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第1107話・やるか逃げるか   ≪キャラ挿絵≫

 久しぶりに会った諸塚(もろつか)が坊主頭になっていた。これはこの『幻影の世界』6日目の5つ目の変化なのでは?


「よぉ、先輩。わけわかんないこと言ってないで、引っ込んでいてくれないか?」と、上峰(かみみね)も俺たちの間に割りこんで来た。

 そして彼らはまた1年生と対峙する。諸塚ももう俺を無視している。


「君たち……! 本当、先生怒るからね?」と速見先生がまた止めに行くが、彼女の優しい声音と相貌(そうぼう)ではやはり迫力に欠け、(にら)み合う男たちの勢いに負けてしまう。

 そして、「キャッ」と押し出された。佐倉先生が慌てて彼女を支える。


「お、おい、お前ら!」と、俺はさすがに声を荒げてしまった。

「先生に何をする!」


「だから、引っ込んでいてくださいよ、中央本部にも入っていない卒業生は」と、上峰が横目でまた睨んできた。

「何ぃ?」


「方程式や『I have a pen』を覚えて満足したんでしょ? あなたたちは」

 上峰が言い、諸塚他2年が嘲笑(わら)った。

 

 上峰は口の端を上げて、続ける。

「でも、俺たちは違う。真剣にこの世界の現状を考えて、魔法の鍛錬に励んでいるんだ。だからこそ、1年! お前らにも最低限のマナーってものを学んでもらわなくちゃならないんだ! そうじゃなきゃ、『魔の森』の奥に到達する前に犬死にするぜ?」と、上峰は視線を1年の方に戻している。


「最低限のマナーも守れていないのはあんたらだろう?」と、1年の先頭に立つ男も威勢だけは負けていない。

 そいつと上峰たちがまた肩や胸をぶつけ合う。まるで乳首をこすり合わせる新種のゲームでもしているようだ。

 

 速見先生たちの手前、俺は半ば面倒臭いと思いつつも仲裁に入る。

「待て、待て! せっかくだ、ほら、決闘制度があんだろ? とにかくそれで今日の勝者を決めろよ? あくまで今日の勝者な」

 どうせ『この世界』に明日は来ない。俺は絶対、前日……『5日目』に戻るつもりだ。


「ふ~ん……決闘か」と、上峰の方は思案顔になった。

「それもどうかしら……」と速見先生は不安げに言い、佐倉先生も悩んでいる感じだったが、「まぁ、このまま集団で争うよりは、そうして決着つけた方が良いかも?」

「負けた方も、遺恨を持たないということで!」と、月形さんに続いて水巻さんが同調すると、先生たちも溜息をつきつつ「そうね……」とうなずいた。

 

 少しの間、小声で相談をしていた2年はまた輪を崩し、中から上峰が先頭に出て来て言った。

「こっちも、それで構わないぜ? もちろん2年代表は俺だけどな。1年はどうする? それとも謝って、素直に俺たちの指示に従って訓練を続けるか?」


「……いや、受けて立ちますよ!」と、1年の代表の男子がほとんど自分だけで決めて言い返す。

 当然、1年の代表者は彼が務めると思ったが、上峰たちに代表者を問われると、6名ほどの1年は先頭に立つ彼の方ではなく、端の方に立って、どちらかと言えば傍観していたような別の男子にゆっくりと視線を注いだ。先頭の男子もその男子の方を見ている。

 

 端にいた男子は想定していなかったのだろう、目を丸くした。

「え? 待って! お、俺? 俺ですか?」

 ブロンドのボブヘアの、どこかまだ幼い顔立ちのその彼は、1年のみんなが首肯(しゅこう)すると、いやいやと首を振った。

「決闘を、ですよね? ……だって、相手は上峰先輩になるんですよね?」


「頼む!」と、1年の先頭に立っていた男子が頭を下げて言う。

「悔しいけど、俺よりもお前の方が能力は高いだろう」


「でも、俺、まだ15になってないんですよ? みなさんの方が年上だし……」と、金髪の少年。

「年齢は関係ないよ。俺も、この中ではお前が一番強いと思っている」と、後ろの方にいた別の1年男子も口を開く。

 他の男女数人も、賛同した。


「でも、2年生とぶつかったのは、あなたたちだし……。それに、さすがに俺では上峰先輩に勝てないって。だから、少しでも追いつこうと、訓練していたわけだし……」と、金髪の少年は尚も拒む。

