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第1142話・悪い季節

 親父の日記に書かれていた『スパイダー』というグループが、玖珠(くす)益田(ますだ)大月(おおつき)の3名の頭文字……『KUMO』から発展した可能性が高い……とわかったが、それ以上日記から読み解けるものはない。


「……それで、もう一つの鞄は?」と、切りの良いところで鹿角(かづの)が訊いてきた。

「ああ、手帳が入っていた鞄の方に気を取られて、そっちは後回しに……と言っても、古書店のおじさんが知り合いの鍵屋に頼んだって話だから任せるしかなくて、またいつか行って確認しようと思う」と、俺。


「そうね……。じゃあ、忘れないようにしないとね?」と鹿角に念を押され、俺はうなずき返してから言った。

「とにかく、八頭(やず)の話など意外な事実はわかったけど、それは中央本部も知っていることだと思うし、『スパイダー』のメンバーや、大量の魔溜石(まりゅうせき)を消費してまで俺たち『転移組』から中央本部が訊き出したかったことはわからなかったわけで……これでは伊賀の行方を訊き出すこともできないし、俺たちの地球帰還なんて夢のまた夢……」


「カケル君……」と、うなだれた俺を不安げに見て美咲が言った。

「でも、『スパイダー』の3名の話は収穫だと思うよ。彼らの子孫……現代に生きている人たちを訪ねれば、何か新しい情報が掴めるかも……? まぁ、亡くなった時点で独身だったかもしれないけど、少なくとも大月さんという人には子孫がいたからね」


「ただ、もう一人ぐらいは既婚者がいて、子孫もいるかもよ? 捜してみる価値はありそう」

 青葉が明るく言い、美咲も少し笑みを作って同調した。


「でも、まぁ、今は少し時期が悪いかもね? ほら、街中が騒動の最中って感じになっているでしょう? 特に中央本部に関する話は、したがらない人も少なくないみたいだから」

 鹿角が言って、その視線を一度、店のドアの方へ転じた。あてもなくガラス越しに通りを見たのだろう。

 

 俺たちが「まあな」などと口々に言い、それが落ち着いた間隙(かんげき)に店長の丸森さんが暗いトーンで言った。

「本当大変だな~、近頃は。昨日も、もうちょっと大広場の方へ行った通りで、数人の若い奴が中央本部に捕まったらしいんだ」


「え~? 阿で何で?」と、丸さんに近いカウンター席にいるからか、雛季(ひなき)も入って来た。

「デモ隊じゃないですか? 中央本部の悪政に声を上げた……。そうですよね?」

 雛季の傍にいる二宮が言って、丸森夫婦に目をやる。


「うん、そう」と、丸森さんは顎のモジャモジャしたヒゲを掻きながら言った。

「最初は小さなデモだったけど、あちこちへ拡散して規模も大きくなって、中央本部もなかなか抑えられなくなって、武力行使で鎮圧。不法逮捕だけでなく死傷者も増えて来て、ついに無垢(むく)な子供が犠牲になった。そしてさらに市民の活動が活発に……過激に、ほとんど暴徒のような奴らも出て来て、また中央本部もムキになって鎮圧に出るから一向に収まらんよ。この前逮捕された若いのは、ここの常連でもあったからねぇ。他の客も捕まったり夜は危なくて出られないと言ってしばらく来なくなったり、客足も遠のいて困ってるよ」


「だから、こんな大勢で来てくれるうちらなんかは貴重でしょ? ……って、さすがに呑気(のんき)に言っている場合じゃないか……」と、鹿角は笑顔を引っ込め、茶化しを自重した。


「でも、『神々の黄昏(たそがれ)』の方から客が流れて来るってことはないかしら?」

 旦那よりもだいぶ背の高い丸森の奥さんが、旦那を横目で見ながら言う。

「『神々の黄昏』?」と、雛季がスプーンを(くわ)えたまま首を傾げる。


「あ~、『神々の黄昏』内でも多くの店で、税の値下げや市民への圧力に抗議のストライキが起き始めているとか?」と立ち飲み席の亀岡さんが応じ、傍に立つ広尾も続いた。

「あそこは度々デモやストライキが起きるけど、今回は大規模らしいし、長期化しそうよね」


「大きくて長いのはいいけど……男性たち常連客は素直に賛成できないところもあるんじゃないかしら? ほら、溜まっちゃうじゃない?」

 広尾の隣に立つ美馬さんも、(あや)しい微笑を浮かべて言った。


 その美馬さんにチラッと見られて、丸さんは慌てた様子だ。

「そ、そんなことよりも、まず大事なのは自分たちの財布事情だよ、美馬さん。お、俺も、客が流れて来るなら、もちろんそれは嬉しいけどね……そう、うまく行くかね~」


「行かないんでしょうね~。あそこへ行くのは、お酒や食事が第一の目的じゃないでしょうから……」と、丸森の奥さんは小さく溜息をついて続ける。

「とにかく、治安の悪化は深刻よ。ちょっと前には、近所でデモ隊と『プライド』さんの小競り合いもあったしねぇ」


「また『プライド』かい……。なんか、昔と変わっとらんのぉ、初代キャプテンの八頭が中央本部と組んでいたというのが事実じゃったら」

 そう言った鳩ケ谷に、俺も珍しく同意だ。ちなみに鳩ケ谷は、『神々の黄昏』の件については小声で悔しがっていた。

「そうだな。根っこで繋がっているみたいだ」


「中央本部+『プライド』対『アクシス』+他のパーティー+市民……そんな構図になっているわね」と、松川姉さんも言った。M気質の姉さんも、さすがに戦々恐々といった様子だ。


