第22話・タイムトラベル作戦の末
姉妹が護ってくれると言うが、俺は少し不安だった。
美咲が笑顔を繕って、家系図を指差す。
「でもね……またこの家系図を見て。よその家から嫁いだ人はともかく、ここに名を記されている人たちの大半は君の子孫に当たるわけだから、この人たちもきっと君の味方になってくれるはずよ?」
それを聞くと急に心強くなったが、考えを巡らせているうちにまた萎んでしまった。
「……いや、待ってよ。皆さんはここに移住してきているかもしれないけど、ここに書かれている他の人たちは、地球に残ったままかもしれないんじゃないか? それだったら、この街で彼らの助けを得ることもできないだろ?」
「いや」と、ダイニングから声がしたので、頭を上げる。
親父さんがやや眠たそうな目をして言った。
「『惑星サライ』移住初期の、我々の先祖が残した書によれば、君の子供の代……つまり俺の婆さんの代で、兄弟みなここに連れて来られているらしい。だからそこに書かれている者の多くは、この星で生活しているはずだ」
「そうね。その中に娘たちのような力が備わっている人がいれば、カケル君の強い力になりそうね」と、お袋さんも頷いて言った。
「そうなれば助かりますけど……今のおじさんの言い方だと、この星に移住してきてから親戚同士の付き合いはないんですか?」
琴浦家のみんなに視線を巡らせる。美咲が最初に答えた。
「う~ん……。親戚関係が続いていれば、もっと簡単に味方になってもらえるものね……」
親父さんが言葉を継いだ。
「婆さんは、移住後も親戚同士協力して生活した方がよいと考えていたらしいがな……。他の者たちは、瀬戸家から縁を切りたがっていたらしい……」
「そうなんですか……?」
「我々がこの『サライ』に連れて来られた原因が、先祖の瀬戸国博……つまり君の父親の仕事のせいだと考えているから、恨んでいるんだろうな」
「親父の……。俺が連れて来られたのと同じで、魔溜石ってやつの研究が関係しているのか……」
俺は膝の上の手を組み俯いた姿勢で、ぼやいた。
「ああ、そうらしい。それが中央本部の連中にとってマズい問題を引き起こしたらしいんだ。初めは連中とも協力関係にあったようだが、それを機に敵視されるようになってしまった。俺たち子孫が地球から移住させられ、この星で労働をさせられているのは、その制裁みたいなものなんだろう……」
親父さんが顔をしかめ、よりシワが際立った。
それに比べ美咲は顔色を変えず、あくまで穏やかに言う。
「私がさっき、捕虜みたいだと愚痴を言ってしまったのはそういうわけなの」
「……くそっ! 全部親父のせいだ」
俺が膝を叩き、姿を消した親父への恨みを露わにすると、斜めから鮫川の声が飛んでくる。
「おい。怒りをぶちまけたいのは俺や伊賀だ。わけのわからんオッサンのせいで、こんな目に遭っているんだからな」
「わけのわからんオッサンって……そこまで言うなよ、俺の親父を」と一応ツッコんでから、深く溜息をついた。
「そうねぇ……」と、お袋さんも溜息交じりに言った。
「ずっとこっちで生活してきた私たちより、カケル君たちの方が辛いわね……。環境がガラッと変わってしまったのだから」
美咲が影のある微笑みで答える。
「うん。そりゃね、限られていることが多いし、若いうちからある程度の労働はさせられているけど、強制的に危険な魔獣退治に行かされているわけでもないからね……。この生活に慣れているからそう不幸だとは思わない。でも、カケル君たちは違うものね……。失った物が多すぎる……」
しばらく重い沈黙に包まれる。
雛季だけが、時折テーブル上の皿に残ったフルーツをつまんで食べ、相変わらずの無頓着ぶりだった。
「地球には戻れないのか?」と、沈黙を破ったのは鮫川だった。
「だから……帰るためには、大量の魔溜石がいるんだろ?」
俺が投げ捨てるように言うと、鮫川はすぐに首を振った。
「俺たちのいた時代に帰るとは言ってねぇよ。今現在の地球にだ。100年以上経っているが、存在はしているんだろ? 距離だけの問題なら、ある程度の石の力を使えば移動は可能なんじゃないのか?」
「ああ~……まぁ、それはそうかもしれねぇけど……。100年以上経っているんだぜ? 徳川幕府で言ったら、家康から綱吉に代わっている。現在の地球が様変わりしすぎてかなりのショック受けるぜ、きっと。知っている奴はみんな墓の下だし……。行ってどうするんだ? その体、機械化するのか? 頭が先じゃなく? いや、お前の知能を上げる技術はさすがにまだないかもしれん……」
