第1119話・人間の壁
街中の上空にドラゴン出現という警告……。
魔法量に限界が来ているため最上さんの『MINIMUM(=最小)』は望みが薄いと判断し、俺はまた前方に視線を戻した。
100メートル程、北東へ駆けて行ったところで、中央本部兵、衛兵を含む魔法剣士、魔法弓士が幾つかの塊になって空を見上げている。
すでに攻撃魔法の青白い気や赤い気や黄色い気、防御魔法の黄緑の気、特殊攻撃魔法の銀の気、毒系の攻撃魔法の紫などが何度も空へ放たれている。
その上空には、中世ヨーロッパの書や絵に描かれているような、まさしく『ドラゴン』と呼べる魔獣が飛んでいた。
鎧のような鱗を纏った皮膚の色は濃紺のようだが、逆光においては真っ黒い物体に見える。顔は爬虫類のそれだが、頭には大きな角が二つ。口が開くと多くの尖った牙が並んでいる。胴体にある二つの翼をゆっくり羽ばたかせているが、片方だけでも普通の家の扉3枚ぐらいありそうで、その羽ばたきにより強風が立ち、建物の屋根瓦が飛ぶ所もある。
その両翼を除けば、体高150~170ぐらい。鼻先から尾の先までは10メートル弱といったところか?
先日戦ったリトル・フォレスト・ドラゴンというやつより大きい。
翼も含めると、建物の屋根付近まで下降してきた際の迫力は脅威だ。
それでいて先ほどの警告では『中程度のドラゴン』と言う。それならば『大型』とされるものはどれほどなのか……あるいは、この『世界』に俺の意識も反映されているなら、このドラゴンよりも大きいドラゴンなどと考えることは無意味なのだろうか?
とにかく、魔法剣士たちが攻撃魔法を飛ばした。各自の得意な攻撃魔法、鍛錬された魔法なのだろうか、上空の敵にぶつけられる気は大きなものが多い。
威力もあるだろう、敵とぶつかった時や破裂した時の音は爆発と呼べるレベルだ。気の風圧や残滓によって、建物の屋根や外壁に損害が出たり街灯が割れたり、街路樹の梢が木っ端となって散ることもある。
しかし、ドラゴンは時折旋回を見せるだけで、大きくダメージを受けた様子を見せない。
それは、このように敵との距離がある方が成果を発揮する『エイト弓』士から放たれた攻撃の結果でも似たようなものだ。彼らの気の方が、『エイト剣士』のそれよりも、空中で勢いを失うようなことが少ないし、命中率も高いように思う。だが、空中の支配者である敵にとっては大差がないようだ。
ドラゴンは幾度となく下降し、その太い爪を持った四つ足(この辺も中国などの龍とは違い、西洋のドラゴンという感じだ)で建物の屋根や上層階を破壊、旋回し、回した尾でも外壁を叩き、破壊。
時には頭から突っ込み額の二本の角で、やはり建物の上層階の壁を貫く。
そして、大きな口を開けた。
「炎だ! 炎を噴くぞ!」
誰かが叫んだ。
「炎……ここで?」
俺はそう呟くだけで、防御魔法が遅れた。
亘理や吾妻も慌てて後ろへ下がる。
ただ、他の剣士や弓士が一斉に防御魔法を放った。空を駆ける幾つもの黄緑色の光が、それぞれいろいろな形に変化し、口を開けたドラゴンの前に『壁』を築く。
推測通り、ドラゴンは炎を吐いた。幾つもの火炎放射器を同時に使用したような荒々しい火焔が、それこそそちらも『壁』のように迫った。
火焔は空中に張られた何重もの防御魔法の『壁』にぶつかり柱のように舞い上がったが、同時に黄緑色の光も不規則に飛散する。弱い防御魔法は、すぐに消し飛んだのだ。
あとから亘理や吾妻が放った防御魔法も、しばらく炎を押し返す役目は果たしていたものの、やがて飛散したようだ。
そんな彼らとほぼ同時、俺も『PLATE』で巨大な『防火扉』を築いていた。
それが最後の砦のように、前方の防御魔法を破って広がりを見せていた敵の火焔を、食い止める。