「君たち『グラジオラス』も、いつまでも和気あいあいとやってはいられないんじゃないかい? いや、俺たちは食って飲んで騒いでってしてくれた方がありがたいんだけどさ……」

 丸さんは苦笑いで言う。


「う~ん、まあ……今後のことは、みんなでよく話し合わなくちゃね」

 暗い表情でそう呟く鹿角。

 その彼女の肩にもたれかかるようにして、安城(あんじょう)さんが口の端を吊り上げて言う。

「そう言って、迫り来る問題をいつまでも先送りにしようとするからね、愛海那(あみな)は。しっかりしてほしいわ、キャプテン! それとも、やっぱり私がキャプテンになる?」


「結構よ! 私が決めるから! ()()()()()()()が!」

 いつものようにからかわれた鹿角を、一同小さく笑う。

 しかしやはり、近頃の治安悪化は『グラジオラス』にも影を落としているのは間違いなく、みんなの笑顔は(雛季や玉城など一部を除いて)どこか(かげ)りのある笑みだった。

 

 それに、少しも笑わない者もいる。カウンターの奥側の端に座っていた篠山(ささやま)佳織だ。

 彼女がたまに見せる横顔はいつもの彼女とは違いわずかに(けわ)しく、顔色もよくないように見える。

 

 そんな彼女に、意外にもと言うか無遠慮だからと言うべきか、雛季が気づいて声を掛けた。

「あれ? 佳織ちゃん、どうしたの? 元気ないみたいなの」


「そ、そうかな? 自分で言うのも何だけど、元々私はおとなしい方だし……でも、もちろんご飯はおいしくいただいているよ」

 篠山佳織が笑い、雛季も「うん、料理おいしいの!」とすぐに乗せられたが、佳織は明らかに動揺している。

 

 鹿角の横に座る玉城がカウンターの方を振り返って言った。

「タシカに、チョット元気ナイように見えるケド……佳織ちゃんはダイタイ純太君や黒石さんと行動してるカラネ、私たちのトーク、チンプンカンプン?」


「そうなのね、佳織ちゃん? ごめん、一人置いてけぼりにして。ちゃんと話してあげるから、ここに座って、私の膝!」

 鹿角が身体を横向きにし、自分の膝を叩く。


「だ、大丈夫だよ、キャップ。カケル君のお父さんが遺した手帳の話、だよね? 大体内容はわかったから」と、佳織は苦笑いを返す。

「どっちにしても、膝の上はないでしょ、鹿角さん」と、美咲も眉をひそめて鹿角をたしなめる。


「そう、そう言うことじゃないだろう」と、口を挟んだのはまた丸森さんだった。

「純太君や黒石さんのことが心配なんだろう?」

「ま、丸さん、それは……」と、佳織は少し慌てた。


「何じゃ、佳織ちゃん。あんな奴ら気にせんでもええのに……」

「そうだな。あいつらは時々しか料理を作らない人の家の、賞味期限切れまで忘れられるラー油みたいなもんだよな」

 鳩ケ谷に次いで俺がそう呟く中、向こうでは丸さんが続ける。

「彼らがデモに参加したり、反中央本部のパーティーの連中と会っているのが心配なんじゃないかい? 傍から見ていても、わかるよ」


「ま、丸さん……」

「そうなの、佳織ちゃん?」と、傍に座る小牧ら。


「純太君や黒石さん……デモに加わっているんだ? それに、他のパーティーと……」

 鹿角をはじめ他のメンバーも顔が曇る。多少の戦力になる男2名がいなくなって喜ぶのは鳩ケ谷ぐらいだ(まぁ、俺も別に構わないし、鮫川(さめがわ)も止めはしないだろうけど)。

 

 一方、佳織はあきらかに引きつった笑みを浮かべ、二人を擁護する。

「ううん……違うのよ。別にそんな積極的に動いているというわけでもないの。ただ、魔溜石採取の時に一緒になった人たちと……ああ、それも、そこまで親しい間柄ではないんだよ? たまたまデモの話を聞いて、時間も空いていたし一緒に参加して……。二人も……もちろん私も、あくまで『グラジオラス』のメンバーだからね?」


「そう……。まぁ、私は正直佳織ちゃんがいればいいんだけど……。うん、まぁ、佳織ちゃんがそう言ってくれるなら、純太君たちのことも心配しないわ」

 鹿角が言い、「佳織ちゃん、信じるの!」などと雛季、他のメンバーも同調した。

 

 安城さんが腕を組んで言った。

「ま、彼らのことは抜きにしても、やっぱ今後のこと、色々と早めに考える必要がありそうね、愛海那?」


「わ、わかってるよ……。ああ~、本当はもっと世の中平穏になってくれれば一番なんだけどな~、もう!」

 鹿角は頭をクシャクシャにいじって、酔っ払いの愚痴のようなことを叫んだ(酒は入っていないはずだが)。

 

 確かに、鹿角のその言葉はここにいる『グラジオラス』メンバーや丸森夫妻、そして多くの市民が心の片隅には置いている声だろう。

 

 ただ、時代の変化の予兆のような微かな振動により、世界の隅で静かに合わさった歯車はゆっくり不気味に、しかし確実に回り始めて行った。

 やがてそれは加速し、世界はすぐに夜陰(やいん)の中へと滑り込んで行く……。

 

 これは、『ナイトメア・リバティーン』が創り出した幻影なんかではない。

 現実に起きている、破滅の始まり……か。


次回から新章ですが、下書きとそのまとめ作業がなかなか進まず、少し間が開くかもしれません(´;ω;`)

気長にお待ちいただければ幸いです

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