第10話・壁の向こう側へ
俺が今いるこの世界は……俺や十数名の男女が無理やり連れて来られたこの世界は、地球から遠く離れた……『惑星サライ』。
そう教えられた。
「……しかし何でこの星に?」
俺はようやく、かすれ気味の声で訊ねた。
「あんたたちが地球から移動して来るのにも魔溜石の力を使ったのだとして、初めからそんなに採取できたのか? 研究所が初めて『惑星サライ』を探査し、魔溜石を採取してから、そんなに月日は経ってないはずだ……」
「いや、正直、君がすぐに現実を受け入れ、そこまで冷静に頭を働かせられるとは思っていなかったよ。他の者たち……君と同じく今日解放を言い渡した者のほとんどが、まったく信じないか、ようやくわかってもらえたとしても、混乱をきたして大変だったから」
「俺だって混乱はしているよ。だから、質問に答えてくれ!」
「ああ、もちろん。今の段階で答えられることはね」と吉良は椅子に腰かけ、脚を組み、左右に体を揺らしながら言った。
「あんたたちの人数もそうだが、この街を築くのには相当な量の魔溜石が必要なんじゃないのか? 決して長くはない期間で、どうやってそんなことを?」
「一つには魔溜石のエネルギーというものが、我々人類の想像をはるかに超えたものであるということだ。君たちが尋問を受けていたあの建物。あれなんかは、君たちを連れてくることが決定してから、魔溜石の力によって丸一日ほどで完成させたのだ」
「え、あれを? ……確かに、何となく急ごしらえの感じはしたけど……たった一日で?」
「そう、魔溜石があれば可能。そして二つ目に、この星へ移動さえできれば、その魔法の石の採取がいくらでもできたからだ。我々自体が移動可能になったことで、宇宙空間に探査機を何度も往復させ少しずつ採取するよりも、直接大量に採取することができるようになった。そうなれば、この星に人の住める街を造り、発展させることも簡単にいったというわけだ」
吉良は続ける。
「それに、この『惑星サライ』が非常に地球の環境に似ているということも大きいな。君も先ほどまで、地球にいることを疑っていなかったように、ここには太陽に代わる星もあり、日光も、熱も、水も、空気も、季節もある。動植物も生きているし、まるで小さな地球と言ったところだ。我々のような移住者が苦労なく生活していけたことも大きい要因だ」
吉良の長広舌がようやく止まったところで、俺はさっきからずっと頭に浮かんでいた疑問をぶつけた。
「だったら……! そんなすごい魔溜石が、いっぱい手に入るんだったら、俺たちをまた日本に帰すことぐらい簡単なんじゃないのかよ?」
吉良は頭を椅子の背もたれに預け、宙に向かって溜息を吐き出した。そして、どこか寂しげにも見える微笑を浮かべた。
「君には驚いたよ。混乱した頭で、本当によくそこまで考えらえるものだ。……だが、残念なことに、その答えにはNOと言わざるを得ない」
「な、何で?」
片膝をついた姿勢で、強めに言った。それと同時に、背後の長田がまた俺の方へ接近した気配がする。
吉良は組んでいた脚を下ろし、両手を組んで机に乗せ、真剣な面持ちを見せた。
「……まず、先ほど話した魔溜石の大量採取について、私はあえて過去形を使った。実は、魔溜石の採取も前ほど容易ではなくなっているのだ。だから今すぐに君たちを帰すことができない」
「よくわからないけど……そんなに枯渇〈こかつ〉しているってのか? 元にも帰せないほど? だったら尚更、俺たちをこんな所に連れてくるなよ……」
「だから、解放すると言っても、しばらくはこの星のこの街で生活してもらうことになる」
「勘弁してくれよっ! お袋や妹にも、友達にも学校にも、何も言えないまま連れて来られたんだぞ?」
俺は立ち上がって叫んだ。背後の長田が慌てて羽交い絞めにしてきた。
家族のことを口に出した途端、涙が溢れてきた。
嗚咽〈おえつ〉を漏らし、尚も掠れた声をぶつける。
「一体いつになったら帰れるんだよ? こんな所で一人、どうやって生活するんだ? 向こうでも一人暮らししたことないのに! 地球ですらない所で、知らない連中と……無茶苦茶だ!」
「やはりこの男も『鎮静』させましょう」と、後ろで長田が吉良に向かって言った。
俺は首を回し、長田をにらむ。
「フ、フザけるな。そんなの必要ねぇよ! 俺は至って冷静だ!」
吉良は長田やこちらに近寄ろうとする金髪男を手で制し、なだめるように言った。
「まだその必要はないそうだよ、長田さん。……そして、瀬戸君。本当に冷静なら、よく聞いてくれ」
吉良はゆっくり椅子から立ち上がって、こっちへ歩み寄った。
