第1140話・時は乱れて
「へぇ~、何気に結構話が進んだんじゃないかしら?」
「コレまではカケル君のパパさんが『サライ』にキテいたかもハッキリしていなかったカラネ~」
松川姉さんに次いで玉城が言った。
退院後に寄ったあの古書店で、俺たちは親父・瀬戸国博が遺した写真や手帳を手にし、改めて親父が遺したものは他に何かないかと本の中をくまなく探し、特にはないとわかって、空のスーツケースと写真と手帳だけを持って帰って来た(本は書店が池田さんから買った物だし、その買い取った額と同じお金を払ってまで引き取ることもできないため店に置いてきた)。
そして現在、俺たち『グラジオラス』メンバーは『スピリット・オブ・セントルイス』に集まって夕食を取っている。
魔溜石採取だけで生活できない『グラジオラス』は、メンバーの多くがバイトや魔法を使った近所の家の手伝い、琴浦夫婦の畑仕事の手伝いなどをして稼ぎを補っている。そのため、夕食時にこうしてメンバーが揃うことは珍しく、それ故、普段は『ビッグドーナツE』の中庭の露店で買ったご飯を囲むことが多いが、今夜のようにメンバーが揃った時はたまに『スピリット』まで足を運び、普段よりも少しだけ豪勢な食事をするのだ。
ただ、揃ったと言っても、琴浦家に居候している鮫川はどうせ面倒くさがるだろうと言うことで呼んでいないし、もはや隠れメンバー的存在となっている『篠山組』のうち、篠山純太と黒石は出かけていていない。篠山佳織だけが来ていた。
「佳織ちゃんがいれば、あとの二人はどうでもええ」と言う鳩ケ谷の意見に、俺も心の中で同意。
ちなみに、鳩ケ谷は『ビッグドーナツE』の壁沿いに張ったテントで一人暮らしており、彼も置いて行くことはできたのだが(実際、俺や鹿角はそうしようとした)、雛季や心優しい美咲、桜川が声を掛けて、彼もヨダレを垂らさんばかりの勢いでついて来た次第だ。
「そうだな。まぁ、俺が地球から連れ出されたことや『8ビギンティリオン』って名前の魔法剣から、親父のニオイみたいなものはずっと感じていたけど……あ、ニオイって親父の加齢臭のことじゃないぞ?」
『エイト剣』、『エイト弓』の正式名称……『8ビギンティリオン』。
ビギンティリオンは単位で、10の63乗(日本の単位では千那由他)。
この世界でその名が付いた魔法剣のことを最初に美咲たちから聞かされた時、俺は小さい頃、雑学好きの親父から聞いた話を思い出したのだった。かの有名なアルキメデスが、宇宙(当時の知識によるもの)を埋め尽くすのに必要な砂粒の数を8ビギンティリオン以下と導き出したという話だ(諸説あり)。
今、改めて思っている。
世界(宇宙)を充填する……すべてを満たす、武器。そんな魔法剣や魔法弓に、親父が付けそうな名称だ、と。
少なくとも、『8ビギンティリオン』を研究していた者と親父は近しい関係にあった可能性がある。
親父の雑談を耳にして、開発中の武器にその名を付けた。その開発者たちが、日記にあった『スパイダー』なのだろうか?
わからない……。
ただ、『ビギンティリオン』という大きな単位は、この『惑星サライ』に来てからも、その武器の名前以外では使われないし、アルキメデスのその話も……と言うかアルキメデスのことさえも『元の世界』よりも耳にする機会はない。
それもそのはずで、どんなに偉大な人物でも、俺の生活していた時代からさらに100年以上進み、大昔の人となった上、こちらで生まれ育った人からすれば『異星人』の話なのだ。『牙』の歴史の授業でも、そこまでさかのぼった地球の歴史について学ばなかった。
地球の歴史に興味を持った人が、自分でその手の本を読んでようやく目にすることができる名前となってしまっているのだ、アルキメデスさんも。
とにかく、そんな耳なじみのない『8ビギンティリオン』という名が、使われている。
これは、親父が何らかの形で関わっているのだと思いたくなるし、日記を見た今ではきっとそうなのだろうと確信に近づいている。
だから、まぁ、さっき玉城が言うように、親父がこの星に移住していたことはまったく推測できなかったわけではないのだ。
「……それで」と、中央のテーブル席の鹿角が話を戻した。
「お父さんの日記の最後の方に、八頭という男の名が出て来たのね?」
「ああ、そうなんだ」と、俺は頷く。
「八頭……。その名で思い出すのは、やっぱり元『プライド』キャプテン、八頭恵亮さんですね……」と、奥のテーブル席に座る坂出が言った。
「『涅槃寂静』の雨竜颯斗、『バルカ』の剣淵将真と合わせて、『伝説の三大英傑』の一人ね」
坂出と同じテーブルの席にいる宇佐が付け加える。
「興味ないのぉ。昔の奴じゃろ? 後世になって逸話に尾鰭がついて、どんどん神格化されただけじゃないんか? 今の時代に生きていたら意外と大した奴じゃないかもな」
俺の隣で、鳩ケ谷が爪楊枝で歯間をほじりながら言った。
「お前はほんと、人気ある男にはとことん辛らつだな……」と、俺。
「でもさ、北の『ショルダーズ・オブ・ジャオアンツ』のその向こうにいると言われていたドラゴン、斃したわけでしょ、その人たち」と、鹿角と同じテーブルの席に座る青葉が言う。
次いで、美咲の横に座る桜川。
「それも、大きなドラゴンさんですよね? 世界に3体さんしかいないと言われているとか。そのうちの2体さんを各々のパーティーさんで斃したそうです」
しかし店の中央の立ち飲み席にいる安城さんが、にやけながら返した。
