第1118話・小さな場所で大騒ぎ
最上さんの『MINIMUM(敵を小さくする魔法)』によって魔獣を捕まえたが……。
四つん這いの葉山と吾妻は青い顔をし、路上に目をさまよわせ叫んでいる。小さくなった鳩ケ谷と亘理がまだ見つかっていないらしい。
俺も腰を落とし、慎重に足元を見ながら彼らに詰め寄ると、吾妻が言った。
「さ、さっき、わ、亘理らしい小さな奴は見かけたんだけど、そ、その後のドタバタで、ま、また消えちゃったよ……」
「なに~? 一度見つけたのかよ……。じゃあ、その後、どこ行った?」
「さ、さっきはこの街灯の裏に、か、隠れているようだった。で、でも、ま、魔獣が一度暴れたから、そ、その時にどこかへ……」
「鳩ケ谷君はどこにもいない! 潰されていたら、どうしよう~」と、葉山は涙ぐむ。今は、鳩ケ谷は彼の恋人なのだ。
「ぼ、僕は正直、は、鳩ケ谷はどうでもいい……そ、そりゃまぁ、生きている方がいいんだけど、し、死んでしまったら死んでしまったで……」と、吾妻が地面を見回しながら呟く。
「吾妻君~! 僕は鳩ケ谷君も亘理君も、どっちも生きていてほしいよ~!」と葉山が訴え、吾妻も「じょ、冗談だよ」と引きつった顔で返す。
俺は……。
「どっちとも死んでいても構わない……ってことで、2対1で亘理を先に捜すことにするか……」
「瀬戸君!」と葉山は潤んだ目で睨んでくるが、この『世界』が『現実の世界』ではないとわかっているから、本当にどうでもいいのだ(先ほどは真剣に戦ったが)。前日に遡って、遡って……『現実世界』に戻れば、鳩ケ谷も亘理も存在するわけで。
むしろ、この『世界』から出られなくなる俺の方が、『現実世界』での死が待っているかもしれない……。
そんなことを考えると、不安に襲われる。
一方、こっちの『世界』で恋人・鳩ケ谷の死に怯える葉山は、今度は壁際で休んでいる最上さんの方に叫んだ。
「そこの君! 君が『MINIMUM』って魔法を使ったんだよね? それなら魔法を解除できるんでしょう? 解除してくれれば、すぐ見つかるんだけど!」
頭を上げた最上さんはギロッと葉山を睨み返し、鬱陶しそうに応じる。
「魔獣退治のためにやったことだから仕方ないでしょう? そんな叫ばないでよ、イラつくなぁ。わかってるわよ、解除はするわよ。でも、『MINIMUM』は解除する時も多少は魔法力を使うの。今はこの通り、マジックオーバーワーク寸前なのよ。気を失いそうなの。だから、少なくとも、解除のためにどこにいるかもわからない相手へ向けて無闇に魔法を放つわけにはいかないわ。とりあえず小さいままでも彼らを見つけてくれなくちゃ……ああ~、本当に気持ち悪っ……」
最上さんは言い終わると、本当に気を失ったかのようにうなだれた。
「仕方ない、葉山。鳩ケ谷も含めて、一刻も早く捜すぞ」と、俺。
「当り前だよ」と葉山も、苛立ちつつまた視線を落とし、二人の名を呼び続ける。
しばらくそうして捜しているうち、他の剣士たちが瓦礫などの後片付けや壊れた壁などの修復を終え(このメンバーではあくまでも応急処置しかできないらしいが)、三々五々去っていった。
その割に、他の住民はまだ建物内に籠ったままだから、通りは早朝のように静まりかえる。
魔獣出没が日常の『世界』であれば、おそらくすぐに街の活気が戻るのだろう。
その前に、せっかく静まった状況だ、俺は鳩ケ谷たちの名を呼びながら、彼らの返事がないか耳を澄ました。
そして、何かキンキンとした声が、思わぬ方からしたことに気づく。
「ん? あ、吾妻! ちょっと、待て!」
俺はその声が微かにした吾妻の方に叫んだ。
吾妻はなぜか、額の汗を拭きつつ、パンを口にしようとしている。もう片方の手にはジュースの瓶も持つ。
「え? な、何だよ……パクッ」
「ああ~! 何で、止めたのに我慢できず食う?」と、俺は目を丸くして詰め寄る。
「だ、だって、お、お腹空いたから……。ど、どうせここに散らばって落ちていた物だから、お店の人も怒らないだろう?」
