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第35話・魔獣襲来

 植物のような黄緑の光にが足に絡みつき、俺は転んでしまった。


「カケル君っ? アハッ。あんまり急ぐから転んだんだよ~」

 横を歩いていた雛季(ひなき)は中腰で手を差し伸べてくれているものの、俺がただ転んだだけだと思っているようだ。


「違うって。あいつらが魔法を使ったんだ……!」

 歯を食いしばりながら上体を起こし、魔法剣士二人をにらみつける。

 

 足に絡まっていた光はすでに放散し消えかけていたが、したり顔をしている三白眼(さんぱくがん)の男の右手には『エイト剣』が握られていて、それを取り巻くように黄緑色の光の残滓(ざんし)が舞っている。

 間違いなく奴が魔法を放ったのだった。


「あ、あれは……。本当だ。あの人が攻撃したんだ……」

 雛季もようやくそのことに気づき、唇を噛んでいた。


「悪りぃ、悪りぃ。魔法が変なところ飛んで行っちまった、許してくれ」

「ヒヒヒ。しっかりしろよ、スガカワ」

 三白眼男の後に、ランプシェード頭がせせら笑った。

 三白眼の男はどうやらスガカワという名前らしい。

 

 そのスガカワが憎々しい顔で俺を見下してくる。

「こういうことがあるからなぁ、俺たち剣士の傍を通る時は気をつけろよ?」


「何でカケル君に攻撃したんですか~!」と、雛季が珍しく怒った顔をして、一歩前に動いた。


 だが俺は、立ち上がりながら、彼女の手を後ろに引く。

「大丈夫だ、雛季。構わずに帰ろう……」

「え、でも~……」


「相手は魔法剣士二人だし、悔しいけど……やりあっても危険なだけだ。君のお姉ちゃんにも心配されるし……行こう」

「う、うん……」

 少し戸惑いの表情を見せる雛季の手を取ったまま、男たちに背を向け、再び足早に歩き出した。

 

 男たちは(あざ)笑い、挑発的な言葉を投げかけたが、それ以上攻撃してくることも追ってくることもなかった。

 

 胸中は穏やかではなかったが、相手二人が魔法剣士であることは確かだ。

 5メートル以上離れた位置から、一瞬にして距離を詰め、まるで意思を持った植物のように俺の足を絡め取ったあの魔法。

 あんな技を簡単に扱えるのが魔法剣士なのだ。

 

 しかも、おそらく本来は相手を転ばせる程度のものではないだろう。今のはほんのイタズラなのだ。

 

 不本意だが、今の俺の手に負えないのは事実……。

 そりゃ、同じ魔法剣士である雛季なら対抗する手段はあるのかもしれないが、彼女をけしかけて事を荒立たせても仕方ない。

 

 その結果俺一人がやられるだけならいいが、それは子孫である琴浦家の人たちにも影響をもたらすかもしれないのだ。

 ここは拳を握りしめ、ぐっと堪えるしかない。

 

 畑から逃げるように去って、北東門前で親父さんたちと合流した俺たちは、そのまま何ごともなかったように家へ帰って行った。


 合流前に、お袋さんが心配するといけないからと、雛季にも先ほど起きたいざこざのことを黙っているように頼んでおいたのだ。

 雛季は自分がちょっかいを出されたことについては自覚がないようなので、それについても話さなかった。

 

 家に帰ってから俺は、部屋の鮫川(さめがわ)の枕元に置いてあった本を開いた。

 魔溜石の組み合わせが書かれたあの薄っぺらい本だ。

「バイン……バイン……BINE(バイン)……植物のつる状の攻撃魔法。これか……」

 

 昨日の美咲たちの話から解釈すると、あのスガカワという奴は、『エイト剣』に少なくとも『B』、『I』、『N』、『E』の四種の魔溜石を()め込んでいるということだ。

 

 つまり、雛季が『FOX(フォックス)』と『OX(オックス)』の魔法を発動できるように、奴もその四種の魔溜石から、『BINE(バイン)』とは別の魔法を発動できる可能性がある。

 