「まぁ、その辺も、今となっては真相がわからないのよねぇ。世界に3体って、確認のしようがないし、斃した確認もしたのかって話よ」
「雨竜隊も剣淵隊も、結局消息不明になっていますからね」と、横に立っていた葉山が安城元キャプテンに同調する。
そこで鹿角が馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「あら、カノンたち。情報古いのね?」
「はい?」
「私たち『グラジオラス』の間では、その歴史は決定的になっているわよ? 後に調査団が巨大ドラゴンの屍を2体分発見したと新聞に出ていたわ。『バンクシア』さん、新聞は読んでいなかったかな?」
「よ、読んでいたわよ、新聞ぐらい! わ、私たちのよく読んでいた新聞には載っていなかっただけで……」
安城さんの歯切れが悪いことと、周りにいる葉山や本庄さん、諏訪姉妹が一様に恥ずかしそうにしているところを見ると、その言葉には虚勢が入っているらしい。
ただ、鹿角も背後の味方から刺される。
「キャプテンも、新聞はテキトーにしか読まないでしょう? その記事は私や美咲さんが教えたのですから」と、坂出に言われてしまったのだ。
鹿角は照れ笑いし、安城さんはまた勝気な彼女に戻った。
「そんなことだろうと思ったわ! それに、新聞には中央本部の息が掛かっている場合も多分にあるわ。市民魔法士たちに北部攻略をさせたい中央本部が、安心させるために作った記事かもよ? それもあるんじゃない、珠実ちゃん?」
安城さんに訊かれ、坂出も小さくなずいて返した。
「確かに、それは否定できません。ただ、まだ1頭はいるかもしれないと言うことですから、安心させる効果は弱い気がしますけど……」
「ま、まぁ、とにかく、鳩ケ谷君のせいで話が逸れてしまったけど……」と、鹿角。
「ええ~? ワシのせい?」と顔を引きつらせる鳩ケ谷を無視して、鹿角は続けた。
「カケル君のお父さんの日記の最後の方? そこに、八頭恵亮らしき人物との接点が見つかったという話でしょ?」
「そう! そうなんだ。さっき美咲たちにも訊いて確認したんだけど、八頭という苗字は珍しいんだろ? この世界で。それも、親父は『あの男』と、八頭という『男』と限定している。そうなってくると、やっぱり八頭恵亮? 『プライド』の元キャプテンを連想してしまうよな」
俺がそう言うと、鹿角をはじめ古書店にはいなかったメンバーたちが各々同調するようなことを口にする。
中でも玉城や美馬さんの声を、俺の耳が拾った。
「ソウネ。ヤズという人のネームは、『プライド』のヒトしか聞いたコト、ナイネ」
「ケイスケという名の男なら、たくさん知っているけどね、フフフ……。でも、八頭という苗字は、私も『プライド』の元キャプテンしか浮かばないわ」
「確かに」と、宇佐や坂出と同じテーブルの、ビールで顔をやや紅潮させた中間が割って入る。
「三大英傑の中でも、その男だけは北の山脈の向こうで行方不明になったわけじゃなかったよねぇ? 普通に『ゴブレット』で死んだんだっけ? いや、やっぱりそいつも行方不明だったっけ?」
「いや、そう言うことよりも」と、今度は鹿角が言った。
「八頭という人は二人よりも少し後の時代の人でしょう? そうなると、待って……カケル君のお父さんが言っているのは……?」
額に手を添えて考え込む鹿角に、俺と同じテーブルの美咲が首肯しつつ応じる。
「鹿角さんも気づいたみたいだね……。そう、それについてはさっきもカケル君たちと話したんだけど、カケル君のお父さんの研究所の仲間を殺したと日記で名指しされていた八頭という男……この人が八頭恵亮と言うのは、ちょっと時代が合わなくなってくるのかなって……」
俺も続いた。
「そうなんだ。親父の日記から、人類のまだほんの少数がこの惑星に移って来て、それほど経っていない時期……そうだな、さっき出て来た雨竜や剣淵、この二人が頭角を現す前後、せいぜいそんなところだと思うんだ。八頭が生まれ、魔法剣士になり、能力を高めて『プライド』を結成するのはもう少し後のことなんだろう? 親父がこの段階で八頭……八頭恵亮に襲われたというのは……」
そこで俺は顎に手を添えて考え込んだ。
会話が途切れ、カウンター席で食後のパフェなどを食べている雛季の声が耳に入ってくる。
「みんなが言っているヤズって、さっき話した人だよね?」
「そうだね。『プライド』の元キャプテン」と、同じくカウンターでプリンを食べながら浅川が答える。
「今は、『プライド』は……大刀洗って人がキャプテンですね」と、二宮もスプーンでプリンを崩しつつ言う。
カウンターには他に小牧やミュウも座っていて、彼女たちも相槌を打つ。
そんな彼女たちの背後……立ち飲み席にいる広尾が「でも……」と、雛季たち、テーブル席の俺たちのどちらにも応えるような感じで言った。
「珍しい苗字とは言え、八頭さんにもお父さん……あるいは先祖がいたでしょう。その、誰かということは?」
「そうだね」と、美咲が返す。
「おそらく、そう言うことなんだろうね。三大英傑に数えられるほど能力が高かったという八頭さんだから、その先祖の人も能力が高かった可能性は高いし、カケル君のお父さんの仲間たち……『スパイダー』と言われた人たちが対抗できなかったのもそれで合点いく……」
「いや……ああ~、その可能性もあるけど、それより……」と、俺は言った。
「八頭恵亮が親父たちのいた時代に……『転移』した可能性もあるかなって思った」
「『転移』? 『プライド』元キャプテンの八頭が?」
鹿角たち一部のメンバーが目を丸くする。




