第1136話・失われた時を求めて
入院中の病院内。
上高井さんが所属していた『グア・ハム』が、鎌ケ谷さんや色麻さん、川口さんがいる『ハイペリオン』と統合したと聞かされた俺。
「何か呆気に取られているって感じね? あんたたちも、いつまでも遊び半分でパーティーを組んでいられないでしょうに」
色麻さんにそう詰められ、俺は苦笑いで返す。
「遊び半分と言うわけでは……。さっきも話したように、一応『魔の森』にも出て行ってますし……」
「でも、ナイトメア・リバティーンなんかに呑まれて、何日も無駄に夢見てたわけでしょ?」
「そ、そう言われますと……」と、俺は口ごもる。
「……まぁ、その辺にしてやれよ、色麻」
鎌ケ谷さんに言われ、色麻さんは唇を尖らして一歩下がった。
一方、鎌ケ谷さんは俺へ真剣な眼差しを向けてきた。
「ただ、瀬戸。色麻も俺たちも、『牙』卒業生のよしみで忠告しているんだ。最近どんどん物騒な世の中になっているからな? いくら時事問題に疎くても、あちこちでデモが起きたり、行き過ぎた強奪や破壊行為が起きたりして、それに対する中央本部の取り締まりが却って厳しくなって、両者の衝突で死傷者が出ているのは知っているだろう?」
鎌ケ谷さんは中央本部の名前を出す際、軽く院内へ目を向け、声量を落とした。
「まあ、それは知っていますよ……」
『グラジオラス』は確かにどこか呑気なメンバーが多く、新聞などを定期的に購読したり、どこかから積極的にニュースを得てきたりするメンバーはあまりいない。
しかし、真面目な美咲や坂出、キャプテンの鹿角が(威厳を保つため)時々その手の情報を入手しメンバー内で論じることはたまにあるし、もちろん、最近街を歩けばよくデモ隊に出くわすことも、中央本部兵や衛兵などとやり合って逮捕者が出る場面などを見かけることもあるので、鎌ケ谷さんが今言ったことも知らないわけがない。
「つい最近、衝突に巻き込まれて子供が亡くなった事件もあったわ」と、色麻さんも口を挟む。
子供が……。それについては知らず、俺は少し目を瞠る。
「いつですか?」
「知らないの? ああ~、さっきの話だと、君、その頃は夢の中かな」と、色麻さんは嘲笑う。
「5日ぐらいの間に起きたことなら、知りませんよ……」
「うん、事件が起きたのは一昨日だからな、知らなくてもしょうがない」と、鎌ケ谷さんは頷きつつ続けた。
「例によって、税金値下げや中央本部体制への不満を訴えていたデモ隊が中本部兵たちとぶつかった。お決まりのパターンで、デモに参加していた何人もの人間に負傷者、逮捕者が出て収束したわけだが、向こうさんの放った魔法の流れ弾を、通りにいた母娘が受けてしまった。母親は重傷、幼い姉妹が死亡した」
「むごいな……」と、俺は思わず面を伏せた。
「中央本府はその事実を抹消するため新聞等出版を抑制したらしいが、全部なんか無理だな。このことを報じた認可なしの新聞が出回ったり、目撃者が噂したりで、今日まででもかなり広まっているぜ」
「デモも拡大されると思うわ。すでに、この母娘の件での中央本部への抗議活動があちこちで起きているらしいわ」と、上高井さんも言った。
「それと、『アクシス』も中央本部への抗議に動いていて、他のパーティーにも協力を呼び掛けているからな。そういう俺たちも……」
「鎌ケ谷様? 彼らに言ってもいいのですか?」と、色麻さんが眉をひそめ鎌ケ谷さんの言葉を遮る。
しかし鎌ケ谷さんは肩をすくんでから、また俺に向けて言う。
「だから、『牙』卒業生のよしみだよ。瀬戸のパーティーだって、別に中央本部側に付こうって思っているわけではないんだろう?」
「そ、それはないですが……。『アクシス』はあなたたちにも協力を求めているって話ですか……?」と、俺は先を促した。
鎌ケ谷さんは改めて院内を見回してから、また声をひそめる。
「そういうことだ。まだ答えは返していないが、俺たちも中央本部の圧政には嫌気が差しているし、それを撥ね返すには魔法剣士・魔法弓士のパーティーの団結は不可欠だから。そして、亡くなった子供を利用するようで悪いが、多くの市民の怒りも加わっている現在が最大の勝機のような気がしている……」
