第46話・交渉in大人のお店
情報屋・天川に教えてもらった菊池という男が酒場に現れるという18時まではまだ時間があったので、ブラブラと街を歩き、美咲の買い物に付き合った。
この辺でしか手に入らない調味料や薬草があるらしい。
買い物が終わってからは、お腹が空いたと言う雛季のためにレストランに寄って、美咲の財布と相談しながら、パンケーキやデザートを食べた。
食事の途中で、天川に伊賀のことを訊くのを忘れていたことに気がついた。
天川が気味悪くなって慌てて立ち去ったので、訊こうと思っていたのに忘れてしまったのだ。
しかし、またどうせ情報料を追加で取られるだろうし、美咲もこれまでいろいろな人に尋ね、彼女のパーティーのメンバーも協力し、それでも伊賀の行方については何も得られなかったのだ。
さすがの天川も、伊賀という名前や、彼が俺たちと共に連れて来られた人間だということぐらいはわかっていても、それ以上の情報を掴んでいるとは考えにくい……美咲にそう諭されて、また機会があったらということになった。
その後、天川の指示通り、酒場の近くの家のオッサンから三本の赤いバラの造花を受け取った。
それを持って、『エイト剣』の売人・菊池がいるという酒場『ザ・レイブン』に向かった。
時刻はすでに18時を回っていた。
日中は暖かく、すっかり春という感じだったのだが、この時間になると気温は落ち、通りを吹き抜ける風がまだまだ冷たい。
もちろん薄暗くもなっている。
しかし『ザ・レイブン』がある一帯は、まだ店々の灯りが煌々と輝き、それに集う人々の群れは途絶えることがないようだ。
いや、日中は閉じてひっそりとしていた酒場周辺は、むしろこれから活気を帯び始めるという感じだ。
店や通りに楽団が奏でる陽気な音楽が流れ、すでにほろ酔いとなった大人たちのはしゃいだ声や鼻歌が聞こえていた。
『ザ・レイブン』は賑やかな通りから一つ裏道に入った場所にあった。
レンガ造りの二階建ての建物の一階に、小さな窓のある扉があって、そこから仄かな灯りが通りに漏れている。
表の賑やかな通りに面した酒場の多くが、外からも店の中の雰囲気が見渡せるような大きな窓があるのに対して、『ザ・レイブン』には壁の上の方に小さな窓がいくつかあるだけで、外から中を窺い知ることができない。
隠れ家的な雰囲気の店にしたいからなのか、それとも菊池のような連中と関わっているだけに他にもやましいことがあって、大々的にアピールすることができないのか……。
店の前まで来ると、丁度扉が開いて、中から客と思しき数人の男女が出てきた。
他の酒場の客と大して変わらず、彼らも陽気な会話をして去って行った。
ぼったくりの類の店とか怪しい者ばかり集まる店とか、そういうことではなさそうだ。
ゆっくり閉まろうとしている扉に美咲が手を滑り込ませ、店内に突入する。
俺たちも黙って後に続いた。
やや薄暗く狭い店内に、カウンター席とソファで囲まれたテーブル席、立ち飲み用のテーブルがいくつかあって、ちらほらいる客が酒を呷っている。
ほとんどの客が男のようだ。
それもそのはず、酒やつまみを運ぶウエイトレス3、4人がみな、テカテカした銀色のTバックビキニの水着という格好なのだ。
「こ、ここは……」
言葉を詰まらせながら、その光景にしばし目が奪われていた俺の耳を、呆れ顔の美咲が引っ張った。
「大人のお店よ、カケル君。今回この人たちは関係ないからね?」
「わ、わかっているよ……」
ウエイトレスに貼り付いていた視線を引き離し、美咲の方へ向けた。
だが、彼女たちのセクシーな姿に反応したのは何も俺だけではなかった。
雛季も楽しそうに、俺たちの前に出てきた。
「わ~! あの女の人たち水着だよ、お姉ちゃん! どこかプールがあるんじゃないかな? 温かい温水プールだったら雛季も入りたかったなぁ……」
「ち、違うの、雛ちゃん。別にプールがあるわけじゃないんだよ……」
美咲は困惑した表情で、雛季の顔の前に手を伸ばし、視界を遮った。
しかし美咲の努力も虚しく、ビキニ水着のウエイトレスが一人、入り口付近であたふたしている俺たちの前に近寄ってきた。
「君たち、どうしたの? ここは大人のお店だけど?」
