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第36話・バケモノ相手

 農園を囲う柵を破ったワイルド・デビルボアなる大きなイノシシのような魔獣の一頭目が、(かたまり)になって怯えている農家の人たちを狙うかのように、突っ込んできた。


 女性たちの悲鳴が上がる。

 幸運にもワイルド・デビルボアたちから距離があった者たちは、我先にというように散り散りに逃げて行く。


 一番近くにいた小柄な女性魔法剣士は、泣き声にも聞こえる声を上げながらも、勇猛果敢に前進。

赤い光を纏った『エイト剣』を、相手目がけて振り下ろす。

「ナッツ・ショット!」

 

 彼女がそう叫ぶと、剣先から赤い光の『弾』が幾つか飛び出した。

『弾』はまさに5倍ぐらいに拡大した銃弾のような形と大きさで、炎に包まれているように見えた。

 

 それが次々にワイルド・デビルボアの頭部に当たった。

 敵は大きくうめき、踏ん張って速度を落とす。

 

 その動作も普通のイノシシよりも速いように思う。

 普通のイノシシも速度を落とし方向転換することはできるが、ここまで自分の意思で一気に減速するのは難しいはずだ。

 それをこの魔獣は簡単にやってのけた。

 

 しかし、女性剣士が放った魔法は多少効いたように見えた。

 ワイルド・デビルボアは立ち止まり、攻撃された額を気にしているかのように頭を振っている。

 やがて奴のたてがみのような毛に火が移ったのが見えた。


「ナッツ・ショット……って言ったのか? それがあの魔法の名前?」

 

 独り言のように口元で言うと、横で雛季が丁寧に反応してくれた。

「あの子が付けた名前だと思うよ。自分で決めた名前を唱えることによって、その魔法をイメージしやすいし、発動に繋がりやすいの」


「しかしナッツってことは……『木の実』ってことだよな? あんまり強そうではないな」

 鮫川が顔をしかめながら言った。

 

 ナッツ……。銃弾の形に見えたが、確かにどんぐりのような木の実の形にも見えなくもなかった。

 そう思った途端、何だか今の彼女の魔法がそんなに効いてはいないのではないかと懐疑的になってしまう。


 そして実際、あまり効いていなかったのかもしれない……。

 ワイルド・デビルボアは頭を振って火の粉を撒き散らし、たてがみの火を消すと、何でもなかったようにこちらをにらみつけた。

 

 土を一蹴りすると、いかにも臨戦態勢に入ったように頭を低くした。

 

 女性剣士は少し(ひる)みながらも、さらに剣を振るう。

 再び突進してきたワイルド・デビルボアの、今度は脚を中心に『ナッツ』を撃ち込む。

 ワイルド・デビルボアはやや傾いたが、それでこちらへも突っ込んでくる。


「ヤ、ヤバい……」と俺は震える声を絞り出しながら、固まった足を何とか動かし、その場を離れようとする。

 

 俺の前にさっと雛季が出てきた。

「あの子は……何とかよけて躱した! こっちにそのまま突っ込んで来るよ! カケル君、下がって!」

 雛季にしては珍しく、鋭さを含んだ声だ。


「オックス・アタック!」

【OX……雛季所持魔溜石・A・F・『O』・『X』】

 

 彼女が振り下ろした剣先から、赤い楕円(だえん)の光が撃ち放たれた。

 それが迫ってくるワイルド・デビルボアと衝突した。

 薄暗くなっていた畑が一時的に不気味な明るさに包まれ、地震のように足元が揺れる。


「今のが……オックス?」と、身を引きながら鮫川は呟く。

「俺が出した時はもっと小さかったが……あの女が出すとこんなにデカくなるのか?」


「だから、お前はまだまだだと言われているんだろ?」

 平静を装い指摘したが、実は俺もびっくりしていた。

 

