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第1109話・群衆の中の変化を求めて歩く

 俺は特大攻撃魔法・『KNIGHT(ナイト)(=騎士)』で上峰(かみみね)を倒し、『決闘』を制した。


「とにかくこれで、ケンカは無しな? 1年をもっと自由にしてやれ」と、俺は返す。

「そ、そうね。口論だけならまだしも、取っ組み合いはダメよ」と、速見先生たちも無理に笑って言う。


「わかっていますよ……」と、上峰。

「不服そうだな? 神栖(かみす)弟とか他の1年相手なら勝っていたとか思っているんじゃないだろうな?」と俺は、自分の治癒を始めた上峰に声を掛ける。


「いや、別に……。ただ、あんたはこの世界の現状があまりにわかっていないんだ」

「この世界……」

『幻影の世界』のことではないよな?

 この上峰にとっては、これが現実の世界……つまり変な習慣や価値観は関係なく、この『サライ』の問題が、ということだろう……と考えているうちに、上峰は続けた。


「もっと魔溜石(まりゅうせき)を必要としているということですよ、この星の人類が生き延びるためには。中央本部も前からずっと訴えているでしょう? それには、俺たち魔法剣士、魔法弓士はもっと強化しなくちゃいけないんだ。中央本部もそれを期待している」


「またすぐに1年をしごきそうな勢いだな……」と、俺は呆れる。


「フンッ……それは、しばらくは自由にさせますよ。『決闘』は戦士同士の約束事ですから。ただ、1年自身が変わるんじゃないかな、このままではマズいと。『(きば)』生の意味がない、と。自ら気づいてほしいものだね」

 そう言い残して、上峰は去った。

 諸塚(もろつか)はじめ他の2年たちも、速見先生らに軽く挨拶してから、三々五々と消えて行く。


「俺らも理解はしているつもりです」

 彼らを見送っていた俺の背中に、神栖弟が声を掛けてきた。

「中央本部は魔溜石を大量に欲している。実際そのエネルギーがどこかで必要なんでしょう。そのため俺らも、遠くへ何度も魔溜石採取に行けるよう、もっと力をつけなくてはいけない。ただ訓練のペースに多少の齟齬(そご)が生まれただけです。俺たち1年も自分たちでそれは考えています」

「そうか……」と、俺は頼りなくうなずく。


「とにかく、今日はありがとうございました。いつか兄も入れて、また会いましょう」と、神栖弟はお辞儀し、他の1年生もそれに(なら)った。

「君の兄貴が用もないのに会ってくれるとは思えないけど……まぁ、その時はよろしく」と、俺は苦笑して返した。




 その後、また保健室に戻り、二宮と深空(みそら)ちゃんに事態の収拾を報告した。

 二宮は俺が現・2年のエースである上峰に『決闘』で勝利したことを怪しんだが、その場にいた先生たちや月形さんたちも言っているのだから確かだと不承不承(ふしょうぶしょう)(?)信じてくれた。

 

 そして、二宮たちも交え、またしばらく近況などの話をし、3、40分経過したところで、月形さんたちが『牙』の職員室に来ているらしい香取先生らを訪ねたいということで、二宮と深空ちゃん、保健室に残る佐倉先生とは寮で別れ、他4名で校舎の方へ向かった。

 

 寮から校舎までの道すがら、俺はできるだけ街の様子を(うかが)った。

 本日残り1つとなった『変化』について、諸塚が丸坊主になっているという微妙な『変化』しか気づけていない。

 他に、『現実の世界』とは違う街の人の習慣や街そのものの『変化』、昨日にはなかったことや物が当たり前のように加わっていないか、あるいは当たり前のようになくなっていないか……一日の終わりまで気を張って探していなくては。少なくとも何か決定的な『変化』を見つけるまでは。


 そうして『北大通り』を横断する際、店の入り口付近で物々交換をし合う者、『テレビ』や『ラジオ』から流れる音、ビール瓶に口をつける中学生ほどの者たち、上半身裸で往来する多種多様の者たち、そして道の端や建物の外階段などで抱き合い、愛し合う者たち……それらを目にしたり耳にしたりするが、新しい『変化』の発見には至らない。

 異常な暑さも変わらない。重力がわずかに軽いことも変わらない。

 

 ただ、道の端とは言え街の中で交わる男女の姿や、同伴している速見先生ら女性陣の肌、道行く女性たちの露出した胸に目を奪われる度、他に何か大事なことを見落としている気がする。

 それではいかんと、また街の『変化』を探すが、集中力は続かない……。


 そうしているうちに『牙』の門をくぐっていた。

 まだ夏休みは終わっていないので、結局人はまばらだった。トラックを7、8名の陸上部が走り、屋内プールで12、3名の水泳部が泳ぎ、それを各顧問が見守っている(速見先生は現在水泳部の顧問補佐の地位で、顧問は別の男性教師がしている)。


