第1108話・Death or Glory
俺はなぜか決闘裁判の提案者として現1年生の代表に担ぎ上げられてしまい、訓練場の壁に連れて行かれた。
「気をつけてね、二人とも」と、速見先生や佐倉先生ももう俺の参加を認めてしまったようだ。
壁の前まで行くと、2年たちは少し離れた。
すかさず、上峰や1年たちがこの『世界』の決闘裁判のルールを伝えてくる。
対戦する二人は背を向け、それぞれ5秒のカウントのうち5歩相手と離れる。
そしてゼロのカウント同時に振り返って、相手に攻撃魔法を放つ。
特殊魔法、防御魔法は使用してはならない。
また、相手が死亡や大ケガをした場合は、中央本部による裁判で本格的に罰せられることになり得るので、攻撃魔法の制御もある程度は必要だ。
最後に、神栖の弟……剣吾が俺の前に出て来て、頭を下げつつ言った。
「お願いします。ただ、無理はなさらずに。できれば勝利してほしいですが、危険だと思った場合は横へ逃げてください。その場合は負けになりますけど、もちろん俺たちに責める資格はありませんから」
「優しいな……。まぁ、それなら、君に出てほしいところだけど……もういいや」
そして、俺は自分の『エイト剣』を確認する。
神栖弟も、俺から離れて行った。
審判は第三者の速見先生がやることに。先生は壁に顔を向ける形で、背を向け合って立つ俺と上峰の真ん中から約5メート下がった所で見守る。
その他の生徒や佐倉先生たちは速見先生の背後に、やはり壁の方を向く形で列を作る。
それぞれの放った気が、内側へせり出した壁の端から後ろへ逸れないように(本来は壁に向かって気を放つようにできているから、壁の端のせり出し部分……つまり俺と上峰の背後の壁はそれほど広くはない)、念のため左右2人ずつ、後ろへ流れないよう剣を構えて立つ。俺の背後には神栖弟を含めた1年の2名が立った。
あれよあれよと進み、速見先生が俺たちへ準備の確認をしてから早くもカウントをスタートさせた。
「5! 4!」
俺はそれに合わせて2歩前進。背後で上峰も歩き出す気配。
振り向きざま撃ち込むのは……発動に慣れていて、威力も期待できる『HIT(=打撃の当たり、命中)』か? あるいはスピードのある魔法か?
「3! ……」
それとも、発動に時間がかかるかもしれないが、相手の攻撃を打ち砕くほどの威力を持った特大攻撃魔法か?
「2!」
その場合、相手が大きな怪我を負わないように、威力を配慮するべきか?
「1!」
否! 相手は上峰だ。そんな配慮は仇となるだろう。
5歩分、前へ踏み出したところで、俺は腰の剣の柄に手を当てた。そして一気に発動準備。
「ゼロ!」
速見先生のその声と同時、勢いよく振り返る。刀身を包む青白い光は一気に広がって行く。
「オデッセイ・オブ・ナイトォッ!」
【KNIGHT(=騎士)・カケル所持魔溜石、A、C、E、『G』、『H』、『I』、『K』、L、『N』、P、R、S、『T』】
そう、俺は一発目で『KNIGHT』を発動した。正直、これを放って負けるなら、悔しいが今の上峰に勝てる魔法はないと思われる。
現に、約10メートル先、同じく剣を振り終えた上峰の方から飛び出したのは赤と黄色の大小不ぞろいの無数の気……。その前に奴が叫んだ魔法名「スノー・オブ・デス」から、放たれたのが特大攻撃魔法・『DEATH』だとわかる。
【DEATH(=死)・上峰所持魔溜石、『A』、C、『D』、『E』、E、G、『H』、H、I、R、『T』】
上峰の特大攻撃魔法を破るのは『KNIGHT』しかないように思える。それも、集中力高く、全身全霊、本気の一撃だ。
周囲の者たちは、しかし、上峰の方に目が行っていたようだ。
「デス? そんな強い魔法を?」と主審の速見先生が慌てた声を出し、佐倉先生も「何をしているの?」と叫んだ。
相手サイドである2年生たちでさえ動揺しているようだ。
「上峰……やり過ぎ!」
「大丈夫か、あの人……」
視界の隅で、女生徒が目を逸らしたのが見える。
