第21話・ひ孫、玄孫
美咲が持ってきた臙脂色の表紙の本。
これは何かと訊く前に、雛季が別の紙をテーブルに置いて言った。
「これも見つかったよ、お姉ちゃん! 雛季が小さい頃描いた馬さんの絵!」
確かにそこにはフニャフニャした線で馬のような生き物が描かれていた。
「何だこれは……。世界のびっくりワンちゃんが描いた絵か?」と、鮫川が残酷なことを言い放つと、雛季は口を尖らせ「ブーブー」言った。
「雛ちゃん……。これは今、関係ないから、後でね? 二人に見てほしいのはこっち」
美咲が臙脂の表紙を叩いてから、その書物を開いた。
中の紙は薄くて、そこにカナリヤの足跡のような細かな文字で何か綴られている。
「カケル君がずっと訊きたかったこと。私たち一家が君の世話を任された理由……私たちが君を必死に護ると言った理由がわかってもらえるはず」
「一体何が書かれているんだ?」
テーブルの上に向かって前屈みになっている俺たちの前にお袋さんが寄って来て、割って入った。
「これは琴浦家に代々伝わっている物……って言っても、家訓とか日記のようなものが書き綴られただけの、大した物じゃないんだけど……」
「そう、そして見てほしいのはここ」と、ページを繰る手を止めた美咲が言った。
彼女の白く長い指……に見とれている場合ではない。その指が示したところに目をやる。
「……これは家系図?」
「そう。琴浦家の簡単な家系図。これがお父さんの名前で、横線でつながっているのがお母さんの名前。その下に私、長女・美咲……」
「次女・雛季!」と、ソファの背もたれの後ろから身を乗り出した雛季に、「それはわかっているよ」と、冷めた目を向ける。
ソファの背もたれに腹を乗っけ、空飛ぶスーパーマンのような体勢をとる雛季越しに、美咲が真剣な表情で言った。
「この私たちから上を辿ると……瀬戸翔琉、君の名が記されている」
「な、何ぃ?」
思わず大声を上げ、立ち上がってしまう。それによってすぐ隣にいた雛季がバランスを崩し、ソファの上に転がり込んだ。
「つ、つ、つまり……」
俺の視線は美咲、雛季、そして姉妹の両親へと目まぐるしく動く。
親父さんがこちらへ一瞥をくれて、
「ややこしいが、俺は君のひ孫。娘たちは玄孫ってことになるのかな……」と、低い声で言った。
「な、何だと? あなたが俺のひ孫……?」
頭は白髪交じりで、頭頂部は少し薄い。
日焼けした顔には、畳の上で寝て付いた跡のような無数のしわが刻まれていて、どこか疲れた表情のおじさん……。
それが自分のひ孫だと言うのか?
綺麗な顔立ちの姉妹が玄孫……自分の子孫というのは何だか嬉しくもあるが、しかし衝撃は大きい。
いきなり襲われ、地球から遠く離れた異星に連れて来られたと聞かされ、しかも百年以上経っている……。
そんなことを次々に明かされていたから、ある程度の免疫はもうついていたと思っていたのだが、やはり新事実にも言葉を失うほど驚かされた。
しばらく開いた口を閉じることができなかった。
「ハハハ、傑作だな」と、茶化すような鮫川の声が耳の中を過ぎていく。
「……な、なるほど」
速まっていた心拍数が少し落ち着いてから、とりあえず呟いた。
まだ心の揺れが収まってはいなかったが、雛季が顔を近づけ喋りだす。
「だからだよ。お姉ちゃんも雛季も、カケル君に死なれちゃ困るんだよ~。だって……あれ、どうしてだっけ?」
雛季が頭に人差し指を当てて、美咲の方を向いた。
「カケル君に子供が生まれていない今の段階で、カケル君自身が死んでしまったら、子孫の私たちはどうなるのかという問題が出てくるからだよ」
それを聞いて納得顔をした雛季。
次に、テーブルを挟んでその向かいに座るお袋さんが、「向こうの世界ですでにカケル君に子供がいるなら問題なさそうだけどねぇ」と、冗談なのか本気なのかわからないことを真顔で言った。
「い、いるの?」と、美咲もやや身を引いて訊いた。
「い、いるわけないだろ!」
子孫と分かったからではないのだが、今まで以上に強い口調で否定した。
「こっちの結婚観がどうなのか知らないけど、向こうの世界ではこの年齢で男は結婚できません。そもそも彼女すら……」と言いかけたが、向こうでの自分の寂しい生活を語っても仕方ないので口を引き結んだ。
