表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/1151

第48話・夜道

『エイト剣』の値段を賭けて、俺は二つのサイコロを振った。

 一つの目は、『二』……。

 もう一つは……?

 

 床に落ちたもう一つのサイコロ……カツカツという軽快な音を鳴らしていたサイコロは、赤毛の女性が座る椅子の脚のそばにあった。


「おい、蹴らないように気をつけろよ? 渋谷〈しぶや〉」

 菊池はテーブルの下から女性に声を掛ける。

「で? 目は何だ?」

 

 渋谷と呼ばれた赤毛の女性がゆっくり腰を落とし、椅子をずらし、サイコロを見下ろす。反対側からはマッチョ男が覗き込む。

 二人の顔が硬直したのがわかった。


 それもそうだ。

 相手側の二人の間に立っている俺の両眼も、そのサイコロの目を捉えていた。

 

 その目は……『六』だった。

 

 狙いの『五』ではなかったが、もうそんなことはどうでもいい。

 出目の合計、『8』!

 卓上の『二』を見てからでは、奇跡的とも言える勝利だ。


「ろ、六。……ってことは、負け?」と、赤毛の女性・渋谷は途切れ途切れに呟いた。

 

 菊池は「六?」と訊き返してから、ウォンバットか何かのようにテーブルの下を這って来て、自身の目でもサイコロを確認した。

 灯りが遮られたテーブルの下だったというのもあるだろうが、菊池の顔は暗く、今まで以上に不気味だった。

 

 一方で、俺が喜びの雄叫びを上げるのが早いか、雛季(ひなき)はピョンピョン跳ねて喜んだ。

「やったぁ! 勝ちだよね? カケル君! 勝った、勝ったぁ!」

 

 そして、ようやく安堵の表情を見せた姉の美咲に抱きついた。

 束の間、妹の勝利の舞に付き合った美咲は、やがてこちらに顔を向けて一息吐いた。

「フゥ~……でも、カケル君。勝ったからよかったけど、さっきの祈りが君の言う勝算だったの? まったく、無謀だわ……」


 彼女の背後で、鮫川もゴチャゴチャ文句を言っていた。

 

 俺はとりあえずごまかし笑いでやり過ごした。まさかあの『五が出やすい理論』を今更語るわけにはいかない……。

 

 とにかく、勝利は勝利だ。

 これで手持ちの6万レガロで『鮫川の分』の『エイト剣』も買えることになったのだ。

 美咲も鮫川もすぐに、俺を(とが)めることをやめた。

 

 嬉々(きき)とした俺たちとは対照的に、菊池たちは部屋の隅で何やらくぐもった声を交わし合っていた。

 

 そのうちの一人……太った男が興奮気味に言ってきた。

「いや、喜んでいるところ悪いけどさぁ……。今のは、ションベンだろ?」


「ションベン……? おしっこのこと?」と雛季が首を傾げ、姉の方を窺った。

 それには美咲も意味不明というような表情を浮かべるだけだった。

 

 意味の分かった俺と鮫川だけが言い返す。

「ちょっと待ってくれよ。そんなルール説明なかっただろ? 俺たちが勝負したのは別にチンチロじゃないんだから……」


「そうだぞ。負け惜しみとはずいぶん情けねぇなぁ?」

 

 太った男は鼻息を荒くした。

「負け惜しみ? いや、サイコロが床に落ちたから、俺や菊池さんたちからは見えなくなっちまったんだよ。その間、動かされたと疑ってもおかしくねぇだろ?」


「そこの女がすぐに確認しただろ? そっちのミノタウロスみたいな男も見ただろ?」

 鮫川に指差され、筋肉質な男は一度口ごもってから、首を振った。


「……い~や、残念だが俺はサイコロが止まった直後の確認はしていねぇ」

 目を逸らして呟く男に、「汚ぇぞ!」と言いかけた時、菊池が言葉を遮った。

「やめろ、酒田(さかた)。みっともねぇ。ガキがリスクを負って勝負に出たんだ。そして勝利を掴んだ。そりゃ、2万もマケるというのはこっちとしては痛いが……約束は守ってやんねぇと」


