第1141話・浮雲……浮蜘蛛?
「『転移』した可能性もあるかなって思った。八頭恵亮が、親父たちのいた時代に……」
時代が合わない八頭の名が親父の日記に出て来たのであれば、その可能性もあると思い俺は言った。
東御、坂出などと共に真剣な面持ちで再考していた美咲も、一人小さくうなずいてから言う。
「それは、中央本部の力を借りて……と言うか、中央本部の指示を受けて、と言うことね?」
「そうなるだろうな。当時から魔溜石探索を頻繁にしていそうな『プライド』でも、さすがに時空を超えるために必要な魔溜石を1パーティーで集められたとも思えないからなぁ」と、俺は自信なく呟く。
「うん。確かに、八頭さんが『プライド』のキャプテンとして活躍していた頃であれば、中央本部はすでに魔溜石を相当集めていたはずだし、少人数なら過去の世界に『転移』はできるかな」
「カケル君たちとは違って、距離的な移動はないものね?」と、松川姉さん。
「はい。まぁ、それでも相当多くの魔溜石が必要だとは思いますけど……」と、返す美咲。
「ソコまでして、ナンで数十年? 過去に行ったノ?」と、今度は玉城が訊ねてくる。
美咲が「さっきも話していたことが関係しているんだね、カケル君?」とこちらへ視線を向けて来たので、俺が玉城たちに応える。
「そうだと思う。親父の日記に書かれていた『スパイダー』というグループの3名は、中央本部が知りたい何かを知っていた……」
「それは、彼らが研究していたらしい『8ビギンティリオン』や魔溜石に関しての何かってことね?」
立ち飲み席の安城さんが、口をつけていたコップをテーブルに置きつつ言った。
「ああ。俺や鮫川、白鷹などをこの『世界』に強引に連れて来た理由と、同じことかもしれない。まぁ、八頭って人が生きていた頃なら、そっちが先なんだろうけど。どっちにしても、よほど知りたい秘密だろう。それを訊き出すために、まだその秘密事項を知り得る研究者がいた時代に遡り、訊き出そうとしたんだ。その際、『転移』魔法のために八頭の協力が必要だったのか、あるいはただ用心棒的な役目として連れて行ったのか、とにかく彼を一緒に連れて行った……」
俺の言葉が途切れると、桜川が控えめな声音で言う。
「ただ、八頭さんが魔獣人さんになってしまったのか、『スパイダー』さんたちの話に聞き耳さんを持たずに3名さんを襲ったのではという結論さんになりました」
「そう」と、俺や美咲たちがうなずく。
「なるほどね。それを聞くと、その筋が合っていそうな気がしてくるわ」と、鹿角や松川さんたちも一応納得。
美馬さんも「私も、裏スジは考えられないわね」と微笑を浮かべる。
俺の横でつまらなそうに話を聞いていた鳩ケ谷は、美馬さんの妖しげな(?)言葉だけにやや反応を見せた後、それをごまかすためにか、また渋い表情になって言った。
「ただ、それ以上はもう話が進まんようじゃな? みんなもう死んどるだろうからなぁ」
「まあな。中央本部が知りたがっている情報でもわかれば、引き換えに伊賀奪還や免税、最終目的である俺たち『転移組』の元の世界への帰還についても認めさせることができるんじゃないかと思ったんだが……そこで途絶えたことになる。八頭のせいだ……」
「その……『スパイダー』か? 大月某さんの話は聞いたことあるが、他の子孫をあたってもダメなんか? と言うか、何なんじゃ、『スパイダー』って?」
「スパイダーは、虫の『クモ』の意味ですよね」と、カウンター席の二宮が言った。
「まぁ、それぐらいはワシもわかっているんじゃが……」と返す鳩ケ谷だが、二宮がムスッとしたため苦笑でごまかす。
「そのことなんですが、もしかしたら……」
坂出がメガネのブリッジを押し上げて言った。気のせいか、レンズがピカッと光って見えた。
「日記に出てくるという3人の方の、頭文字を合わせたものではないでしょうか?」
「3人の……」
「頭文字?」
一同の視線が坂出に集中する。
坂出は席を立ち、壁にあった小さな黒板の横へ。そこにはチョークで『本日のシェフのオススメ!』などという文字とメニューが書いてある。『本日のオススメ』とたいそうなこと言うほどこの店のメニューのレパートリーは多くないわけだが……。
「えっと……丸森さん! この黒板の下のスペース、少し借ります」と、坂出はカウンターの向こうの丸森夫婦に声を掛けた。
「おお、坂出ちゃんが教鞭を振るうわけだね? そりゃ、構わんよ。どうせもう、最近は……。君らが最後の客だろうし、上の文字も消して全部使ってもいいぐらいだよ、ハハハ」
