第1120話・マイ・フレンド・フォーエバー 《キャラ挿絵≫
街に現れたドラゴンの口を封じたのは……神栖だった。
「か、神栖君!」と、亘理たちの声は弾む。
神栖は着地前に体をひねり、振り向きざまにさらに気を放って、ドラゴンに裂傷を与えた。紫の血と共に鱗を含む肉片も飛び散る。
ドラゴンは引きつるような声を上げ、上体を起こす。
そして一旦飛ぶ仕草を見せたが、飛ばない……いや、飛べない。両の翼の膜がすでに大部分破られ、骨組みだけと化していた。
「いつの間に翼も……? お前がやったのか、神栖?」と、俺。
「中央本部兵たちも多少は斬撃を与えてくれたけどな。お前が凍りつかせて動きを止めてくれていたおかげでもあるか……ありがとよ」と、神栖は言いながらも剣から青白い気を飛ばす。場所をわきまえ力を抑制しているようだが、それでも一つ一つがかなり威力のありそうなものだ。
「ただ、お前にも協力してもらいたいんだが?」
「一人でも斃せそうだけどな、お前なら……。まぁ、心の余裕ができたから、俺も協力するよ! アーレス・ストライクッ!」
【ARES(=ギリシャ神話の軍神・アーレス)・カケル所持魔溜石、『A』、C、『E』、G、H、I、K、L、N、P、『R』、『S』、T】
俺は両手で持った剣から特大攻撃魔法・『ARES』の『火の球』を敵に撃ち込んだ。
特大攻撃魔法ではあるが、ドラゴンに当てれば周囲の建物などに被害が及ぶということはないだろう。一発で突き飛ばされる、あるいは燃え尽きてしまうようなヤワな魔獣でもないし。
案の定、『ARES』でもこの程度かとげんなりさせられるほどの結果だ。『火の球』を胸部に食らったドラゴンは(偶然頭を上げた時だった)、その衝撃で少し後ずさったが、大きなダメージを受けたとは思えない。血、鱗や肉片も飛んだが、またこちらへ迫って来る。
「多分もう、みんな避難をしていると思うけど、街中だからなぁ。派手にできないのはわかる」
言って神栖は跳ね上がり、ドラゴンの牙をかわすと同時に、その頭の上に乗った。
「チッ……威力が足りないって言いたいのか? 嫌味だな……」
顔をしかめ返し、俺も跳んでドラゴンの頭に移った。
その時には神栖の『GLADIATOR(=剣闘士)』の斬撃がドラゴンの頭から背中へ大きな刀傷を走らせていた。これは特大攻撃魔法で、これまで通り威力を抑えてはいそうであるものの、今まで以上に派手な衝撃音が鳴り、ドラゴンの紫の血が舞い散った。
そして切り口の肉は左右に分かれ、白い立派な骨が露わになり、その骨の大部分も周りの肉と共に潰れた。
神栖がまた剣を引きながら、こちらに目で合図を送る。俺にも攻撃を促しているわけだ。
多少だけど負けん気が出てしまい、俺も、現在の自分が出せる最強の魔法……『KNIGHT(=騎士)』を発動してみせた。
当然、左右の建物への被害を考慮したが、それでも青白い斬撃波によってドラゴンの体は大部分が細切れの肉の塊と化した。
これには、やや慌てて宙へと跳んだ神栖も、目を見開いた。
「お前……これ……」
「現実のお前には真似されそうで教えたくないけど、こっちのお前になら言ってもいいかな……」と小さく前置きしつつ、俺は笑みをこぼして答える。
「『KNIGHT』という特大攻撃魔法らしい。多分、これでもまだ初期段階。そして、日々進化中。だからまぁ、『最強』という場所が居心地悪いなら、安心して譲ってくれていいんだぜ、神栖よ?」
俺と神栖、そして時々中央本部兵らの攻撃によって、ドラゴンを斃すことができた。
