第19話・姉妹の家へ
「それじゃあ、伊賀は壁の外に出られたかわかっていないのか……」と、俺は彼のことを心配して言った。
「いや、どうだろうな……」と、鮫川。
「その後俺は運よくある奴に出会ってな。普段は壁のこっち側の街中を見回りしている男らしい」
「それ、多分衛兵と呼ばれる人たちです」と、美咲が解説した。
「中央本部直属の兵が黒服に黒い肩甲や腕甲、真紅の胴鎧とすね当てという防具に対して、銀色の肩甲や腕甲に、青い胴鎧とすね当てをしていたはず……」
鮫川は不愛想にうなずいた。
「ああ、そんな格好だった。その衛兵は米沢とか名乗ったかな。何とも忠誠心のない野郎で、俺をうまいこと壁の外に出してくれたのさ。まぁ、その代わりに、俺が身に付けていた腕時計やら学校のブレザーやら、携帯まであげちまったが……」
「マジかよ……」
とは言ったものの、それがどうやら本当の話だと言うことは、鮫川の格好を見ればすぐにわかった。
連れ去られたあの日の鮫川の服装を思い出すと、学校帰りで制服を着ていたはずだ。
目の前の鮫川は、制服のズボンにスクールシャツ、その下には例の『Ⅰ LOVE NY』と書かれたTシャツを着ているが、ブレザーは着ていなかった。
そしてこの男がいつも付けていた、レンコンの断面みたいな腕時計もなくなっていた。
「どうせ携帯は使えねぇし、時計も高いもんじゃねぇから、お礼にくれてやったよ。時計は止まっても、さっき言った石の力で動かすことが可能らしいし、ブレザーは普通に服として使える。携帯も物好きに売れるらしい」
「確かに、多少のお金にはなると思う。きっとそれで脱走の手助けをしたのね、その人。まぁ、衛兵の人は、魔溜石採取や市民をまとめる任務にあたる中央本部兵よりも給料が安いから、そうやって小遣い稼ぎをする人がいてもおかしくはないけど……」
美咲がうなずいて言うと、雛季はプクッと頬をふくらませた。
「街を守る衛兵さんがそれじゃ困るよ~」
「そうだね。雛ちゃんが正しいよ」と、美咲は雛季の頭を撫でる。
姉妹のその微笑ましい姿をしばらく見ていたが、話しが途中であったことを思い出し、鮫川の方を向いた。
「それで……伊賀のことと、彼女たちが持っている黒い剣の話なんだが……」
「ああ、そうだった。伊賀についてはどうなったかはっきりしないが、その米沢って男に、まだ伊賀が壁の外に出られていなかったら、何とか出られるようにしてくれと頼んでおいた。米沢は衛兵の中でも頻繁にあの『キャッスル』とか言う場所に出入りできるらしいし、調子いい奴だから上の方の奴らにもうまく言って、伊賀を解放できるかもしれん。それがダメだったとしても、伊賀のことだ。きっとまた隙を見て抜け出せると思うぜ?」
「……ああ。そう願うよ」
「そして黒い剣についてだが」と、鮫川は続けた。
「俺は街に出た後、米沢に紹介された町はずれに住むオッサンの所で、この数日間世話になっていた。街を囲っている壁があるだろ? オッサンはその外にある森に出て行き、鳥や獣を狩って、生計を立てているらしい」
「狩人か……?」
「君たちにとっては珍しいかな? こっちでは結構いるの」と美咲が、首を傾げていた俺に言った。
「だが壁の外の森には、たまに化け物みたいな生物が現れる」と、鮫川。
「魔獣……だな?」と、俺。
「そうだ、その名の通り魔物だ。俺も一度出遭った。最初はデカい山猫かと思ったが、凶暴さもスピードも普通じゃない。口から炎も吐き出しやがったんだ」
口から炎……?
俺は身震いした。魔獣にはそんな奴もいるのか?