しかし鮫川がからかうように言った。
「あいつとの間にいたりしてなぁ。ほら、自転車のサドルみたいな顔の女」
「あの子はただ隣の席ってだけだ! 話しをこじらせるなよ。しかもサドルって……失礼だろ?」
サドルと聞いて鮫川が誰のことを言っているかすぐにわかった自分の無礼は棚に上げ、にらみつける。
しばらく訝しげに俺の方を見ていた美咲は、その目をお袋さんに向け、「お母さんが変なこと言うから……」と、小声で叱責する。それからまた俺の方を見る。
「ごめん、カケル君。こっちでも君の年齢で子供を作るのは稀だよ。……とにかく! カケル君がいなくなったとしても、もしかしたらお父さんたちや私たちは生まれてくる運命で、どこかで修正されてちゃんと生まれてくるのかもしれないけど、本当はどうなるかわからないじゃない?」
「確かに……。前例がないからなぁ」
「私たちも最初から存在していなかったかのように消えてしまうかもしれない。それがわからないから、とにかく私たちは君を護るんだよ」
彼女の真剣な双眸に、俺も真面目な表情でうなずいた。
「俺も……君たちには存在していてほしい。って言うか、俺だってこんな所で死にたくはないよ」
そこで、「心配はいらんだろ……」と、親父さんがおもむろに口を開いた。
「俺は決して頭良くないからよくわからんが、何と言うか……現在こうして俺たちが存在しているということは、君がいつか結婚して子供を作ることは間違いないんじゃないか?」
「……なるほど。つまり、ここに連れて来られるのも織り込み済みで、俺がここで死ぬこともない。この後元の世界に戻れることが決まっている……」
親父さんのあまり根拠のない言い分に乗っかり、自分を奮い立たせるように呟いた。
しかし、視界の先には顔を曇らせるお袋さんがいた。
「あなたは楽天的というか、無責任すぎるのよ。カケル君がこっちに連れて来られた時点で、運命が大きく変わってしまっているかもしれないじゃない? 私も美咲もそれを心配しているのよ」
「お前たちは難しく考えすぎる」と、親父さんは寂声を返し、そっぽを向いた。
お袋さんの言い分も決して説得力あるものではないのだが、声の勢いで彼女の考え方の方へ引きずられてしまう。
俺はまた不安になってきた。
その胸中を表情で読み取ったのか、美咲が肩に手を置いてなだめるように言った。
「とにかく、私たちも君にはできるだけ元通りのまま、元の世界に帰ってほしい。そのために、こっちの世界にいる間は君を全力で護る」
「雛季も護る~! お父さんもお母さんも護ってくれるよね?」
「もちろん」と、お袋さんは雛季に優しく微笑んだ。しかしすぐに「でもね~」と、溜息のような声を出した。
「私とお父さんには、残念なことに魔獣からカケル君を護る特別な力は備わっていないのよ……」
「特別な力……?」
俺と鮫川の声が奇妙に重なった。
「どうも生まれながらの才能のようなのよ。性別とか体格とか関係なく、備わっている人には備わっていて、いずれ開花する。備わっていない人はいくら努力しても無駄ってわけ……」
そこでお袋さんは一度口を止めた。
俺の眉が曇っていることに気が付いたようだった。
さらに美咲からの目配せを受け、お袋さんは慌てて笑顔を繕った。
「あっ、でも! 娘たち二人には運よくそれがあるのよ。女の子二人だけど、その特別な力があるとわかってからは、剣や弓を訓練させたのよ」
雛季は跳ねながらお袋さんの後ろに回って、背中に抱きついた。
「お母さんは最初反対して、料理や畑仕事だけすればいいって言ってたじゃんか~! でも、お父さんやお姉ちゃんがせっかくだからって言って、訓練するようになったんだよ~」
後ろから肩に手を回し戯れのように笑う雛季の頭を、お袋さんは軽く撫でる。
「心配だったのよ……。でも今では私たちのことも護れるほどになって、結果良かったかしらね」
その間も、美咲の視線がこちらに向けられていた。
「カケル君……。私と雛ちゃんだけではやっぱり心配?」
「それは……」
俺は言葉に詰まった。




