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第55話・探しもの

 魔溜石採取に来た『北の森』。


 ヘナヘナとした身のこなしで、ガンナー・リザードの毒をかろうじて避けた雛季だったが、そのトカゲの魔獣は素早い動きで岩を這い下り、接近。

 さらに口から毒液を飛ばした。


「雛ちゃんっ!」

 走りつつ、腰の鞘から『エイト剣』を抜いた美咲。

 しかし彼女が魔法を発動するよりも早く、薄暗い森の中に光が広がった。

 

 雛季が、授かってから間もない自身の『エイト剣』で防御魔法を繰り出し、飛んできた毒液を回避したのだ。

 

 美咲がホッと胸を撫でおろしたのも束の間、雛季は勢い余って尻を地面についた。

「あっ……! うわぁっ! 毒を触っちゃった……どうしよう!」

 地面に手をついた際、先ほど飛散した毒液が染み込んだと思われる濡れた土に触れてしまっていた。

 雛季は半泣きで、駄々をこねる子供のように手足をジタバタさせた。


 その間も、冷酷な目をしたガンナー・リザードが獲物に歩み寄る。

 彼ら『魔獣』にカテゴリーされた生物は、エサとなる魔溜石の確保やテリトリーを護る目的以外にも、人間を見たらとにかく襲ってくるという特性があるのだ。


 そして今も、尻をつきながら後退りする雛季を執拗に追いかけている。


「ま、待ってよ、トカゲさん! 雛季は魔溜石が一つだけ欲しいの。残りはあげるから、一緒に探そうよ~……」


「雛ちゃん! 普通の動物とは違うの! いくら雛ちゃんでも、言葉が通じる相手ではない。待って、今助けて……」


「ダメだよ、お姉ちゃん! 手助けしないで。雛が一人で何とかするの!」

 

 美咲は青ざめた顔で叫ぶ。

「そんなこと言っている場合じゃないよ! も~う! ここなら誰も見ていないから……キャッ!」

 美咲の目の前で、赤紫のいくつもの『弾』が雛季に向かって吐き出される。

 

 雛季は片膝をついて、『エイト剣』でそれらを弾き飛ばす。

「ダメ! それじゃあ、みんなに言われていることと変わらないもん。雛季一人でやらないと!」


「雛ちゃん……」

 雛季の表情が、美咲の知らない真剣なものに変わった。


 直後、雛季の振るう『エイト剣』から青白い閃光が走った。

 はめてある魔溜石は両親からもらった一つだけで、これといって強力な魔法が出るわけではないが、それでも魔溜石のエネルギーを充分に引き出し、その剣の出せる最大とも言える攻撃魔法を発した。


 空気が切れる音と共に、青く大きなトカゲの体が裂けた。

 自ら発動した攻撃魔法に、雛季本人もびっくりして、しばらくあたふたとしていた。

「ご、ごめんね、トカゲさん……」


「雛ちゃん、油断しちゃダメ! ガンナー・リザードはどんなに深い傷を負っても再生する力があるの。しばらくしたらまた復活するよ! 早く離れて!」


「で、でも……体の裂け目から、石が……」


 美咲は「え?」と呟き、雛季が指差す方を見ると、確かに体をピクピク動かすガンナー・リザードの前に、ピンク色に光る石が落ちている。

「ピンク色の魔溜石だ。『X』にあたる石だわ。珍しい……」


「魔溜石? やったぁ! しかもピンクで可愛い!」

 喜びを露わにする雛季に、美咲はあくまで真剣な表情を崩さず言った。

「体の中から飛び出してきたのね。完全に倒して体から取り出さなくても済むなんて幸運だわ……。とにかく雛ちゃん、気をつけて。拾ったらすぐ離れてね」


「う、うん……」と雛季は唾を飲み込みながら返事して、身を低くし、ゆっくり静かに、魔溜石に手を伸ばす。

 

 魔溜石を手にした瞬間、ガンナー・リザードの上半身が勢いよく雛季の方へ動き、その口から赤紫の毒液を吐き出した。


「わあっ!」と叫びながら雛季は横転し、美咲の呼ぶ声にも答えぬまま、そのままゴロゴロと反対側の草むらに消えていった。

 

