第54話・雛季の冒険
俺は茅野兄妹の家からトボトボと帰った。
美咲たちは家に帰ったらしく、道の途中には姿がなかった。
仕方なく俺もそのまま琴浦家に帰宅すると、美咲はダイニングテーブルに突っ伏していた。
親父さんたちももう農園に出たらしく、ソファに腰を沈めていた鮫川が仕方なくというように声を掛けてきた。
「おう……。断ってきたか?」
「あ、ああ……」
美咲は無言で鋭い一瞥をくれてから、「バカ……」と小さな声を出した。
「あの……雛季はまだ起きていないのか?」
あまり返事を期待せずに言葉を投げかけたが、美咲がテーブルに突っ伏したまま答えてくれた。
「元気なくして、寝ているよ……」
「ショックだったんだな……魔溜石が奪われて」
「雛ちゃんのは、結構レアな種類の物が入っていたの」
「そうだったのか……。じゃあ、いつかそれも、俺らで相応な物を見つけてやらないと……」
美咲は上体を起こし、かぶりを振った。
「レアということだけじゃないの。その石には雛ちゃんの思い出があったのよ」
「……思い出?」
「雛ちゃんが、最初に一人で手に入れた魔溜石なの」
そう言ってから美咲は瞳を潤ませたまま、時折鼻をすすり、その時の雛季の話を始めた。
それは、雛季の魔法術者能力審査が終わった頃のこと……。
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琴浦雛季は魔法剣士としての能力を認められ、中央本部から魔法剣・『8ビギンティリオン』を与えられた。
しかし街の人は……特に雛季のことを知る琴浦家周辺地域の人たちは、彼女のその能力に疑問を抱いていた。
『魔法術者』の能力の有無は天賦のものであり、頭の良し悪し、体力の有り無しはさほど関係ないことは誰しも知っていて、それについて疑問はなかった。
だが、『魔法剣士』として認められるとなると話は違う。
『魔法術者』としての天賦の能力にプラスして、『エイト剣』を扱う剣の腕が必要になってくるのだ。
そんな腕が、彼女にあるだろうか……?
そんな疑問が、近隣住民の間で渦巻いていた。
そこに嫉妬が加わる。
雛季と同時期に審査を受けた少年少女も含め、『魔法術者』や『魔法剣士』としての能力を認められなかった者たちが、いつしか琴浦雛季は姉の美咲のおまけとして『魔法剣士』に選ばれたと噂し出したのだ。
その頃、美咲の方はなかなかの腕の『魔法剣士』として……もちろんそれはこの地域だけという限定的なものであるが、周囲の人たちに一目置かれていた。
幼い頃から真面目であり勝気な性格であった美咲は、父が剣や弓を教え始めた頃から飲み込みが早く、『エイト剣』が与えられてからもその才は伸び続けていた。
それに対して妹の雛季は昔から集中力がなく、何でもすぐに途中で投げ出してしまう性格であり、運動能力が高いわけでもなく、ドジで鈍感だということを周囲の人たちも知っていた。
それなので、雛季は姉・美咲の妹だからという理由で、下駄を履かせてもらったのではないかという噂が広まったのだ。
そういった噂は、大部分では的を射ていた。
中央本部が雛季に『エイト剣』を授けたのは、やはり姉の存在が大きかったのだ。
妹の雛季にも、美咲と同じような『魔法剣士』としての素質が隠れているかもしれない。
そういう期待があって、雛季も『魔法剣士』に選ばれたという内情があるのだ。
しかし、『魔法術者』や『魔法剣士』に選ばれなかった周囲の若者たちにとって、雛季の選出は面白いはずがなく、彼らの嫉妬はやがて、雛季への直接の罵倒、誹謗へと変わっていった。
