第11話・ゴブレットあるいは♀(おんな)
バイクのような乗り物・『マレンゴ』に乗って門を通過、壁の外へ。
眩さに細めていた両眼が、徐々に外の景色を捉えていく。
目の前に広がっていた街並みは、まさしく上から眺めたものと同じだった。
所々に和風の家屋も見られるが、広い通りの左右にレンガや木で造られた家や店が建ち並び、街灯や石畳の歩道など、全体的に西洋の田舎の街並みを想起させる。
通りの先には噴水のある広場が見え、そこを取り囲むように建っている家々も瓦や藁の屋根の、どこか古風な印象を与える。
長田は広場まで『マレンゴ』を走らせると、歩道に横付けした。
足元で砂埃がわずかに舞い、『マレンゴ』の下部……ステップの部分が静かに下がり、着地する。
丸坊主と金髪男は『マレンゴ』のシートに腰掛けたまま、長田と俺だけ歩道に降りた。
「瀬戸カケル。当分お前の生活をサポートしてくれる女性と、ここで待ち合わせてある。すぐに来るはずだ。ああ、そうだ……」
長田は何かを思い出してズボンのポケットを探り、取り出した物を俺に渡した。
「俺たちからの餞別だ。受け取れ。しばらくは役に立つだろうよ」
クシャクシャに折り畳まれていたそれを広げると、この街のものと思われる地図だった。
「地図か……。餞別と言うか、これくらい用意してくれて当り前だと思うけど……」
一瞬もっと豪華な贈り物を期待しただけに、不服だった。
「ハハハ、欲張るんじゃない。我々がここまでの待遇をするなんて、珍し……あ、いや……」と長田が明らかに口ごもったので、俺は首を傾げた。
「何だって?」
「いや、何でもねぇ……。とにかく、地図のここを見てみろ」
長田は、俺が両手で広げていた地図の上に指を伸ばし、地図の下(南)の方に描かれた建物の絵を指した。
「これが今まで俺たちのいた場所……『新政府中央本部舎』。通称『キャッスル』だ」
よく目を凝らして見ると、確かにその場所は四方を囲んだ壁が描かれているし、真ん中にある建物のイラストも壁の中で見たあの立派な建物に似せて描かれている。
俺たちが閉じ込められていた場所は、急ごしらえで用意されたからなのだろう、地図には描かれていなかった。
だが、間違いなくそこは俺たちがいた基地のようなあの場所だ。
しかし……。長田の今の言葉で引っかかったことを口にした。
「新政府……って言うのは何?」
長田はわかりやすく視線を逸らし、ひげを掻き、口の中にマッシュポテトでも詰め込んでいるかのようにモゴモゴと何か言った。
先輩の困惑した姿が面白かったのか、金髪男ははしたない笑い声をあげると、長田を擁護して言った。
「何でもないって。お前さんには関係ない。街の連中はみんな『中央本部』とか『キャッスル』って呼んでいるから、そう覚えておけばいい」
「あ、ああ。その通りだ」
長田は強く頷いた。そして改めて地図を指す。
「そして今我々がいるこの場所が南広場。その北側に大きく広がっているこの街全体を、通称『ゴブレット』と言う」
説明が早口で、耳に残ったことだけを慌てて訊き返す。
「ゴブレット? 足つきのグラスの?」
「ああ、そうだ。吉良さんのいた部屋から見たと思うが、街全体を外壁が囲っている……」
「ああ、確かに遠くに見えたけど……あの壁って街全体を囲っているのか? 万里の長城を築くぐらい大変だったんじゃないか?」
「万里の長城……? よくわからんが、あの壁を築くにも魔溜石の力が使われた。確かにそれでも大変だったと聞くが、人の手で普通に造るよりは手間も時間も掛からなかっただろう。……何の話だった? ああ、そう。ともかく、壁に囲われた街全体を、上から見下ろすとゴブレットのように見える。だから壁の内側の街が『ゴブレット』と呼ばれている。俺たちがいる『キャッスル』は、丁度『ゴブレット』の足の部分に当たる場所だな」
「なるほど……」と、ポツリ呟く。
