第47話・運の神様、お願いします
『エイト剣』を求めて訪れた『ザ・レイブン』という酒場の地下で、売人の菊池という男が賭けを提案してきた。
「シンプルにこの二つのサイコロの出目で勝負ってのでどうだ? 完全に運任せの勝負だ。頭も腕も使わねぇから、お前たちも受けやすいだろ?」
「サイコロ勝負か……」と、俺は呟く。
鮫川は「本当は殴り合いの勝負でもいいんだが……まぁ、いいんじゃねぇか?」と、すっかり受ける気満々になっていた。
美咲は慎重に、菊池に確認をした。
「……私たちが勝ったら、二本の『8ビギンティリオン』を6万で売ってくれるってことですね? ……それで、負けの場合は?」
「お前たちが負けた場合は……一本6万で買ってもらおう」
「一本を、6万……」
「わかりやすいだろ? 勝てば6万で二本の『エイト剣』をもらえ、負ければ一本の『エイト剣』しかもらえないってだけだ」
「問題ねぇ。よし、のろうぜ?」と、鮫川がすでに勝ち誇った笑みを浮かべた。
「簡単に言うけどねぇ……負けたら、本来4万で買える物に6万払うことになるんだよ?」
「え~っと……6から4引いて、2万! 2万の損だよ?」
美咲に続き、雛季が指折り数えてから、わかりきっていることを言った。
「それは……」と、俺は逡巡する姉妹に声を掛ける。
「勝った場合も同じだ。8万のところ6万で二本手に入って、2万得するんだし。何より、この賭けを受けなきゃ、どっちみち一本しか買う金がないから、また出直すことになるだろ? 金額のことはともかく、遠路はるばるまた来ることには変わりない……賭けに負けた時と同じだろ?」
「う、う~ん……」と美咲は目を閉じ、小さく唸る。
「もちろん、負けた場合、手に入らなかった鮫川の『エイト剣』代の4万は、俺と鮫川でまた稼いで買えばいいし……」
言っている途中で、鮫川が目を剝いて怒鳴る。
「アホ! 負けた場合、手に入る一本は俺の剣だと言っているだろ! お前が我慢することになるんだよ!」
「だから、勝手に決めんなって!」
胸ぐらを掴みあっている俺たちの間に、美咲が眉を吊り上げ、割って入る。
「もう~! 結局、一本だけ手に入れたらこうなるじゃない? だったら、今回は買わずに帰ろうよ……」
どうやらそう言ったのは本気のようで、美咲はお金の入った袋を腰のベルトに結び直し、帰る準備を始めた。
俺は鮫川を押しのけ、慌てて美咲に駆け寄った。
「ま、待ってくれ。賭けに勝てばいいんだ。6万で二人とも剣が手に入って万々歳!」
小声で言った俺に、美咲は冷めた双眸を向けた。
「カケル君ってギャンブラーなのね……。まったく運任せの勝負なんだから、絶対勝つなんて言えないでしょ?」
「いや……」と俺は小さく振り返り、卓上のサイコロに目をやる。
「あのサイコロにイカサマさえなければ……勝てる気がする」
聞こえないように声のボリュームを抑えたつもりだったが、菊池には聞こえたらしく、苦笑した。
「フッ……。イカサマを疑ってんのか? だったら、手に取って確認するがいいさ」
そう言ってテーブルの上のサイコロを滑らせ、俺たちの方へ寄せた。
美咲が当然というように歩み寄り、サイコロを一つつまんで真剣な眼差しで見つめたので、俺も遠慮なくもう一つのサイコロを取って、確認した。
雛季も二人の肩越しに見つめてくる。
美咲は一通り見終わると、テーブルの上で何度かそれを振って確かめていた。
そのサイコロは、この世界にしては精巧な作りで、寸分の狂いもない正六面体のようだ(本来、狂いがあっては困るが……)。
精巧なサイコロを作る機械などないだろうから、これを作るのにも魔法か魔溜石の力が使われているのだろうか?
