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第33話・畑仕事の手伝い

 パーティーでの仕事に向かった美咲と別れてから、親父さんたちの後について二、三〇分ほど田舎道を歩くと、いよいよ『ゴブレット』を取り囲む外壁が目前に迫ってきた。

 

 石を積み重ねた高さおよそ5メートルほどの壁。

 ベルリンの壁が高さ3、4メートルだったらしいから、それよりも高い。

 

 それが左右に緩やかな曲線を描きながら、街全体をグルッと囲っている。

 これを築くのにはさぞ労力を要したのだろう……と思いきや、道中でのお袋さんの話によれば、これらもまた魔法術によって築かれたから、普通に造るよりはずいぶん楽だったらしい。

 

 それでも、多くの魔法術者の力やエネルギーの元となる魔溜石を大量に要したのではないかと思う……。


 壁と壁の間の所々に見張り塔が建っている。

 昨日の雛季の話では、衛兵や中央本部の兵が、魔獣の接近がないか監視し退治するため、備えているらしい。


 そして今、俺たちの前には一段と立派な見張り塔が左右にあって、その間には大きな門がある。

 

 お袋さんや時折口を挟む雛季の話では、このような『ゴブレット』内外を繋ぐ門は七つあり(南エリア『キャッスル』内の門は除く)、ここは『北東門』と呼ばれている。

 その名の通り、『ゴブレット』の中心地である『中央大広場』から外壁に向けて、北東部エリアを縦断している『北東大通り』の突き当りにある門だ。


『中央大広場』から北、北東、北西、東、西、南東、南西、南の八方に伸びる大通りの先に、このような門があるらしい。

 

 ちなみに、南大通りの先は『キャッスル』に出入りする門で、普段一般市民が使用することはほとんどないし、『ゴブレット』外に出られるわけではないため、一般市民が街の外に出る門は七つということになる。


 門にある頑丈そうな鉄扉は日中、左右に開かれていて、農家や狩人や漁師、あるいは魔溜石採取へと向かう魔法剣士たちが出入りできるようになっている。

 

 門の左右に二名ずつ、『キャッスル』内の者たちと同じ防具(黒と赤)を装着した中央本部兵が置物のようにほとんど体を動かさず立っているのだが、俺と鮫川が横を通過する時だけ、彼らの鋭い眼差しがこちらへ向けられたような気がした。

 

 しかし、彼らはそれぞれ手にした(スピアー)で俺たちの通過を阻止することも、腰の『エイト剣』を抜いて、こちらに向けてくることもしなかった。


 そのまま門を抜け、外に出ると、目の前に農地が広がった。

 その先へ目をくれると、赤黒い土や岩が目立つ、枯れ野が広がっている。

 

 さらにその先には、人が近づくことを拒むような黒々とした森と、(なまり)色の不気味な山々の稜線が微かに見える。


『キャッスル』内の建物から双眼鏡を使って見た景色だった。

 しかしあの時の、双眼鏡の曇ったレンズ越しに見た漠とした風景より、鮮明で現実的に感じられ、より身の毛が立つ。


 足取りも自然と重くなっていたが、すぐに前を行くお袋さんが振り返って、優しい笑みを送ってきた。

「さぁ、もう着いたわよ。そこの畑が私たちの畑」

 

 壁の外側に出て10分もしないうちに、琴浦家が管理するという畑に到着した。

 壁の外には、内側よりも大きな土地があるわけだが、やはり魔獣の存在を意識しているためだろう、ほとんどの畑が壁の近くに耕されている。

 辺りを見渡せば、他の農家の人たちが作業している姿もぽつぽつと見える。

 

 そして、それら農園を挟んだ向こう側には、簡易の柵(杭を立て有刺鉄線を張った物)があって、その手前に雛季のような装備をした剣士らしきものの姿もちらほら見受けられた。


