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第1117話・バニシング<消失>

 大きなオオカミのような魔獣……デビル・ファングが3頭、街中に現れ……。

 

 周囲の被害を気にしてモタモタしている俺に、最上(もがみ)さんが言った。 

「それじゃあ、私がこうしてあげるわよ。ミニマム!」

【MINIMUM(=最小)・最上所持魔溜石、A、E、H、『I』、『I』、『M』、『M』、『M』、『N』、O、R、S、T、『U』、Y】


「あ~、君にはそれがあったな!」

「お? おお! 相手をミニサイズにする魔法か!」などと鳩ケ谷(はとがや)たちも歓喜する。鳩ケ谷にとっては、葉山の悋気(りんき)から逃れる意味もあっただろう。

 

 しかし、魔獣はこちらに向かって突進しながら、一度ジャンプ。意図していたのかはわからないが、それによって『MINIMUM(ミニマム)』の気が魔獣の四肢の下に外れる。


「最上さん! しっかり狙ってくれ!」と俺は慌てて防御魔法・『PLATE(プレート)(=金属板)』を発動し、一度突進してくる魔獣を押し返した。

 俺の背後にいた鳩ケ谷たちも慌てて散り散りになる。


「わかってるわよ! ああ、もう! イラつくわ!」

 最上さんは再度『エイト剣』に銀の光を溜め、今度はしっかり敵を見据えタイミングを計る。

 デビル・ファングはその間、今度は俺のいる場所を迂回(うかい)するように走ってくる。俺の攻撃や防御を嫌がっているようだ。


 代わりにターゲットにされたのは、最上さんや彼女の方に移動していた鳩ケ谷たち、あるいは遠巻きに見ている他の剣士や弓士、武器を持った一般市民たちのようだ。


「ミニマム!」

 ただ、そんな彼らの場所まで到達する前に、最上さんが『MINIMUM』の気を飛ばし、それが走る魔獣を包み込んだ。

「決まった! 小さく……って! まだ充分危ないぞ!」と、俺は叫ぶ。

 

 そう、『MINIMUM』を食らったデビル・ファングは元の虎ぐらいのサイズから一気に縮小したのだが、それでもまだ中型犬ぐらいの大きさはある。

 本当に中型犬ならばそれでも楽に倒せるだろうが、相手は魔獣。しかも狂犬というレベルの凶暴さではない。時には攻撃魔法も無効にするような屈強な体と、強化された防具をも貫く殺傷能力の高い牙や爪を持つ。そして、人を見れば襲い、(あや)めるという凶悪な遺伝子も持ち、執拗に迫ってくる相手だ。中型犬サイズになったとしても安心なんかできるものではない。


「わかってるわよ! だから、もう一度するわ! ミニマム!」

 最上さんはさらに剣を振り、魔獣へ向けて銀の光を飛ばした。

 光を受けた中型犬サイズのデビル・ファングは光の収縮と共にさらに体が縮まって、すぐに発見できないほどになった。


「……1年の『個人戦』で瀬戸君と対戦した時も、こうやって2段階で小さくしたでしょう? やられたのに忘れた?」と最上さんは一息ついた後、俺を(にら)んで言った。

「ああ、そうだったね……」と、俺は苦笑い。


 あの時、俺はまず1回目の『MINIMUM』で20センチ程にされ、2回目で2・5センチ程にされたのだった。

【第412話・参照】


 今回も、デビル・ファングは中型犬サイズからさらに縮小しイチゴ一粒ほどの大きさになっている。

「とにかく! どこか行かないように捕まえて!」

 最上さんは虫のように地面を動き回るデビル・ファングの進路を足で塞ぎながら、叫んだ。


 デビル・ファングという魔獣は元々俊敏なので、小さくなってもすばしっこい。このサイズでこの速さは、人前に現れたゴキブリ(ちなみに普段は暗がりであまり動かないと言われている)を連想させる。


「そのまま足で潰せば早いんじゃないのか?」

「さすがにそれは、心優しい私にはできない!」と、最上さんは照れる様子もなく言った。

「通常サイズの魔獣は(たお)しているだろ?」

「そうだけど、小さいと何か可哀そう! だったら、あんた、潰しなさいよ!」と、最上さんは怒った。


「それは……。とりあえず、捕まえてから考えよう……」

 俺も、改めてセカセカ地面を動き回っているホコリの(かたまり)のような小さな魔獣を見て、潰すのを躊躇(ちゅうちょ)。結局二本の指でつまみ上げる。

 

