第1106話・よ~、そこの若いの
久しぶりに再会した速見先生たちと、『牙』の保健室でエッチなことになっていたが、現・『牙』生の二宮と深空ちゃんが駆け込んで来て、中断した。
寮の裏の訓練場で2年と1年生が小競り合いになっているという報告だ。
「すでに1年生にケガ人が出てしまって。でも、私たちでは止められなくて」と深空ちゃんは、自分の肘を見せて言った。止めに入って倒されたらしく、すりむいて血が出ている。
よく見れば二宮の方も膝が赤い。
「あ~、こんな時に……。まだ生徒も少ないはずなのに……」
「愚痴を言っていても仕方ないですよ、佐倉先生。とにかく、行きましょう!」と、月形さん。水巻さんや速見先生も同調する。
「私たちは自分で治癒しますから、大丈夫です」と、佐倉先生の視線を受けた二宮は小さくうなずく。
「そう。じゃあ……私も向こうに行くわ。瀬戸君は、二人の手当て手伝ってあげてくれない?」
「わかりました。終わったら俺も向かいます」
俺の返事を聞き終わる前に、4人は保健室を出て行った。
残された俺は、二宮たちを振り返る。彼女たちはすでに各々、傷の消毒などを始めていた。
「……よかったのに、瀬戸先輩がいなくても」と、二宮は頬をふくらませながら膝に大きな絆創膏を貼っている。
「まあまあ」と、深空ちゃんは苦笑い。
休日の寮内であるから、彼女たちは『エイト弓』などを手にしていなかった。おそらく訓練場の生徒たちは武器を持っているだろうから、そんな彼らを小柄な彼女たちが素手で止められるはずがないのだ。
とにかく、二人は治癒魔法も使えないので普通の手当てで済ませた。それだけ軽傷でもあるのだろう。
「だけど、任された以上……一応俺の治癒魔法を。プリースト!」
【PRIEST(=司祭)・カケル所持魔溜石、A、C、『E』、G、H、『I』、K、L、N、『P』、『R』、『S』、『T』】
俺は剣を振り、白い気を二宮と深空ちゃんへ飛ばした。
「ああ~、痛みが完全に消えて楽になりました!」
肘を伸ばしたり曲げたりしてから、深空ちゃんは笑顔で言って俺に頭を下げた。
「だ、大丈夫だと言ったのに……でも、ありがとうございます、一応」と、二宮も不服そうな顔を少し緩め、小さく頭を下げる。
「……」
治癒があっさり終わった。
保健室は二宮たちがヒソヒソと交わす小声だけの静かな空間になった。することがなくなった俺は、意味もなく天井なんかを見る。
すると、二宮が声を掛けてきた。
「あの……暇なんですね、先輩? それなら、こっちへ来ませんか?」
言ってから、彼女はなぜか顔を赤くし視線を外した。
「どうぞ。こちらへ」と、深空ちゃんが座っていたベッドから腰を浮かし、二宮との距離を開けた。そして空いたスペースを手で叩く。
「へ? な、何か用か? 話なら、ここで聞くぞ?」と、俺はドア横の壁に寄りかかったまま言った。
「とぼけないでください……」と、二宮はもじもじ言った。
「はい?」
「年下の私たちがこんなに頑張っておぜん立てしているのに……。あとは、先輩が言うものですよ、そういうことは」
二宮が若干不機嫌そうに言い、深空ちゃんも何度かうなずいた。そして彼女はまたベッドのスペースを叩く。そこへ座るよう促しているのだ。
だが、何となく先を読んだ俺は、動かなかった。すっとぼけて、「何のことを言っているんだ?」と二宮たちに訊く。
「……暇なら、シ、シてもいいんじゃないでしょうか?」と、深空ちゃんが言う。
案の定の返事だが、俺はさらに頭を傾げてとぼけた。
それに対し、二宮が苛立ったように帽子を脱ぎ、潤んだような双眸を向けてきた。
「先ほど、上で先生方とシていたことです! エ、エッチです! 私たちの邪魔で、さ、最後……その~……気持ちよく終わっていませんよね? だから、その償いとして、私たちがエッチのお相手になります! そう言っているじゃないですか!」と、二宮は面を伏せる。
「そう言っているじゃないですか……って、言ってなかったし……。まぁ、確かに邪魔されたけど、緊急のことだから仕方がないし、エッチというのは償いとかですることでもないだろ?」と、俺は紳士ぶって言った。
「つ、償い……と言ったのは、すみません! 嘘です!」と、二宮。
「ただ! 私が……先輩なら、シ、シてみてもいいかな、と! 今ならデキるかな、と!」
「遥ちゃん」と、興奮する二宮の肩を優しくさすってから、深空ちゃんが俺に懇願の目を向けた。
「遥ちゃんも私も、瀬戸先輩とならデキます。そちらは、私たちのこと好きではないですか? 何なら、遥ちゃんとだけでもシてあげてください。ここまで勇気を振り絞って言ったのですから!」
「い、いや、好きじゃないとかそういうことじゃなくて……参ったな。とにかく、今は俺も、あっちに向かおうと思うから……」
言いつつ、ドアに向かおうとしていた俺は踵を返し、二人の前まで行って腰を落とした。
そして両腕を伸ばし、左右の二人を抱きしめ数秒……。
「これまでだ。続きは……今度」
そして二人を離した。
自分でもこれはクサ過ぎるとは思ったが、二人にはある程度効いたみたいだ。彼女たちは顔を紅潮させ、揃ってうなずいた。
「……わかりました。そうですね。今はそちらが先です」
「行ってらっしゃい」
俺は保健室を後にし、食堂脇のドアからウッドデッキに出て、さらに寮の裏側の訓練場へと急いだ。
あのまま残っていれば二人とイチャイチャできたのに……まったく、何度断腸の思いをすればいいんだ、この『世界』は! 俺の腸はズタボロだ!