しかし……と俺は思う。
正六面体に丸く彫られた数字を示す円にまでは気がいっていないようだ。
つまり、出目の確率が均等に6分の一となるよう、彫られた円の面積により重心が変わらないようにするという工夫……そこまで注意がいっていないようだ。
これなら、相手に違和感を与えない程度に高い所から振れば、『五』が出る確率が高くなるのではないかと思う……。
俺たちの世界の、もっとしっかり作られた市販のサイコロでさえ、ものすごく小さな差ではあるが、ほんのわずかに『五』が出やすいと言われる。
それも雑学好きな父・国博から聞いた話だ。
彫られる円の総面積は『一』と『五』が同じぐらいで、他の数字よりわずかに大きい。
『一』の円は一つだが、その分真ん中に目立つよう大きく彫られているからだ。
しかし、『一』の裏側にあたる『六』も、彫られる面積は大きく、バランスが取れている。
それに対して、『五』の裏側に当たる『二』は他よりも彫られる面積が少ないため、その面は他の面よりも微妙に重くて下を向く可能性がわずかに高い。その上、『二』の裏側の『五』の面は微妙に軽いから、『五』の面が上にくる確率が高いというわけだ。
菊池たちのサイコロにも、それは言えそうだ。
いや、菊池たちのサイコロ(この世界で一般的なサイコロなのだろう)にはもっとその欠点が如実に表れている気がする。
『五』の円は大きく、『二』の円はそれほど大きくもなく、重心を配慮しているとは思えない。
俺の考えが正しければ、重力が関与しやすいように高く投げれば投げるほど、『五』が上に出るはず!
仮に『五』のゾロ目が出た場合、出目のトータルは10!!
これはかなり有利な数字だ。
「……確かに普通のサイコロのようですけど、だからと言ってまだ賭けを受けるとは……」
菊池にそう言いかけた美咲の腕を引き、俺は首を振った。
「いや、受けよう。俺に任せて」
「だから……何でそんなに勝つ自信があるの?」
「勝つ自信よりも、まずさっき言ったように、ここで一本だけ買っても……ましてや一本も買わずに帰るのは労力が無駄になるってもんだ。それに、勝算も……まぁ、それは勝負が終わってから話すよ」
マイクを切り忘れた放送室から聞こえてくるような、ボソボソした声で美咲に伝えると、彼女は怪訝な表情のまま頷いた。
「やるのか、やめるのか? どっちだ?」
菊池の斜に座る筋肉質の男がしびれを切らし、鋭い声を投げてくる。
「……やるよ。俺が振る」
力強く言いきって、一歩前に出ると、今度は鮫川が俺の腕を掴んだ。
「おい、お前で勝てるのか? 瀬戸ぉ」
「別に腕相撲で決着させるわけじゃないんだから……。それに俺はこういうの強いんだよ。何と言うかな……日ごろの行いがいいからなのか、運が味方してくれるのさ」
「日頃の行いで決まるのなら、どう考えてもお前は向いてないと思うがなぁ……」
鮫川のボヤキを無視し、俺はさらに菊池たちに歩み寄った。
「よし、じゃあ、お前はそこに座れ」
菊池が自分の席の前を指すと、その隣に座っている赤毛の巻き髪の女が椅子を引いてくれた。
俺が着席すると、彼女は「いい度胸よ、ボク」と甘い声で囁いた。
「じゃあ、もう一度言うぞ。勝負は二つのサイコロの出目の合計、数字が大きかった方が勝ちだ。お前が勝てば6万で『エイト剣』二本を売る。俺が勝てば6万で『エイト剣』一本を買ってもらう。それでいいな?」
菊池が卓上にあった物を端にどかしながら同意を求めたので、俺は首肯した。
「よし!」と、菊池はスペースのできたテーブルを叩き、コアラの尻みたいに黄ばんだ袖をまくって訊いた。
「……どっちが先に振る?」
どっちでもよかった俺は、「……じゃあ、よければ、そっちから振ってくれ」と答えた。
菊池は不敵に笑った。
その顔に何か妙な余裕を感じ、一瞬動揺したが、そういう心の乱れが運を逃してしまうような気がしたので、気を引き締め直した。
「俺からか……。まぁ、いい。じゃあ、お前たちと遊んでいる時間もそんなねえし、早速振るぞ?」
菊池は二つのサイコロを掌中に収め、軽くその手を振った。
そして開いた手からサイコロが転げ落ちる。