それだけ上峰の特大攻撃魔法・『DEATH』が、このような決闘で使用される魔法ではないことを物語っている。
こちらへ向かってきた赤と黄色の幾つもの気は、空中でそれぞれ直径4、50センチほどに大きくなり、俺へと迫って来る。
すでに、俺のいる場所から3メートル先まで迫っている。
振り返るのはほぼ同じだっただろうから、魔法発動の速さ、魔法自体のスピードで上峰の『DEATH』の方が上回っていることがわかる。
この段階で俺の『KNIGHT』の気は、ようやく俺の刀身から前へと流れ出たばかりだったのだ。
バシュウー! という、すさまじい破裂音が、眼前で鳴った。
同時に、お互いが放った気が周囲に光の欠片となって飛び散り、激しい明滅が起きる。
『DEATH』の赤と黄色い気がぶつかって来る度、俺の前にある『KNIGHT』の気は嵐にさらされた窓ガラスのようにビリビリと揺れ、青白い光がツララのようにこちらへ何か所も飛び出してくる。破られる寸前のようだ。
すでに風圧も凄まじく、俺の足はズルズルと地面を削って後退させられる。
やがて、言わば『防御壁』となっている『KNIGHT』の気が赤い礫のような気に穿たれた。
突き抜けてきたそれは俺の腹の横を掠め、後ろの地面へ落下。横を過ぎる際の熱風を肌に感じ、後ろに落下して生まれた熱い土埃が背中に掛かる。
「……破られる? いや……!」
両手で振り下ろした剣を、力を込めて振り上げる。水中で棒を振るような重さを感じながらも、歯を食いしばって剣先を振り上げた。
そうして、『KNIGHT』の気もわずかに前へ押し出され、新たに『DEATH』の赤と黄色い気が焼かれるような音を発した後、破裂するように飛び散って行く。その気の欠片は、周囲の土や木の幹、訓練場の壁に当たって消滅する。
「バカな……」と、上峰の呟きが聞こえた。
このまま次々にぶつかって行く『DEATH』の気でこちらの『壁』を突き破り、最終的には破壊して、その奥にいる俺を撃つつもりだったのだろう。
しかし、こちらの『KNIGHT』の『壁』が前進したのだ。上峰も驚くわけだ。
「多少は抑えたけど……『DEATH』だぜ? 俺の……特大攻撃魔法が?」
さらに『DEATH』の気が幾つか、突き破ってこちらへ飛んで来る。
しかし、それはもうおはじき程度の気の欠片に過ぎず、多少の痛みや熱さは感じるものの治癒魔法で何とかなるレベルのものだ。
一方、『KNIGHT』の青白い気は咆哮のような轟音を発し、拡大した。
殺虫灯にぶつかる虫のように相手の気はバチバチと音を鳴らし、飛び散って行く。
「立派だったぜ、上峰君よ」と、俺は青白い光越しに言う。
「特大魔法の発動の速さ、そしてこの威力。諸塚みたいな奴が1ダースいても適わない、現・『牙』生トップの力を見せてもらったよ!」
「は? 何、勝ち誇ってんだよ、先輩? 決闘は別に一撃の対決ではないんだぜ!」
上峰はさらに素早く自身の剣を振った。
2発目の『DEATH』。
ただ、慌てて発動したからか、先ほどよりも小粒の赤と黄色の気が飛び出して来ただけだ。数も先ほどより少ないようだ。
それらが次々『KNIGHT』に呑み込まれて行く。
俺は言葉を続けた。
「ただ、お前は太陽の大きさを知らない木星人だ! 上には上がいるんだよなぁ。さぁ、上峰! 負けを覚悟で、逃げるか防御魔法を作れ!」
「うるせぇ……」
強気に返す上峰だが、青白く照らされたその表情は引きつっている。
それもそのはず、『KNIGHT』は2発目の『DEATH』の気をすべて掌握していた。
「瀬戸君……何なの、その魔法?」
「大丈夫なやつ?」と、速見先生や月形さんも驚き、不安げに叫ぶ。
「わからない……」と、俺は月形さんに呟き返す。
「だけど、お前は覚悟できてるんだろ、上峰? レイモンド・チャンドラーも書いている。『撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけ』だと。敗者は吹っ飛ぶ! だからせめて備えろ!」
俺の叫びの中、青白い光の尾を引いた球状の気はついに雷・電気系の黄色い気を幾つも伴い始め、そして上峰にぶつかって行った。