「そいつらにはオッサンたち普通の狩人ではまったく太刀打ちできなかった。そこで、他の狩人仲間や森の中で食材を採っている者たちと金を出し合い、魔獣退治をしてくれる剣士を雇った。魔獣が出現したら、そうするしかないんだと……。その剣士たちが持っていたのが、その女どもと同じ黒い剣だ。そこから放たれた光が、いとも簡単に魔獣を倒しちまった。魔獣にも驚いたが、奴ら剣士……と言うか、その黒い剣に驚いた。それはとんでもねぇ代物だぜ」
そう言われ、美咲は視線を落とし自分の剣に触れた。
「そう……。この剣は特別な剣士の証。家に行ったらもっと詳しく話すけど、とにかくこれがなければ太刀打ちできない魔獣はいくらでもいるの。だから早まらないで、カケル君。もう一人のお友達は、私たちも一緒にできるだけ早く捜し出すから……」
「……ああ」
伊賀のことは気がかりだが、それ以上に、鮫川もビビるほどの魔獣という存在が俺の気を削いだ。
やはり彼女たちのサポートを受けた上で、一日でも早く伊賀と再会できることを期待しよう……。
ひとまず話を終え、琴浦姉妹の家へ向かい歩き出した。
横を歩く鮫川が、前を行く姉妹に聞こえないように囁く。
「俺たちもあの剣さえ使えれば、魔獣も怖くないだろう。どこで手に入るかはわからんが、もし剣を手に入れたら、あの女たちとオサラバすればいいのさ」
俺は返事をせず、ただ曖昧な表情を作った。
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鮫川と再会した広場から徒歩10分ほどののどかな場所に、木造二階建て、藁ぶき屋根の琴浦家はあった。
大きな家を木で作られた柵が囲っていて、広々とした庭もある。その庭の一角には大き目の倉庫もあって、農具や作物を保管しているのだと言う。
俺たちの感覚からすれば土地も広くずいぶん大きな家だが、「見ての通り、この辺は田舎だから」と美咲は苦笑した。
「土地は広いけど、中心地から外れて街の外壁に近づけば近づくほど不便になるから、住みたがる人は少ないし、自然とうちみたいな農家や狩りを行う人、それに中心地のような高い家賃を払えない貧しい人が集まっているんだよ」
「家の中見たらわかるの。うちも貧しいんだよ。でも雛季はこの家も近くの近所も好きだよ!」
「近くの近所って……意味かぶっているよ」
雛季に一応ツッコミを入れてから、改めて姉妹の家の周囲を見渡す。
舗装されていない土の道が続き、木々や草の匂いが漂っている。
日本の冬ほど気温は落ちないらしく枯れずに残っている植物も多いようだが(あるいは常緑樹のように一年中緑を保つものが多く生えているのか)、全体的な色はやはり寂しい。
点在している家々はどこも大きいが、古めかしいものが多く、姉妹の言うように裕福そうには見えなかった。
庭には倉庫や家畜小屋がある家も少なくなかった。
琴浦家の裏手に、バターの箱に描かれていそうなのどかな田舎の風景がさらに広がり、その先に薄く、石を積み上げて築かれている『ゴブレット』の外壁が見えた。
「確かに外壁にずいぶん近づいた感じがするな……。あの向こう側は魔獣がうろついているわけだから、住む人も限られるわけか……」
「まぁ、魔獣の方も無闇にはこちらへ近づかないから、壁のすぐ外側までならそこまで怖がる必要はないんだけどね……。現にうちの両親やこの辺の農家の人は、壁の外にある畑まで毎日出て行っているから。『ゴブレット』西側や南側の、農家や漁師も壁の外に出て働いているし……」
美咲は俺のことをなだめるためにそう言ったのだろうが、鮫川がぶち壊す。
「俺が世話になった狩人のオッサンたちも、あの壁の外に出ていたな。だが、時折魔獣がすぐ傍まで迫ってくる。大群が迫ってきたら、この辺はヤバいんじゃないか?」
「だから、剣士たちがいるんだよ~」と、雛季があまり迫力のない声で言い返す。
「衛兵さんや『キャッスル』の兵隊さんもいつも見張っているし、他にも剣士がいっぱいいるから、魔獣が近づいて来ても大丈夫なの! それにね、ここは北東のエリアの東エリア寄りなの」
「え~っと……北東エリアの東……また、同じような意味のことを重ねて言っているのか?」
雛季の話はどこか幼くて、頭がこんがらかってしまう。
美咲が囲いの一部の、門扉と呼ぶにはあまりに粗末な木の扉を押し開けながら、妹のフォローをした。
「合っているよ。北東エリアの中の、東エリア寄りで。『ゴブレット』の南側……『キャッスル』がある方は、その先に海があるから比較的安全って言われているの。海に棲息する魔獣もいなくはないけど、陸地よりも断然少ないから。一方、一番危ないと言われているのは『ゴブレット』北部……北エリアと、北東エリアの北側あるいは北西エリアの北側。北部の外壁の向こう側に広がる森や川を越えた先の山々には、人類未踏の場所が多くあって、未知の魔獣もたくさんいると言われているから危険なの」
美咲は内容の割には明るいトーンで話しながら、家屋の方へと手招きした。
階段を数段上がったところにベランダがあり、壁のフックに掛けられた鳥かごにキレイな虹色をした鳥を飼っていた。
その先に大きめの窓と小窓、右の階段上に玄関扉があった。
「雛ちゃんが言いたかったのは、そういう北部エリアに住む人たちよりは、まだここは安全な方ってことなの」
「そうだよ~」
「とにかく何度も言うけど、私たちもついているから、カケル君と鮫川君は心配しないで。さあ、ここが我が家。ちょっと汚いけど、遠慮しないで入って」
そう言って、ギイイという木の軋む音を鳴らしながら、玄関扉を開けて中に入った。
跳ねるように歩く雛季に背中を押されながら、俺も小さく「お邪魔します」と言って敷居をまたいだ。




