに仕立てたというのなら、そんなことする奴はやっぱり危険じゃないかな?」と、亘理もメガネを押し上げて言う。
「いや、考え過ぎだと思ってよ……」と言いながら、俺は部屋に入った。
鳩ケ谷たちも勝手に入ってくる。
「おい、それじゃあ、放っておくんか?」
「それしかないだろ。勝手な思い込みで捜しに行ったら、きっと二宮は怒るぜ? ただでさえ俺のことを嫌っているようだし」
「そうか……お前の心配はその程度か。それなら、ワシが行く」と、鳩ケ谷。
「鳩ケ谷……お前偉いよ」
「う、うん、ほ、ほんのちょっとカッコいいよ」
亘理と吾妻も申し合わせたかのように鳩ケ谷を称える。
「ほんのちょっとは余計じゃが、まぁ、ワシは一度女子が心配になったら放っておけないんじゃ。これを放っておける図太い神経になりたいんじゃが……」
などと言いつつドアの方に向かって歩いていた鳩ケ谷は、足を止め、自分の肩越しにチラッとこちらを見てくる。
「……そうやって、俺もついて来させようとしているのか?」と、俺は冷めたように言う。
鳩ケ谷はうなずき、引き止めてもらいたい恋人のようにこちらを窺っている。
「前にもこんなことがあったな……」と、俺は溜息交じりに呟く。
「雛季ちゃんの時じゃろ。あの時はどうじゃった? ほら、雛季ちゃんが襲われていたじゃろう?」
ああ、あれは雛季がバイト先の男とデートに行った時か。確かにあの時は、少し遅れていれば雛季が男の欲望の餌食となっていた……。
【第471話・参照】
「わかったよ……防具を着けたら行くよ。まぁ、取り越し苦労になると思うけど……」と、俺は言った。
「それでも、今後はそういうやり方でデートを取りつけないよう、諸塚に釘を刺すことはできる」と、鳩ケ谷は言い返す。
急いで新しい服に着替え、防具も身に着けた俺は、『エイト剣』を持った鳩ケ谷と共に寮から出た。
亘理と吾妻はあんなこと言っていたくせに、白鷹との約束の方を断れないという理由で、俺たちを見送るだけだった。
鳩ケ谷も、時間は充分あったのに防具を身に着けていない。
「諸塚一人なら何とかなる」などと言うが、いざという時には俺だけがガッツリ戦う方向に持って行きたいのが見え見えだ。
外に出るなり、鳩ケ谷は例の『USHER』という魔法を発動した。
【USHER(=案内係)・鳩ケ谷所持魔溜石、A、『E』、『H』、M、N、『R』、『S』、『U』、X】
テニスボール大の銀色の光の玉が出て、ぷかぷかと浮きながら進み、俺たちを導く。
その『USHER』の気は、『北大通り』を横断し『北部エリア』西の横道へと俺たちを案内した。
そして、その道沿いにあるレストランの前で消える。
ここで二人は食事をしているのか?
しかし、店内を見渡しても二人の姿はなく、俺たちは店員に訊ねた。
「……ああ、耳当て付きの紺の帽子の子ね。確かに来ましたね。同じぐらいの歳の若い男と一緒に」
「おお、やっぱりここじゃった。ワシの『USHER』の精度が上がっとる」
「お前が二宮の姿をうまく思い浮かべられたからだろうな。諸塚だけを追うのであればうまくいかなかったかも」と、俺。
「まぁ、確かに……。正直、諸塚の顔はしっかり思い出せん。泥棒みたいなひげ生やしていたっけ?」
「生やしてねぇよ……」と鳩ケ谷に一応ツッコんでから、俺は店員にまた訊いた。
「それで、彼らはこの後どこかに行くみたいな話をしていませんでしたか?」
「そこまで聞き耳立てているわけないだろう? ……でも、その女の子が途中で具合悪くなったとかで、男がおんぶして出て行ったんだよ」
「おんぶ?」
「それで記憶に残っているってわけ」と店員はテーブルを拭きながら、やや面倒くさそうに答える。
「おんぶされるほど具合が悪くなった……」と、俺たちは呟く。
「その前に、女の子は机に突っ伏していたから俺たちも心配していたんだ」
その話を受け、俺と鳩ケ谷は顔を見合わせた。
そしてすぐに表へ出た。
「おい、もしかして、諸塚の奴が何かしたんじゃないのか? 魔法か、あるいは薬を使って眠らせたとか」
「俺もそれを考えていた……。鳩ケ谷、もう一度『USHER』だ。あいつがここから二宮を担いでどこに行ったか探るんだ!」
「言われんでもわかっておる。リトル・アッシャー!」




