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第1137話・父の声を聴け

 池田さんが薬草探しをする際に利用していた森の中の洞穴で、行方不明になった親父の物らしき万年筆があったと言う。


 俺は(うなず)いた。

「もし、『キルデビルヒルズの空』の記念か何かの万年筆なら、親父やその仲間の誰かの物ってことになりそうだ。……本当にあの場所に、昔、親父がいたのかもしれない……! それで!」

 

 俺は池田さんに顔を寄せた。

「わっ! な、何だい、それでって?」

「他に何があったんです? あったでしょう? 包み隠さず言ってください! 恥ずかしがらずに!」


「は、恥ずかしがってないよ……。と言うか、仮に恥ずかしい物があって、それが親父さんの物でも知りたいのかい?」

「……いや、それは言わなくていいですが……ノートのような物は?」


「……実はノート数冊……紙切れのような物は机にあったけど、ボロボロだったし、何が書いているかよくわからなかったんだ。今思えば、研究過程の物だったのかもな? 数式や折れ線グラフや、何語かわからないアルファベットの(つづ)り……とにかく君だって見てもわからんと思うぞ?」


「しかし、あったんですね? それを……捨てたんですか?」

「……捨てた」と、池田さんはほとんど口を閉じたまま言った。


「が~っ! しっかりしてくれよ、オッサン! ……あ、すみません」

 これまでの恩も忘れ思わず失礼なことを言ってしまった俺は、すぐに頭を下げる。


「現物を見てないから言えるんだよ。湿気とかでボロボロだったんだぞ?」

「わ、わかりました、すみませんって」


「……俺だって、もっと早く君と会って、それが君にとって大事なものかもしれないとわかっていれば、取っておいたよ、ったく……」

「すみません……。行き別れた親父に繋がる物かもしれないと思ったら……悔しくなって、つい……」

 俺は再び詫びてから、その場でうなだれた。


 そんな俺を見て気の毒になったのか、池田さんは励ましの言葉を掛けてきた。

「いや、まだ望みを捨てるには早いぞ、瀬戸君。実は、大小二つの鞄があったんだよ。それは、まだ残っているかもしれない……!」


「え? そうなんですか?」と、俺は顔を上げて叫んだ。

「それを早く……」


「いや、『かもしれない』と言ったわけで……。それは知り合いの古本屋に丸ごと引き渡したんだ」と、池田さんは俺に落ち着くよう手ぶりで(うなが)した。

「ええ? 古本屋?」


「大きな方の鞄……スーツケースみたいな物なんだけど、何冊もの本が入っていてね。他に衣服や雑貨なども入っていたけど、それらは()()()()……いや、本当にきれいな物じゃなかったしね……それらは俺の方で処分して、その代わり、外に出ていた本数冊もそのカバンに詰めて、それを丸ごと……」


「古本屋に売ったんですね……」と、俺。

「ま、まぁ……。いや、古いもんだからね、そんなに大きな額にはならなかったよ、本当に!」と、池田さんはぎこちなく笑う。


「お金はいいんですけどね……。その本屋もまた売りに出してしまっているでしょうし、確認できない……と言うか、仮に親父が使っていた本が見つかっても、本だけではそれまでか……」と、俺は頭をクシャクシャにいじった。


「そ、そうだな……。ただ、何かメモを挟んでいるとか……そんなことはないか……。難しそうな本だから、そうすぐに売れるってもんでもないはずだし、そこの親父に訊けば、何冊か見つかるとは思うけどなぁ」


「ああ~、そうですね……。一応、退院後すぐに(うかが)ってみますよ。ありがとうございます……あ! それで、小さい方の鞄は? まだ何が入っていたか言っていませんよね?」

 

 俺が期待の目を向けると、池田さんはすぐに首を傾げた。

「いやぁ、そっちは鍵が掛かっていたもんでね。小さなアタッシュケースっての? やたら頑丈なんだ。魔法なら鍵を壊せるかもしれないとは思ったんだけど、中の物まで壊したら困るしなぁ……」

「それは困りますよ! せめて繊細な魔法でこじ開けるとかしないと」と、俺は鼻息荒く言う。


「お、おう……。だから、まぁ、その本屋の親父が知り合いに鍵開け名人がいるって言うから、頼んだんだよ」

「だ、大丈夫なんですか? そのまま持ち逃げされたなんてことないでしょうね?」


「いやぁ、本屋の親父は悪い人じゃないし、もう後先短いような人で、そんな金に目がくらむってタイプじゃ……第一、店は続けているからね。逃げてなんかいないよ」

 