【PLATE(=金属板)・カケル所持魔溜石、『A』、C、『E』、G、H、I、K、『L』、N、『P』、R、S、『T』】
「おお……やるな、あんちゃん」
後ろにいた弓士のオッサンが褒めてくれるが、食い止めると言っても火の粉は飛び散っているし、『PLATE』の規模からはみ出した火焔が左右の建物の方へ流れ、壁を黒く溶かしていく。
地上に流れ込む風も、これまで以上に熱を帯びていた。
そして『PLATE』も、まるで火に溶かされて行くガラスやプラスティック板のように歪みを見せ始めていた。
破られる……。
だが、左右の屋根から新たな黄緑色の光線が幾つも横切った。
視線をやれば、屋根の上に乗った中央本部兵の防具をした連中が剣や弓を構えていた。遅蒔きながら、彼らが一斉に魔法を放ったらしい。
中央本部兵の発動した魔法の中には水系魔法の青い光があった(それも特大魔法と思われる)。それは大量の水となって、空中で押し留められていた炎を消火していく。
彼ら中央本部兵に(珍しく?)感心し、若干の安堵を感じたのも束の間……。
ドラゴンは一度不気味に響く叫び声を発してから、素早く旋回。その大きな翼を羽ばたかせ、風圧で屋根の上の人間を落とそうとした。また、尾でも建物を破壊する。
翼が巻き起こす風には耐えた中央本部兵たちも、足場となる屋根ごと建物の上部を壊されると、体勢を崩し、一度退去を余儀なくされる者もいた。
さらに、彼らのいる建物へ向け炎を噴くドラゴン。
体勢を崩しながらも各々が防御魔法を作った中央本部兵はさすが能力が高いとは思うが、それでは魔獣のすべての炎を防ぎきれない。壁の一部は焼き焦げ、建物内にいる人々の悲鳴が漏れ聞こえる。
一方、反対側の建物の屋根に並んで立っていた中央本部兵たちは各々魔法で跳ねながら、空中でドラゴンに特大攻撃魔法を放つ。それがドラゴンの顔や胴体、翼を傷めつける。
一部翼に傷を負ったドラゴンは、その翼や尾で左右の建物を破壊しながら通りへ下降してくる。
さらにドラゴンは吠えて、一度頭を起き上がらせた後、再び炎を吐いた。
どうやら怒らせてしまったらしい……。
さすがの中央本部兵たちも、すぐには強固な防御魔法を作れず、応急的な防御魔法を各人が自分の前に築いただけだ。
「マジか……イリューショリー・グレーシャー」
【GLACIER(=氷河)・カケル所持魔溜石、『A』、『C』、『E』、『G』、H、『I』、K、『L』、N、P、『R』、S、T】
だから、俺も咄嗟に魔法を放つ。
防御魔法の方が良かったのかもしれないが、火焔にはこれだ、と特大攻撃魔法の『GLACIER』を発した。
あとから亘理や吾妻も防御魔法の黄緑の『壁』を前方に放ってくれたが、それよりも先に俺が両手で振り下ろした青い光に包まれた剣から、やはり青いテニスボール大の気が幾つも発射され、それは前へ流れながら氷へ変化した。火炎を塞ぐには、水系魔法……特にこのような氷となる魔法が効果的だと言われている。
氷の礫は空中で広がり、氷の壁や柱を作り上げた。また、気が通過した地面や周囲の建物の壁、街灯などが凍りついていく。
以前この魔法を使った時と比べものにならないほど広範囲に凍てついているし、強固な『壁』(光の色の濃度が高い)も作ることができた。
鍛錬を続けてきた成果だと思いたいが、単純に『この世界』が例の『違和感』や『変化』以外にも細かい点で『現実世界』をうまく反映できていないだけかもしれない……。
とにかく、氷は張られた上、ドラゴンの噴き出した炎も一部は消火され、一部はまるで天かすのようにバラバラと凍って落ちた。
それでも消えなかった炎はしかし、最後に氷の『壁』や『柱』に当たって削れた氷の欠片と共に火の粉として空に舞った。
「かなり冷てぇけど、助かった!」と、周囲の剣士たちが少し凍りついた体を払いながら言った。