 ガンナー・リザードを気に掛けながら、美咲も反対側の草むらへと回った。

「大丈夫、雛ちゃん?」


「ビックリしたぁ……」

 雛季が草むらから頭を出して、やがて明るく笑った。

 突き上げた手にはピンク色の魔溜石がしっかり握られている。

「取ったぁ! 取ったよ、お姉ちゃん! 初めての魔溜石なの!」

 

 土で汚れた顔のまま嬉しそうに言う妹に、美咲も自然と口元が綻び、彼女を抱きしめ、頭を撫でてあげる。

「よかったね、雛ちゃん。それは間違いなく、雛ちゃんが一人で取った魔溜石だよ。おめでとう」


「やった……。これでみんなにバカにされなくてすむんだ」


「うん。もう誰もバカになんかできないよ」




 それからしばらくして、雛季は『ゴブレット』に凱旋した。

 美咲はと言うと、帰路の途中から雛季とやや距離を取って帰ってきた。

 

 雛季は家に向かう途中、行進するように大きく手足を振って歩き、知っている顔を見かけると、機嫌よく声を掛けた。

「雛季、今日『北の森』に行ってきたんだよ~! 一人で! それでね、大きなトカゲを倒して魔溜石も取ってきたんだから!」

 

 それを聞いた人々の反応は、(いぶか)しげに首を傾げるか、どうせ嘘だと決めつけて鼻で笑うか、冗談に付き合うかのように優しく微笑んでいるかのどれかだった。

 

 それでも、魔溜石を取ってきた喜びに満たされていた雛季にはまったく気にならなかった。


「ウソつくなよ~! お前が一人で魔溜石を取ってこられるわけないだろ!」

 最初に(ののし)ってきたのは、琴浦家からそう離れていない家の三兄弟だ。

 彼らはみな雛季よりも年下だが、頭もよく、ずっとしっかりしていて、雛季のことを日頃からバカにしていた。


「エヘヘ。そんなこと言っても本当なんだもんね~。しかもピンク色のカワイイ魔溜石なんだ~」


「ピンク色? そんな魔溜石知らないぞ?」と、一番上の兄が小馬鹿にして言った。


「珍しいんだよ。お姉ちゃんがそう言っていたの」


「お姉さんが……? 本当かよ? だったら見せてみろよぉ!」

 

 そう言われるのを待っていたかのように、雛季は嬉しそうな顔をし、石を入れた腰の小袋を探った。

「しょうがないなぁ~、特別だよ? 取らないって約束してね?」


「取らねぇよ。お前から物をパクったら、男として終わりだ」


「それにまだ信じてないし……」と、次男が鼻をほじりながら呟く。


「も~う、今見せるから待って……え~っと、ここじゃなかったかな……?」

 雛季は小袋が空だとわかると、今度はフォールドの下のミニスカートのポケットを探る。

 

 その間、通りを挟んだ家の庭から、柵を潜り抜け小さい子が集まってきた。

 雛季は近所の小さい子には『面白いお姉ちゃん』として人気があり、彼らも何事かと駆けつけてきたのだ。


 子供たちの後から、そこの家の夫婦と近所の奥さん、通りすがりのおじいさんも集まってきた。

「ごめんね、雛季ちゃん。子供たちが何かいいもの見せてもらえると思って勘違いして……」と、母親たちが子供たちの手を取って言った。

「さぁ、家に戻るわよ、あなたたち!」


「あ、いえいえ……。本当に珍しい魔溜石を取ってきたの。今見せます!」

 雛季としてもぜひ見てほしかったのだ。

 自分が魔獣を倒して手に入れた貴重な魔溜石を。

 そして自分を見る目が少しでも変わってくれればと思っていた。

  

 しかし、リュックの中を探しても見つからない……。

 奥までよく探そうと、道の上でリュックをひっくり返し、中身を全部並べ出した。

 

 その妹の姿を少し離れた木の陰からこっそり見ていた美咲も、心配になって近寄って行った。

「どうしたの、雛ちゃん……?」


「な、ないんだよ……雛季の魔溜石! どこにもないの~!」

 雛季は声を潤ませながら、無闇にリュックの中身を掻きまわした。


「落ち着いて、雛ちゃん。どこに入れたか、もう一度思い出して」


「確か、絶対袋に入れたんだよ~……それなのに……」

 雛季は立ち上がり、もう一度小袋やポケットを探り、ついには胴鎧やフォールドなどの防具を外しだした。


「また雛季ちゃんには一本取られたなぁ~」

 おじいさんがそう言って笑い、中断していた自分の農作業へと帰って行った。


「さぁ、私たちも帰りましょう。行くよ、みんな」

 これをよい機会とみて、母親たちも子供を連れて家に戻って行った。

 