 彼の真面目そうな雰囲気や比較的穏やかな物言いは印象が良く、彼の言っていることが一番的を射ている気がする。


 しかし一方で、そのやけに整っている顔を見ていると、俺の『(きば)』生時代、いつも己の優れた能力を謙遜していた連中ともどこか似ているような気がして、もしかしたら持ち上げられているこの状況を楽しんでいるのではないかと穿(うが)った(とら)え方をしたくもなってきた……。


「何だ? 結局誰も代表になる奴がいないのか?」

 上峰たちが嘲笑を浮かべると、先頭の男子をはじめ1年生たちは悔しそうにし、その視線はまた金髪少年の方に注がれた。

 

 そして1年たちは、頭を下げて彼に言った。

「頼むよ、ケンゴ」

「お願い、()()()

神栖(かみす)君しかいない」

 

 それを聞いて、俺は目を見開いた。横に立つ月形さんや水巻さんも「え?」と驚きの声を漏らす。


「か、神栖? 神栖……ケンゴ……?」と俺は改めて呟き、そして腑に落ちた。

 そうだ、先ほど彼がどこか俺の知っている者たちに似ていると思ったのは、その中でも特に神栖拳誠(たかのぶ)の顔立ちに似ているからだったのだ。

 性格だけで言えば『アクシス』の駿河(するが)の方に似ているかもしれないが、顔は神栖を少し幼くすればこうなるという、まさにそんな感じだ。


挿絵(By みてみん)

 

 俺は速見先生たちに対し、目顔で(たず)ねる。

 その無言の問いかけに、速見先生が答える。

「ああ……胸のこの虫刺されのこと? 夏は、仕方ないわ。すぐ消えると思う……」


「い、いや、そうじゃなくて! 確かに胸の方も気になりますし視線は向けたかもしれませんけど! 今、(うかが)いたいのは、あの神栖という少年のことですよ?」と、俺は苦笑いで言い返す。

「あ、ああ、神栖君のことね……」


「神栖ケンゴ君……『剣』に『わが』の意味の『()』で『剣吾』君」と、佐倉先生が代わりに教えてくれた。

「君が思っている通り、君の代のエースだった神栖君の弟よ。『(エイト)ビギンティリオン』の適性試験年齢が下がったことで、今年入って来られたんだって。他の教師からの噂で聞くけど、確かに能力は高いみたいだね。血筋かな?」


「神栖兄弟は子供の頃散り散りになっているから、別の夫婦と養子縁組になっているけどね」と、速見先生が先ほどの早とちりを取り戻すみたいに真剣な顔で付け足した。


「そう聞いています……と言っても、『こっちの世界』では本当のこともどこまで話が作られているのか俺にはよくわからないですけど……。とにかく、それなら能力が高いんでしょうね。……えっと、神栖君」と、俺は神栖弟に話を向けた。

「ここはやっぱり、君が1年の代表で決闘に出てやれば?」


「な、何ですか、あなたは……」と、神栖弟は眉をしかめる。一瞬、冷徹な神栖兄の姿と重なる。

「簡単に言いますけどね……今の上峰先輩に勝つのは難しいですよ」


「フッ……()()、か……。いつかは追い越せるという自信は見えるな、神栖」と、上峰が微苦笑を見せる。

 