そう言って顎で下を指す吾妻。彼の周りには確かに、傍にある食品店で売っていたパンやジュースが転がっている。
「腹減っているからって、すぐに落ちていた物食うなよ……」
「だ、大丈夫だよ。い、1時間も経ってないし。ほ、ほら、1時間ルールってあるじゃないか?」と、吾妻は尚もパンをかじった。
「3秒や5秒なら落ちた物を口にしても大丈夫みたいな勝手なルールは聞いたことあるけど、1時間って長ぇな! 雑菌ナメすぎじゃないか? と言うか! 今、そっちから声が聞こえた気がしたんだよ! 丁度、小さくなった人が叫んでいるみたいな!」
「ええ? ぼ、僕は食べることに集中していて聞こえなかったよ……」
「食欲が聴覚や視覚を鈍らせる質かよ? ん? どうした?」
吾妻が急に顔を歪め、喉を押さえ出したので俺も焦る。
「がはっ……があっ……がほっ……ぶ、ぶへっ!」
ありとあらゆる嫌な音を鳴らし、吾妻は最後に唾液とその他吾妻特有の汁でぐちゃぐちゃになったパン屑を地面に吐き出した。
「な、何か出た!」と、俺。
「鳩ケ谷君? 鳩ケ谷君じゃないの?」と、葉山も近寄って来る。
「いや……」と、未だ咳き込む吾妻の代わりに、俺は首を横に振って答える。
「残念だが、亘理の方だ……いや、俺からすれば、亘理の方が幾らかマシだけど……」
吾妻が吐き出したパン屑と汁の傍の地面に、仰向けの亘理(約2・5センチ)が倒れている。
改めて顔を近づけて見ると、「ぜぇぜぇ」と荒い呼吸を繰り返しているのがわかる。
そしてその顔は、まるでキモい男に全身を舐められたかのような顔をして……いや、実際そういう状態なのか。にわかに信じられないことだが、彼の全身は吾妻の唾液でビチャビチャになっているのだ。おまけに濡れたパン屑もついているが、もはやそれは些末な問題だ。吾妻の唾液でビチャビチャ……これが最恐にして最悪。
「何だ、亘理君か……ああ、いや、『何だ』は失礼だね……よかったよ、ひとまず亘理君が見つかって」と葉山は即言い直すが、愛しの鳩ケ谷が行方不明のためすぐに悄然とした顔でまた辺りを見回す。
一方、俺は亘理の声を聞き取った。
「臭い……何か、すごく臭い! 噛まれたところも痛い! でも、どっちかと言うと臭いってことを言いたい!」
「く、臭いって何だよ~。い、命の恩人に対して」
「命の恩人ではないだろ……。むしろ殺し掛けたんだから」と俺は吾妻にツッコんでから、亘理にコップに入れた水を掛けてやることを提案した。
仕方なく吾妻は傍の小広場にある水飲み場へ、ジュース瓶(先ほどのジュースをすでに飲み終えている)に水を入れに向かった。
その間、俺はまた顔を近づけ、亘理に言った。
「……メガネはなくしたのか?」
亘理のトレードマークのメガネがなくなっているのだ。
裸眼で見づらいのだろう、彼は目を細めながら言い返す。
「そうなんだ。パンの裏に隠れていた時はしてたから、多分パンと一緒に持ち上げられて、吾妻に食べられる時……あいつの口の中に落としたんだと思う……ああ、あのベロの感触……思い出しただけでこっちも吐きそうだ……」
「拾った物をほとんど反射的に食おうとした吾妻も悪いけど……」と、俺は眉をひそめて言う。
「パンになんか隠れたお前も悪い気がするぞ、亘理? 今のお前にとっては岩ぐらいあるように見えるかもしれないけど、こっちからしたらただのパンだからな。気の残滓だけでも吹っ飛ばされるぞ」
「そうなんだけど、パニクるぐらい、この状態はヤバいんだよ~」
「まぁ、俺もなったことあるからわかるよ。とりあえず、水を浴びたら最上さんに戻してもらおう」
話しているうちに吾妻が戻り、その瓶の中の水を一度手に掬ってから、ゆっくり亘理へ掛けてやった。
それから、まだ座って休んでいる最上さんの傍まで亘理を運ぶ。ちなみに運ぶのは吾妻の手だ。水で流したとは言え一度彼が飲み込みかけたもの(亘理岳斗、18歳、男)だから、吾妻本人に運んでもらう方がいい……だって、汚いじゃないか?