「さすが、リーダー」とヨイショする俺の横で、鮫川が「当り前のことだが」と付け足して言った。

 

 太った男も酒田と呼ばれたマッチョ男もしばらく愚痴っていたが、やがて黙りこくった。

 そして菊池の指示で、二人は部屋の奥の小さな扉の中に入って行った。

 出てきた時にはそれぞれ一本ずつ、黒い鞘に収まった剣を持っていた。


「約束通り、二本用意したぞ」

 男たちがテーブルに置くと、菊池はそう言って俺たちの方へ突き出した。

「かつて、魔巣窟に出た者が置きっぱなしにしていった物だ。剣を吊る腰ベルトも付けてやるぞ……さぁ、そっちは6万よこしな」


「その前に、確認をさせてもらいます」と言って、美咲は二本の剣を手に取り、俺と鮫川にそれぞれ渡した。


「フンッ……。慎重な女だ。是非、俺たちのグループに欲しいね」


「……お断りします。それより、どう? 二人とも……」

 美咲は俺と鮫川を交互に見た。

 鮫川はすでに鞘から剣を抜き、眉間に深いシワを刻み眺めていた。


 俺も急いで剣を引っ張り出した。

 例の黒い刀身が現れ、角度を変えると妖しく光を放った。

 

 魔溜石(まりゅうせき)が入れられるようになっている特殊な柄、その上の刀身には、押し込まれた魔溜石がきっちりハマって外側から見えるようにうまく細工がされている。

 これは、美咲たちの物と同じ、『エイト剣』のようだ。

 

 横目で鮫川の手にした剣も見てみるが、やはりそれも『エイト剣』だった。

 

 と言っても、俺たちにはこれが絶対偽物ではないと言い切ることもできないので、念のため琴浦姉妹にも確認をしてもらったが、紛れもなく本物という太鼓判を押してもらった。


「カッコいいよ、カケル君! イエ~イ!」

 雛季はそう言ってくれたが、改めて、手にした『エイト剣』の刀身に目をやりながら俺は弱々しく呟く。

「う~ん……結構傷が見えるな」

 

 鮫川の物と見比べても、俺の方が少し傷も汚れも目立っていたのだ。

 

 菊池は薄く笑い、言った。

「その分多く使われたということだ。つまり剣自体の魔法発動経験が豊富だと言えるぜ? 確かに使う奴の腕や剣との相性、取り込んだ魔溜石も重要だが、剣自体の経験値も大事だ。だから汚いからと言って悪いもんじゃねぇって……」


「なるほどな……」と鮫川が言ったので、俺は鞘に収めた剣を突き出す。

「じゃあ、交換するか?」


「いや、俺はこいつでいい。剣の経験値などどうでもいいぐらい、俺の腕が優れているからなぁ、ハハハ。汚れているのはお前の方が似合っているぞ、瀬戸」

 

 俺は舌打ちをしながら、姉妹に手伝ってもらって腰ベルトを巻いた。

 そこに剣を吊るそうとした時、初めてその十字型の(つば)に文字が刻まれていることに気が付いた。


『射水』とある。

「文字が刻まれている……。()るに……水。……いみずかな?」


「そうみたいだね」と、美咲も言った。

「おそらく、前の持ち主の名前じゃないかな? 魔法剣士にとって『エイト剣』は貴重品だから、名前やマークを刻む人も少なくないの」


「なるほど……。それじゃあ、射水(いみず)さんよ。この剣、使わせてもらうぜ」

 顔もわからない前の持ち主を想いながら、帯刀した。

 