 雛季が放った『オックス・アタック』という魔法は、牛の大きさとまではいかないまでも、鮫川が発動したという中型犬サイズよりはかなり大きかった。

 鮫川の言う中型犬のサイズというのを言葉通りに考えるのなら、今の規模はその5倍ほどはあるのではないか。

 

 楕円の気から伸びた二本の鋭利なものがあり、それがまさに牛の角のようにワイルド・デビルボアの頭に刺さって、やがて楕円の赤い光と共に破裂した。

 

 ワイルド・デビルボアの巨体が後ろに転がる。

 さすがの魔獣もそれには大きなうめき声を出し、左右にのたうち回っている。


「ごめんね、イノシシ君」

 気の毒そうに言った雛季に、呆れたような目を向けた。

「そんなこと言っている場合じゃないだろ……。ほ、ほら! 二頭目がまたあの子の所に!」

 

 俺は倒れたワイルド・デビルボアが立てている土煙の向こう側を指差した。

 女性魔法剣士の前にもう一頭の大きな影が動き回っているのが見える。

 

 その直後には、遠まきにこちらを見ていた農家の男が矢も(たて)(たま)らずというように、「う、後ろからももう二頭来ているぞぉ!」と、しゃがれた声で警告した。

 確かに残り二頭も畑に入りこんで、駆け出していた。

 

 その二頭には、それぞれ須賀川とランプシェード君が向かって行った。

 当然のことなのだが、魔法剣士としての役割を果たしてくれるようだ。

「バァインッ!」と、須賀川の勇ましい叫び声が冷たい空気を震わせる。

 

 その間雛季は俺たちから離れ、のたうち回るワイルド・デビルボアを飛び越えながら、「オーノー・オーノー!」と、わけのわからない言葉を発した。

【AX……雛季所持魔溜石・『A』・F・O・『X』】

 

 下に向けられた剣先から青白い光……先が台形となった棒状の光が飛び出し、魔獣の上体に突き刺さる。その魔法の形や動きは何かに似ていた……。


「斧みたいな気だな」

 その鮫川の言葉に俺も納得した。

 そうだ。振り下ろされた斧のような形だったのだ。


「オーノーって、斧のことだったのか? すごいネーミングセンスだな……。そう言えば斧って『AX(アックス)』……。『X』にあたる魔溜石(まりゅうせき)はわかっていたが、『A』の魔溜石も装着されていたんだな、雛季の剣には……」と、俺。

 

 つけられた魔法名はカッコ悪いが、その攻撃はとどめの一撃となったようで、俺たちの前で横たわっている一頭目のワイルド・デビルボアの動きは極端に小さくなった。

 

 振り返りながらそれを確認した雛季は、こっちにガッツポーズを見せて、その先の女性剣士の元へそのまま走って行った。

 

 女性魔法剣士はその小柄な体を活かし、ワイルド・デビルボアの突進をかろうじてかわしているといった感じだった。

 

 時折隙を見て、『エイト剣』から例の『ナッツ・ショット』と名付けられた魔法を放っているようだが、その魔法自体がそれほど強力なものにならないのか、あるいは彼女の能力や経験値不足なのか、ワイルド・デビルボアの動きを止めるまでには至っていない。


「スナックのママじゃねぇんだから、ナッツばかり何回出してんだよ? 別の魔法ねぇのか?」

 不躾(ぶしつけ)なことを叫ぶ鮫川に、女性はまなじりを上げた。

「う、うるさいわね! そんなこと言ったって……。だったら、これで……」

 

 女性魔法剣士はそう呟いてから、「タン・クラッシュ!」と叫び、剣で宙に円を描いた。

 空中に描かれた円から、黄緑色の大きな光の塊が出現し、まるで重力がかかっているかのように落下した。

 その魔法は丁度、彼女に向かって突進するワイルド・デビルボアの体に乗っかるような形で当たった。


 巨大な『酒樽(さかだる)』のような形の光が、ワイルド・デビルボアの硬そうな背中の上で、()ぜるように飛散した。

 