 一方1年たちは、渋い表情で言った。

「神栖、お前はいつも謙虚だな。だが、ここでそんな遠慮はいらないんだよ」

「頼むよ、1年の誇りなんだから」


「そんなこと言っても……」と、神栖はうなじ辺りを掻きながら首を傾げた。そういう仕草はやはり神栖兄と重なるところだ。


「兄と同じで、みんなから期待されている……結構なことじゃないか? やってやりなよ。みんなで争うよりその方がいい」

 俺が軽い調子で続くと、神栖弟の表情がわずかに険を帯びた。

「……知っているんですね、兄のこと。兄と比べれば、俺なんて……。それより、あなたが代わってくれませんか?」


「え? 代わる……?」

「ええ。あなたが決闘裁判の話を持ち出したわけだし、兄と知り合いなら『牙』の卒業した先輩ということだと思うので能力も充分でしょうし、何だか自信もありそうだから」

 神栖弟はそう言って笑顔を見せた。その感じ……まさしくあの神栖の弟といった感じだ。


「この人が?」と、他の1年や相手2年の顔が俺に向いた。

「いや、俺は……関係ないし……」


「……あんた、か。まぁ、俺たちからしても確かに先輩だな。神栖が諦めてこの男を指名するなら、俺はそれでもいいぞ?」

 上峰が口の端を吊り上げる。

 

 ついでに諸塚もニヤける。

「神栖より上とは思えないけどね。まぁ、卒業生としての意地ぐらいはあるでしょう」

「諸塚、お前……」

 上峰はともかく、少なくともお前は強くないだろ?


「どうなんだい? 先輩。1年の代わりに、俺と決闘するのか?」と、上峰が改めて訊いてくる。

「瀬戸君……巻き込まれたわね……」と速見先生は気の毒そうに言うが、月形さんは他人事のように「でも、それで一旦争いが収まるなら、その方がいいでしょう。瀬戸君が一肌脱ぐかどうか、ですね」と口にする。


「他人が代わりに闘っても、またすぐ対立すると思うけどな……」と俺は苦々しく呟くが、上峰は「いや」と打ち消して、続けた。

「決闘で負けたなら、負けた方は勝者に従うさ。そうだよな、1年も? それを踏まえて、お前たちはこの瀬戸って男に代表を(ゆだ)ねるわけだろ?」

 

 1年たちは揃って一度神栖弟の方を見る。

 そして神栖弟が俺に対して「瀬戸さんというんですね? よろしくお願いしますよ」と頭を下げると、他の者たちも小さく「お願いします」などと呟いた。


「変なことになっちまったな……」

 こんなことなら、黙ってこの場を離れればよかったと思う。どうせ『この世界』は『幻影の世界』で、この日はきっと今日限り……残る一つの『変化』を見つけ出して、昨日に戻れば、この『牙』生同士の争いがどうなるのかは関係ないのだから。

 

 もっと言えば、今からでも逃げ出したっていい。後輩との決闘に恐れをなして逃げ出したという印象を上峰たちだけでなく速見先生たちにも持たれてしまうが、『現実世界』に帰ればそんな出来事は一切消滅する。俺は今まで通り、速見先生たちにとっては可愛い卒業生であり、月形さんたちにとってはカッコいい同窓生なのだ……きっと。

 

 今日の残りの時間、速見先生たちからは情けない男として見られることになり、それは二宮たちにも伝えられてしまい彼女たちを失望させてしまうということは不本意だが……面倒な決闘で、さらに怪我をすることや負けて結局恥ずかしい思いをすることもあるなら避けた方がいい(特に負傷した場合は、この後の半日にも大きく影響するだろう)。


 などと考えていたが、気づけば俺は上峰をはじめとした2年に囲まれていた。

 上峰が肩に手を掛けてくる。

「それでは決定だな、先輩。場所は壁の前だ。左右にも少し壁があるから、お互いの背後に気が流れても大丈夫だ。さぁ、来いよ」


 もう逃げられない状況だ。

「……先輩とか言いつつ、『来いよ』とは偉そうだな……」などと(こた)えつつ、勝ちを確信しているように薄ら笑いを浮かべる2年たちに囲まれながら、俺は訓練場の壁に寄って行った。

【挿絵】左から1年女子(奥)、神栖剣吾、上峰(奥)、カケル

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