 例えば……と、ページを繰る手が止まる。

NIB(ニブ)』という単語が記されたページだ。

【NIB……空気系・攻撃魔法・鳥のくちばしのような鋭角の気】とあった。

 

 この魔法に必要とされる『N』、『I』、『B』の三種の魔溜石はあの男の剣に()め込まれている。

 もしあの男がこの魔法の存在にも気がついているとしたら、当然訓練して使えるようになっているだろう。

 

 改めて、ムキになって抵抗しなくてよかったと思う。


**********************************************************


 琴浦家にお世話になり始めてから一週間が経過した。

 

 琴浦姉妹の所属するパーティーは小さいし無名のため、普段それほど仕事の依頼があるわけではないのだが、どういうわけかこの一週間は立て込んでいて、情報屋・天川(てんかわ)に会いに行く日が先延ばしになっていた。

『エイト剣』を早く手に入れたい鮫川の苛立ちは日に日に増している。


 そして伊賀の行方も未だに掴めていない……。

 

 パーティーへの依頼内容によっては……例えばいなくなったペットを捜すなどの場合、美咲よりも雛季の方が役に立つということもごくごくたまにあって、そういう時は雛季がパーティーの仕事に出て、美咲が畑についてきた。

 

 護衛に雇われた例の二人の男性剣士(親父さんから聞いたところによると、スガカワは『須賀川』と書くらしい)は相変わらず怠慢(たいまん)で、度々娘たちに声を掛けている。

 美咲が畑に出てきた時には、遠くから彼女を窺っている彼らのいやらしい視線と度々ぶつかった。


 しかし俺が警戒するまでもなかった。

 美咲は雛季とは違い、てきぱきと両親の仕事を手伝っているので隙が生まれにくいし、ナンパな男たちを近寄らせないオーラのようなものも放っていたので、彼らが美咲に近寄ることはなかった。

 

 ただ遠く柵の方からコソコソと見つめているだけで、おそらくはスケベな妄想をしているのだろう。

 

 


 そして今日……。

 いつも通り、美咲がパーティーの方に行き、雛季が両親の手伝い兼護衛として畑についてきていた。

 

 午前中は、この辺りの農家たちが魔溜石を出し合い共同で管理しているという温室の方へ行って、野菜の収穫をした。

 

 温室の中は全体的に25度前後の気温で保たれていて、夏のように暑い。

 さすがに親父さんたちも俺や鮫川も、つなぎの上だけを脱いで腰に垂らし、上半身はインナーシャツだけになった。

 

 雛季も防具を脱いで、胸の谷間が露出した半袖シャツにホットパンツという、まさに夏らしい格好になった。

 

 温室内は、魔溜石エネルギーを使った暖房や放水機によって夏野菜を育てる環境ができている。

 中央本部からの協力(市民の食料を確保するため)もあって、かなりの広さだ。

 それでもやはり魔溜石エネルギーを消費するため、外の畑のようにはいかない。

 それぞれの農家に分け与えられている敷地にも限りがある。

 

 琴浦家では、その限られた温室内でトマト、ナス、カボチャなどを作っているのだが、今日の午前中はそれらの収穫に費やされた。

 

 温室での作業が一通り終わってから昼食を挟み、表の畑に戻って作業を再開する。

 何かと親父さんたちに手順を訊かなくてはならなかった俺たちも、徐々に慣れ、今では指示されなくても自主的に動けるようになっていた。

 

 午後の畑仕事に入ってから、2時間ほど経過しただろうか……。

 太陽が鈍色(にびいろ)の雲に覆われ、地上に大きな影ができて、いつもよりも早く夜が訪れたようだった。

 よくないことが起きる予兆のような暗雲……。

 

 まさにそんな中、凶報のような地鳴りが響き、畑の外側で生真面目に監視をしていた女性剣士が金切り声を発した。

 何と叫んだのかまではわからなかったが、畑作業をしている俺たちの注意を引き、その手を止めさせるぐらいの効果はあった。

 

 その小柄な体格に似合わない彼女の大声に、怠けていた須賀川(すがかわ)とランプシェード君も慌てて腰を上げた。

 周辺の畑にいる人たちも作業の手を止め、一様に柵の外側に目を向けていた。


「何か向かって来る! きっと魔獣……」

 そう言って雛季は勢いよく俺の横を過ぎ、前方へ駆け出る。

 

 それとほぼ同時、柵の向こう側の木々の間から、巻き上がった砂埃や千切れた草が打ち寄せる波のように迫って来ているのが目に入った。

 

 こちらとの距離が縮まるにつれ、迫って来ているものの正体が何となくわかってくる。

 牛のような動物……いや、サイか?


