第1138話・消えた男の日記
親父の遺した物らしき鞄が二つ、古書店で見つかった。その鍵付きの小さな鞄の方は、俺も見覚えがある。
店主は両方の鞄を床に一旦置き、大きなスーツケースの方を寝かせ、左右のロックをパチンと外して蓋を開いた。
「こっちにそれらの本が入っていたわけだが……」
「あ、カッコいい開け方の鞄なの!」と声を弾ませる雛季に笑みを返してから、店主は鞄の中身を取って、俺に渡してくる。
「最初から売り物にはできないような、こういうボロボロの地図とか……こっちは手帳なんだがね……」
「手帳……!」
先に渡された地図は確かに端が破れていて、畳いわしを持っている感じだ。この鞄が見つかったという『魔の森』や、川を挟んで南に広がる『北の森』、『ゴブレット』外・北東の森などへ向けた矢印や、隠れ家としていた場所だろうか幾つかの丸印などがペンで描き込まれているので、中古としても売り物にはならないだろう。
それに、ざっと目を通しただけでも親父に関しての有益な情報を得られそうにはないのがわかる。
ただ、次に店主から渡された文庫本サイズの厚めの手帳には、期待が高まった。
手帳の表紙を開くと、すぐに文字が飛びこんで来た。それもどこか見覚えのある文字の、羅列。
「何か書いてある」と、雛季。
「カケル君。お父さんの、文字?」と、美咲も窺うような目で訊いてくる。
「……多分。親父は年齢の割に結構さ、丸文字って言って子供っぽい文字を書くんだよ。この手帳の文字は、親父のそれっぽい!」
「さっきの写真のこともあるし、確定できるんじゃない?」と青葉が言い、本当にわかっているのか雛季も「うん、うん」と同調した。
「そうだな……。ただ、少し雑だな。文字は似ているんだけど、傾いていたり、『る』とかの丸の部分が潰れていたり、『た』とかの縦線が横線を突き出ていなかったり……」
「あ、本当だ。『た』は上に出て突き出すんだよ?」と、雛季も自分の手のひらに文字を書いてから大きく言った。
「まぁ、書いたりしたんじゃないかな? 歩きながら、森の中とかを」と、東御。
「そうですね。地下室さんで書くにしても、机さんも少し傾いていましたし……あ、いえ、それでも物が書けるなら立派な机さんなんですけど……」と桜川も言い、最後には彼女らしく『机さん』の擁護も加える。
「まあぁ、そうだな……ああ、いや! そうではないみたいだ!」と、俺はページを繰っていた手を止めて叫んだ。
「ここから簡単な日記のようなものを書き始めているけど……」
「そうらしいね」と、店主が口を挟んだ。
「あ、いや、私もチラッとしか見とらんけどね、他人の物だから、プライバシー? そういうのがあるし……。だから、ちょっと見えてしまっただけなんだけどね。途中は日記の走り書きのようになっていたよね? だから私も、これが君にとって大事なんじゃないかと思って奥へ取りに行ったんだよ」
「ありがとうございます」と、俺は改めて頭を下げる。他のメンバーもそれに倣った。
それから俺は、美咲たちにも見えるよう手帳の文字を向けて言った。
「森に入った魔法剣士か誰かがこの手帳を忘れて行ったらしく、ここでの生活……つまりあの地下室なんだろうな、そこで紙は貴重だから、もらうことにしたって。そしてここには今日から日記を記すことに……。だけど、左手で書いているから下手になっているって先に弁明をしている」
「ほんとだ。ちょっと変でへたっぴなの」と、雛季が親父の文字を見て微笑む。
「利き手の右手……どうかしたんだろうか?」と言う俺に、美咲が返す。
「『魔の森』に入っているということだから、魔獣に襲われたのかもしれないね」
「そうかもな……。あと、日付はあるけど、西暦もサライ暦何年かも書かれていない。親父がこの『惑星サライ』へ来てどれくらい経った時なのか、わからない」
「う~ん、それは、地球の暦で記しても、ここでは意味がないと思ったのかもしれませんね、美咲先輩」と、二宮は俺ではなく美咲に言った。美咲も首肯する。
桜川も応じた。
「それに、瀬戸さんのお父様が来られてまだ日が経ってない頃だとしたら、『サライ暦』さんも決まっていなかったかもしれません」
これには雛季が口を挟んだ。