雛季は正直なところ、頭の回転が速い方ではないし、相手の言葉をよく咀嚼するということもしない性格だ。
それゆえに、自分への悪口をすぐに理解することも、それで落ち込むこともなかった。
だから、しばらくはいつも通り元気で明るい女の子のままでいられた。
しかし、へっちゃらでいる彼女に、相手はさらにわかりやすく酷い言葉を浴びせるようになった。
そうなると、いくら鈍感な雛季もさすがに嫌な気持ちになり、頬をプクッと膨らませ不機嫌になった。
拙い言葉を使って相手に反論することも増えた。
そして、ある日のこと……。
外から帰ってくるなり、雛季は部屋でくつろいでいた美咲に言った。
「雛季は一人でも魔法剣士になれたもん!」
そして「むむむっ」と小さく唸りながら、リュックに服や寝具を詰め始めた。
美咲はその頃、すでに今のパーティーに所属し始めていた。
新人として何かと雑用を任され忙しい身であったため、たまの休みの日は部屋でゆっくり読書をしながら体を休めていたかったのだが、何やらブーブー言って出かける支度をする妹を看過することはできなかった。
「雛ちゃん……? どうしたの、急に……」
「急じゃないよ。最近、ずっと考えていたの!」
「そんな荷物……どこか旅する気?」
「うん。一人で魔溜石を採取し、取ってくるの!」と、膨れながら答える。
「魔溜石を? 一人でって……そんなぁ……」
「みんなに見せてやるんだ! 雛季も魔溜石ぐらい一人で取りに行けるってところを!」
美咲は弱り果て、深く溜息を漏らす。
「ハァ~……雛ちゃん……。誰かから馬鹿にされたのね? そんなの気にすることないんだよ? まだ一五歳になったばっかりだし、私だってその頃は何もしていなかったんだよ? ね、雛ちゃん?」
雛季は大きく首を横に振った。
「ううん、絶対行くの! みんなをキャッフンと言わせてやるの!」
「キャッフンって……」と美咲は小さく呟き、疑るような目で雛季を見つめた。
「雛ちゃん……魔溜石がどこにあるか知っているの?」
「北の森。そこになければ魔巣窟に行くの」
淡々と答える雛季に、余計不安が高まる美咲。
「あのね……聞いてちょうだい、雛ちゃん。魔溜石はそんなにすぐに見つかる物じゃないんだよ? だから大人たちも苦労しているの。それに、魔溜石は怖~い怖~い魔獣のエサになっているの。だから魔溜石がある所には必ず魔獣がいて、それを持ち出そうとしたらその子たちに狙われちゃうのよ」
雛季は口を尖らせ、顔色をやや青くしたが、それでも決意は固いようだった。
「魔獣に遭ったら、雛のこと襲わないように話してみる……。それでもダメなら、この剣を使うの」
そう言って、クリーム色の鞘に収まった『エイト剣』を握る。
「危険すぎるよ、雛ちゃん……」
「みんな、できないと思ってバカにしているの。でも、魔溜石を持ち帰ったら認めてくれるはずなの! 防具も買ってもらっているし、大丈夫だよ」
「雛ちゃん! お願いだから、無茶言わないで」
美咲がにじり寄り、雛季の肩に手を掛けたが、雛季はその手を静かに払った。
「心配しないで、お姉ちゃん。雛季、できるよ」と言って、リュックの方へ視線を落とした。
「え~っと……お母さんにお弁当作ってもらおう。水筒にはミルクを入れて~……あとはお菓子!」
「遠足じゃないんだから……」
「お腹すくとやる気なくなっちゃうから~パンもいっぱい持って行こう」
美咲はリュックの上で忙しなく動く雛季の手を取って、真剣な顔を彼女に近づけた。
「一人はダメだよ。お母さんも絶対反対するって」
雛季は眉を下げ、両目を潤ませながらも、首を小さく振った。
「……ううん、決めたの。一人で行く。止めないで、お姉ちゃん……」