テーブルの上で何度か跳ねてから、二つのサイコロが止まった。
結果、『三』と『四』。
出目の和は、7。
菊池はあからさまに不機嫌な顔になり、大きく舌打ちをした。
周りの仲間も顔を曇らせ、そのうちの一人……マッチョな男が渋面のまま言った。
「ついてるな、小僧。菊池さんは強運の持ち主で、こういうのも何故か強いんだ。三と四なんて小さい方なんだぜ?」
「さっきのポーカーで運を使い果たしたか……」と、菊池は片肘をつき頭を掻きむしる。
「まぁ、これでイカサマなしってわかってもらえただろ?」
負け惜しみのように言って、薄ら笑いを浮かべたが、それでもトータル7という数は、決して運に見放されたとかミスしたという数ではない。
最低が一のゾロ目で合計が2であり、最高が六のゾロ目で合計12なのだから、合計が7というのはその中間、まさに平均的な数なのだ。
それでも菊池にとっては溜息の出る結果なのだろう。
苛立った彼は、サイコロをぞんざいにこちらへ押しやって、早く振れと促した。
俺はロト宝くじの抽選会場のボールを扱うかの如く、サイコロ二つを丁寧に拾い上げると、椅子からおもむろに立ち上がった。
「どこ行く気?」と、隣の赤毛の女性が目を丸くして言った。
背後で琴浦姉妹も同じようなことを口にした。
「いえ、ちょっと気合を込めさせてください」
そう言って俺は合掌し、祈祷をするようなポーズを取って、手の中のサイコロを軽く振る。
「運の神様~、どうかこの僕に味方をしてください。よろしくお願いします~」
歌うように言って、天を仰ぐ。
菊池たちはせせら笑い、視界の端で美咲は恥ずかしそうに俯いている。
雛季は笑顔で一緒に祈り始め、鮫川は親の仇でも見るようににらんでくる。
笑われようが呆れられようが構わない。これは作戦なのだ。
座ったままサイコロを振るよりは、立ち上がって、できるだけ重力に任せた振り方をしたい。
しかし一度座らされてしまった後に黙って立ち上がりサイコロを振るのは不自然で、菊池たちに変な詮索をされかねない。
もちろん俺もイカサマをするわけではないから、彼らに糾弾されても突っぱねればいいのだが、振る前に怪しまれて着席を促されたくはない。
そこで急ごしらえで生み出したのがこの寸劇なのだ。
そして、うまくいった。
まじないをするふりをして自然と立つことができたし、合わせた掌の中のサイコロを覗き見ながら軽く動かし、二つとも『五』の面を上にしたところで、再び合掌し固定。
「お願いします! 8以上来てくださいっ!」
後はできるだけ垂直に落とすようにするだけ。
手に取った蛍でも放すかのように、フワッと二つのサイコロを投げた。
「あっ!」と、俺は突飛な声を出してしまう。
二つのサイコロは一瞬にして木のテーブルに落下し、小さな音を立て転がったのだが、その一つはテーブルの手前から外れ、床の方へ落下する。
もちろん高い場所から落とすことを計算し、テーブルから外れないように気をつけていたのだが、緊張のせいで手が汗ばみ、うまくサイコロがテーブルの中央へいってくれなかったのだ。
床まで落ちた一つのサイコロを目で追うと同時、視界の端に、卓上で止まったもう一つのサイコロが映った。
卓上のサイコロの数字は……『二』。
「にぃぃっ……?」
俺の理論・作戦では、一番ないと思っていた数字が出ていて、思わず顔が引きつる。
まぁ、そもそもサイコロ自体に細工があるわけではない。
誤差が出るにしてもごくわずかだから、『二』が出ても何も不思議ではないのだが……。
よりによって、というのが正直な気持ちだ。
床に落ちたもう一つのサイコロの目が狙い通りの『五』でも、出目の合計は7で、引き分け。
当然『四』以下の場合は負け……。
確率的に『四』以下である方が高いし、卓上のサイコロの目が『二』になった以上、『五』が出るという勝算ももはや根拠の乏しい、ただの妄信になってしまった……。
背筋にひんやりした物を感じながら、俺は床に視線を落とす。
同時に菊池たちも、俺が不正をしまいかと、テーブルの下に頭を下げてサイコロに視線を向けた。