ドラゴンの体内から魔溜石を探すためと、被害に遭った建物や道路の解体・修復等の工事、ドラゴンの血や肉片などを洗浄するため、その大きな屍は中央本部が『大型マレンゴ』数台で近くの門から『ゴブレット』の外へと運んで行った。
「……ふぅ~。一件落着だ。しかし、こういう危険がこれからも続くのか……ここはもう、去るべきだな」と、俺は小さく苦笑い。
これだけではなく、日が進むにつれ増え続ける『変化』で、この状況より過酷な『世界』へ変貌する可能性も大いにある。
だから絶対、明日へは進めない。
間違いを犯さず、確実に昨日に戻ろう……と俺は一人誓ってから、神栖へ改めて礼を言った。
神栖は「いや」と、手で制す。お前から礼を言ってもらっても何にもならない、そう思っているのかもしれない。
「瀬戸の『KNIGHT』というやつも、相当効いたみたいだ。それに、お前には昨日のことで、恩を返す必要もあったしな……。弟の剣吾の身代わりで『決闘』をしてくれたと聞いた。弟たち1年を庇ってくれたらしいな? サンキュー」
「ああ、そのことか……。まあな……」と、俺は少し照れる。
そこで、道の端からカンチョーと同時に金玉を蹴られた男のような叫び声がした。
見れば、しゃがんでいた葉山が、顔の下の両手を見つめながら泣き顔で叫んでいるのだ。
「え……。手に乗っている、それ……鳩ケ谷?」
「は、鳩ケ谷~! ど、どうしたの?」
亘理と吾妻も近寄って行き、膝から地面に崩れる。
俺と神栖も、葉山の手の上を覗き込んだ。
そこに、2センチちょっとの鳩ケ谷が仰向けになっていた。顔や胴体の辺りが赤く、彼を載せている葉山の手のひらにも何か所か赤い点や線が付いている。
それらは、血のようだ。
他の者から見れば、鼻血2滴分ほどの流血に思えるが、2・5センチほどの彼には、手に掬いあげる前の出血分も考えれば、充分致死量と言える……。
「鳩ケ谷……。動かないのか?」と、俺は乾いた声を絞り出す。
「……」
指で何度か鳩ケ谷に触れた葉山は、頭を横に振り、泣き出した。
「動かない……。そもそも、体が潰れているんだ……。し、死んでいるぅ……死んで……あああ! 鳩ケ谷君ぅぅぅ!」
「う、嘘でしょ……? 鳩ケ谷ぁ! お前、まだやりたいこと、あったんだろう! なあ?」と、亘理も号泣する。
「グラマラス美女と結婚するんじゃなかったのかい? そして、昔きみを馬鹿にしていた連中を見返すんでしょ?」
「そ、そうだよ! か、金持ちの夢も、どうするの? か、金持ちになって、昔自分をフッた女の子と婚約して、け、結婚式の直前で婚約破棄するんじゃなかったの?」と、吾妻も泣きながら叫ぶ。
「美人の部屋の隣に住んで、毎日聞き耳立てる夢は? その人の家に出たゴキブリを退治して、念のため一晩泊ってほしいとお願いされるところから始まる男女関係の願望は?」
「い、一夫多妻の夢は? あ、赤ちゃんと一緒にミルクの飲み比べするという願望は?」
「やめろ、亘理、吾妻! 何か、ご冥福をお祈りする気持ちってものがなくなってくるから! 隣に毎日聞き耳立てる夢って何だよ! 三途の川を渡るための船賃、六文より多く取られるんじゃねぇの、この男……。とにかく、どんなに叫んでも揺すっても、死んでしまったことに変わりはない。少し息を整えよう」
俺のその言葉で、葉山をはじめ三人は、しばらく静かに嗚咽を漏らす時間が続いた。
そして俺は、鳩ケ谷との出会いから今日に至るまでの彼との思い出を振り返り、嗚咽と言うか、吐き気がしてきたのが正直なところだ。のぞき、ナンパ、セクハラ発言、猥談……彼との思い出は、黒歴史に塗り固められている。