美咲は心底困ったと、また溜息をついてから、優しく言った。
「……だったら、お姉ちゃんもついて行くよ」
「むむむっ」と、雛季が上体をのけ反らせた。
「ダメなの! みんなは、お姉ちゃんのおかげで雛季が剣士に選ばれたと思ってるんだもん。お姉ちゃんがいないと何もできないって……。それが嫌だから一人で行くんだよぉ!」
雛季の思いを聞いて、美咲も次の言葉を失った。
雛季がそういう類の悪口を受けていたことは、何なら本人よりも早く気がついていたし、最近そのことで雛季が傷つき始めていたこともわかっていたので、今の彼女の思いは痛切に伝わってきた。
旅立つ準備を再開した雛季を見ながら、黙って考えていた美咲は、やがて明るい口調で喋りだした。
「……そうだ! 私も一人で魔溜石捜しに行こっ!」
「え?」
「一人で行くところが……たまたま雛ちゃんと同じになってしまうかもしれないけど……」
美咲はチラッと雛季に目をやる。
雛季は腕組みをし、「う~ん」と唸った。
「そしてぇ、何か困っているっぽい人がいたら助けてあげよ! うん、そうしよう!」
一人納得して頷く美咲を、今度は雛季の方がチラッと見る。
雛季はプ~っと溜息をついてから、独り言のように言った。
「それは……お姉ちゃんの勝手にしていいよ……」
そして雛季は、荷物でパンパンになったリュックを試しに背負おうとしてみるが、重くて持ち上がらず、尻もちをついた。
「うううっ……」
美咲は苦笑いしながら雛季の頭を撫でる。
「私も少し持つから、荷物分けなさい」
『ゴブレット』北門近辺は他の門とは少し違っていて、外に出てもしばらくは舗装された道の両側に建物が続く。
それは北に魔獣の多い森や魔巣窟を抱えた『ゴブレット』の北部が、一番魔獣の危険にさらされることが多いため、中央本部が魔獣接近の監視や迎撃のための施設をいくつか造っているからだ。
それ以外にも、逆に北の森や魔巣窟に向かう、魔法剣士のためのレストランや武器防具屋、雑貨屋などの店もいくつかあるし、彼らのために中央本部が用意した施設もある。
その一つが『マレンゴ・ステーション』だ。
地平線に広がる北の森、その入り口に造られた町・『冒険者の町』へ魔法剣士たちが苦労なく行けるよう『大型マレンゴ』が数台配備している、いわばタクシー乗り場のような場所だ。
この『マレンゴ・ステーション』は、中央本部が魔溜石採取に関わることであれば市民に協力的だということの顕著な例だ。
そこから『マレンゴ』に乗って(出発時、身元を明かし、目的地や帰郷予定日時などを報告し、中央本部兵一人が運転する)、琴浦姉妹は北の森に向かった。
中央本部兵の操縦する『マレンゴ』に乗ってから三、四〇分。
まずは、『冒険者の町』に到着する。
ここは、これから魔溜石採取のため魔巣窟や森の中に向かう魔法剣士、あるいは魔法術者たちの最後の調整の場所として造られた町で、食事を取れる店が二軒、宿が一軒、雑貨店、武器防具屋と修理屋、治癒魔法術者の『診療所』、ポーション屋がそれぞれ一軒あり、その他戦いに出る者たちにとって最低限の物が揃うようになっている。
あとは、それらを経営する者たちとその家族の住居、または競争率の高い『ゴブレット』近辺を離れあえて危険な場所で活動をする狩人や、川魚で生計を立てる人、『ゴブレット』近辺にはない食物や薬草などを見つけ『ゴブレット』に売りに行く者などの、小規模な住居、または何らかの事情で『ゴブレット』を離れた世捨て人的な者の手作りの住処などが点在しているだけの小さな町だ(厳密には村と言った方がいいだろう)。
