第20話・家族だから
日本の冬に合わせた格好をしていた俺には、表は少し暖かいぐらいで、ブレザーを失った鮫川や、姉妹の格好ぐらいがちょうどよさそうな気温だったわけだが、琴浦家の室内にはより暖かい空気が充満していた。
姉妹の家の中の様相は、ほぼあらかじめ想像していた通りだった。
玄関から左手に広めのリビングが見渡せ、木製の低いテーブルがあり、その周りに三人掛けと一人掛けのソファが目に入った。
床には、切手に描かれていそうな、あまり興味のわかない植物がデザインされたカーペットが敷かれ、ソファにもその手の植物が描かれたブランケットやパッチワークのクッションが置いてあり、木造りの家にマッチしていた。
所々に味のある太い柱が立ち、奥にダイニングやキッチンが見えた。そこにあるテーブルや椅子も食器棚をはじめとした家具も、どれも木製で手作り感がある。
想像していなかったことと言えば、タイル張りの流しの横に竈のようなものが備わっていたことと、リビングに本物の薪をくべる暖炉があったことぐらいだ。
しかしそれも、この山小屋風の室内にはむしろ存在していて当たり前とも思える。
外観からイメージした通りの室内がそこにはあった。
しいて言えば、少しはあると思っていた現代風の物が、やはり中央本部とやらが規制しているからだろう、見当たらなかった。
テレビがどこにもないようだし、キッチンの方にも電化製品はなさそうだ。
ここでゆったりした音楽を聴けばムードが出るだろうなと思っても、もちろんオーディオのような物はない。
エアコンもないようだし、電話さえ見当たらない。
壁際に布張りのシェードがある電気スタンドがかろうじて立っているが、天井や壁に幾つか取り付けられている照明との明かりを合わせても、家全体を照らすには弱そうな気がする。
今は、ベランダ側にある二つの窓と玄関横の窓から昼光が差し込んでいるので室内は充分明るいが、夜になれば街灯なども少ない表は真っ暗になるだろうし、室内もかなり薄暗くなりそうだ。
姉妹に倣って玄関で靴を脱ぐ。外国と同じように靴のまま生活する家も結構あるそうだが、琴浦家では日本と同じように靴は脱ぐそうだ。
玄関の真正面には階段が見え、その手前に置かれた棚を開き、美咲はその中に剣を収めた。
「疲れたんじゃない、カケル君? 一緒に座ろう!」
雛季はリビングに行くと、真っ先に三人掛けソファに腰を沈め、自分の隣を叩いて座るように促した。
遠慮がちに座った俺に対し、鮫川は当然のように一人掛けソファに座った。
壁に掛けられている風景画はお姉ちゃんが描いたとか、パッチワークのクッションはお母さんが作ったとか、棚に置いてある人形はどこどこで買ったなどの雛季の話を聞きながら、俺は室内に視線を注いでいた。
その間、美咲がコーヒーを淹れてくれた。
「若干味が違うな……苦みが強い」と、鮫川が一口飲んでから眉間にしわを寄せて言った。こいつは平気でそういうことを言う奴なのだ。
『コーヒー』と言っても、例の『オルタナティブワード』という本で定められた『コーヒー』ということなのだから、地球の物とは豆からして結構違い、味わいもまた違うのだろう。
その点を理解している俺は、とりあえず無神経な友の無礼を詫びながら、コーヒーを飲み干した。
「カケル君たち、お昼ご飯は食べた?」
鮫川が非礼な態度をとっているにも関わらず、美咲は優しく問いかけた。
「あ、いや、俺は結局食べ損なったんだ。鮫川は?」
「10時頃、通りすがりのバアさんの重い買い物袋を運んでやって、お礼にパンをもらって食っただけだ。歯医者で歯型を取るために噛むやつあるだろ? あんな食感のパンだ」
「本当にお前は失礼な奴だな……」
美咲は苦笑いをして、
「味は保証できないけど、サンドイッチならすぐ用意できるよ。雛ちゃんも手伝って」と言って、手招きで雛季を呼び寄せた。
「あ、うん!」
「ありがとう。助かるよ」
実はだいぶ前からグーグー鳴っていた腹に手を添えて、照れ笑いしながら礼を言った。
しばらくしてから、二人が大皿に乗ったサンドイッチをテーブルに運んでくれた。
「農家だから野菜だけは沢山あるの。それと、こっちは朝の残りだけどスープ……」
そう言って、サラダと温め直してくれた野菜スープも並べてくれた。
「コーヒーもまだあるから、いつでも言ってね」
「ああ、本当にありがたいな……」
姉妹のもてなしに心から感謝するが、やや気も引けてくる。
サンドイッチもスープも『キャッスル』の食事よりおいしかった。
鮫川も「まあまあだな」と相変わらず愛想のない表情で言いつつも、全部食べ切ったところを見ると口に合ったらしい。
遅めの昼食が終わりかけたところで、外から木製のベランダを踏み鳴らす足音が聞こえた。
そして玄関の扉が開き、中年の男女が入ってきた。