 ちなみに、陸上部も水泳部もやはり男女ともども上半身裸で活動していた。『この世界』の水泳時の女子の水着は競泳水着の下だけを残したような水着で一見ブルマ姿にも見える。


 校内で4、5名の生徒とすれ違い、向かった職員室で与謝野(よさの)先生や田野先生など数名の教師と挨拶できたぐらいだ。香取先生は少し前に帰宅し、入れ違いになってしまった。

 

 上半身裸というのは職員室の教師たちも同じだ。上半身をさらしながらも平然と、新学期へ向けての作業をしていた。

 与謝野先生の綺麗な褐色のバストや真面目そうなメガネの女教師のバスト、二人の美しい背中のラインなどを見られて、俺は密かに喜びを感じていた……ああ、そうそう、田野先生の大きそうな乳房は肩から垂れた夏用のシースルーのストールでわずかに隠れていたのだが、それも見るには見られた。熟女が好きな者にはそれも堪らない姿であったはずだ。


 香取先生の代わりに与謝野先生たちと談笑し始めた月形さんと水巻さん、そして自分の席に着いた速見先生。俺も意味もなく相槌を打ちつつも、速見先生たちの美バストに目を配って、密かにレンジリー先生も来ないかと期待していた。


 しかし、数分後には月形さんたちを急かして職員室を後にすることになった。

 と言うのも、後からやって来たのはレンジリー先生ではなく、蒲生(がもう)と川崎だったからだ。


 彼らは俺を見て顔をしかめた。しかめたいのはこちらの方だ。

 当然彼らも上半身裸で、下は短パンという格好だ。蒲生は、海流で移動しないように体に昆布を巻きつけたラッコみたいに、胸部にモジャモジャした毛を付けている。川崎の方は、ワシントンら4人の大統領の顔が彫られたラシュモア山の花崗岩(かこうがん)みたいな筋肉をこれでもかと見せつけているようだ。


 蒲生は舌打ちしてから自分の席に着き、「何しに来たんだ、瀬戸?」と俺に声を掛けてくる。

「いや、そんな冷たく言わなくても……。卒業生が訪ねて来るなんて、学校冥利(みょうり)に尽きるんじゃないですか?」と、俺はぶつぶつと応じる。


「そこの女子二人は卒業後も魔溜石採取を頑張っていると聞くが、お前は遊んで過ごしていそうだな?」

「体も……」と、川﨑も椅子をぶっ壊しそうなほど派手に自分の席について言った。

「一瞬鍛えているのかと思ったが……前から見るとやはり貧弱な体だ。トレーニングもあまりしてないな? 中央本部関係に進むこともなく、まったく何をしているんだ」


「少しはしているんですけどね……。パーティーでは魔溜石採取も……」と俺は答えるが、この『幻影の世界』は『かりそめの世界』だ。別に真面目に対応することもないんじゃないかと改めて思い、バカらしくなった。


 一方、「まあまあ。少しは頑張っているみたいですから」と速見先生が擁護をしてくれる。

「それに……」と、与謝野先生も蒲生たちの方に体を向けて言った。

「何度も言いますけど、中央本部関係に進むことだけがこの『牙』の卒業後の進路ではありませんよ? そうでなくても、魔溜石採取などで活躍もできますし」

 田野先生も同意見のようで、麦茶のような物を飲みながら首肯(しゅこう)している。


「ええ。魔溜石採取がすべてでもないですし……」と速見先生がまた言ったところで、蒲生がわざとらしい溜息をついて反論を制した。

「相変わらず甘いですな、先生方は。こちらも何度も言いますけど、中央本部に進む人材を育てること、あるいはそれに準ずる戦士、魔獣退治、魔溜石採取を積極的に行う者を送り出すのが現在の我々の使命ですよ。そして、中央本部からのお達しもあったでしょう? 有事には我々も、もちろん生徒も出て、反対勢力と戦わなければならないのです」


「中央本部から、そんなお達しが? 生徒数を増やし、魔溜石採取の行事を増やし、有事には中央本部側として出動? いや……」


『この世界』だけの話か?

 ただ、そのような細かい事案を、この『幻影の世界』を創り出している、あのナイトメア・リバティーンが把握して設定しているのか、そもそもそれが不思議だ。


『現実世界』では見たことがなかった女性たちの裸まで、まるで現実のように多種多様のものとして見えることも考えてみればおかしなことだ。あの魔獣に、見た世界を忠実に再現する能力があったとしても、たとえば田野先生の少し垂れた豊かな乳房まで確認しているわけがない(現実では凶暴な魔獣が街を自由に歩き回ることなどできない)。

 

 そうなると、『この世界』の大まかなことを創り出しているのはナイトメア・リバティーンに違いないが、細かな部分はそれを体感する人間……つまり現在の俺の頭の中のイメージをうまく具現化しているだけなのかもしれない。