「最大で……最後かもね?」と、色麻さんが真剣に呟く。
「そうだな……。だから、俺たちもほとんど答えが出ているってわけだが、ここで話は戻る。お前たち……『グラジオラス』だったか? 『アクシス』がお前たちにまで接触してくるとは思えないが……とにかく、中央本部に反旗を翻すことはないにしても静観するつもりだとしたら、みんなで相談して今後の身の振り方を考えておけよ? 数年後、過去を顧みた時、俺たちがいるこの場所は歴史の重大な分岐点の手前だと気づくだろうぜ」
バッチリ決まったと思ったのか、鎌ケ谷さんは俺の肩を叩いてから「それじゃあ、俺たちもいつまでもこうしていられないから、達者でな」と残して病院を出て行く。
「サヨナラ~」と色麻さんや、名前の知らない他のメンバーも後に続く。
「がんばってね……と言っても、無理しないで」
「またどこかで会いましょう。みなさんにもよろしく」
川口さんに次いで上高井さんも言って頭を下げ、他の元・『グア・ハム』の人たちも一礼だけして(何度も言うが、現実世界の彼女たちは俺のことを知らない)消えた。
病院の玄関ロビーに一人残された俺は、溜息をつく。
わずかにこめかみが痛み出した。まだ考える余裕もなかったのに、退院後の問題を突きつけられてしまったからだ……。
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翌日。
引き続き病院のベッドで療養している俺は、昨晩から『アクシス』などとの連携を含む『グラジオラス』の行く末のことを考え、一方で、その先にある俺や鮫川の『元の世界』への帰還には中央本部の協力(本当はそれが彼らの責務だが)が必要不可欠であるというジレンマに悩まされていた。
他にも、帰還のカギを握るかもしれない親父たちの研究、そのヒントでも見つけられればと必死に探している『川の向こうの隠れ家』のことも未解決で、それらが頭にこびりついている状態だ。
いや、実のところ、『幻想の世界』で体験したあんなことやこんなこと……ふしだらな情景も、時々……と言うか思考の時間の半分近く、俺の心身を揺り動かした。
とにかく懊悩した午前中を過ごした俺だが、昼過ぎには一筋の光明を見出すこととなった。
担当医師から、池田さんがだいぶ回復したので俺との面会を希望していると伝えられ、オッサンの病室に向かった。
確かに、池田さんはベッドで横になってこそいたが、『幻影の世界』で会った時と同じぐらい調子は良さそうで、お互いの帰還を喜び合う。
そして、そのまま池田さんの病室で話をした。オッサンは俺よりも重体とみられていたため個室にいたので、複数で使っている俺の病室よりも気兼ねなく話ができるのだ。
そんな中、俺はふと、あることを思い出して池田さんに訊ねた。
「そう言えば、池田さんってこっちで薬草などを採って生計を立てているようなこと、言っていましたよね?」
「ああ、まあな。大した稼ぎじゃないが……。魔法剣士たちが寝泊まりのために魔法などで造ったらしい洞穴とか地下室とか、そういう森の中に残されている場所を幾つか知っているんだ。そこで数日泊まりながら薬草や珍しい植物を集めて……あん時もその途中に……」
「そう! そこですよ!」
俺は池田さんの話の途中にも拘らず、声を弾ませた。
「え? 何?」
「そのアジト? 『魔の森』の……ああ、簡単な地図を描きますね。……えっと、この辺りにある、地下室を利用していませんでしたか?」
俺は寝間着のズボンのポケットに突っ込んでいたメモ帳と紙を取り出し、そこに簡単な地図を描いてから、池田さんに見せる。
「ううん? えっと……わかりにくいなぁ……ああ、まぁ、この辺りの地下室を使っているよ。この間も、ここを寝床にしていたんだ。そう言えば、ノートや本を置きっぱなしにしちまったな……」
「そうですよね、やっぱり! 実は俺たち、多分、そこを見つけて入ったことあるんですよ。中の壁が削られて、そこを本棚のようにしてありませんか? そして、植物系の本が幾つか置いていたし、汚い字で書かれた……あ、いや、達筆で植物のことが書かれたノートも……あったんです!」
