第34話・ナンパな剣士たち
琴浦姉妹の両親の畑作業を手伝う俺と鮫川。
昼食は木陰で、お袋さんと美咲が朝作ってくれたというおにぎりを食べた。
お米は少し硬いが、『キャッスル』内に閉じ込められていた時から何かとパンが出されることが多いので、お米を食べられるのはありがたい。
ただの塩おむすびもあれば、中に魚や肉、葉物野菜が入っている物もあって、すべておいしかった。
労働の後だから尚更そう感じるのかもしれない。
半分遊んでいたような雛季と鮫川も、俺たち以上に食べた。
雛季もその体にどうしてそんなに入るのだろうというぐらい食べ、鮫川に至ってはその名の通り、鮫のようにとりあえず何でも口に放り込むという感じだった。
お袋さんたちも雛季の大食いは知っていただろうし、鮫川もかなり大食いだということは予測していたのだろう、ずいぶん多めにおにぎりを作っていたが、あっと言う間にバスケットは空になった。
午後も作業は続き、いつの間にか頭上は夕空に染まっていた。
ここ『サライ』でも夕方にはカラスが騒がしく鳴く。
半日に渡る労働、慣れない姿勢での作業もあり、体のいたる所に痛みや疲労がある。
手伝うなどと簡単に口にしなければよかった……と心の中で嘆く。
ようやく、「今日はそろそろおしまいにするか」と言う親父さんの救いの言葉が聞こえた。
最後の方になって形だけ手伝いを再開していた雛季も、いっぱしの喜び方をした。
周辺の畑でも、農家の人たちが『ゴブレット』に向かって帰り始めている。
そして彼らに合わせるように、あの男性魔法剣士二人も畦道をこちらへ進んで来ているのが見えた。
二人の前には農家の娘たちが数人いて、彼らが声を掛けると、はにかんでいるのか愛想笑いなのかはわからないが、クスクスと笑っていた。
眉根を寄せて奴らを見ていると、背後で鮫川が先に不平を口にした。
「ほれ、見ろよ、あいつら……。あんな奴らにオッサンたちは決して多くない収入の一部を支払っているというわけだ。あれだったら番犬でも飼った方がいいんじゃねぇか?」
俺も心では賛同していたが、あくまで落ち着き払って返す。
「まぁ、仕方ないさ。何も起きず、ああして平和でいられるなら何よりだろ?」
そう言いながらも、遠くを行く彼らの方へチラチラと視線を向ける。
剣士の男一人がニヤニヤしながら、自身の『エイト剣』で前の娘のスカートをめくり上げようとした時には、さすがに苛立ちを覚えたが、すぐに娘たちが何か文句を言って前へ走り出したので何とか気持ちを抑えることができた。
娘たちに逃げられた男たちは悔しそうに口を歪め、また見張りをしているふりを始めた。
彼らと、まだ作業を続けているわずかな数の農家の人たちを残し、俺たちは農園を後にする。
「あっ、ちょっと待って!」
雛季が何かを思い出し、唐突に声を発したのは、壁に向かって歩き出した数分後のことだ。
「どうしたの、雛ちゃん?」
先を歩いていた両親は立ち止まって、腿をさすったり足元をキョロキョロ見回したりしている雛季に訊いた。
「あれがないの! 腰に付けるやつ」
慌てている彼女を背後から見ると、腰に剣を吊るしたベルトは巻いている。しかし行きの彼女の格好とは何かが違う。何かが足りない。それが何かはすぐに思い当たった。
「ああ、あのフォールドと言う防具か……」
そう、彼女の太ももの外側を覆っていた防具がなく、短パン姿だった。
昨日よりも長くて丈夫そうなブーツこそ履いているが、ある程度武装された上半身と比べ、その下半身は肌の露出部分が多く、全体的に見るとどこか滑稽だ。
「あんなもの、どうやったら忘れられるんだ……」
親父さんは額に手を当て、嘆くように言った。
「作業するのに少しでも軽くしようと思って、外したの。……忘れてた」
「作業って……君の場合、遊ぶのに邪魔だっただけじゃないのか?」
俺が訝るような目を向けると、彼女は「違うよ~」と否定し、今来た道を引き返し始めた。
「急いで取ってくる! みんな、先歩いてて。あ、でもゆっくりだよ~」