 同時期に同じナイトメア・リバティーンに飲みこまれ、『この世界』をさまよっている池田さん……彼の他人に対するイメージは俺の持つイメージと違っているはずだから、彼の脳や目を介して感じたり見たりする物事の細部……たとえば女性の胸の形や色は、俺のそれとは多少違っていたのかもしれない。例えば池田さんが速見先生と会っていたとしたら、胸の大きさも、桜色の乳輪の色や大きさも、彼からすると普通サイズの胸に、やや濃い色の乳輪と言う形で見えていたかもしれない(それが速見先生に対して抱く池田さんのイメージだったとして)。


 俺が改めてそんなことを黙考しているうちに、その桜色の乳輪の(関係なし!)速見先生が、蒲生の言葉を遮った。

「蒲生先生たち、今はそのことは……。彼らは卒業生ですが、在校生にまで伝わっては困ります」

 

 それに対し、蒲生はやや苦り切った顔ですぐに返した(美人の速見先生とは言い争いをしたくないという下心が見える)。

「困りますって言われてもね、速見先生。在校生はわかってこの学校に入っているでしょう? この男の代なんかより……」と、蒲生はひげの生えた(あご)で俺の方を指して続ける。

「真剣に取り組んでいますよ、彼らは」


「そうですね。中央本部の要請があれば、従う覚悟の者は多いようです」と、川﨑も口を挟んだ。

 

 速見先生は溜息をつく。

 その間、彼女と同意見らしい与謝野先生が言い返す。

「まだそのようなこと、正式に報告されてはいませんよ? 魔法の強化は望んでいても、中央本部に従う生徒ばかりとは限りません……」


「この学校は中央本部のサポートで成り立っているんですよ、与謝野先生? 言わば傘下です」と、すかさず蒲生が(ばく)する。

「いいんですかねぇ、教師の立場でそのようなことを言って。まぁ、心配いりませんよ、生徒の方がその辺は理解しているようです。この『牙』の立場を」


「……強制はいけません。その時は、生徒に選択をさせなくては……」と、与謝野先生は声を絞り出すように発した。


「とにかく、その話は今するべきではないわ、蒲生先生も川崎先生も」

 年配者の田野先生が仲裁に入った。

 蒲生たちは「私たちだけではないですけどね」などとぶつくさ言ったが、田野先生は構わず、笑顔で締めくくる。

「まぁ、確かに魔溜石採取や魔法強化について言えば、今の生徒はかなりやる気ある子が多いのよ、瀬戸君? 君たちも頑張っているみたいだけど、追い越されないようにね?」


「そ、それはそうですね」と、速見先生や与謝野先生も苦笑いでうなずく。



 

 と言うことで……俺たち卒業生3名と速見先生は職員室を後にした。

「相変わらず君には厳しいね、蒲生先生たち」と、廊下を歩きながら水巻さんが微笑む。

「そうだね。俺は知らない間にあの人たちの親でも殺してしまったんだろうか? それぐらい、ずっとターゲットにされているんだよ」と、俺は口を尖らせる。


 ここでわかったのは、あの男性教師たちの性格は『元の世界』から変わっていない、ということだ。

 同時に、与謝野先生や田野先生の性格などにも変わったところはなさそうだ。

 職員室の内装、机の向きや棚の場所なども変化はなかった。


 その後、ほとんど人のいない校舎内を回り、北の障害物コースや『エイト(きゅう)』の訓練場、体育館などの裏にある野戦訓練用の『第二グラウンド』も(のぞ)いてみた。

 

 他の3名にとっては『元の世界』との『変化』があろうがなかろうが『この世界』が居場所なのだから関係ないし、その辺の説明も面倒なので俺も「久しぶりに来たから見て回りたい」と言う心にもないセンチメンタルなことを理由にして3人を付き合わせることになってしまった。


 とにかく何か見落としている『変化』はないかじっくり考え、結局何も『変化』はないだろうと判断した。


 正門を出て、そのまま真っ直ぐ『牙通り』を突っ切って、魔法対策が施されている『第三グラウンド』まで見に行きたいと言った時はさすがに優しい性格のお三方も隠れるように溜息をついてはいたが、無理を言ってそこも確認した。

 しかし、やはり『変化』らしい『変化』はなかった。


 そこからさらに北上すれば、『神々の黄昏(たそがれ)』に行ける。

 ここまで来たら、できればその『神々』内も変化がないかどうか見て回りたかったのだが、うだるような暑さの中、余計に三人を歩かせてしまっている(特に速見先生は辛そうだった。胸の谷間にも汗が溜まるようで、度々ハンカチで拭っている……そして俺はそれをいちいち見つめる)。また、いかがわしい店が濫立する『神々の黄昏』内を見たいと言うのは、いくら『この世界』が性欲に対して寛大だとは言え気恥ずかしい気がしたため泣く泣くスルーすることにした。

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