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第56話・SDG   ≪キャラ挿絵≫

 俺は茅野(ちの)兄妹の家に向かった。

 途中まで鮫川がついて来たが、家に残るよう追い返した。

 結果、その判断は正解だった。

 鮫川が一緒だったら、きっとまたこじれていただろう……と、頭を深々と下げながら思う。

 

 今、俺の前には茅野兄妹がいて、彼らは家の玄関扉にもたれながら、気だるそうな顔でこっちの嘆願を聞いている。


「ハァ~。あんた、プライドないのかよ?」と、兄の春樹が(さげす)みの目を向ける。

 彼の横柄な態度に、あの鮫川がおとなしくしていたはずはないだろう……。

「さっき怒鳴って帰ってから、一時間も経ってないぜ?」


「だから、それは俺がよく事情を呑み込めていなかったんだ。本当にすまん。お願いだ、協力してくれ!」

 何度も頭を下げていると、妹の夏妃が恥ずかしそうに手で制した。

「もう~、そんなに頭下げないでよ。近所の目があるのだから……」

 

 彼女が迷惑そうな顔を兄に向けると、兄は嫌味ったらしく深い溜息をついた。

「ハァ~……。わかった、わかったよ。琴浦さんのモデルの件はなしにしてやるよ。しかしなぁ、俺らもタダで協力するわけにはいかねぇからなぁ……」


「やっぱり、あなたがモデルをしてくれるのかしら? 裸で」

 夏妃が唇に指を添え、(あや)しい微笑を見せる。

 俺はそれでも構わないと思った。

 むしろそれで動いてくれるのなら安いとさえ思ったが、春樹の方はやはり渋い顔で首を横に振った。

「だからぁ! それじゃあ、俺が納得できねぇって。そうだな~……やっぱり金ってことになるかなぁ」


「金か……。それだと他のパーティーに頼むのと大して変わらなくなるな……」


 結局、他よりは安く、さらに分割払いにもしてもらって、彼らの協力を得ることになった。

 

「それなら払えそうだ。ありがとう!」

 俺は強引に握手をした。


「……いや、あんたのためじゃなく、琴浦姉妹のためにだからな?」と、春樹は俺の手を振り払って言った。


「まったく、お兄様はあの人には弱いんだから……」


「ハハハ、()くなよ、夏妃(なつき)。お前にも優しくしているだろ? で、どうする? 金を少し出すと言うのなら、今からでも取り返しに行ってやるぜ? 魔溜石を売られちまう心配があるから、早い方がいいんだろ?」


「ああ……頼む」と、俺は頷いた。

 

********************************************************


 昼過ぎになって、琴浦家に茅野兄妹と、彼らのパーティー『SDG』から三名の魔法剣士がやって来た。


 新たに加わった三名のうち一人は、肌が浅黒く、丸っこい体の、顔にブツブツのあるジャガイモのような男。

 一人は、やはり丸っこく、短髪の上の方を立てているので、玉ねぎに見える男だ。

 もう一人は女性で、長身で線が細く、防具の下にオレンジ色の服を着ていたので、全体的にニンジンを連想させる。

 ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン……まるでポトフのような集団だ。


「どうせ金払うことになったんだろ? だったら、こいつらよりまともな奴らに頼んだ方がよくねぇか?」

 歯に衣着せぬ言い方をした鮫川に、彼らは気色ばんで文句を言い始める。

 

 これから協力しなくてはならないのに、先が思いやられる……。

 俺は小さく言った。

「せっかく他よりも安くOKしてもらえたんだ。それに支払いも多少待ってくれるらしいし、ここまできて怒らせるなよ……」

 

 美咲も横からなだめる。

「……それに、彼らの防具を見て。みんな『SDG』のメンバーなのよ」

 

 美咲の視線につられるようにして、俺たちは彼らの防具に目を向けた。

 下に着ている服はまちまちだが、肩甲(ポールドロン)腕甲(ヴァンブレイス)胴鎧(キュイラス)すね当て(グリーブ)、フォールドなどの防具は統一していて、みな銀色に黒の模様が所々入っている物だ。

 そして胴鎧(キュイラス)にはわかりやすく『SDG』の刻印がされている。


「何だ、その『SDG』ってのは? こっちで勢いのあるアダルトビデオメーカーか?」

 そう呟いた鮫川に冷たい視線を向けてから、美咲が答える。

「『SDG』。確か、『Soli Deo Gloria〈ソリ・デオ・グロリア〉』の略で、ただ神のみに栄光を、という意味だったかな……。北部エリアでは比較的大きなパーティーで、メンバーの魔法能力も高いと言われているの。だから見た目だけで判断してはダメだよ」


「そうかねぇ……。カッコつけたグループ名の奴らほど中身スカスカってことの方が多いからな……」と鮫川が、俺が抱いている不安と同じことをこぼした。

 