地図上に描かれた街は楕円のような形で、その下側に横長の『キャッスル』がくっついているので、全体を見ると確かにゴブレットの形に見えなくもなかった。
だが細かいことを言えば、『キャッスル』のさらに南……街とは反対側に四角く飛び出している敷地もあるので、それがゴブレットの形には余計だ。
地図によれば、『キャッスル』の南には海が広がっていて、どうやらその飛び出した敷地は港のようだ。
その港をプラスして全体を見ると、女性を表す形『♀』にどちらかと言えば近いじゃないか……と心の中で思う。
女性の街。それならばいつまでだっていられるのに……。
「壁の外にも森やら川があり、農村や小さな町がある。それらは地図で確認してくれ。まぁ、お前にはあまり関係ない場所かもしれんが……。それじゃあ、俺たちの役目は終わりだ。『キャッスル』に戻るとするか。ああ、ちなみに、『キャッスル』は一般人の立ち入りが禁止の場所だから、これからはこちらから呼ばない限り、お前も『キャッスル』に勝手に入ることはできないからな?」
そう言いながら、長田は『マレンゴ』のシートにまたがった。
「お、おい。待ってくれ」と、俺はすがるようにひげ男の肩に手を掛けたが、男は冷たくその手を払った。
「俺たちも忙しいんだ。お前はこの後、ある程度自由かもしれんが、俺たちには次々仕事が回ってくるんだよ。仕事の奴隷さ。他に訊きたいことがあれば、もうじき現れる女に訊いてくれ」
「ま、待て。一つだけ! 元の場所へ戻ることが無理にしても、連絡をすることはできないのか? 短期間でこんな街を造ることができた魔溜石の力なら、わけないんじゃないのか?」
「家族に連絡したいのか?」
「もちろんそれもあるが、友人の安否も気がかりだ。俺がこっちへ連れて来られる時、その場にいた友人二人もあんたらの仲間にやられたんだよ! そいつらがどうなったか知りたいんだ! 親父のことで巻き込まれたのが俺だけならともかく、たまたまその場に居合わせた二人も重傷を負ったなんてたまんねぇよ!」
金髪男が髪を掻き上げながら、不敵に笑って言った。
「大野たちがやったことだからなぁ……。重傷どころか、死んじゃっていたりして」
「な、何?」
眉を吊り上げ、詰め寄る俺に、「冗談、冗談だっつーの」と、金髪男は苦笑した。
「しっかり目を覚ましたらしいぞ」
「本当か? あのあごひげ野郎や大野とかいう奴に聞いたのか?」
「そうだよ。母親たちとの連絡は無理だと思うけど……その友人たちとは多分近いうちに会えるんじゃないの? この街のどこかで……」
その金髪男の言葉に、目を見開いた。
「い、今何って言った? この街のどこかで会えるって言わなかったか?」
問い詰めると、金髪男はあっさり認めた。
「会えるんじゃないの。奴らも連れて来られているんだから」
「う、嘘だろ? 伊賀と鮫川も……連れて来られたってのかよ?」
目を白黒させ、長田や丸坊主の顔も窺った。
丸坊主は肩をすくめておどけたが、長田は溜息をついて項垂れた。そして口の軽い金髪男へにらみつけるような一瞥をくれてから言った。
「余計なことを……。面倒を増やすなよ」
「ハハハ、ついつい……。隠しておくのは、友達思いの瀬戸君に悪いと思ってね」
俺は長田に顔を近づけた。
「どういうことだよ? 伊賀と鮫川まで巻き込んだのかよ?」
「我々は名前までは知らない。だが、同じ班の男……さっき、君があごひげ男と言った連中だが、彼らが君と一緒にいた二人の青年も連れて来たのだ」
「そんな……」
脱力し、『マレンゴ』の前部にもたれかかった。
「私もその判断は間違いだと注意したよ。だが、彼らが言うには、一人は戦いの素質があるそうだ。もう一人のがたいがいい奴はタフさを買われた」
戦いの素質があるというのは、伊賀のことを言っているんだろう。
思えばあいつはあの時、振り下ろされた男の剣を避けていた気がする。