 しかし、噛まれた。

 もちろん牙も極小サイズなので、通常時の魔獣のそれとは比べものにならないぐらい些細なことかもしれない。だが、ハムスターに噛まれたぐらいの痛さはあるし、当然噛まれた指から血も出る。

「……だぁぁぁぁ! 痛ぇぇ! 噛まれた!」

 

 そこで、別のデビル・ファングと戦っていた魔法剣士たちの一人が、敵を警戒しながらもこちらに歩み寄って来て言った。

「何をやっているんだ、君たち! さっきのような魔法があるなら、向こうの2頭も小さくしてくれ! そいつはこれにでも入れて、嫌なら俺が潰しとくから!」

 ナポレオン三世のように体を左に傾ける癖を持ったその初老の男は、落ちていたサイダー瓶の飲み口部分を割って、俺から奪った魔獣をその中に入れ、さらに割れた飲み口の方を覆うようにしてハンカチを瓶の中に押し込んだ。


「ええっと、じゃあ、後はお願いします」と、俺は一礼。

「そっちは、あの魔獣たちを!」と、瓶を持ったおじさんも小さく頭を下げる。


「やらされるのは私なんでしょ? あ~、もう! 終わったら絶対、満足いくまで気持ちよくしてもらうんだからね!」と、最上さんは怒った顔のまま言って、剣を銀に光らせる。

「あ、ああ……それはもう、任せて」と俺は恥ずかしがりつつ返し、前進した最上さんに続く。


「お前たちも、サポートしてくれよな?」

 最後に俺は、振り返って鳩ケ谷たちに声を掛ける……が、そこには吾妻(あがつま)と葉山、そして先ほどの瓶を持ったおじさんなどしかいない。


「お、俺たちに言っているのか?」と怪訝な表情をするおじさんに、早口で訂正してから、俺は吾妻たちに「鳩ケ谷と亘理(わたり)は?」と訊いた。

「え、えっと……そ、そこら辺に、い、いたはずだけど……」と、キョロキョロする吾妻。

 

 俺は「まさか逃げたんじゃないだろうな?」と顔をしかめる。

 ただ、葉山は首を大きく横に振った。

「違う……違うよ! 二人は確かにその辺にいた……だから、ひょっとしたら、最上さんの魔法で……」

 そう言いながら、葉山の顔はみるみる青ざめていく。


「ええ~? 『MINIMUM(ミニマム)』を……魔獣と一緒に食らったと言うのか?」

 確かに、最上さんはあの時かなり慌てて『MINIMUM』を発動し、魔獣に当て損なってイラつき、さらに強引に魔法発動をしていた。

 

 切り取られたあの場面が、俺の頭に(よみがえ)ってくる。

 居た気がする……最上さんと魔獣の傍に、二人が……。

 

 最上さんは今も、もう2頭のデビル・ファングを小さくするため奮闘しているが、やはり何度か『MINIMUM』を外し、言わばしっちゃかめっちゃかという状況だ。

 俺はそんな彼女の助けに向かいながら、後ろへ叫ぶ。

「吾妻! 葉山! 地面をよく見てくれ! 2センチぐらいの鳩ケ谷たちがいるかもしれないぞ!」


「そ、そんな……。わ、亘理ぃ!」

「鳩ケ谷君、どこなの?」

 二人は急いでしゃがみ、地面に目をやっていた。

 

 その間、俺は『TIE(タイ)(=ネクタイ)』を飛ばして、とりあえず近くにいる方のデビル・ファングに巻きつけた。

 暴れるが、踏ん張って最上さんの『MINIMUM』を当てさせやすくする。

 一頭はそれによって小型化に成功。中型犬サイズとなった……が、もう一頭が駆けてきた。最上さんには目もくれず、俺へぶつかってくる。


「この先には……行かせねぇ!」

 そう、俺の背後には、下手したら爺さんが吐き出した(たん)でさえ死んでしまうほど小さくなった鳩ケ谷と亘理がいるかもしれないのだ。

 魔獣に気づかれていなくても、踏みつけられたり倒れ込まれたりしただけで潰れてしまうだろうし、こっちの魔法のちょっとした余波でも命を落とすこともあるのだ。

 

 俺は念には念を入れ、『SET(セット)』で二重の『PLATE』を築き、魔獣の突撃を回避した。

 黄緑の『PLATE』にはガラスのように亀裂が走り、光の欠片も一部飛び散る。

 ただ、何とか突破されずにはすんだ。

 