「あれはぁ……巨大イノシシの……何だったけなぁ?」

『エイト剣』を鞘から抜く雛季。

 その勇ましく見える動作に比べて、言っていることはやはりどこか間が抜けている。

 

 彼女の後ろで、お袋さんを(かば)うようにしながらもズルズル後退(あとじさ)りしている親父さんが、小刻みに震える声で言った。

「ワ、ワイルド・デビルボアだろ……? イノシシとはわけが違う……。この農園にも何度か現れたことのある魔獣だ」


「ワイルド・デビルボア……?」と、俺はおうむ返しした。

「確かにイノシシなんかとはデカさが違う……」

 

 今や柵のすぐ向こう側まで迫っていて、その全体像がはっきりとしている。

 

 サイズが違うことを除けば、イノシシの見た目に似ている。

 扁平(へんぺい)の鼻と、その左右に太く長い牙が上部へと曲がりながら伸びている。

 おでこから背中に向けてモヒカンのように一部長い毛があるのがわずかな違いだ。

 灰色と茶色を混ぜ合わせたような毛の色も、通常のイノシシ(地球にいるイノシシと言うことだが……)と同じようなものだ。

 

 その動きも俺のイメージするイノシシのそれとほぼ変わらない。

 縄張りに入った人間に対して全速力で猛突進する時の動きだ。

 

 しかしそれがただのイノシシとは違い、『サライ』の人たちが言うところの魔獣なのだと認識させられるのは、やはりその巨躯(きょく)を前にしているからだろう。

 俺が知る限り、記録的に大きなイノシシというものでも、体長2・7メートルほどだったと思う。

 それが『地球上の生物』の限度だ。

 

 だが、今柵の前でうなり声を上げ、鋭い眼光をこちら側に向けているその生物は、体長3メートルを優に超している。

 

 その分、当然頭も大きいので鼻も、そして二本の牙も通常のイノシシよりも太く、長く、大きい。

 四肢も大きいから頭の位置も高い。通常のイノシシの牙なら、立っている人の大腿(だいたい)部辺りを突かれる危険が高いのだが、あいつの場合、人の腹や胸を貫ける位置に牙がある。

 

 そして、イノシシの特性を無視しているとも思えるこの行動。

 イノシシというのは敵に猛突進するイメージを持たれやすい生き物だが、実際は非常に神経質で警戒心が強く、見慣れないものなどがあればできるだけ避けようとする習性があったはずだ……地球では……。

 

 自分たちの棲む山や森などに食べ物がなく人間のテリトリーに入ってくることはあるにせよ、ここまでがむしゃらに踏み込んでくることは少ない。

 

 それが、今目の前にいる魔獣は、食糧を求めてというよりは、そこに人がいるから襲うという感じだ。

 まさにこれは通常のイノシシとは違う、魔獣だという証拠なのかもしれない。

 

 恐怖で足がすくむ。小便した後の、シバリングみたいな身震いが起きる。

 

 だが、相手が魔獣であるという(いわ)れは、そのバカでかい体と凶暴性だけではない。

 今まさに目の前で起きている突進の威力も、並ではないのだ。

 

 ワイルドデビルボアの巨体に当たった柵の杭はかなり頑丈そうにもかかわらず、公園の砂山に立てた木の枝のように、簡単に倒れ、張り巡らされた有刺鉄線もまったく効果がない。

 

 あっという間に一頭のワイルドデビルボアが畑の中に入ってきてしまった。

 そして絶望的なことに、相手は一頭ではない。

 その後ろから二頭目、三頭目、四頭目がついて来ていたのだ。

ここまで長かったですね……。

次回、初めて魔獣……モンスターとの戦いです!

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