 自分の体よりも大きな魔法を食らい、さすがのワイルド・デビルボアも失速。やがてその場にうずくまった。

 耕されて柔らかくなっていた畑の土に、奴を中心とした窪みが生まれている。

 本当にでっかい酒樽を上から落としたようだ。


 酒樽……。

 そこで俺は、酒樽のサイズに『タン』というものがあったことをぼんやりと思い出した。

 確か、おなじみの『バレル』の樽の比ではない、もっと大きな樽だったはず。

 そう考えると、今の魔法の形は『タンの酒樽』と見えなくもなかった。


 そうなってくると、なるほど、『ナッツうんぬん』と名付けられた魔法を発動できる彼女の『エイト剣』が、『タンなんたら』と名付けられた魔法も発動できることが理解できた。


『タン』の英単語のつづりがどういうものかまでは知らないが、おそらく『TUN』ではないだろうか?

 そうであれば、『NUT〈ナット〉』の逆なので、それらの魔溜石を揃えている彼女には、鍛錬さえ積めば使えるようになるというわけだ。


「おお~! すご~い!」と雛季が、巻き上がる砂を払いながら、嬉しそうな声を出した。

 

 その後ろで鮫川が野太い声を発した。一瞬倒れているワイルド・デビルボアが唸ったのかと思った。

「そんなものが出せるなら、最初から出していればよかっただろ?」


「簡単に言わないでよ……『タン・クラッシュ』を発動するには……」

 妙に不安定な声を紡ぐ女性魔法剣士。

 やがて彼女の足元がおぼつかなくなり、その場に(くずお)れてしまった。


「……! マジックオーバーワークみたい」

 雛季は曇った顔をして、彼女の元に駆け寄った。


「何だって?」

 

 俺が大声を出して訊くと、雛季はしゃがんで女性を介抱しながら答えた。

「魔法の出し過ぎだったり、出した魔法が大きすぎて使う人の限界を超えたりした時になるの。使う人の体の方が耐えられなくなって、ふらついたり、気を失って気絶したみたいになったりするの。お姉ちゃんたちが言うには、体を鍛えたり、剣との相性みたいなものを高めたり、こうりつ? それをよくすれば、限界値の値も高められるって言うんだけど……」


「要は訓練不足ってことだな……」と、鮫川が冷たく言い放った。


「じゃ、じゃあ……その子はどうなるんだ? 回復するのか?」と、俺は訊いた。

「普通の魔法術者なら一日とか一日の半分休めば元に戻るけど、今は戦える状態じゃないよ~」


「マジか……。剣士が減っちまったってことか……」と、俺は奥歯を鳴らした。

 なぜなら、しゃがみこんだ雛季たちの傍で横臥(おうが)していたワイルド・デビルボアが鼻息を荒くし、何やら息を吹き返したように立ち上がり始めたのだ。

 

 おまけに彼女たちと俺たちの間で、完全にブッ潰れたと思われた一頭目のワイルド・デビルボアも上体を起こし始めている。

 

 雛季はワイルド・デビルボアを注視しながら、気絶した女性魔法剣士を抱えてゆっくり立ち上がる。

「カケル君、鮫ちゃん! この子をどこか遠くに運んであげてほしいの!」


「あ、ああ……」

 そう答えたが、わずかに脚がすくむ。

 目の前のワイルド・デビルボアの双眸(そうぼう)がこっちをにらみつけているように見える……。


 俺は強張った顔を隣の鮫川に向けた。

「……何だよ、瀬戸? 俺にあの女を? 魔獣を退治できもしないのに魔法剣士名乗って金もらっていた奴らだ。助からなくても仕方ないだろ」


「お前なぁ! 何て薄情な奴なんだ。それに、彼女はあっちの男たちと違って一生懸命監視もしていたし、今だってみんなのために勇敢に戦っていたんだぞ? 助けてやりたいと思わないのかよ?」