この『冒険者の町』を囲むようにある森が、『ゴブレット』内の住民が『北の森』と呼んでいる森だ。
北の森を北進し抜けると、川にぶつかる。
この川は、森のさらに北に連なる山々から『ゴブレット』の南にある海まで流れ出ていて、場所によっていくつか呼び名を持つが、北の森を横断するように流れるこの辺りは、通称『レインボーバードリバー』と呼ばれている。
その名の通り、この辺り一帯は伝言に役立つ鳥・『レインボーバード』が数多く棲息しているのだ。
そして誰が始めたか、この川を渡ろうとする魔法剣士たちは、ここから『ゴブレット』の家族や友人、恋人たちに、『レインボーバード』でメッセージを伝えるのが習わしとなった。
つまり、この川を渡った先は危険が多く、帰らぬ人となることもあるため、渡る際は、最期の言葉を残していくほどの覚悟が必要だということで、無謀な冒険者への訓戒でもあるのだ。
『レインボーバードリバー』を越えると、対岸にはもう一つ町があり、そちらは『勇者の町』と呼ばれている。
『冒険者の町』よりも建物も人も少なく、無人宿泊所と出店、後は中央本部兵の駐屯施設があるだけだが、川を渡りここまで来れば『勇者』というわけだ。
『勇者の町』を囲むように対岸に広がる森は『魔の森』。
川を境に『北の森』と一線を画して呼ばれている。
『勇者の町』や『魔の森』まで到達する魔法剣士、魔法術者は数少なく、その分魔溜石が豊富で、それをエサにして強大化した魔獣が多く森を闊歩し、魔巣窟をねぐらにしている。
それによって一層人類が踏み込めなくなっていくという悪循環が生まれるのだ。
それはさておき、まだ魔法剣士として新米の琴浦姉妹は、当然川を渡ることはせず、北の森で魔溜石を探し始めた。
『ゴブレット』傍の森や、この『北の森』とその入り口近辺にある魔巣窟には、これまでにも多くの者が魔溜石採取を行ってきているため、その枯渇が心配され始めていた。
雛季も人の目につきそうもない木の根の下や葉陰、岩と岩の隙間や土の中まで探し回るが、そう簡単に魔溜石を見つけることができないでいた。
「む~! やっぱりもっと奥に入った場所にある魔巣窟に行かないとダメかなぁ……」
雛季は大き目の独り言を漏らし、少し離れた場所で待機していた美咲もわざとらしい咳払いをしてから、声を張った。
「ここらへんにはないかなぁ~。もう少し北西に進んだ所にある魔巣窟ならあるかもしれないなぁ……」
雛季は腕を組み鷹揚に頷く。
「う~ん……。なんか、第五感? 第六感だったかな? そういうのが働いて、ここから北西に行ってみた方がいい気がする! うん、そうしよう! 第六感に従うの!」と、あくまで美咲の声は聞かなかったフリをして、森を歩き出す。
美咲も吐息をついてから、妹の後を追う。
その途上、雛季が短く悲鳴を上げた。木々の中にごつごつとした岩石が増え始め、魔巣窟が近くにあることを窺わせる、そんな場所だった。
「雛ちゃん?」
美咲が小走りで近寄ると、雛季は足を掛けていた岩から後ろ向きに飛び降りた。
「大きい巨大なトカゲさん!」
相変わらず重言を使う雛季の前の岩に、毒々しい青い色の皮膚をしたオオトカゲが張りついていた。
「ガンナー・リザード! 毒を吐くから気をつけて、雛ちゃん!」
「毒? それがかかっちゃうとどうなる?」
「体がマヒして動けなくなるの! たくさん浴びたら、呼吸もできなくなって死んじゃうわ! 早く離れて!」
「死んじゃう? ヤ、ヤダよ、そんなの! ……うわっ!」
ガンナー・リザードの長い緑色の舌に沿って射出された赤紫の液体が、尻込みする雛季を容赦なく襲った。