「さっきも言った通り、君や解放することになった他の者たちには、しばらくこの街で生活してもらうことになる。しかし当然、君たちの不安もわかる。君たちがいた世界とは多少ルールが異なることもあるし、慣れるまで一人で生活していくのは大変だ。そこで、君の生活をサポートする者を呼んでいる。もうじき外の正門の前に来るだろう」
「俺の生活をサポート……?」
「後は彼女に任せる。知りたいことがあれば、彼女に訊いてくれ」
「彼女……? サポートする人って、女性なのか?」
決してそんなつもりはなかったが、下心があるように取られてしまう訊き方だった。
吉良も勘違いしたようで、にやりとし、俺の肩を軽く叩いた。
「そうだ、女性だ。彼女なら君に尽くしてくれるはずだ」
「俺に、尽くす……いや、何でそう言いきれる? その人が意地悪な人ってこともあるだろ?」
「いや、尽くしてくれるはずだ。そういう運命と言うのかな……そう、彼女の運命だ。とにかく、ひとまず元いた場所のことは頭の隅に追いやって、彼女の協力のもと、この街の生活に早く慣れることだ」
「追いやれと言われたって……。一体帰れるのはいつになるんだ? まだその質問に答えてもらってないぞ!」
「……それだけの魔溜石が手に入るまでだ」
溜息交じりに言って、吉良は腕時計に視線を落とした。それから長田たちに退室を促した。
「彼女が迎えに来る時間だ。私からは以上だ。連れて行きたまえ」
行きと同じように、長田たちに取り囲まれながら、吉良の部屋を出て一階へ。
そして表に出される。
途中で長田たちに、先ほどは何とか控えた文句を吐き出したが、彼らも俺のお守り役は早く終わらせたいのか、非常に冷たい反応だった。
あまりにうるさくすると、腰の剣を鞘から抜く仕草をして脅した。
昏睡させられるのは気分がいいものではないので、俺もそこで黙った。
ある程度の抵抗はしたつもりだが、それでも、突然別の惑星に連れて来られたと聞かされた割には、心が掻き乱れるということがない。
自分でも不思議なほどだ。
まだ『惑星サライ』なんて星に移動させられているという実感が薄いというのもあるし、ここ数日間、非日常的なことが起こりすぎて感覚がおかしくなってしまっているのかもしれない。
長田について行き建物の横に回ると、日陰となった駐車場のようなスペースに見たこともないメタリックなマシーンが数台並んでいた。
前部にハンドルやライトのような物があり、一見大き目のスクーターのようだが車輪がない。マシーンの下部は完全に地面に付いている状態だ。
シートらしきものが四つ縦に並び、そのサイドにそれぞれ持ち手と思われる輪が付いている。
ひげ男がそのマシーンの一番前に乗り、前部にあるボタンを押したり、あちこち操作したりしながら俺に得意気な表情を向けた。
「これは小型の『マレンゴ』ってやつだ。……そうだな~、お前たちのところで言うバイクみたいな物だと考えてくれ」
「やはりそうだったのか……」
マレンゴと言えばナポレオンの愛馬がそういう名前だったな……。
それはやっぱり親父から訊いた雑学だっけ?
グリップやヘッドランプがある部分は首や頭で、脚のない馬に見えなくもない。
長田の後ろの席に丸坊主がまたがり、その後ろに俺が座らされた。
一番後ろに金髪男が座ったところで、その『マレンゴ』と名付けられたマシーンが小さく振動した。
そして、わずかに全体が浮遊したかと思うと、静かに前進しだした。
むさくるしい四人の男を乗せたバイクのようなマシーンは、長田の操縦の元、敷地内を移動。
やがて、中央の一番立派な建物と外壁にある一番大きな門を結ぶ道路へと出た。
「これも魔溜石で動いているんだぜ」と、後ろで金髪男が言った。
「そ、そう……。ガソリンとかではなく?」
「ここでは何でも魔溜石さ」
「……だけど、その魔溜石が採れなくなっているんだろ? 大丈夫なのかよ……」
風を切る音に負けないよう、大きな声で訊いた。
男は少し黙った後、何かもにょもにょとした声を出し、それから改めて大きな声で返した。
「採りづらくなっているというだけだ。無くなったわけではない。ある所にはあって、それを採取する人間もいる。余計な心配はするな。時間はかかるかもしれないが、お前らもいつか元の世界に帰れるさ」
投げやりな言い方に感じて不安を覚えた。
後ろで喋っている間、長田が黙々と操縦した『マレンゴ』は、外壁の前に到着した。
外壁は近くで見るとかなりの高さがあった。15メートル程だろうか。
そこに巨大な門があり、左右には見張りのためなのか円柱の塔がそびえている。
長田が門番と思しき武装した男たちと言葉を交わすと、門の一部が左右に開き、トラックが一台通過できるほどの出入り口が生まれた。
再び『マレンゴ』が発進し、その出口を通って壁の向こう側へ。
俺たちは、壁によってできた影の中から、四角く白い光の中に溶け込んでいった……。
ついに解放されたカケル。次話で美少女姉妹がやってきます!