 それを白い目で見届けながら、菊池が吐き捨てるように言う。

「もういいな? じゃあ、六万を渡してさっさと出て行ってもらおうか」


 美咲が紙幣や硬貨を六万レガロ分渡す。

「毎度……」という菊池の声を背に、俺たちは部屋を後にした。

 

 


 店の表に出てから、胸に溜め込んでいた悪い空気を吐き出すように一息ついて、再び喜びの声を上げる。

「よし、これで俺たちもやっと魔法剣士らしくなれるな!」


「これであんたらの世話にならずに済みそうだぜ」

 鮫川が満足気な顔で言うと、美咲は眉根を寄せてすぐさま返した。

「だからぁ、なぜ君は勝手に一人で生きていこうとするの?」


「そうだぞ? 当分は親父さんたちにお返ししないと」


「それに、魔溜石を手に入れることだね。君たちの剣にはまだ魔溜石が装備されていないから弱すぎるよ」


「じゃあ、早いとこ魔溜石があるっていう巣窟に行かねぇとな」

 鮫川は楽しそうに言ったが、美咲はまた難しい顔をした。

「その魔巣窟(まそうくつ)に行くにも準備ができていないということなの。そのまま行っても、魔巣窟にいる魔獣にやられてしまうわ」


「じゃあ、最初は街で自分たちの剣専用の魔溜石を手に入れなくちゃいけないわけか……」

 歩きながら俺がそう言うと、横を行く美咲がうなずく。


 しかし鮫川は、不服そうな表情で言った。

「お前たち姉妹は、いくつか石を持っているよな? とりあえずそれを一つずつくれないか?」


「なんて図々しい奴だ……」

 呆れて言う俺に、姉妹も続いた。

「ダメなの! これあげちゃうと、せっかく出せるようになった魔法が使えなくなっちゃうもん」


「そうだよ。私たちも魔法剣士としては持っている魔溜石が少ない方だし、使える魔法も限られているから……そんな中でせっかく強化してきた魔法を使えなくなるのは厳しいわ。だから、これをあげることはできない。もちろん、私たちが魔獣退治などで余分に手に入れられたらいいのだけれど……うちのパーティーは危険な魔巣窟まで出向くことは少ないから」


「そうなると、他の奴から魔溜石を買うということか……」と、鮫川。


「それが一番早いし安全ね。自分が使わないと思った魔溜石を他の人に売る魔法剣士も多いし、それを仲介する『魔溜石屋』と呼ばれる商人もいるから。お父さんたちへの恩返しは後回しでもいいから、君たちはまずそこで魔溜石を買うお金を貯めることだね」


「ああ、わかった。もちろん、君たちや親父さんたちへのお返しも忘れはしないけど……」と、俺。


「魔法剣士として本格的に動けるようになるのはまだ先か……」と、最後に鮫川がぼやいたところで、一同は馬車に乗り込んだ。

 

 夜はさらに更け、通りにはシャッターを下ろす店が増え始めていた。

 一方で、夜はまだこれからと言わんばかりに、酒場を中心とした一部の店は一層活気を帯びていた。

 通りにあふれ出る陽気な歌や音楽、酔っ払いやはしゃぐ者たちの闊歩(かっぽ)はまだまだ途絶えることがなさそうだ。

  

 中央大広場を通過し、東北東通りに入ったところで、俺たちは馬車を下りることになった。

 6万を支払った後で、いよいよ持ち合わせがなくなり、仕方なくそこから家までは歩くことにしたのだ。

 

 季節は春。

 それも地球よりも比較的暖かい『サライ』のは春とはいえ、やはり夜気はひんやりとしていて、馬車を下りた途端に体をすぼめることになった。

 