雛季は手を振ってから、慌ただしく駆け出して行った。
「本当に困った子だ……」と親父さんは言葉通り、本当に困ったような顔をして深い溜息をついた。
「まぁ、すぐ追いつくだろ。門の所まで先に行っているぞ」
そしてまた歩き出す。
「大丈夫かしら、あの子一人だと心配だわ。まぁ、あの子も剣を持っているし、魔法剣士も残っているから大丈夫だろうけど……」
お袋さんはブツブツと言って雛季の小さくなった背に一瞥をくれてから、親父さんの後ろについて歩き出した。
「その魔法剣士が一番心配なんだけどな……」
鮫川はお袋さんたちに聞こえないほどの小声でそう言って、俺を追い抜いて行った。
鮫川は、今農園に万が一魔獣が現れた時、あの魔法剣士たちでは心配だという意味で言ったのかもしれないが、俺の頭の中では、農家の娘たちに言い寄っているあの剣士たちのいやらしい笑みがプレイバックしていた。
雛季は顔つきや喋りは幼いが、そのくせ魅力的な体つきをしている。
あのナンパな剣士たちだ。雛季にも目を留めていないとは言いきれない……。
俺はすぐ立ち止まり、踵を返した。
「ああ、鮫川。俺、彼女について行くわ。悪いけど親父さんたちと先行っていてくれ」
「あん? 何だ、あの女が心配になったのか? お前がいる方が足引っ張ると思うが、まぁ、勝手にしろ。向こうでも待ってられねぇから、早く戻って来いよな?」
「ああ、わかった」
遠ざかる鮫川の声を背に、畑へと走って行く。
「むっ……思った通りだぜ」
息を弾ませて畑に戻った俺の目に飛び込んできたのは、危惧した通りの光景だった。
雛季の前に、あの男性剣士二人が迫っている。
「雛季~っ!」
かすれた声で叫ぶと、男たちは一歩雛季の前から身を引いた。
あからさまな舌打ちと何か小声でこぼしたのが聞こえた。
彼らの鋭い視線を受けながら、雛季の傍まで近寄る。
「どうしたんだ? 彼らに何かされたか?」
「されてはいないけど、遊ぼうって誘われたの」
のんきに答える雛季に眉をひそめ、次に彼らへ冷めた目を向ける。
「何だよ? その子が言ったように遊びに誘っただけだが?」と、手前の三白眼の男がうそぶく。
その後ろで、ランプシェードのような髪型の男が合いの手を入れた。
「そうそう。その子も乗り気だったし」
「……そうなのか、雛季?」
「ううん、おいしいお菓子があるって家に言われた時は迷ったけど……」
「迷うなよ……」
「でも断ったの。お父さんたちも待っていると思って。でも、手を放してくれないんだよ、この人たち」
それを聞いて、俺はさらに鋭く彼らをにらんだ。
「さっきも向こうで他の女たちにちょっかい出していたよな? そんなことするために雇われているんじゃないはずだぞ?」
「ケッ……。何だよ、見ていたのかよ」
三白眼君は小指を耳に突っ込み、付いた耳のカスを吹き飛ばす。
「しょうがねぇだろ? 毎日毎日暇なんだからよぉ。魔獣なんて出やしねぇし……。娘たちとイチャつくぐらいしか楽しみがねぇだろ?」
「もらえる金も少ねぇしな~。その代わりだろ、娘たちは……ヒヒヒ」と、ランプシェード君が下品に笑った。
「てめぇら……ハエがたからないとわからないのか? 腐っていることに!」
「あぁん? 何つった?」
蛮声を上げ詰め寄る男たちを押しのけて、俺は雛季の手を取り、構わずにその場を立ち去る。
背後で彼らが次々に暴言を吐いたかと思うと、途中で三白眼君が「バイン!」という聞き慣れない言葉を口にした。
次の瞬間、急ぎ足で畦道を進む俺の足に何かが絡まった。
「うわっ……!」と、前のめりになりながらも、自分の足に目をやる。
草でも絡まったのか……?
その推測通り、植物のつるのようなものが足に絡みつき掬っていた。
だがそれは、本物のつるや草などではなく、そのように見える黄緑色の光の筋だった。
「魔法……? ぐわっ……」
ピンときた時にはすでに土の上に激しく転がっていた。
土埃を浴び、青臭い匂いに包まれる。