 雛季はいよいよ焦って、上のシャツを脱いだ。簡素な白いブラジャーも露わになる。

 ブラジャーの中を確かめた挙句、今度はスカートも(めく)り上げたところで、美咲が遮った。

「ちょ、ちょっと、雛ちゃん! さすがにそんな所にはないでしょ?」


「だって~、ないんだもん!」

 

 目を潤ませる雛季を、三兄弟はじめ、残っていた子供たちが笑った。

「やっぱり嘘だったのか! 嘘つきだ!」

「服まで脱いじゃって、本当おかしいお姉ちゃんだなぁ」

「『キャッスル』の人たちもおかしいよ。こんな人に大事な剣をあげちゃったんだぜ! もったいないよな」

「こういうの、豚に真珠って言うんだぜ!」

「ハハハ、ブタか! 嘘つきのブタだ!」

 

 雛季は目に涙を溜めながら、歯を食いしばった。

「う~……。嘘じゃないよ~……。本当にピンクの魔溜石を取ってきたんだもん……」

 ゴニョゴニョと途切れ途切れの声を出してから、雛季は急に振り返り、今来た道を歩き出した。

 視線を落とし、道に自分の魔溜石が落ちていないか探し始めた。


「逃げ出した~」

「嘘つき、雛季~! 剣返せ~!」

 

 子供たちの罵詈雑言に負けそうになりながらも、涙をこらえ、雛季は一生懸命道を探す。


「雛ちゃんは、嘘は言っていないよ。魔獣を倒して魔溜石をちゃんと手に入れたの」

 美咲は気の毒そうに雛季を見ながら、子供たちをたしなめる。


「何でお姉ちゃんは知っているんだよ?」


「そ、それは……。さっき迎えに行った時、見せてもらったから……。間違いなく、ピンク色の魔溜石を取ってきたの。どこかで落としただけよ」

 美咲はしどろもどろに言ってから、雛季の防具を持ち、彼女の後を追いかけた。

 

 下を向きながら進む二人を、通りすがりの人が不思議そうに見る。

 時には笑われもした。


 日が落ち始め、街灯が慰めのように灯りだした頃には、琴浦姉妹はとうとう『ゴブレット』北門近くまで折り返していた。

 それでも未だ、雛季のなくした魔溜石は見つからない……。


「おい、お前たち! こんな所まで来て何している?」

 雛季をバカにしながらも後ろをついて来ていた三兄弟。その両親が、彼らを心配してやってきたのだ。

「あ、父ちゃん、母ちゃん。雛季が一人で魔溜石を取ってきたって言うから、見せろって言ったら、落としたって言うんだ」

 

 三兄弟の両親はお尻を向けている雛季に視線を落とし、眉をひそめた。

「……またその子か。一人で魔溜石なんて……その子には無理だろ? どうせでまかせだ。さぁ、帰るぞ!」


「うん。俺たちもそう思ったんだけどね。暇だからからかっていたんだ」


「嘘じゃないって~……」

 雛季は人目もはばからずハイハイで地面を進みながら嘆く。


 その後ろで、三兄妹の両親が呆れた顔を見合わせ、やがて子供たちを連れて帰って行った。


 美咲は彼らの背に向けて「べぇ~」と舌を出し、プリプリしながら、また雛季の石探しを手伝う。

 



 それからしばらくして、今度は琴浦姉妹の両親がやって来た。

「雛ちゃん……。美咲ちゃんも……。こんな時間まで……」と、琴浦母は息せき切らせ言った。

 その後ろで、琴浦父はそっぽを向いて立っていた。


「お父さん、お母さん……。どうして私たちがここにいるって……?」と、美咲。


「近所の、ほら、三兄弟のとこのご両親が教えてくれたのよ……。この辺りであなたのところの娘さんが変なことしているって……。嘘をついて引くに引けないみたいだって? 愚痴っぽく言われちゃったわ」