鮫川も、確かにタフな一面を見せていた。勢いよく後ろに吹っ飛ばされても尚、相手を睨んでいた奴の姿が思い起こされた。
「しかし、何で……? 何でアイツらまで!」
「それは『あごひげ野郎』に訊いてくれ」と言って、長田は含み笑いをした。
まさか俺の心中で、自分が『ひげ男』と言うあだ名をつけられているとは知らずに……。
そのひげ男・長田が俺の腕を『マレンゴ』から突き放して、真剣な表情を作って言った。
「まぁ、我々人類のために充分役立つ人材だと判断したのだろう。それに、お前にとってもよかったんじゃないか? この世界に知り合いがいないと心細いだろ?」
「それはそうだが……いや、こんな目に遭うのは俺一人で充分だったんだ……。それで、二人とはどこで会えるんだ? それぐらい教えてくれ!」
「……二人は、君が尋問などを受けている間に、『キャッスル』から自力で逃げ出した」
「何?」
「大したもんだよ」と、金髪男が目を細めながら言う。
「俺たちの注意が君たちの方にいっていたとは言え、監視の目を盗んで、あの壁も抜けたんだからねぇ。まぁ、どのみち彼らはすぐに解放する予定であったから、深追いはしなかった、というのもあるけど……」
「それじゃあ、こっち側の街のどこかにいるのは確かなんだな?」
わずかに元気を取り戻して訊いた。
怒りはもちろんあったが、やはり心のどこかで安堵している自分もいるのは確かだった。
「ああ、いるさ。そんなに広い街ではない。見慣れない顔の奴なら情報もすぐに入ってくるし、すぐ再会できるだろう。淋しくて死んでしまう前に見つけてやるといい」
「フ、フザけるなっ」
食って掛かろうとした矢先、長田は俺の背後を指差した。
「おっ、お迎えが来たみたいだぞ。見ろ、あの馬車から降りた女が君のサポーターだ」
「ば、馬車……?」
そう呟きながら振り返る。
確かに噴水の向こう側から回ってきた馬車が、少し離れた場所で停まった。
「何で馬車が?」
実はすでにこの広場に出てきてから何度か、車やバイクではなく馬車のような乗り物がよく行き交っているのが目に入っていた。
しかし、長田たちから次々に明かされる事実に戸惑い、頭がついていっていないというのもあったし、古いヨーロッパの田舎町のような街並みに馬車がマッチしすぎていて、すぐには違和感を覚えなかったのだ。
しかしこの時代、『マレンゴ』を別にして自動車もバイクも見当たらず、代わりに馬車のような乗り物が行き来し、時には荷物を積んだ荷車を人が押す姿もあって不可思議だ。
ごくまれに自転車で通り過ぎる者がいたが、それも古い写真でしか見たことがないような手作り感のある物だった。
そして、ここで何度か目にした物が『馬車のような乗り物』という表現しかできないのは、車を引いているのが馬ではなく牛ともロバとも言えない動物が引っ張っていることがあるからだ。
一つは、トナカイに似た大きさと毛の色……しかし角は真っ直ぐで短いものが額に一本の、ユニコーンのようでもある動物が二頭で引っ張っていた。
一つは、灰色の狼をかなり大きくしたような動物が二頭で車を引っ張っていた。
通りを挟んで停まったその馬車は、俺の知っている馬車に一番近かった。
前にいる二頭の動物は赤毛の馬と言える。ただ、地球の馬よりも大きさが一回り大きい。
馬一つとっても、地球に似ているが地球とは別物の……異星『サライ』の動物だということか……。
その馬車から降りてきた二人の女性が通りを渡ってこちら側に向かって来る間に、長田たちは『マレンゴ』を発車させ、『キャッスル』という、例の場所へとつながる道路を引き返していた。
「それじゃ、後は彼女たちに訊け」と、長田は前方を向いたまま突き放すように言った。
『マレンゴ』の一番後ろのシートで振り返った金髪男は、髪の乱れを気にしながら、「まっ、贅沢はできないだろうが、こっちの生活にも慣れるさ! 女は多いし、結構いいもんだぜ~」と、陽気なことを言い残して、去って行った。