 とにかく、美咲が改めて『SDG』の連中をなだめてから、一同『治癒系ポーション』等の確認、そしてようやく琴浦の家を出発する。


 向かう先は、菊池たちが入り浸る『ザ・レイブン』だ。

 彼らは大体夕方過ぎにはいるということだったので、時間はまだたっぷりあるが、できれば他人の迷惑にならないよう彼らが店に入る前に捕まえたい……ということで、店がある通りの入り口付近と出口付近、二手に分かれて早くから待機する。


 俺は茅野兄妹と雛季と共に、レストランの大きな看板の裏に隠れ、通りを見張る。

 ここからは『ザ・レイブン』がある裏通りも、その向こう側の賑やかな通りも見える。

 向こう側には美咲と鮫川、ポトフ軍団が待機している。


「よ~し、いつでも来るのだ~! 魔溜石を取り返してやる~」

 雛季が通りに真剣な眼差しを向けながら、両拳を握って言った。

 それは身を隠しているにしては大きな声量で、茅野兄妹が注意したほどだ。


 その気合が入った雛季を見て、俺は眉をひそめながらも、少し嬉しかった。

「よかったよ……。少し元気が出てきたみたいで」


「うん。お昼食べて元気出たの。それになっちゃんたちが協力してくれることになったからね!」

 雛季はそう言って後ろを振り返り、夏妃の肩を叩いた。


「なっちゃんってね、あなた……。前から言っているけど、その呼び方やめなさいよ……」と、夏妃は眉をひそめる。


「いいじゃん、なっちゃん! 子供の頃からそう呼んでるんだもん!」


「子供の頃はよかったけど……今はそんな親しくないんだから、やめてよね」

 夏妃に冷たくあしらわれた雛季は口を尖らせた。


「う~……冷たくなっちゃったな、なっちゃんってば……。小さい子供の頃はよく遊んだり、お風呂も入ったことあるのに。あ、そうだ! 今思い出したことあるの!」


「な、何よ?」


「おっぱいマッサージのこと!」


「ぶっ……!」と俺は噴き出し、思わず前のめりになって看板に頭をぶつけてしまった。

 夏妃もあたふたして変な声を出している。

「何だよ、それ……?」

 俺は凄く興味深かったが、抑え気味に訊いた。


「なっちゃん、雛やお姉ちゃんと比べておっぱい小さいことを気にしてたの。それで、お姉ちゃんにどうしたら大きくなるのか訊いて、お姉ちゃんも困って、マッサージしたらいいんじゃないかって答えて、なっちゃん、それから毎日おっぱいマッサージをするようになったんだって!」

挿絵(By みてみん)

 

 俺はなぜか成長した現在の三人の姿のまま、そのマッサージシーンを妄想し、顔が熱くなった。


 すぐに夏妃の尖った声がその妄想を掻き消した。

「し、知らないわ、そんな話! 雛季さん、あなたの勘違いじゃなくって?」


「え~、あんなに必死になっていたのに……」


「必死になんかなってないわ! 胸のサイズなんて関係ない。大事なのはきれいな肌、そしてきれいな形、色……よ、要は美乳かどうかよ! と言うか、それすら人の価値に関係ないわ」


「びにゅう? よくわからないけど……」と雛季は目をパチクリさせて、悪気なく訊いた。

「あれから、なっちゃん、おっぱいどうなった?」

 

 夏妃は顔を赤く染め、歯ぎしりした。


 それまで眉間にシワを寄せて黙っていた兄・春樹がそこだけわざわざ口を挟んだ。

「見ての通りさ……。いつも鏡で自分の胸を眺めては、溜息をついているよ」


「お、お兄様……! と言うか、いくらお兄様でも私の部屋を覗かないでください!」

 夏妃にポコポコと腕を叩かれて、苦笑いを浮かべていた春樹。

 その表情が、一気に引き締まった。

「シッ! 静かに。おい、あいつらじゃないか?」

 

 不貞腐(ふてくさ)れた夏妃以外の目線が、看板越しに通りへ注がれる。

 確かに、裏通りの向こう側から……つまり、美咲たちが待機していた通りの方から、菊池の一団が高笑いを上げて歩いて来ていた。


 思っていたよりも早い登場だ。

 地下を個室のように利用していたところからして、彼らは店の特別客扱いで、開店時間なども関係ないのだろう。

 

 彼らの後ろを美咲と鮫川が忍び足でついて来ている。

 美咲が手を挙げ、こちらに合図を送った。


「……よし、まず俺たちだけで行く。あいつらが認めた上、力で対抗するようであれば、援護を頼む」と、俺は囁いた。

 それはここへ来るまでに決めていた段取りだ。

 初めから茅野兄妹たちの姿を見ると、彼らは昨日の強奪のことをしらばっくれる可能性があるからだ。

 