一向に悲しくならないのは、何より『この世界』が魔獣(+俺の意識?)が見せている『幻影の世界』ということを俺は知っているからなのだけれど。
ただ、そんなことは思考の範疇を越えている葉山たち『この世界』の住人にとっては、まぎれもなく鳩ケ谷兵太という一人の人間が虫のように潰れて死んだ。そして、昨日になど決して戻れない。
だから、親友と言うか『恋人』の鳩ケ谷を喪った葉山の悲しみは深く、それは『MINIMUM(=最小)』という魔法を使用した最上さんへの怒りと再び変わった。
さすがに最上さんも沈んでしまい、魔法力が溜まると鳩ケ谷を元のサイズに戻し、何度か謝ってから逃げるように去って行った。
一方、俺たちは元のサイズに戻った鳩ケ谷を見て、改めて彼の死を実感することになった。小さかった時は見えづらかった血や露出した肌にできた裂け目を見て、気分が悪くなる……。
比較的冷静な判断ができる俺と神栖が、参戦した衛兵の一人に報告し、彼が近所にいた医師を呼び寄せ、鳩ケ谷の死が完全に認められると、衛兵が今度は遺体を運ぶ者たちを呼び寄せた。その段階で、俺が『鳥屋』のレインボーバードを使って、鳩ケ谷の家族にも悲報を伝えた。
そして、棺に入った鳩ケ谷は『ビッグドーナツE』に向けて運ばれる。
鳩谷家から折り返して戻ってきたレインボーバードの携えていた手紙により、鳩ケ谷家は狭いため、どこかで通夜も葬儀もできないかと相談され、俺たちの判断で一旦『ビッグドーナツE』に運ぶことになったのだ。あそこの『訓練場』が使用できる気がしたからだ。
神栖とその場で別れた俺や亘理たちは、鳩ケ谷の棺の後をトボトボ帰ることになった。
当然、葉山は道中もしゃくりあげて泣いており、亘理と吾妻もつられてまた泣いた。これには、『この世界』を『幻影の世界』としてどこか俯瞰で見ている俺も、さすがに喪失感のようなものを感じる。
『ビッグドーナツE』に着き、『グラジオラス』メンバーにも報告すると、彼女たちも寂しさで沈んだ。
優しい美咲や桜川、元クラスメイトの鹿角や青葉や東御、そして浅川や小牧ら年下組は涙し、つられて玉城や松川姉さんも泣いた。
そう言えば、今日から白鷹、目黒さん、月形さん、水巻さんも同居人となっていて(部屋に入った時、その事実に俺は再度混乱してしまった)、彼女たちも涙ぐんだ。
もちろん一番子供のように泣きじゃくったのは雛季だった。彼女はおそらく唯一、本心から鳩ケ谷と仲良く接していたメンバーだ。彼女に関しては、泣き疲れて眠るまで泣いていたと言ってよいほどで、いつもは何よりも楽しそうにしている食事時も、しょんぼりしたまま食事をしていた(食欲は別段落ちていなかったようだが)。
『現実の世界』で死んでしまった熊野のオッサンの時も、『牙』生だったメンバーは悲しみに打ちひしがれたが、今回はそれ以上に『グラジオラス』と近しい人物の……ああ、同じパーティーのメンバーだったか、そんな、多かれ少なかれみんな行動を共にしたことがある人物の死だ。
これが『現実の世界』と認識している彼らにとっては、悲しいのは当たり前だ。
よかったな、鳩ケ谷。
女性たちみんながお前を囲み、涙を流してくれているぞ。ついでに、ケルベロ・キャットのカンナも、オスだけどトラヒメも悲しく鳴いてくれている。
だから、女を求めていつまでもこの世にさまよわず、しっかり成仏してくれ。
【挿絵】葉山の手のひらの上の鳩ケ谷