 通りを北東へ進んで行くと、店々の煌々とした灯りも背後に遠のき、徐々に辺りも暗くなってきた。

 家々から漏れ出た淡い灯りや道端に点在する外灯の頼りない()だけが、悪路に変わり始めた路面を冷たく照らしている。


「う~……馬さんとか牛さんとか、大きな動物さんがいたら乗せてもらえるのにな~」

 一番後ろで『エイト剣』を杖代わりにしてヨタヨタと歩く雛季が、泣き出しそうな声で言った。


「雛ちゃんなら、野生の動物も手懐けられるものね。でもこんな所にはいないから……がんばるしかないよ。家までもう少しだからね……と言うか、剣を杖にしちゃダメだよ?」

 雛季は手を貸す美咲にもたれるようにして歩きながらも、姉の注意を聞いて剣を鞘に収めた。

 

 くっついている姉妹の歩く速度に合わせゆっくりと、しばらく道なりに進んで行く。

 その途中で、美咲が足を止めた。

「……どうしようか? ここの横道に入ると近道になるんだけど……」

 

 美咲が指差す方には林道が伸びていた。

 高い木々に囲まれている上、外灯の数も少ないため、今いる道よりもさらに暗い道だ。

 美咲が案を出すのにどこかためらっていたのもわかる気がする。


「俺は距離が長くてもいい運動になると思っているが、その妹がもうダメだろ?」

 

 鮫川に指を向けられると、雛季は申し訳なさそうに頷いた。

「うん……。雛季、近い方がいい……でも」と、頭上を見回す。

 月明りを遮るように伸び出た枝葉の陰が、人の囁きのようにザワザワと音を立て不気味に揺れている。

「幽霊が出そうな道だね。ちょっと怖いな……」

 

 俺は軽く笑った。

「ハハハ、幽霊か……」


「なに~、カケル君は怖くないの~?」


「まぁな……。幽霊ってのは、死者が具現したものだろ? 死が怖いのは、その人に二度と会えなくなるからだが、その死者とコンタクトが取れるなんて素晴らしいじゃないか? エジソンも晩年は死者との交信に注力したそうだけど、それだけ……」


「エジソン?」と、雛季が首を傾げる。


「し、知らない? 俺たちの世界の有名な発明家で……」


「そんなことを言っているが、瀬戸。お前、さっきからへっぴり腰じゃねぇかよ?」


「な、何言ってんだよ? どこが?」


「声が震えてんじゃねぇか……。何でもないなら先頭行けよ、オラ!」と、鮫川が俺の背中を押した。


「お、押すなよ! 俺は先頭行っても道がわからんから、二人の後ろにいるだけだ……」


「う~ん、でも、この道を真っ直ぐ行けばいいんだよね、お姉ちゃん? 雛季もカケル君が先にいると安心するの」

 雛季は無邪気に言って、俺の背後にくっついた。


「そ、そうなの……? だが、ここはやはり、美咲ちゃんが先頭の方が……」

 

 美咲はもたもたしている俺を追い抜き、林道に踏み込んで行った。

「もちろんそのつもりだよ。私がこっちの道をためらったのは、幽霊が怖いとかじゃなくて、こういう人目につきにくい場所は強盗などに遭いやすいからなの。だからこの道を進むなら、カケル君たちの『エイト剣』はまだ魔溜石がないし、私が先頭を行かないとね」


「ああ、そういうことだったんだぁ。お姉ちゃんも幽霊が出そうで怖いのかと思ったぁ。でも、強盗さんなら雛季も怖くないよ。もし現れたら、カケル君を護るよ!」


「あ、ありがとう……。しかし、強盗なら大丈夫ってのも変な話だけどな……」

 

 こうして先頭を美咲、真ん中に俺とその背にしがみついている雛季、最後に鮫川という並びで近道となる林道を進んで行った。


 15分ほど歩いた頃だろうか。

 前方の木々の間に、また街の灯りが小さく見え始めてきた頃……。

 先頭の美咲の足がピタリと止まった。


「ど、どうした?」

 俺もびくつきながら問いかけると、美咲は左側の暗闇に顔を向けた。

「……足音がした」


「もしかして、魔獣か?」


「ううん、違う。動物じゃない……人の足音」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