「そうだ。カケル君のお父さん、すごく昔の人なんだもんね? 時間が変な風になっちゃって……よくわからないけど」と、彼女は頭をクリクリいじりながら言う。
「そうだね。じゃあ、『ゴブレット』も今みたいに大きくなってないかも……と言うか、まだまともにできてないことだってあるわけだ」
青葉がそう呟いた後、ちんぷんかんぷんの様子だった店主が訪ねてきたので、俺は『転移組』の一人で、親父もそうだったということを伝えた。
「はぁ~」と、店主は一応理解してくれたようだ。
「先、進んでみるよ」
俺は小さな声で親父の日記を読み進める。
字がひどく乱れている所もあって読み上げるのに詰まったり、判読不能で飛ばさなくてはならなかったりすることもある。
だが、大まかな内容は掴めた。
まず、最初からしばらく続いたのは、『魔の森』での生活の大変さ、食料を調達する際に魔獣と遭遇し逃げ回ったことがよく書かれている。
ただ、どうしても戦いを覚悟した時、『8ビギンティリオン』の『剣』を使ったとある。何度か出てくるそう言った場面にいずれも魔法名は出てこないが(正式には決まっていない段階だから?)、風系魔法の特徴である青白い気で攻撃、土系魔法の特徴である黄緑の気で敵を捕えたり、敵の攻撃を防いだりしたことがわかる。現在俺たちが身に着けている基本的な戦い方がすでにできていたということだ。
そうしながら、斃した魔獣の骨から、あるいは魔獣が落としたと思われる魔溜石や地表から出ている魔溜石を掘り出すなどして、たまに石をゲットしていたことがわかる。
その時は嬉しさが文面に表れている。親父が魔溜石の研究……中でも、『8ビギンティリオン』自体と、それにより短時間で発動できるようになる魔法の種類や効果、組み合わせについて熱心に研究していたことが、その後のページからも窺えた。
そして……。
「あ……大月さんの名前が出て来た」
研究所・『キルデビルヒルズの空』の同僚である大月、他に玖珠、益田という人の名が時々出てくる。
3人との食事、そこでした雑談、『ゴブレット』の南の海に遊びに行った時のこと、そして地球時代のことも。3人との思い出を書き綴っている箇所が何度かある。
もちろん、書き綴る思い出は彼らとの日々だけではない。地球に残した家族……俺のお袋・智子、妹・咲花、そして俺・翔琉の名も何度か出て来た。それぞれの誕生日には『おめでとう』と記している。
「……お父さん、君たちのこともずっと想っていたんだね」と、美咲が口にする。
「一人でいたみたい、これを書いている時は。だから、多いんだね、家族や仕事仲間のことを思い出して書き出すことも」と、東御も言った。
「『魔の森』のあの隠れ家で、一人寂しく何か研究を続けていたってことだね」
青葉の呟きに、俺はうなずいた。
最低限の日用品とわずかな書物だけで、あの薄暗い地下室の中、数カ月間(日記の長さ以上であれば、もっと長い期間)、1日の大半を過ごして……。
時には、少ない食料を求め魔獣が闊歩する危険な地上に出なくてはならない、そんな過酷と言える生活を送っていたに違いない親父を想像し、涙が浮かんでくる。
そんな中、俺たち家族を思い出し、何を感じていたか……。
今の俺みたいに、また地球に帰還して家族と再会することを願い、その日を励みにして生きていただろうか……。
日記の文字がにじむ。俺はさりげなく手の甲で目を拭った。
「研究? 何の?」と、雛季が場違いな陽気ともとれる声音を発した。
「それは~……魔溜石の? 『エイト剣』とかの、だよね?」と雛季に応える青葉だが、目顔で俺や美咲にも問い掛けてくる。
「そうだね。『キルデビルヒルズの空』という所は、惑星探査機でこの星から採取した魔溜石を地球に持ち帰って研究していた所だったよね、カケル君?」と、美咲。
「そうだ。何度か採取して、その前代未聞の力に気づいた」と、店主が独り言のように呟く。
「そして、何十年……いや、何百年先と考えられていたこの惑星までの移動を、この世界で言う『魔法』で可能にし、人類が移住し始めた。それが我々の先祖……。そして『この世界』の歴史が始まったというわけだ」