「奴らは……魔法剣士?」

 手庇(てびさし)をしながら、雛季に訊いた。


「そうだよ。農園の人たちみんなで依頼して頼んで、ああやって魔獣が近づいてこないか見ていてもらっているの」


「そう言えばそんな話していたな。男が一人……二人。女が、一人か……」

 指差して数えながらそう言うと、雛季は俺の目の前に顔を近づけ、頬をプクッとふくらませた。


「雛季もそうだよ~! 今日は畑の手伝いじゃなくて、みんなを護るために来たんだもん! だから魔法剣士は四人なの」

 四本の指を立てて、こちらに突き出してくる。


「あ、ああ、そうだったな……。ごめん、ごめん」


「何だ、雛季」と、早速しゃがんで土をいじっていた親父さんが、顔だけこちらに向けて言った。

「お前も手伝ってくれるんじゃないのか? 魔獣なんてめったに来るもんじゃないし、いざという時の護衛は彼らに任せていればいいじゃないか?」


「ええ~? ……ダメなの! 雛季はみんなを護る魔法剣士なの! カケル君たちをしっかり見ているように、お姉ちゃんとも約束してるもん」


「ただ楽がしたいだけじゃないの、雛ちゃん?」と、お袋さんはニヤニヤした笑みを見せる。そして、喋りながら彼女も作業を始める。

「でも、魔獣が絶対来ないとも言えないからねぇ~」


「だから、そういう時の彼らだろ? みんなでお金を出し合って毎日雇っているんだから、そういう時は活躍してもらわないと……」

 親父さんは立ち上がって、雛季に(くわ)を渡した。


「雛季は、他の連中からお金をもらっているわけじゃないんだから、手が空いている時は手伝ってくれ」


「ええ~……」

 雛季は眉を下げ、いかにも困り顔をした。肩を落とし、親父さんの後ろをついて歩く。それを見て、お袋さんはこちらに囁く。

「雛ちゃんは力仕事が嫌いなのよ。いつも途中で遊びだしちゃうんだから」


「ハハハ……。まぁ、これからは俺たちもいますから。特にこの鮫川君なんかは力仕事にうってつけです。遠慮なくこき使ってやってください」


「フフフ。それは嬉しいわね」

 お袋さんが背を向けると、鮫川は俺を小突いた。

「畑仕事を手伝うと言い出したのはお前だろ? 俺よりもお前が体動かせ。妹がこっちで作業するなら、俺は剣を借りて魔法発動の腕を磨いていたいぐらいだ」


「またその話かよ……」


「だが、瀬戸。見てみろよ、あいつら。あの護衛に雇われている連中だ。いざ魔獣が現れたら逃げ出しそうじゃねぇか?」


「ああ、そういう目で見たらそうだが……」

 俺も先ほど目を細めて彼らを見た時、同じような印象を受けていた。

 

 女性剣士は雛季よりも小柄に見える。

 

 男性剣士の二人は距離を詰め、切り株にだらしなく腰を下ろし、何やら喋っていたのだ。

 二人ともそれほど背が高いというわけでもなさそうだし、防具から出ている首や腕、脚からして、筋肉がしっかり付いているという感じでもなかった。

 

 改めて見てみると、今も畑の外側を見回して魔獣の警戒をしているという様子ではなく、二人の男の顔は畑の農家たち……特に親の手伝いをしている若い娘に注がれている気がする。


 彼らに比べれば、少し離れた場所で一人しっかり枯野の方へ目を向けている女性剣士の方が頼りになりそうだ。


「あの『エイト剣』っていうのを持っている連中だから、見た目だけで一概には言えないだろ。あの女性は小柄だが凄い魔法を放てるかもしれないし、男たちも今はダラダラしているが、やる時はやるかもしれないだろ?」

 本心では鮫川と同じように不安を覚えているのだが、実際魔法剣士は見た目によらないということのようだから、そう答えるにとどめた。


「ソラマメみたいな連中だ。豆類の中だけで威張ってやがる。あれなら、俺がもっと訓練した方がマシな護衛になると思うがなぁ」と、鮫川は独りごちる。


「別にソラマメは威張っているわけじゃないと思うが……」

 

 とにかく、魔獣が現れないことが一番だ。

 親父さんたちの話ではそう出現することもないらしいので、それを信じて、柵の外のことは気にせず作業するしかない。

 

 その後、親父さんたちの指示を仰ぎながら、畑作業を手伝う。

 琴浦家の畑は野菜を中心に作っていて、これからの主な仕事はジャガイモなどの植え付け、芽かき作業、そして昨年の晩夏に植え付けたものの収穫だ。


 ここで言うジャガイモはやはり例の『オルタナティブワード』に記されたジャガイモであり、厳密に言えば地球のジャガイモとは微妙に違うのだろう。

 しかし、野菜スープに入っていたジャガイモの味や見た目から考えると、ほとんど地球のジャガイモと変わらないので、俺も違和感なくジャガイモと呼べる。


 他にも順次、里芋、サツマイモの植え付けを開始するとのこと。

 農業体験のない俺のごくわずかな知識では、それらは春になってから植え付けをするものだったと思う。

 

 親父さんたちに訊くと、『サライ』の気候が日本と微妙に違うからではないかということだった。

 そしてやはり、その里芋、サツマイモと呼ばれている物自体が地球の物と微妙に違っているからなのだろう。


 これらイモ類は『惑星サライ』の人々にとってとても重要な作物で、琴浦家の畑でも多く生産している。

 それなので、親父さんたちが昨日口にしたほど仕事が少ないということはなさそうだ。

 俺たちからすれば相当な労働だ……。


 イモが肥大しやすいようによく土を耕す。

 そして溝を掘ったり、種芋を配置したりしていくのだ。これらの作業を親父さんたちに(なら)って進めていく。


 雛季も初めは協力的だったが、時間が進むにつれ、土から出てきた虫を一か所に集めたり、畑の隅で『エイト剣』を使った空き缶倒しをしたりして遊びだした。

 

 それを見た鮫川も、時折持ち場を離れては、雛季の『エイト剣』を借りて魔法発動の練習をしていた。

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