第1139話・Yによる悲劇
親父が書いたと思われる日記。
その途中に、昨夜見た夢の話が出て来たのだが……。
「夢?」と、一同。
「その内容が……」と、俺は日記を続けて読み上げる。
『昨夜、またあの夢を見た。スパイダーの3名が襲われて、殺された時の。
夢の中で俺は、殺された3名を必死に護ろうと、あの男と剣で戦った。八つ裂きにしてやった。
しかし目が覚めると、スパイダーの3名は殺され、もうこの世にはいないという寂しさ、虚しさ、脱力感に襲われる。
実際私は何もできなかった。三人を次々に殺されていき、恐怖に襲われ、ただ逃げ出すことしかできなかった。
それなのに、相手を仕留める夢とは虫のいい夢だ。
こういう夢を見た翌日は、やはり暗澹たる日だった。今日も魔溜石を探すつもりだったが、何もする気が起きなかった。
ああ、あの男にやられた右腕がいつも以上にうずいて、さらに私の心を沈ませる。
明日は、少しでもいいことがあるように……』
「……利き手の右手は、ここに出てくる男によって怪我したんだ。この男って、誰なんだろう? やっぱ中央本部の奴か? それに、スパイダーって何のことだ?」
俺は誰に言うともなく呟く。
美咲も沈んだ面持ちながら言った。
「スパイダーと言う名前はともかく、3人といえば……さっき名前が出てきた人は、3人だね」
「あ、なんか名前が書いてあったね? 何とかさんと何とかさんと……何とかさん!」と、雛季が姉に言う。
「うん。大月さん、玖珠さん、益田さんだったかな?」
目線を向けてきた美咲に、俺は重々しく返す。
「そうだな。3人なら、その3人なのか? じゃあ、大月さんって人たちはこの前に……殺された……」
「な、何か物騒な話だね……」と、店主が話に割って入ってくる。
「しかしそれは、『魔の森』での話なんじゃないのかい? 相手は魔獣ってことはないかな?」
「いや、でも、『あの男』とあって……」と、俺。
すかさず店主が応じる。
「魔獣には、ほら、人間から成る奴がいるだろう?」
「魔獣人!」と、雛季が生徒のように挙手して答える。
「そうそう、魔獣人。それにやられたってことも……いや、何も中央本部を擁護するつもりはないよ? ただ、これまでの日記からすると、研究員たちも魔法は使えるみたいじゃないか? その3人が同じ研究員を指しているなら、あんたの親父さんと合わせて、魔法剣士だか魔法弓士だかが4人。それが、『あの男』一人にやられてってこと?」
「カケル君のお父さんはやられて死んでないんじゃなかった?」と、雛季が珍しく正しい指摘をすると、店主も「ああ、そうだね。すまん。這う這うの態で逃げ出したようだね」と訂正する。
「ホウホウのテイ?」と、雛季が首を傾げる。
店主はそのまま続けた。
「それにしても、4対1で、相手はかなりの者と言うことになるよ? まぁ、中央本部には何とか隊のように一人でも恐ろしく強い奴がいると聞くけど……」
店主は最後に「わからん」と呟いて口を閉じる。
俺は店主の言いたいことも汲んで、続ける。
「確かに、ここの『次々に』という表現が合っているなら、奇襲で一撃ってわけではなさそうですから、最初の一人は抜きにしても残る3人には何かしらの対応ができそうです。そんな中、さらに二人が殺されてしまったようですから、敵はかなり強い奴でしょう。おじさんの言うように、『あの男』と言うのが魔獣人を指しているということもあり得ます。ただ、まぁ……」
言い淀む俺に、店主の方から言った。
「中央本部の奴が、研究員たちの持つ秘密を知るために、彼らを襲ったという動機。まぁ、その方がこれまでの話ではしっくりくるよね。いや、すまん。私も勝手に嘴を突っ込んで、混乱させてしまったようだ」
「いえ、まだハッキリとは……。でも、残るページは少ないんだよな……。ハッキリしたことが書かれているかどうか……」
言いつつ俺はまた手帳のページをめくる。
残りは十数ページ。これまで1ページに2日か3日分のことしか書かれていないので、日記としてはあと1カ月分ぐらいか?