琴浦姉妹とはまた違う、大人の色気を持ったきれいな女性だ。
前に張り出した双丘も存在感があり、それを覆う銀色の布の面積も小さく、思わず目を奪われてしまう。
下の三角形も小さく、サイドの紐も細く頼りない。後ろから見たら、やはりTバックなのだろう……。
「それともぉ、早く大人の仲間入りしたくなっちゃったのかな?」
魅惑的な瞳で俺を見つめながら嬌声で囁き、首筋にやや冷たい指先を這わせてきた。
背後から美咲の鋭い視線が刺さっている気がする……。
「おいおい、坊ちゃんをからかってないで、お前は早く向こうのテーブルにビールを持って行きな」
カウンターの奥にいたマスターと思しき男がそう言って、犬を追い払うような手の動作を女に向けた。
女は小さく舌打ちをし、俺の頬を撫でてから立ち去った。
俺も舌打ちをし、邪魔するなよ、オッサン……と、カウンターの向こうの男に冷めた目を向けた。
一方、その白髪交じりの男の視線は美咲へ向いている。正確に言えば、美咲が右手に持っていた三本の赤いバラの造花を捉えている。
「お前たちは俺に用がある……。そうだろ?」
そう呟いてから、男は一拍置いて、芝居がかった口調で言った。
「どうだい、いい店だろ? だが、向こうにももう一軒酒場があるんだがなぁ……。どうしてこっちに?」
言い方は多少違うが、天川が教えた合言葉通りだ。
美咲は少し緊張した面持ちで、俺たちと軽く目配せをしてから、小さく咳払いをし、丁寧に答えた。
「でも、向こうの酒場には幽霊が出るから怖いです」
男はこのやりとりを何度もしてきたのだろう。少し食い気味に質問を続けた。
「へぇ~。そりゃ、どんな幽霊だ?」
「エドガーという名の幽霊です」と、美咲が澱みなく答える。
「そいつの墓に酒を供えていないから現れるのさ。何か持って行ってやりな」
男が早口に言い、美咲が力強く続ける。
「……それじゃあ、コニャックを」
それを聞いて男は数秒黙ったまま、俺、琴浦姉妹、鮫川と順に見てから、手に持っていた拭きかけのコップを置いた。
「オーケー。ついて来な」
男はそう呟いて、カウンターのスイングドアを開け、外側に出てくる。
そして美咲の持っていたバラを受け取ってから、俺たちを手招きした。
男の後をついて、カウンター横のドアの中へ。
ドアの向こう側には薄暗い階段があった。
男はまた俺たちについてくるよう目で合図すると、二階へとつながる上り階段ではなく、地下へと続く階段を下りはじめた。
最後尾にいた俺は、背後で閉まりかかるドアの向こうに視線を投げた。
店内で、ビキニ美女に品のない声を上げている酔っ払い客たちが目に入った。
「いろいろ規制されているというけど、こういう所はあるんだな……」
前にいる鮫川に囁いたつもりだったが、その横の美咲がわずかに振り返って答えた。
「多少は息抜きの場を作らないと、魔溜石採取に支障をきたすってことなんだろうね。中央本部もさすがにこれ以上サービスが過激にならないか、見回りはしているって話だけど……」
「こ、これ以上のサービスって……?」
思わずそう呟いた俺の顔はいやらしくなっていたことだろう……。
美咲は眉根を寄せ、赤らめた顔をプイっと前に向けた。
「し、知らないよ……。とにかくこれ以上は中央本部も黙っていないってこと!」
「ククク、いやぁ~……」と、先頭で階段を下りる男が不気味に笑って、後ろを見上げた。
どうやら話は男にも聞こえていたらしい。
「見逃されている店も少なくないぜ? 要は金や魔溜石をどれだけ納めたかだな。多く納めりゃ、もっと過激なサービスしている店でもあまり取り締まられん。まぁ、残念ながらうちじゃアレが限界だがね。その分、親切な値段でやっているけどな。坊主、今後いっぱい稼ぐようになっても、そういう店にハマるなよ? クハハハ」
「あ、当り前ですよ……! 俺たちはそんなことに金を使っている余裕などないんだから」
詰まりながら言う俺に、「どうだかな……」と呟く鮫川と、美咲の冷ややかな視線が刺さった。
そうこうしているうちに地下の廊下に降り立っていた。
階段側は薄暗く陰気だが、その先にある扉の上部の窓から、オレンジ色の灯りが降り注いでいて、廊下の先を明るく照らしていた。