もじゃもじゃのアフロの小柄な店主……丸森さんが自虐的に笑った。
「教鞭なんてそんなたいそうなことではないですよ」
坂出ははにかみながらチョークを持って、黒板に『KUSU』、『MASUDA』、『OHTSUKI』と、例の3名の苗字を書いた。
それだけで美咲や鹿角、勘のいいメンバーは「なるほどね」などと口々に言った。
「え? なになに? 英語?」と雛季や、玉城、中間、宇佐辺りは頭に『?』マークを浮かべている。まぁ、わかっていないメンバーを列挙することもないけど……。
「もうわかりますよね? 瀬戸君のお父さんの日記に出て来たという3名……八頭って人に襲われて残念ながら亡くなられてしまった3名ということですが、『KUSU』さんの頭文字『K』とついでにその次の『U』を、『MASUDA』さんの頭文字『M』、『OHTSUKI』さんの頭文字『O』を合わせると、『KUMO……クモ』になるじゃないですか」
「おお~、さすが珠実!」
「タシカニ! よくハッケンしたネ!」
鹿角や玉城を中心に拍手喝采が起き、坂出もまんざらでもない顔でチョークを置き、手をはたいた。
「なるほど……しかし、『スパイダー』の方の『クモ』の名を……」と俺が呟くと、俺の斜……美咲の隣に座る桜川も少し腕をさするような仕草で言う。
「そっちのクモさんだと……少し鳥肌さんが立ってしまいます」
「虫、苦手だものね、璃紗ちゃん。まぁ、私も苦手だけどね」と、美咲。
「はい……。空さんの方の『雲』さんでは、ダメだったのですかね?」
「グループ名……『クラウド』とか? まぁ、ネーミングは悪くないけど、どんよりしたイメージがあるからかな? 雨を降らすイメージが、良くないことをもたらすようで却下したとか?」と、俺。
桜川は「なるほど」と呟く。
「しかし、『スパイダー』ってイメージもあまりよくないじゃろ?」と、鳩ケ谷。
「いや、『スパイダー』のメンバーは昔の地球にいたわけだ。向こうには『スパイダーマン』なるヒーローもいる。女性メンバーはともかく、男性たちは『スパイダー』がカッコいいと思ったんだろ。まぁ、テキトーだけど」と、俺は苦笑い。
「それよりはさ……」と、立ち飲み席から安城さんが口を挟んだ。
「ほら、さっき言った研究所の名前……『キル何とかの空』だったでしょう?」
「『キルデビルヒルズの空』です。ライト兄弟が有人動力飛行を成功した場所から取られているようだ」と、俺は頷きつつ返す。
「そう、その名前に『空』があるから、空の方の『雲』は避けたんじゃない? 普通は関わりがある方がわかりやすくていいと思うけど、その『スパイダー』って言うのは、カケル君のお父さんや一部の研究員しか知らなさそうじゃない? 中央本部にも秘密のグループって感じ。だからあえて『キル何とかの空』と結び付けできない方の『クモ』……『スパイダー』ってしたわけよ。これ、結構いい線なんじゃない?」
「おお、確かにね。いい線かも」
「おお、褒めてくれるのね、中間ちゃん?」
「別に大して褒めているわけじゃないけど」と中間は、近寄って来て絡んでくる安城さんを払いのける。
安城さんの不真面目さはともかく、その意見には俺も少しは納得させられた。
「確かに、『スパイダー』が少人数の身内だけの呼称という感じはするし、この後、独自に何か研究するつもりだったり中央本部にも秘密にする研究を続けたりするから、アジトのような場所に隠れていたということも考えられる……。それなら、研究所を連想する呼び名は避けたいかもな……」
とにかく、『スパイダー』という名が、玖珠、益田、大月の3名から取られた『KUMO』から発展したという坂出の説はかなり説得力があり、俺もそう考えるに至った。
そうなると、俺の親父は『スパイダー』のメンバーから外れるが、親父の日記にも自分が『スパイダー』のメンバーであるという記述はないので、親しいだけでメンバーではないのかもしれない。
だから、敵となって現れた八頭も、親父を後回しに、まず『スパイダー』のメンバー3名を殺害。
その場にいたと思われる親父だけを取り逃すことになった……こういう説明もできる。
しかし……考察はここまでだ。
テーブルに開いた親父の手帳の日記部分を改めて読み返し、しばらくメンバーで口々に意見を交わしていたが、書かれていることが増えることはない。結局はどれも推測の域を出ない話で宙に浮いてしまうのだった……。