「そこに、俺の親父や、多分、さっき出て来た大月さんって人たち研究員もいた。現地への派遣ってわけだ。それからさらに魔溜石を大量に採取、もちろん地球にも送られただろうけど、この星自体にも建物が建ち、街ができていった……」
「それが、『ゴブレット』の前身になるのね。今の大きさになるまで、あとレインボーバード・リバーを挟んで北と南に『冒険者の町』や『勇者の町』ができたのは、もっと先だろうけど」と、美咲。
「ふむふむ」と雛季は一丁前に難しい顔を作り、トラヒメやタマはあいかわらず人間の話をつまらなそうに聞き流している様子だ。
「でも……瀬戸先輩のお父さんだけ、『魔の森』の隠れ家に行ったのはなんでなんでしょう?」と、今度は二宮が問いかけてくる。
「何かに追われて逃げているみたいですよね?」
「うん。それは思ったの!」と、雛季も無理に加わってくる。
「それは……ああ! この後、書かれているんだが……」
俺は日記のページを繰っていると、丁度そのことについて書かれている箇所を見つけた。
「『中央本部兵数名を森で見かける。慌てて隠れた。彼らの目的は不明だが、私を捜しているのかもしれない。これからはもっと慎重に行動しなくては』……とある。やっぱり、中央本部から逃げていたんだと思う」
「それは私も、そうなのかなって思いましたけど……」と応じてから、二宮はまた疑問を口にする。
「魔溜石の研究は、その頃の中央本部にとっても重要ですよね? と言うより、中央本部が率先していたことで、その研究所の人たちも中央本部に従っていたのでは? 昔は、違ったのですか?」
「合っていると思うよ、遥ちゃん。ずっと関わっていたはず、中央本部が。人類の移住に、初めから」と、東御。
「歴史の授業さんでも、他の本さんの記述さんでもそうなっていますね」と、桜川も二人の意見を補強した。
「それなら……途中で対立関係が?」と、二宮は美咲、そして俺の方に視線を向けてきた。
俺はうなじを掻きつつ、答える。
「確かに、『キルデビルヒルズの空』は地球時代からも当時の政府と連携していたようだし、『惑星サライ移住』当初も共同で研究を進めていたはずだ。だけど、意見の食い違いが起きたのかもな。
中央本部は魔溜石をジャンジャン採取して地球の日本をはじめ世界に送り続けたいと考えていた……それは現在も大まかな部分では変わってないようだな? ただ、親父たち研究所の人間は、魔溜石のエネルギーが悪い方に利用されるのではと……いや、現在の中央本部を見ると、すでに悪用され始めていること、それを憂いて研究所の人たちは反発したのかも? いや、考えたくはないけど逆のケースもあるかもしれない……研究所の一部の人間が優位に立つために」
「カケル君のお父さんもいるわけだから、そうとは思いたくないよね? 私も、そうではないと信じたい。おそらく、中央本部が悪い方へ行ったんだと思う……」
美咲は伏し目がちに言った。
他のメンバーも同調を示し、店主もうなずいている。
「ありがとう。そうであってほしいね。……ただ、これによって中央本部は、研究員から訊き出せなくなってしまった重要なことが出てきて、それを追究するために過去の地球にまで来た……と考えられるな」と、俺は頭の中を巡らせながら呟く。
「カケル君たち、『転移組』のみんなを問い詰めて、この世界へ連れて来てさらに問い詰めたということだね……?」
「重要なことなんだね、それだけ。訊き出したいことって」と、美咲に次いで東御も言う。
そして桜川も発言した。
「物理的距離さんだけではなく、時空さんも越えていますからね。とても魔溜石さんの力がたくさんいると思います」
「そうなんだ。逆を返せば、親父たち研究者は……まぁ、一部と言うことなんだろうけど、彼らにとっては守らなくてはならない秘密があったわけか?」と、俺も最後には自問自答する。
「う~ん、難しいなぁ」と、雛季。そんなに真剣に考えている様子は見られない……。
「それで、その先は?」と、少しの沈黙の後、青葉が訊いてくる。
俺はまた日記に目を落とした。
「えっと……あの地下の隠れ家で、一人の生活が続いているみたいだな……そして、ん?」
「どうしたの?」と、最初に雛季が声を掛けてくる。
「昨夜、夢を見たということなんだけど……」
「夢?」と、一同。