 茅野兄妹が首肯(しゅこう)すると、俺と雛季はゆっくり菊池たちに歩み寄って行った。

 彼らは『ザ・レイブン』の店前にさしかかった所で、まず前方から近づく俺と雛季に気が付き、すぐに後方も美咲たちが塞いでいることを視認した。


「おお、やけに険しい顔の連中が近寄ってくると思ったら、お前らか……。どうよ? 剣の調子は?」


「とぼけるんじゃねぇ!」と、鮫川が声を荒立てた。


「あの後、仲間を使って……いや、中にはあんたらもいたな?」

 俺は菊池の隣に立つマッチョ男・酒田(さかた)や、その後ろの赤毛の女性・渋谷、胸のふくよかな女性を指差した。

 胸のふくよかな女性は、今日も胸元の開いた服を身に付けているようだが、首に巻いたスカーフで昨日と同じ天使のネックレスをしているか否かの確認はできない。


「マントで顔を隠して私たちを襲い、奪っていったよね?」

「雛季の魔溜石も~!」

 琴浦姉妹が立て続けに言った。


「はぁ? 何のことだ?」と、菊池は予想通り、薄ら笑いを浮かべて白々しく言った。

「奪われたって? それはヤバいな……。だが、何でそれが俺らの仕業だって決めつけてんだよ?」

 

 俺は握っていた天使のネックレスを女性の前に突き出した。

 女性は明らかに動揺した表情を浮かべ、仲間に視線を送った。

「これはあんたが昨日していた物だろ? 珍しい物らしいな? それを強奪犯の女もしていて、その場にこれを落として行った! 自分たちじゃないと言うなら、その首元見せてみろよ!」

 

 スカーフをどけようと手を伸ばしかけたが、女性の胸元に手をやるのは気が引けた。

 躊躇(ちゅうちょ)する俺に代わり、女性の背後から美咲の手が伸びる。

「ちょっ……何すんのよ?」

 女性が叫び身を引こうとした時にはすでに、美咲によってスカーフが引っ張られ、鎖骨や胸の谷間が露わになった。

 やはりそこに天使のネックレスはなく、代わりに白い肌には目立つ赤い傷跡が、薄くついていた。


「これは……私がつけた傷、ですね? 治癒魔法を使ったのか、薄くなっていますけど……あの時の傷で間違いない」


「……ホント、やってくれたわね? 私の自慢の肌に、薄く痕が残ってしまったじゃない……」

 女性が諦めて犯行を認める発言をしたのに対し、菊池はまだごまかす気のようだった。

「おいおい……。いきなり人のスカーフを引っ張って、何なんだ? その傷がどうした?」


「しらばくれるのはやめろ。そこのマッチョな男や赤毛のお姉さんの声も、昨夜の犯人集団の中から耳にしたんだ」

 

 酒田が鼻で笑い、何か反論しようとした矢先、いきなり彼の後ろから鮫川が抱きついた。

 鮫川のそういう趣味がついに爆発したのか、と思ったが、そうではなかった。

 鮫川は男の腰元に吊るされた二本の『エイト剣』を取ろうとしたのだ。

「一人で二本持っているなんておかしいと思ったが、やはりな! この(つば)に『射水(いみず)』って刻んであるぞ!」


「射水……! それは俺が買ったやつじゃねぇか! やっぱりな!」

 俺は菊池を睨みつける。菊池は不敵に笑っただけだ。


「それじゃあ、そこのブタ野郎が持っている二本のうち一本が俺の剣ってことだな?」

 いきり立った鮫川は、横にいた太った男に指を突き出す。

 確かにその男の腰にも、大きな腹に埋まるようにして二本の『エイト剣』が吊るされている。


「ブタ野郎だと? てめっ……」


「ブタは食用に太らせたブタでも体脂肪は一五%ぐらいなんだ。ブタって言われるだけマシだぞ……?」

 俺が豆知識を付け足すと、太った男は激怒し、剣に手を掛けた。

 菊池はあくまで冷静にそれを制する。


「もう、言い逃れできませんよ?」と、美咲が真剣な眼差しで菊池に詰め寄った。

 

 菊池は溜息交じりに「しょうがねぇな……」と呟いた。

「懲りねぇ奴らだ……。痛い目に遭って、当然諦めると思ったが……」


「認めるんだな?」

 俺が鋭く訊くと、菊池はくつくつ笑って言った。

「だったら、何だ? 今日なら奪い返せると思ったのか? とにかく、ここでは店や通行人の邪魔になる。向こうで話ししようじゃないか……」

 そして、あごを使って「ついて来い」と促した。

挿絵・昔の茅野夏妃(左)と雛季(右)

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