と思っていたら、それよりも早く、唐突に終わりが来た。手帳の5ページ分を残して何も書かれなくなっている。
「日記の最後の日は……『頭痛がする。熱はないみたいだが、息苦しさもある。出かけるのはやめて寝ることにする』だけか……」
「頭の頭痛? どうしたんだろ、カケル君のお父さん?」と、まず雛季が大げさに反応し、美咲たちは「最後がそれだと心配だね」などと顔を曇らせる。
「この後、荷物は残して、消えているんだよな……。どこかへ移動したというより、何かの病気になって……死んでしまったのか?」と、俺は呟く。
「え~? そんな~」と雛季は寂しがってくれるが、俺は作り笑いを返した。
「いや、まぁ、どっちみち、これから何十年も経ったのが『現在』なわけだからな。親父がまだ生きているとは思っていなかったわけだけど……。ただ、これが最期だとしたら、気の毒ではあるな……うん」
俺は笑みを残したまま言うが、目の奥が熱くなってきた。一人だったら迷わず泣いていただろう。
東御もうつむいたまま言った。
「……かかりやすいかもね、いろいろな病気に、森で生活するには。簡易なものだし、住み家も」
「環境は良くないよね。他にも、魔獣の毒に気がついていなかったってこともありそう」と、青葉。
「怪我もしていましたよね? 傷口から黴菌が入って悪化して、体内が蝕まれた……あ、すみません、先輩。勝手なこと言って……」と、二宮は途中で話を切った。
「ありがとう……どんどん凹むところだったよ」と、俺は苦笑する。
「でも、まぁ、池田さんではないだろうけど、次にそこを訪れた人が遺体を発見し、墓地に報せてくれたのかもしれないな。それなら、池田さんがあの地下を発見するまで、何となく荷物がそのままにされていたことも一応納得できる」
「そうだね……。その日までの日記にも、前兆みたいなものは書かれていないんだね? それ以外に特に重要なことは書かれていない?」
美咲に訊かれ、「ああ、いや……」と俺は思い出したようにまたページを遡る。
「日記が終わったこととは関係ないかもしれないけど、また夢の話が出てくるところがあってさ。少し引っかかるな……ああ、ここだ……」
『また、あの男の夢を見た。寝覚めは最悪だ。
なぜだ? なぜ、玖珠、益田、大月を殺した?
あの時すでにスパイダーは限界に来ていて、話し合いにも応じようとしていたのに!
スパイダーに迫っていたのは、秘密を知るためだったのろう? それを教える前に、なぜ凶行に出た?
今日はそのことをずっと考えていた。思い返せば、あの時の××という男はこちらの声に一切耳を傾けなかった。あれは、あの魔獣人になっていたからなのか?