 さらに、最上さんが「瀬戸君!」と叫んで『MINIMUM』の銀の光を飛ばし、こちらのデビル・ファングも中型犬サイズになった。

 

 しかし狂犬……いや、それ以上に凶暴な敵だ。また俺に飛び掛かって来た。

 魔法発動が間に合わず、気を溜めた剣で直接攻撃する。

 魔獣の背中の肉が()げた。しかしゾンビ犬の如く唾液をまき散らしながら血走った目でそのまま突っ込んでくる。

 

 普通の犬よりも太く鋭く、数も多そうなその牙が、俺の(すね)当てに刺さる。もちろんこの脛当ても魔溜石(まりゅうせき)が使われた防御力の高いものだ。簡単には噛み壊されたりなどしない。

 しかし一番鋭い犬歯の先が、脚へ微かに達したらしい。鋭く傷む。おそらく血も出始めるだろう。

 

 ただ、その直後、最上さんがさらに『MINIMUM』の気を浴びさせ、俺の足元にいた凶暴なデビル・ファングはあっという間に小石と見まがうほどの大きさになった。


「大丈夫? 瀬戸君。もう~、しっかりしてよ!」

「そ、そんなイラつかないでよ……。とにかく、ありがとう。ちょっと噛まれたけど、まぁ、大したことはない」

 俺は言いながら、ちょこまか動くデビル・ファングを慎重につまみ、タイミングよく寄って来てくれていた瓶を持つおじさんにそいつを任せた。

 

 おじさんの持つ瓶の中に、先ほどのものと合わせて2頭目のデビル・ファングが入れられた。

 2頭は……いや、このサイズは2匹と言うべきか、2匹は虫みたいに暴れ、ツルツルのガラス瓶の内側を登ろうとしては滑って落ちるという惨めな動作を繰り返している。


「そう。それならよかったわ」と、最上さんが言葉を継いだ。

「大ケガして、()()()()なったは困るからね? 肉体的快感でこの苛立ちを発散するんだから!」


「あ、ああ、そのことね……」と苦笑いした俺だが、すぐに気を引き締め、最上さんの背後に目を向けた。

「いや! それより、もう一頭いるから! 危ないって、最上さん!」

 

 残り一頭はまだ中型犬サイズだ。元と比べると危険度は落ちるが、油断すると大きなダメージを受けることは変わらない。

 俺は最上さんの腕を手前に引っぱり、彼女に飛び掛かろうとした魔獣から引き離す。

「ああ、ありがとう……。後でちゃんとサービスするわ」と、最上さん。


「その話はいいから!」

『今は』と心の中で最後に付け足し、俺は刀身にまた『TIE(タイ)』の気を溜める。

 

 その間、他の剣士や弓士が魔獣へ攻撃魔法を放っていた。

 通常サイズのデビル・ファング相手ではなす術なく防戦が続いていた彼らも、中型犬サイズとなったデビル・ファング、それも残り1頭だけが相手となって戦意を盛り返したようだ。

 

 ただそれでも、彼らの気は2発、3発と魔獣を外れ、路面や建物の壁に(きず)を増やしていく。デビル・ファングは跳躍力もあるし、すばしっこさは変わらないのだ。

 

 ようやく一人の魔法が期せずして魔獣の横腹を撃った。

 その動きが止まった一瞬で、俺は『TIE』を発動。ロープ状の気で魔獣を捕らえ、最上さんの『MINIMUM』の御膳立てをする。

 こうして、3匹目のデビル・ファングを捕らえることに成功した。




 あとは、約束通り瓶を持ったおじさんたちにその駆除を任せ、俺と最上さんは一息つく。

 特に最上さんは、外したものも含め相当数の『MINIMUM』を発動した。『(きば)』1年次の『個人戦』で俺と対戦した時は、魔法力を使う『MINIMUM』を数度発動したことによってマジックオーバーワーク気味になった彼女も、その時よりは成長しているようだが、それでもさすがに疲労が溜まったらしい。「少し休むわ」と壁に寄りかかってから、そのまましゃがみ込んだ。

 エッチの続きは……「後でね」と言う。


 一方、俺はまだしなければいけないことがあった。

 四つん這いの葉山と吾妻が青い顔をし、路上に目をさまよわせ叫んでいる。

 小さくなった鳩ケ谷と亘理が、まだ見つかっていないらしい……。

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