 それでも疑う俺に、さらにその人の安全性を語った池田さん。

 もうこれ以上突っ込んで気を悪くしてもらっても困るので、俺はその古書店の場所を教えてもらい、後日訊ねることにした。


 それにしても、親父の物かもしれない本などが、他の物と一緒に捨てられなかっただけ本当に良かった。

 池田さんのような吝嗇(りんしょく)家ではない者が先に見つけていたら、丸ごと燃やされていたかもしれなかったのだ。


「……とにかく、池田さんも体調万全になるまでそう日にちは掛からないようで、良かったですよ」

「おう。まぁ、また『こっちの世界』でも時々会おうや。『あっちの世界』のおいしい思い出を語り合おう」

 そして池田さんは軽快に笑った。


「男二人でそんな話しても楽しくはないかもしれないですけどね……」と、俺は苦笑い。


 ****************************************************


 翌日。

 改めて池田さんにお礼やお別れを言って、俺は退院した。迎えに来てくれた琴浦(ことうら)姉妹たち(桜川、二宮、青葉、東御(とうみ)、ミュウ&トラヒメ&ケルベロ・キャット)が一緒だった。

 

 病室ですでに、親父が生活していたかもしれない地下室と、そこにあった鞄二つが古書店に渡されたことを一同に話しておいたので、『ビッグドーナツ』に帰る前にそこへ向かうことになった。

 

 池田さんの知り合いの店主がやっているというその古書店は、『北部エリア』の西3ブロック辺り(『牙』から中央大広場に向けて南下した場所)にある。

 古くて狭い建物の1階で、奥が店主一家の住居スペースのようだ。

 

 70代と思しき髪の薄い店主は、なるほど人は良さそうだ。

 こっちが池田さんの名を出すと、ごまかすことなく鞄二つの存在を素直に認めた。

「……やはり、誰かの置いて行った物だったのか、まったく……」


「あなたには、そう言っていなかったんですか?」と、俺。

「うむ。ただ、その隠れ家のような場所を使っていた人から、持ち帰るのは面倒だからということで、全部もらったと……」

 俺は呆れた。池田さんのことをよく知らない美咲たちも、不安げだ。


「カケル君のお父さんの本とか、食べ物とかも入っているかもしれないの! だから、おじさんに返してもらいたいんだって」と雛季(ひなき)は、読んでいた絵本を棚にしまって言った。


「多分、食べ物は入っていないぞ?」と、俺はツッコむ。

「あっても、もう食べられないですよね? かなり昔さんの話になると思いますから」と、桜川も苦笑い。

 雛季は「そうなのか~」と口を尖らせたが、すぐに明るい顔に戻った。

「でも、楽しい本はあるかもなの! カケル君のお父さんの本だったら、カケル君の物でもあるんだよね?」


「まだ、そうとは決まってないんだよ、雛ちゃん」と、美咲が妹を諭す。

「それに、本はもう売られている物もあるかもね」と、青葉も言った。

 

 しかしすぐに店主は首を横に振る。

「いや、鞄に入っていた……鍵のない大きな鞄のことだけどね、そこに入っていた本はずいぶん古い鉱物の本だとか機械づくりの本とかで、残念ながらすぐに売れる物ではなかったよ。池田さんにうまく乗せられて買い取ってしまったけど、後悔しているぐらいさ」


「あのオッサン……いや、じゃあ、まだ売れ残ってどこかにあると?」

 俺の問いかけに店主は頷き、店の奥の棚の方に歩み寄って行った。

「ここから、この辺のがそうだよ。買い取って数カ月はレジの横や入り口付近の目立つ棚に並べていたけど、手に取ってももらえない。で、ここにそのまま移動させたわけ。確か一冊も出てないと思う」


「そのおかげと言うか、見つかるかもね、瀬戸君。何か手がかりが、お父さんの」

 東御に言われ俺もうなずいたが、親父が読んだと言うだけの本だけでは望みは薄そうだ。

 親父の持ち物だったと言う証拠になるもの……例えばサイン、そういうものさえ見つけられないかもしれない。


「君のお父さんの形見だと言うなら、まぁ、見てみなさい。私も一度パラパラめくって見ただけだから、何か見落としている印やらサインやらが書いてあるかもしれない」

 店主はそう言って、棚の前を空けてくれた。優しい口調だが、どこか渋い顔つきなのは、このようないわく付きの物を売った池田さんへの不満と考えることにしよう。


「失礼します」

 俺が一礼し、棚から一冊本を取り出すと、雛季も駆け寄って来て別の本を取る。

 他のメンバーも横に並び、適当に一冊手にしてページを繰る。

 