最上さんは未だダルそうだったが、『MINIMUM』解除のため、座ったまま自身の剣をちっちゃな亘理に向け、銀色の光を飛ばした。
亘理は二段階を経て、元の姿に戻った。
もちろん濡れている。目つきが鋭いのは裸眼ということもあるが、吾妻に腹が立っているということもあるだろう。最上さんには文句を言えないが、彼女にも不満を持ってそうだ。
そんな亘理を慰めるように、俺は声を掛けた。
「なくしたメガネは小さいまま、もしかしたら吾妻のウンチと混ざって出てくるかもしれない。出てきたらそれをまた最上さんに大きく戻してもらえばいいよ」
「それはもう使わないよ! 人の肛門から出て来たメガネを引き続き愛用するほど無頓着じゃないよ!」と亘理は怒った。まぁ、それもそうだ。
「それより、亘理君。鳩ケ谷君を知らないか?」
「ああ~……途中までは一緒に道の端に向かっていたんだけど、魔獣の接近とか瓦礫が飛んできたりで、はぐれちゃったんだ」
「そうなんだ……。鳩ケ谷君! 鳩ケ谷君~!」
「葉山……。よし、俺たちも捜そう」
不安げな顔で一人また鳩谷を捜し始めた葉山が気の毒になり、俺も四つん這いになって道の上を捜す。
亘理と吾妻は、通行人が来た際、どう見ても鳩ケ谷がいない道の真ん中へと誘導する役目を担った。ただ、今日は理由もなく苛立っている人が多いので叱られることがある。
そんな中、最上さんがゆっくり立ち上がった。
「少しは魔法力も戻った。3、4回なら解除の気を放てるかな。鳩ケ谷君が居そうな場所を絞ってくれれば、そこに向けて解除の気を放つけど?」
「本当? でも、居そうな場所と言っても……」と、葉山や俺は顔を見合わせ、考え込む。
「気の範囲はそれほど広くないから、よく考えてね」と、最上さんが駄目押しをする。
とにかく、亘理と鳩ケ谷が分かれた道の途中から、亘理が何とか辿り着いたパンが転がる店の前まで真っすぐに最上さんの解除の気を使ってもらったのだが、大きくなった鳩ケ谷(約20センチ)の姿が見えるようにはならなかった。
そしてその隣の薬局に向けても気を放ってもらうが、やはり鳩ケ谷の姿が見つからない……。
そんな暗澹たる雰囲気に一同が包まれた時……。
通りにサイレンが鳴り響いた。
通りに出始めていた一般市民も、また何か叫びながら慌ただしく建物内に逃げ込み、緊張の糸を緩めていた他の『エイト剣士』や『弓士』、武器を持ち防具を身に着けた者たちもまた気を張り始めたのがわかる。
サイレンが一旦止まると、街灯の上部についているスピーカーから、中央本部の者の声だろうか、胴間声が聞こえてきた。
『北東から中央に向け、上空にドラゴン出現! 中程度のドラゴン出現!』
「ド、ドラゴンだと?」と、俺はまだ何もいない空へ目をやって歯噛みする。
『付近にいる8ビギンティリオン所持者は全員出動し、一丸となって斃すこと! その他、武器等を所持する者は後方勤務、支援! 子供、お年寄りは建物内へ避難せよ! 繰り返す……』
「ドラゴンなんて初めてだ!」と、亘理たちも頓狂な声を発する。
「そうなのか? 魔獣が街に出没する『この世界』でも? ……俺はこの間、『現実世界』で遭遇したけど、あれよりデカかったら……」と、俺も焦る。
「マ、マズい……。鳩ケ谷君~! 鳩ケ谷君っ!」
「葉山……落ち着け!」
涙ぐみながら取り乱して叫びまくる葉山に、俺は声をかける。
「できるかわからないけど、とりあえず俺たちで食い止めてみる! その間、葉山は早く鳩ケ谷を捜すんだ!」
そして俺は、亘理と吾妻に目顔で合図を送る。
「お、俺たちって……ぼ、僕と亘理も?」
「当然だ。一応、『牙』卒業生なんだし!」
顔色を悪くしている二人を手招きで誘いながら、俺は最上さんにも一度視線を向けた。彼女の『MINIMUM』が巧く当たれば、ドラゴンも多少は小さくなるはずだ。
連続で当てられれば尚いいが……彼女は壁に寄りかかるようにして何とか立っている状態だった。鳩ケ谷が見つかった時のため、彼への『MINIMUM』解除2回分の魔法量は当分の間は残しておかなければならないだろう……。