「美咲、雛季。ただいま」と、女性が言った。
少しぽっちゃりした体型だが、整った顔立ちから姉妹の母親だとすぐにわかった。髪は雛季と同じように明るい茶色で、後ろで一つに束ねている。
後から入ってきた男性は、「ああ、帰っていたか」と小さく言いながら、俺と鮫川を見据えていた。姉妹の父親だろう。
上級生の上履きのように汚れた灰色のキャップを脱ぎ、現れた短髪は、白髪交じりの紫がかった黒で、美咲の髪の色は父親譲りなのだとわかった。
「お帰り、お父さん、お母さん」
「お帰り~。早かったね~」と、美咲、雛季の順に笑顔で返した。
「休憩だよ。またしばらくしたら畑に戻る」
親父さんはそう言って、土で汚れた農作業用のつなぎを脱ぎ、玄関横にあった台に無造作に置いた。
つなぎの下にも、砂や土で汚れたズボンを結局穿いていた。
「そろそろ帰ってくる頃だと思って。先に挨拶ぐらいはしておいた方がいいじゃない?」
お袋さんも作業着を置いて、温顔をこちらに向けた。
「そんなこと言って、お母さん……どんな人かわからないから心配だったんでしょ?」
「そ、そんなんじゃないわよ~」
美咲の指摘に、お袋さんはわかりやすいとぼけ顔を見せた。
一通り言葉を交わした後、美咲がこちらを振り返った。
「カケル君、鮫川君。これがうちの両親」
ご両親の視線が揃ってこちらに注がれた。
反射的に俺はソファから立ち上がり頭を下げた。
鮫川も仕方なくというように立ち上がり、わずかに頭を下げた。
親父さんも鮫川と同じで愛想を振りまくタイプではないのだろうか、ほんの少しだけ頭を下げて、すぐに目を逸らした。
一方、お袋さんの方は明るい性格のようで、大きな声で「いらっしゃい」と挨拶する。
そしてなぜか手前にいた鮫川の手を掴み、「大きな体ね、カケル君。話は聞いているわよ!」と言った。
「……俺は瀬戸のクラスメイトの鮫川だが」と、ぶっきらぼうに返され、慌てて作り笑い。すぐに俺の方に目を向けた。
「あら、ヤダ。フフフ。そっちの彼がカケル君だったのね」
「アハッ。せっかちなの、うちのお母さん」と、雛季にまで笑われる始末だった。
「ハハハ……俺が瀬戸カケルです。どういうわけか娘さん二人がしばらく生活のサポートをしてくれることになったみたいで……」
お袋さんは、今度は俺の傍に歩み寄って、両手で包み込むように握手して言った。
「そうよ。この家を我が家だと思ってくつろいでちょうだい。クラスメイトの……えっと、鮫川君も」
お袋さんは一度鮫川の方を振り返ってから、また俺に満面の笑みを向けた。
俺は少し困惑気味に答える。
「ええ、それはありがたいんですけど……本当にわからないんです。何で俺らにそんな親切にしてくれるんでしょうか? 中央本部とか言う奴らに頼まれたのかもしれませんが、そもそも彼らがなぜ美咲さんたちに頼んだのか……」
お袋さんは笑顔のまま少し間を置いてから、穏やかに言った。
「……家族だからよ」
「家族……。そう言ってもらえるのは嬉しいですけど……」
決して納得のいく答えではなく、やや首をひねっていると、いつの間にかダイニングの椅子に座っていた 親父さんが、コーヒーポットを傾けながら独り言のように呟いた。
「何だ、お前たち……。まだあのことは言っていないのか?」
「うん。話さなきゃいけないことがいっぱいありすぎて……。本当は彼らが時空を超えたことも、もっと落ち着いてきてから話そうと思っていたんだけど……」
美咲が戸惑いながら答える。
「しかし、もうそれは話したんだろ? だったらアレも話せばいいじゃないか。もう大して変わらないだろう」
親父さんは注いだコーヒーを飲みつつ、視線をテーブルに落としたまま言った。
「無責任ねぇ、あんた。そんな次々と真実を告げられたら、カケル君たちも参っちゃうでしょ?」
そう言ってお袋さんもダイニングの椅子に腰を下ろした。
美咲の思案に暮れたような顔がこちらに向いたので、俺は小さく頷いてみせた。
「親父さんの言うように、俺はもう何を告げられても……少なくともさっきよりはパニックになることはないと思う。だから話してくれていいよ」
「さっきは家に帰ったら話すと言っていたしなぁ」
鮫川がそう付け加えると、美咲は一度大きく息をついてから、
「……わかった。じゃあ、同時に見せたい物があるから待ってね」と言って、親父さんの背後にある棚に近寄って行った。
雛季もピョンピョンと跳ねながらついて行き、美咲と一緒に開けられた棚の引き出しに目を落とした。
野次馬の如くお袋さんも寄って行って、引き出しの中を探している。
ややあって、「あった!」と言う美咲の声がした。
彼女は臙脂色の厚い表紙の書物を持ってリビングに戻ってくると、ソファの俺の隣に座り、書物をテーブルに置いた。
その表紙は厚いが、全体はアイドルの写真集ぐらいの厚みの物だった。