 その間、店主は「ああ、そうだ……」と小さく呟いて、奥の方に積み重なった本の山の間を抜け、住居スペースに引っ込んだ。

「何かお菓子出してくれるのかな? ジュースも飲みたい」と雛季は店主が消えた方へ目をやって、本を棚にしまう。


「いや……ちゃんと調べてくれたのかよ、雛季?」と、俺は眉根を寄せる。

「見たよ~。でも、文字ばっかだからわからなくて面白くないの。あ、でも印刷されている文字だから、カケル君のお父さんの落書きじゃないのはわかるの!」


「落書きって……。俺の親父が書いた大事なことかもしれないのに……」

「まぁ、雛ちゃんが見たのは、あとでまた私も確認するから」と、美咲が妹を擁護。そして彼女は自分の持つ本にまた視線を戻す。

 

 しばらく、一同黙々と本を見る時間が続き、その間、来客のない静かな店内に各々がページをめくる音だけが響く(厳密に言えば、途中で飽きた雛季が店内を歩き回ってまったく関係のない絵本や漫画本を呼んで笑い声をあげたり、ケルベロ・キャットのタマのあくびやトラヒメの「ブフッ」という()せた音もあったりしたが)。

 

 そんな中、「あ」と小さく声を発したのはミュウだった。彼女が持つ本から、何かが落ちた。

「写真です!」と、横にいた二宮がそれを拾って叫んだ。

「この本に、しおりみたいに挟まっていた」と、ミュウ。

「なになに~?」と、雛季もまた近寄って来る。

 

 二宮がまず、なぜか美咲に写真を渡して言った。

「この子供、瀬戸先輩に似ていませんか、美咲先輩!」

「え? ああ、確かに……」


「いや、だったら先に俺に見せてくれ……」とボヤキながら、俺は美咲がこちらに回してくれた写真に目を落とす。

 後ろにいた青葉や東御、そして雛季も背後からのぞき込んでくる。

 

 写真には……若い頃の親父がいた。

 その隣にはお袋。二人の前には小学校低学年ぐらいの俺と、それよりも小さい妹の咲花(えみか)。当然、地球の写真で、動物園に行った時のものだ。


 こっちの世界の一般的な写真よりも鮮明であるが、やや色褪せている。撮ってから10年弱経っている……程度ではない。

 親父はおそらくこれをこの『惑星サライ』へ持って来ていた。そのため、それからさらに年月が経過していると思われる。だから、10年では表せられないほど色褪せているのだ。


「……カケル君の家の、家族写真?」

 改めて美咲が訊いてきたので、うなずき返す。

「そうだ。間違いない、この本は、親父の物だったんだ! しおりにしていたのか、持ち歩く本にいつも挟んで、時折眺めていたのかはわからないけど……」


「きっと、よく眺めていたんだよ。離れ離れになった家族のことを思い出すために」

「そう思うよ、私も」美咲に次いで東御が言い、青葉や桜川たちも同調した。


「カケル君の家の家族だね? アハッ、初めて見たの。妹ちゃん、小さくて可愛い! 後ろに描いてあるのは、たぬき? パンダ? ここ、どこなの? あ、日本か。日本の動物園?」などと雛季だけは、少し見当違いの点で問い詰めて来るが……。


「とにかく、よかったね、瀬戸君。これだけでも、お父さんが(のこ)した本だとわかるよ!」と、青葉が笑みをこぼし、桜川も続く。

「まだ探していけば、他にも何か見つかるかもしれません」

「うんうん! 見つかるよ、きっと!」と、雛季もあまり探してはくれないくせに元気よく言った。


「あ、ああ、そうだな」

 早速別の本をまた開き出した美咲たちに(なら)って、俺も一旦置いた本を手にする。

 そこで、奥の部屋から店主が戻って来た。

 

 俺はまず、本の中から家族写真が見つかったことを報告した。

「おお、そうか。やはり、君の父親の……。それなら、これも持ってきてよかったな。池田さんが持ってきた二つの鞄だ」


 店主は両手にそれぞれ鞄を持っていた。

 まず、左手には小さな黒いアタッシュケース。グリップは赤く、その真ん中には確かに鍵穴がある。そして、ケースの右上には何かの青い犬のキャラクターのステッカーが貼ってある。

 

 その青い犬のステッカー……俺は既視感を覚える。親父が使っていた鞄の一つに、そういうステッカーが貼られていた気がするのだ。


 ただ、親父がいくら魔溜石のような機密性の高い物を研究している研究者だったとしても、むしろ、そのような物を個人宅に持ち出すことは滅多になかったはずで、普段から鍵の付いたアタッシュケースを持ち歩いていたわけではない。つまり、俺がそのアタッシュケースを目にした回数はそう多くはなく、一番最近でも多分10歳前後の頃だ。だから、それを見て親父の鞄だとすぐに確定できず、どこか懐かしいという曖昧(あいまい)な感覚だけが生まれた。


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