「嘘じゃないよ~……」と雛季が呟く。


「そうなの、母さん。雛ちゃんは本当に一人で魔溜石を取ってきたの。だけどどこかでなくしちゃったみたいで、一緒に探しているの」


「そうみたいね……。じゃあ、お母さんも一緒に探すわ」

 小さな溜息と共に微笑んで、琴浦母はその場で膝を折った。


「お母さん……。雛季のこと信じてくれるの?」と、雛季は涙目で母を見つめる。


「それは、まあね……。実は、お母さんもね、初めは疑っちゃったのよ。雛ちゃん一人で魔溜石を? って……」


「う~……」と、雛季は頬を膨らませた。


「でもね、お父さんが……」

 そう言ってほほ笑んだ母は、姉妹の背後を指差す。

 そこには、いつの間にか道端にしゃがんだ父親がいて、キョロキョロと周辺を見回し、魔溜石がないか探していた。

「お父さんが、あの家族や近所の人に雛ちゃんが嘘つきのように言われて腹立てたらしくて。『雛季は嘘を言っていない。俺たちも探しに行ってやろう』って言ったのよ」


「お父さんが……?」と、姉妹の声が重なる。

 

 姉妹の父は寡黙で、どちらかと言えば子供たちのことに関心が薄いタイプだった。

 特に妹の雛季のすることに対しては、家族以外の人たちと似て、半ば諦めているような態度であったのに……そんな父が自分を(かば)ってくれたことが雛季は嬉しかった。


「嬉しい! お父さん! ありがとう……」

 涙と笑みを湛え、雛季は父の背におぶさった。

 父は恥ずかしそうにわざと咳をして、娘に離れるよう促す。

「さぁ、早く見つけるぞ。これ以上日が暮れたら大変だ……」


「うん!」

 雛季もまた視線を落とし、道の上をくまなく探す。

 

 そしてついに、道の端に落ちていたピンク色に光る魔溜石を見つけ出した。


「あっ、あったぁ! やったぁ……! お父さん、お母さん、お姉ちゃんっ! 見つけたよぉ! わ~い、わ~い」

 雛季は魔溜石を持った手を突き上げ、小躍りして喜んだ。

 

 美咲や母も笑顔で雛季に抱きつく。


「ほら、本当だったでしょ? 雛季が取ってきたんだよ!」


「うんうん。偉い、雛ちゃん」と、美咲と母が交互に彼女の頭を撫でる。


「なくさなければもっとよかったんだけどな……」

 ぶっきらぼうに言う父にも、その魔溜石を見せて、雛季は「ありがとう」と伝えた。


「でも、お父さん。雛季よく嘘ついちゃうことがあるのに……何で信じてくれたの?」

 

 琴浦父は口の中で舌を動かし、視線を逸らしたままボソッと呟いた。

「……そりゃ、娘だからな。世界中が疑っても、親の俺たちは信じるさ……」


「お父さん……」

 再び姉妹の感激の声が重なった。

 

 少し照れくさくなったか、琴浦父は頭を掻きながら、「なぁ、母さん?」と、琴浦母に振った。

 母は「ええ、そうね」と優しく微笑み返す。

 

 こうして、雛季が自力で取ってきた最初の魔溜石は再び彼女の手の中に戻ってきた。

 家族の愛情、そして思い出を加えて……。


****************************************************


「……雛季が奪われた魔溜石にそんな思い出が……」

 美咲から詳しく話を聞いた俺は、目頭を押さえて言った。


「私たち家族の絆を深めた大切なものなの。雛ちゃんはその後、どんなにお金に困っても、あの『X』の魔溜石だけは売らなかったんだ……」


「俺らの用事に付き合っていなければ、失うこともなかったんだもんな……」

 俺は拳で手のひらを叩き悔しさを露わにする。


「だから、私はどうしても取り返したかった……」

 そう言って美咲はまた顔を伏せた。

「私はどうなっても……。とにかく雛ちゃんのあの魔溜石だけでも……」


「……わかった。取り返そう! 魔溜石も、俺たちの剣も」

 気負って立ち上がった俺に、美咲が顔を上げ、赤くなっている目をしばたかせた。

「どうやって……? 魔溜石はきっとすぐ売られちゃうよ?」


「すぐに取り返しに行くってことだな?」と、鮫川もすぐに立ち上がって訊いてきた。


「ああ……。さっきは悪かった。俺がもう一度あの兄妹の所へ行って頼んで来るよ。美咲はここで待っていてくれ」


「で、でもっ……」と呼び止めるような美咲の声を背に、俺は家を飛び出し、茅野(ちの)兄妹の家へ向かった。


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