そうだとしても、私はあの男を許さない。3人の仲間を殺した男を!』
「仲間を殺された時の夢ね……。やっぱり、3人はその3人だったってことだね……」と、美咲が力なく言った。
「その3人が、あ、もしかしたら瀬戸君のお父さんもかもしれないけど、『スパイダー』と名乗るグループってことだね?」と青葉も続き、俺や美咲はうなずいたが、雛季が首を傾げる。
「スパイダー? さっきは何とかの空って言ってたのに~。違うの?」
少し面倒だったが、俺は答える。
「いや……『キルデビルヒルズの空』という研究所の中で、さらに親しかったグループで作ったのが『スパイダー』ってやつみたいだな。これが、中央本部が知りたかった何か秘密を握っていたグループなのかもしれない。それで、その研究結果か何かを教えるよう迫られていたが、反発した……」
「そのため、3人が殺されてしまった……」と、美咲。
妹、雛季は「ええ~? ひどいじゃんか~」と、また嘆く。
「『スパイダー』というのはもっとメンバーがいるのかもしれないけど、それほど多くはないんだろうな。それだけ重要な情報を共有するのは、信頼できる人で、できるだけ少人数に抑えておきたいだろうから」と、俺は感じたことを言った。美咲や東御も同意見のようだ。
桜川も小さくうなずきつつ、言った。
「でも、その秘密さんにしていたことを教えることにしたと書いていますね。なのに、相手の人は襲ってきた……」
「そうだな。耳を傾ける様子がなかった、と。さっきおじさんが言ったように……」と、俺は店主に目をやった。
「相手の男は魔獣人の疑いがありますね。中央本部側の人間だったようではありますけど、襲った時は魔獣人になっていた可能性があります」
「そういうことか」と、店主もうなずく。
「その魔獣人とかいう奴になっているとわかれば、中央本部も野放しにしていたとは思えないな。だから、直前でそうなったのかな?」
「そうかもしれません。まぁ、魔獣人には頭のいい奴がいて、普通の人間を装うことができるタイプもいますから、中央本部が気づいていなかったってこともあり得ますけど、親父のこの書き方からすると、最初はまともだったが、直前で魔獣人になってしまった可能性があります」
そして、東御も口を開く。
「それなら、納得できるね、少しは。殺しを行った、利益のある情報を教えてもらう前に。知能が高い者もいるけど、基本、人間を殺しにかかるから、魔獣人は」
「そうだね……」と、美咲たちも沈んだ声を返す。
「あの、ところで」と、二宮が小さく手を挙げて言った。
「さっき途中でゴニョゴニョごまかして言った部分がありましたけど~?」
「あ、うん、ゴニョゴニョ言ったの、カケル君」と、雛季も指を差してくる。
「あ、ああ~……『あの時の××という男は』って所な。いや、この辺りになるとさ、親父も文字がやたら崩れていて読みにくいんだよ。これまでも何か所か、こう書いてあるんだろうって勝手に推測して読み上げてきた箇所はあるんだけど、ここは特に乱れていてよくわからない。名前が書いているような気がするんだけど……」
「確かに……漢字が一文字か二文字かも、ハッキリしないね……」と、俺の横から手帳を覗き見ていた美咲が、その文字に指を添えて呟く。
美咲の奥に立つ東御も頭を傾げる。
「どれどれ~?」と、雛季は俺の真正面に立ち手帳を見るが、文字が逆さまなので早々に解読を断念した。代わりに二宮や桜川が覗き込んでくる。
青葉は、美咲とは反対に俺の右手の方から手帳を覗き込んできた。そして該当する文字にわずかに顔を近づけ小さくうなった後、「これ、下の方、『頭』って字に見えない?」と言った。
「『頭』……確かに!」と、反対側で美咲も言い、東御も「ああ~」と腑に落ちた様子だ。
俺も改めて文字を確認する。
言われてみると、潰れた文字が『頭』という字に浮かんで見えた。
「あたまって、この頭?」と、雛季が自分の頭をクリクリいじり、桜川や二宮が「そのようです。頭さんという漢字さんですね」などと応じる。
「なるほど……でも上に、『今』っていう字の冠……ひとがしらだっけ? いや、ワ冠かな? そんな感じのものが付いている……。こんな字あったか?」
「違いますよ、先輩! 頭悪いですよ。縦書きだからきっとこれは一文字ではなく、二文字です!」と、正面に立つ二宮が叫ぶ。
「あ、頭悪いとまで言うか?」と、俺は顔をしかめる。
二宮は構わず、逆さに見ているはずのその字を指でなぞりながら続けた。
「これ、頭の上に漢字の八! 八じゃないですか? つまりヤツガシラ?」
「もしくは……」
「ヤズ!」
美咲や青葉や東御が、一斉に発した。
「ヤズ……八頭……! それって……」
俺もようやくそこで、その名に憶えあることに気づいた……。