そう、親父の痕跡探しの中、そこに辿り着いていたことを思い出していたのだ。
「ああ、棚みたいになってる壁……じゃあ、きっとそうだな。一応小さな机や椅子もあっただろう?」
池田さんもこの偶然に少し嬉しくなった様子だ。
もちろん、俺はもっと昂奮している。
「ありましたよ! いや~、あそこがやっぱり池田さんの!」
「そうだろうな……しかし、待て、瀬戸君。そこまで喜ぶことか?」
「ああ……えっと、まぁ、お訊ねしたいことはまだあって……。池田さんが使い始める時、あそこってどういう状態だったんですか?」
「うん? 前の状態か? ……それはまた、どうして?」
池田さんは思いのほか慎重になって訊き返して来た。話がテンポよく来ていたのですぐに教えてくれると思っていたのに……。
俺は親父が居なくなっていて、あのあたりで親父の目撃談があったという相当端折った話を聞かせた。
「ああ、なるほど……」と、それでも池田さんの声のトーンは低い。
「現時点ではそこを親父が住処にしていたかどうかはわかりませんが……あそこを以前利用していた人が残していた物なんか、何かありませんでしたか?」
唸る池田さんにやや不安を覚えながらも、俺は繰り返し訊ねる。
「う~ん……まぁ、幾つかあったよ。その、食器などの日用品とか、コートみたいな物とか……」
池田さんはなぜか目をキョロキョロとさせながら答える。
この人は比較的心の中がわかりやすい人だ。これは何かをごまかしている気がする……。
「……そのコートって、男物だったんですかね?」
「いや……ま、まぁね……ああ、でも破れている箇所とかあって、かなり汚かったぜ? だから前の人も捨てて行ったんだと思う。他の日用品も古くて、誰も持ち帰らないぐらいの……」
「……なるほど」
「な、何がなるほど?」と、池田さんの目は泳ぎっぱなしだ。
「いや、そんなに硬くならなくていいですよ、池田さん?」
「か、硬くなってなんかないけど……」と、オッサンは笑ってごまかす。
「多分、その隠れ家に残されていた物の中に金目の物があって、それがうちの親父の物だとわかったら返せって言われると思っているんですよね? それで緊張していらっしゃる」
俺が真顔で言うと、図星だったのか池田さんは目線を逸らし、あきらかに動揺していた。
「か、金目の物なんて……別になかったぞ……」
「いや、いいんですよ、そういう物は。ただ、さっきから言っているように、俺は親父の残したノートかメモか何か、そういうのがあったようであれば、教えてもらいたかっただけです。なかったですか? あそこを使っていた人の残した、そういう物が」
しばらく苦しそうな顔をした後、池田さんは罪の告白のように口を開いた。
「……信じてほしいんだが、金目の物なんて本当になかったんだ」
「はい。信じますよ」
「……しいて言えば、万年筆、懐中時計……だが、これも別段高級品ってわけでもなくて、二束三文……」
「売ったんですね? ああ、いや、それはいいです。名前や、何か印のような物はありませんでしたか?」
「人の名前はなかったな。ああ! 万年筆は記念品だったらしくナントカカントカ……」
「キルデビルヒルズの空……」と、俺は呟く。
「え? ああ、なんかそれっぽい名だったな……」
「本当ですか? 『キルデビルヒルズの空』? 今、この時代に存在するのかわかりませんけど、昔、魔溜石を研究していた研究所で、俺の親父もそこにいたんです! だからそこの記念品の可能性も!」
「おお、そうなのか! うん、確かに、キル何とかってのは憶えていないが、最後に『の空』ってのは付いていたんだ」と、池田さんもやや興奮気味になった。
「お店の名前とかでは他にもありそうだけど……この世界ではそう見かけない万年筆に、さらに店名を入れると言うのは、少なくとも会社の名前を入れるよりは少なそうです」
「ああ。俺が知っている限り、そういう名前の店は……まぁ、最後に空が付く店は幾つかあるけど、どれも『青空』とか『冬の空』とか、短い名前だよ。そんな憶えにくい名前ではない。だから、その研究所の名前の可能性は、高いな」