「ぬごおおおおぉ!」
それでも、さすがと讃えるべきか、上峰は三度魔法を発した。
この短時間でのその動き、その能力には感嘆する。
正直、防具をしていない状態だし、『KNIGHT』の残りをそのまま直に受けてしまったらと後から俺は不安になっていただけに、防御となる攻撃魔法(さすがに特大攻撃魔法は無理だったようだが)を作り出してくれてよかった。
ともあれ、上峰が築いた三発目の気では『KNIGHT』を押さえ込むことはできず、やがてその気も爆ぜた。
ただ、わずかな時間は稼げたようで、上峰は横に跳んで逃げる。
それでも『KNIGHT』の一部を受けて両脚は大きく跳ね、裸の上半身を地面に打ち付けた後、7、8メートル横転。さらに、飛び散った電光を寝転がった状態で浴び、地上に上げられた魚のように全身を暴れさせた。痺れが身体中を駆け巡ったのだ。
「うぐ……うぐう」と、うめく上峰。
『KNIGHT』は上峰の最後の気によって多少削られて縮小したが、そのまま真っ直ぐ後ろへ。俺から見て気の左半分は、せり出した壁の端にぶつかって飛び散った。
防御魔法に使われる魔溜石の粉を含んでいると言われる強固な壁に、亀裂が走った。
さらに下へ向け弾けた光の屑は地面を抉り、上空へ弾けたものは壁の先にある岩の上部や林の梢に突き刺さったらしく、それらの鳴らした音と林の方にいたカラスの騒ぎ声がしばらく聞こえていた。
『KNIGHT』の右半分は、さらに後方で待機していた2年生の防御魔法の黄緑色の光の『壁』にぶつかったわけだが、その二重の『壁』も突き破った。
それらを発動していた2年の男子2名は衝撃で後ろへ押され、どちらも膝を突いたがそれでも耐え切れず、最後には横へ逃げるように跳んだ。
月形さんと水巻さんが遅蒔きながら剣を振って生み出した防御魔法が、さらに後ろへ流れて行った『KNIGHT』の残滓を一旦は押さえ込んだ。
しかしそれらもやがて飛び散って、最後に速見先生が『エイト弓』から放った気で、ようやく『KNIGHT』のすべての気が消滅した。それでも飛び散った気の欠片がそちら側の岩や木を削ったようだが。
訓練場の壁の先には岩山、そして林が1ブロックほど広がっているのだが、気が流れて行った東側にある岩山や木々はそれほどあるわけではない。そちらへ魔法を放つことを想定していないからだ。
そのため、月形さんたちや速見先生が防御魔法を作って止めてくれなければ、『KNIGHT』はそのままの威力で岩を砕き、木を削り、あとは寮の東の塀まで一直線に走ってそれを破壊するだろう。その先の通りに被害をもたらしていたかもしれない……と考えると、俺は安堵と共に背中が粟立った。
「勝利は勝利だけど……瀬戸君! もっと加減ができなかった?」
佐倉先生が倒れている上峰の方に歩み寄りながら、こちらを振り返って言う。
「そ、そうだ!」などと諸塚をはじめ2年の一部が騒ぐが、彼らもその他の生徒たちと同じくこの状況に唖然としているのが見て取れる。
一方の1年たちも一度は喜びの声や俺への感謝の声を発したが、遅れて上峰の状態を気にしだした。
佐倉先生が剣から治癒魔法の白い気を放ち、さらに速見先生も白く光る弓を構え上峰を治癒しようとしたが、上峰本人は「そんな大げさな……。あとは自分でやります。それで大丈夫」と立ち上がった。
そして俺を睨んでくる。
「……俺の負けだ。正直、1発目で倒せる、しかも威力を抑えなければと思って『DEATH』を弱めてしまったんだ。まさか、あんたがこんな強力な魔法を撃てるなんてね……。しかもこんな場所で、こんな冗談半分の決闘でそんなものを遠慮なく使ってくるとは思わなかったね」
「ところどころ負け惜しみが入っているな……。じゃあ、逆に俺はお前の1発目を大きく見積もりすぎたかな、ハハハ……。ところで、本当に大丈夫なのか?」
「心配ご無用。ほとんどかわしたんで」と、上峰は嘯いた。剥き出しの上半身の至る所から血がにじんでいるのが痛そうだ。