俺も笑みをこぼしてうなずき返すが、すぐにまた剣を横へ引く。ドラゴンが前進し、角や鼻先で氷の『壁』を砕くと、さらに口を大きく開けた。またこちらへ向け炎を噴く気だ。
同時に尾が、建物一階に並ぶ店々のガラスや戸を壊している。
「クソ……本体を撃たねぇとキリがねぇ! イリューショリー・グレーシャー」
しかし今はとにかく『GLACIER』を放つ。ここで防御魔法を発動するよりは、攻撃魔法の一種である『GLACIER』の方が炎を食い止める+αが見込める。
予想通り、ドラゴンはこちらへ向け火焔を噴いたが、それは氷の『壁』や『柱』で食い止めた。
さらに、これも希望通り、青い気は魔獣の大きく開いた口や鼻先を凍りつかせた。
新たな炎を噴けないどころか、なかなか口を閉じることができない状態となってドラゴンなりに焦ったのか、翼や尾、四肢を暴れさせた。
それによってまた建物の一部が崩れてしまう。人々の悲鳴や子供の泣き声、飼い犬の吠える声、避難を呼びかける叫び声などが建物内や裏の通りから聞こえる。
倒壊する前に、裏からみんな避難してくれと俺も願う。
「こ、こっちに来るぞ! 一旦下がろう、瀬戸!」
亘理や吾妻が後ろで叫んだように、ドラゴンは前進してきた。前足だけでも凍りつかせられなかったことが悔やまれる。
亘理たちや傍にいた他の魔法剣士、弓士たちの叫びに引っ張られるように、俺も後退り。
その間、前進したドラゴンは氷の『壁』や『柱』に突撃し、それらを砕く。
同時に、ドラゴンの口も一旦閉じられた。凍りついていた口を強引に閉じたのだ。
そしてすぐに口を開け、氷の欠片を一気に吐き出すと、さらに凶悪な牙が並ぶ口を大きく開いて見せた。喉の奥が赤く光る。改めて炎を噴く気だ。
「ま、待ってよ! 鳩ケ谷君がいるかもしれないのに!」
「だけど……ぐあっ! ダメだ! 葉山も下がれ!」
しゃがんだまま必死に鳩ケ谷を捜し続ける葉山に同情し、俺はドラゴンを押し返そうと試みたが、『GLACIER』は中途半端になり、その氷の『壁』はあっさり突き破られた。
「もう! どこにいるのよ、鳩ケ谷っ!」と最上さんも後ろへ下がりながら愚痴をこぼしつつ、『MINIMUM』の発動を試みた。
これまでよりは見るからに小規模だが、『MINIMUM』の銀の気はドラゴンの方へ流れる。
それで魔獣の体が少しでも小さくなってくれれば、恐怖心は小さくなるのだが……。
やはり最上さんの魔法力の回復はまだまだだったようだ。ドラゴンは一瞬縮まりかけたのだが、元の大きさに戻る。
そして距離を開ける俺たちへ向け炎を……。
「あん?」
直径1メートル大の火球がドラゴンの口から出たが、それは勢いを失い、ただ上空へ燃え上がった。
その理由はすぐわかった。ドラゴンが炎を吐いている途中で口を閉じたからだ。
そして、魔獣は伏せでもするかのように顎から倒れた。
それらの理由も、遅れて理解する。
ドラゴンの頭の上に人影が立ち、その者が大きな青白い気を、それこそ炎のように燃え立たせている『エイト剣』を、魔獣の顎の上に突きさしていた。敵の上顎は柱のような青白い気に貫かれ、下顎の下から突き出し、地面も穿っている。
気によって串刺しのようになっているため、ドラゴンの口は閉じ、開かなくなったのだ。
ドラゴンの頭にいた者が、気を使って跳び、こちらに降りてくる。先ほどは逆光でよく見づらかったが、間違いない、と俺はその者の顔を確認した。
神栖だった。
プラチナの髪をなびかせ、こんな時でも涼しい顔をしている。このクソ暑い中、汗すら掻いていないように見える。
『上半身は裸』という常識が植えられたこの『世界』だから、彼もいつもよりも薄着のタンクトップとハーフパンツに防具だけという格好ではあるが……。