扉の先から複数の男女の笑い声も漏れ聞こえている。
「菊池さん、客だ」
扉を開けてそう言った男は、部屋へ入るよう俺たちを促した。
扉を押さえる男の横を通り、室内に入る。
そこは一階の店内の半分ぐらいのスペースで、店として使っているのか、テーブルと椅子がいくつかあった。
しかし現在、客は一番奥の席に、男三人、女二人の集団がいるだけだ。
彼らの前のテーブルにはジョッキや食べかけの料理の他、トランプやチェスのボードがあって、それらで賭け事でもしていたことを窺わせる札束や硬貨が置いてあった。
俺たちが入って行くと彼らは談笑を止め、一斉に探るような目をこちらへ向けてきた。
一人がおもむろに口を開いた。テーブルを挟み向かって右側に座っている奴だ。
「若い奴らだな。まぁ、いい。金さえあるなら……」
「あなたが菊池さんですか?」
美咲が尋ねると、その男はうなずいた。
その男……菊池は、前髪や上の方の髪だけが長く、両サイドを刈っていて、昼間会った藍住さんの付き添いの福山と言う男の髪型に似ている。
しかし、顔立ちはまったく違った。福山がいかにも人のよさそうな顔なのに対して、菊池の顔には近寄り難い怖さがる。
細い眉に切れ長の鋭い目。
目の下には隈があり、頬もこけているので不健康そうに見える。
ミケランジェロのように曲がった鼻の下に、細いヒゲ。アゴにもわずかにヒゲを生やしている。
「どういう用だ?」
菊池がにべもなく言い、美咲が答えようとしたところ、先に鮫川が入りこんだ。
「『エイト剣』ってやつだ。二本用意してくれ」
「二本? ふ~ん……見たところ、男子二人が持っていないな。お前らの分ってわけか?」
「高いのよ?」と、菊池の横の女が小馬鹿にするような笑みを見せた。胸元が大きく開いていて、ふくよかな胸の谷間が眩しい。
「一本、4万。二本で8万よ? そうよね、菊池さん?」
「は、8万……」
美咲と俺の呟きが重なった。
「そう、8万……」
菊池は淡泊に言って、ジョッキの残りのビールを飲み干した。
「どうすんだ? 一本にしておくか? それとも高すぎて手が出ないから諦めて、お菓子でも買うか?」
菊池がふざけて言うと、他の連中も噴き出した。
「お菓子!」と、こっち側では雛季だけその言葉に反応する。
「皮肉で言われたんだよ。本当にそれで迷ってどうすんだよ……」
俺が呆れ顔を向けて言うと、雛季ははにかんだ。
一方、美咲は難しい顔で、お金の入った袋の中を覗きながら、お札や硬貨を数えている。
「……全部で6万までならあるけど……それでも予算オーバーなんだよね……」
「6万か……」
俺はそう呟きながら、菊池に視線を向ける。
「6万にまけるってことは……できないですよね?」
揉み手をして媚びるように言うが、菊池はそれを一蹴した。
「できるわけないだろ。こっちも苦労して『仕入れて』いるんだ。二本なら8万だ、8万。ないなら一本にするか、帰れ」
「……仕方ないね。出直すしかなさそう」と、美咲が溜息交じりに言うと、鮫川は詰め寄る。
「出直すって、おいっ! 俺の分だけは手に入れるだろ?」
「な、何でお前が先だって決まっているんだよ、鮫川?」
「は? 当り前だろ。俺の方が剣の訓練を積んでいるし、すぐに役立てることができるんだからよぉ」
鼻を突きあわせ口論する俺たちの間に、雛季が割って入る。
「じゃあ、とりあえず今日はやめて~、お菓子買って帰ろう!」
「今は菓子はいらん!」
しばらく続いたこちらの話し合いを見ていた菊池の隣の女が、気だるそうにネックレスをいじりながら言った。
「ねぇ~、菊池さ~ん。決まらないみたいよ? ……可哀そうだから、チャンスあげたら?」
「……チャンス?」
彼らに背を向けていた俺や美咲が、その言葉を聞いて振り返る。
頬杖をついていた菊池は、反対の手で頭を掻くと、「仕方ねぇなぁ」と呟いた。
「じゃあ、賭けでもすっか?」
「出ました! 菊池さんは賭け、好きっスからねぇ~」
太った男がはやし立てる。
「……賭けですか? ど、どういう?」
美咲が恐る恐る訊くと、菊池は一時考えてから、テーブルの上にあったサイコロを拾った。