「だったら、お前が行けよ?」


「い、いいだろう……。みんなを護ろうと頑張ってくれたあの子と、彼女を健気に支えている雛季……あれを見たら助けに行くしかないだろう。と言っても、俺にできることはワイルド・デビルボアに気をつけながら、あの子を遠く安全な場所へ連れて行くだけだが……」


 と、動き出した俺の横を、鮫川が追い抜いて行った。

「シッポを丸めた犬みたいな足取りだな? 仕方ねぇ。あの女は俺が運ぶから、お前はそこでイノシシの動きを見張っているか、家に帰ってトランプタワーでも作って現実逃避していろ」


「フ、フザけるなよ……! ま、まぁ、お前が連れて行くというのなら任せるけど……」

 鮫川が手前のワイルド・デビルボアを()けながら、雛季たちの元に行き、女性魔法剣士を背負った。

 遠くでお袋さんが手招きし、安全な場所へと誘っている。

 

 一人になった雛季は立ち上がると、『エイト剣』を構え、ワイルド・デビルボアと対峙する。これほど彼女がたくましく見えたのは初めてだ。


 直後、俺の左右から叫び声が同時に聞こえた。

「おいっ! どこ行くんだ? フザけんなよ!」

 どちらとも同じようなことを言っている。


 左から聞こえるのは、遠くから戦況を見守る農家のおじさんの声だ。

 遠目でも顔が赤らみ、何かに怒っていることがすぐわかる。


 その人の目線をなぞって、反対側に視線を投げる。

 そっちには三頭目のワイルド・デビルボアと戦っている須賀川がいる。

 俺も先ほどから雛季や女性魔法剣士のことを気にしながらも、何度か奴らの状況を窺っていた。


 須賀川は普段遊んでばかりだが、さすがにこの緊急事態には本気になっているようだった。こういう時のために雇われていたのだから当たり前と言えば当たり前だが……。

 腐っても鯛、中古でも外車は外車。

 奴もまた腐っても魔法剣士と言うべきか、善戦しているようだった。


 例の『BINE(バイン)』という魔法で、暴れまくるワイルド・デビルボアの動きをある程度抑え込み、そこに次の攻撃……円錐(えんすい)の形をした青白い光を、魔獣の体や頭にぶつけている。

 その攻撃魔法の形はまるで巨大な鳥のくちばしを思わせる。おそらく昨夜本で見た『NIB(ニブ)』という魔法だろう。

 

 ワイルド・デビルボアは体に巻き付いた植物の『つる』のような気をどうにか振り払おうとするが、そこはただの『つる』ではない。

 魔法だから、簡単には引きちぎれないし、まともに動くともできない。


 それだけでもかなりの体力を消耗しているに違いないが、さらに大きなくちばしが体をつつく。もちろんそれは本当のくちばしではないし、鉄製のドリルでもない。

 

 一見すれば、ただの光と空気の塊がぶつかっているだけなのだが、本当に巨大な猛禽(もうきん)のくちばしにでもつつかれたように、ワイルド・デビルボアの体のいたる所に痕ができ、赤黒い血も噴き出していた。

 

 鉄のように硬そうな筋肉を持ったワイルド・デビルボアも、さすがに苦痛の叫びを上げる。

 

 須賀川が優勢。勝利も時間の問題……。

 しかし彼は引きつった表情を見せ、再び叫んだ。わずかに顔を後ろに向けて……。

「フザけんなって! おい、てめぇ、逃げるなっ!」

 

 それで俺も理解した。優勢に立っている須賀川に迫る、危機を。

 彼の後ろで残りの一頭と戦っていたはずのランプシェード君が、その場から走り去っていたのだ。

 農家のオヤジの怒声も、彼に向けてのものだったのだ。


「腕を突かれたんだ! もう無理! こんなバケモノ、相手にできるかよっ!」

 薄闇に溶け込んでいくランプシェード君が、自分の肩越しに叫ぶ。

 やがてその姿も声も完全に見えなくなっていった……。

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