そこで鮫川の歯ぎしりに気が付き、慌てて「そりゃあ俺も、地球がどうなっているか興味がまったくないと言ったら嘘になるけど……」と付け加えた。
「残念だけどねぇ……私たち一般市民が『サライ』から出ることは難しいのよ。移動するための魔溜石を個人で集めるのは難しいし、中央本部が禁じているし。そこまでの自由は与えられていないの」
「今となっては、さらに状況は悪化している……」
お袋さんに続いて、親父さんがそう呟いた。
「悪化? そうなんですか?」
俺は生唾を呑みこんでから、訊いた。
親父さんは小さくうなずいてから、話を続けた。
「問題の鍵を握ると考えられた、君の父親を含む当時の研究者はもういない。だから考え出したのが今回のタイムトラベル作戦だ。当時の研究者たちと接触し、追及しようと考えたのだろう。莫大な魔溜石のエネルギーと能力者の力を使ってでも、そちらが先決だと思ったんだろうな。だが作戦は失敗した。事を急ぎ過ぎて、実験不十分、課題山積のまま臨んだからだろう」
途中で美咲が「もう~……あまりカケル君を不安がらせないでよ、お父さん」と止めに入ったが、親父さんは構わず続けた。
「さかのぼる時間に限界があり、想定よりも後の時代に転移したらしい。すでにその時には、君の父親はじめ魔溜石の研究者たちはおらず、焦った彼らは、せめて君たち研究者家族から問題解決の糸口を探れないかと考えたんだろう」
「それで結局俺たちまでこの世界に……?」
「間抜けだな」と、鮫川がもっともなことを口にした。
「ああ、間抜けさ。ストックしていた魔溜石を失った分、当面は魔溜石採取が急務というわけだ。意味もなく君たちを現在の地球に転移する余裕は、当面の中央本部にはないだろうな」
俺は頭を抱え、今にもソファから崩れ落ちそうな体勢になっていた。
「とにかく、カケル君。何度も言うけど、君たちが元に戻れる日が来るまで、私たち家族は全力で支えるから……元気出して!」
「そうね。衣食住に関しては……それは満足いくものかどうかはわからないけど、なんとか提供できるから、心配しないでね?」
美咲とお袋さんが必死に慰めてくれる。
そして、お袋さんの隣を離れ、また俺の右横に体をくっつけてきた雛季が、彼女なりに励まそうとしているのだろう、明るく言った。
「この街にも楽しいことがいっぱいあるの! カケル君もだんだん好きになるよ~」
「楽しいこと……。例えば何だろう?」と、俺は覇気なく訊いた。
「かくれんぼ!」
「……」
「トランプ、オセロ! あと、雛季には難しいけど将棋にバックギャモン!」
「……そりゃ、多少の時間は潰せそうだけど……」
「あっ! 丘の上から板で滑り下りる遊びもあるの!」
「わ、わかった……。大体わかったから、もういいよ……」
雛季の上げる遊びでは引きが弱いと感じたのか、反対側から美咲が慌てて口を挟んだ。
「か、川や海では釣りもできるし、森では……あっ、森は魔獣がいるから危ないか……」
美咲が発言を取り消そうとしたが、それを無視するように鮫川が腕を組み頷いて言う。
「まぁ、確かに森での狩りはなかなか楽しめたな」
「き、君は狩りを経験したかもしれないけど、カケル君はしていないし、魔獣も出現して危ないから、森で遊ぶのはナシ!」
「瀬戸を護りたいなら勝手にすればいい。俺は一人でも狩りに出られるぜ」
「ダメだよ、鮫川君……すねないで。私たちは君のこともしっかり護るから」
「すねてなどいない。この剣を貸してくれればいいだけだろ?」
そう言って、鮫川は自分のソファの横に立てかけてあった剣を手にした。クリーム色の鞘に収まったそれは雛季の物だ。
「そ、それ……雛ちゃんの? 雛ちゃんっ、ダメじゃない、大事な物をそんな所に放っていたら」
「ご、ごめん~」と雛季は眉を八の字にしながら、鮫川の元に駆け寄った。
手を伸ばし、自分の剣を奪い返そうとしたその時、彼女が変な声を上げた。
「わうっ? 雛季の剣……震えてるよ!」
「ああ、そうだ。これはどういうことなんだ? 手にした時から柄が小刻みに振動しているぞ? マナーモードにでも設定しているのか?」
鮫川はそう言って右手に持った剣を動かし、矯めつ眇めつ眺めている。
確かに、テーブルを挟んだこちらの位置から見ても剣が振動しているように見える。
「う、嘘……。鮫川君! 鞘からゆっくり剣を抜いてみて」
美咲に促され、鮫川はクリーム色の鞘から剣を引く。
すると、露わになった刀身から青白い光が周囲に広がっていった。
「光ってる!」と、雛季が叫ぶ。
美咲やお袋さんも前屈みになって、驚きの表情を見せる。
親父さんまでが椅子から立ち上がって一歩近づき、口をあんぐりと開けていた。