寮の裏でイチャついていたカップルへ八つ当たりの睨みを入れながら奥へと進むと、すぐに訓練場だ。
訓練場と言っても、何があるわけではない。白いラインが引かれ、そこから北へ20メートル程奥に、高さ約3メートルの壁が聳え立っていて、ライン手前からその壁に向けて魔法を放つことで訓練できるようになっている。
その壁はもちろん魔溜石で強化されているし、その先には岩山や林があって近隣の住宅に被害が及ばないようになっている。
そのライン付近に、20名ほどの男女が立っていた。
手前には先に向かった速見先生たちもいて、彼らに話し掛けている。
20名ほどの男女は『牙』の在校生だろう。下は夏場の寮での格好そのままの短パンやステテコのような薄手の長いパンツで、上はみんな裸だ。
夏休み最終日よりも早く寮に戻って来て訓練場にいる連中だからか、あるいはそもそも俺が通っていた頃よりも『牙』生のレベルや魔溜石採取などへの意識が高くなっているからなのか、彼らの体にはしっかり筋肉がつき、腹筋が割れ、日焼けをしている者が大半だ。
もちろん、6、7名いる女子もみんな上半身裸だ。彼女たちも程よく筋肉がつき、日焼けをしている者も多い。胸は大小さまざま、形もみんな違って、みんないい。
……いや、注目点はそこではない。
二宮たちが言ったように、20名は13対7ぐらいで面と向かっていて、少人数の方が二人ほど尻もちをついた状態だ。そちらが1年生で、多い方が2年生らしく、いかにも小競り合いの最中という様相だ。
1年に向かって何か強く言っている2年生たちを、速見先生たちがなだめている。
少し後ろにいて、その様子を窺っている月形さんと水巻さんに俺は訊ねた。
「もう治癒が終わったから来たんだけど、こっちはどういう状況?」
「あ、瀬戸君。うん、どうも彼らはみんな『魔法部』の部員のようだね。『魔法剣術部』と『魔法弓術部』がくっついてできたクラブみたいで、今の生徒は大半がここに所属しているらしい」
月形さんは一度こちらを見てから、自分の肩越しに話す。
「くっついたのか……。しかも、大半の生徒が所属って……人気なんだな」と、俺は独り言のように小声で返す。
水巻さんもこちらを振り返って、囁いてきた。
「他の運動部と兼任でも入れるようになっているらしいよ。魔溜石採取に行ける有志を募って、度々行くらしい。きっと学校側……と言うか中央本部が、生徒に積極的に魔溜石採取に行くよう仕向けているんだわ」
「今の『牙』生は……」と、月形さんがまた体の向きを少し傾けて言った。
「生徒数が増えている分、中央本部に進みたい人も多いみたい。そのためには『牙』での成績、期間中の魔溜石採取量が大事になると考えているのね。だから話を聞いていると、彼らは意識が高くて、熱いわ」
「確かに……みんな、目がギラギラしているな」と、俺。
「君の目もギラギラしているけど……おっぱい見てる?」
「嫌だ!」と、月形さんに続いて水巻さんも手で胸を隠す仕草をした。
どうやら俺は会話中、彼女たちの胸に目を留めていたらしい。そんなつもりはなかったのだが……ホント。
「とにかく、部活で魔法の訓練をしていたところ、1年生の方が先輩に楯突いたとか、してないとか、そういうことで取っ組み合いとなったみたい」と、月形さんはまた前へ向き直る。水巻さんももう乳房を隠してはおらず、真剣なまなざしを前方に投げている。
俺も、横向きに立っている速見先生と佐倉先生のバスト……ではなく、先生たちが説得している2年生たちに視線を戻した。
そこで、先頭の男に気づく。横分けした灰色の髪は長く、やや濃い眉、その下の目や顎は鋭く、鼻は高い。男前の部類だが、かつてのクラスメイト・羽村と同じ系統でどこか性格が悪そうなところを感じるのは、この男の性格を知っているからだろうか?
「あいつは……確か、上峰」と、呟く。
そう、俺は『現実の世界』の方で上峰とは知り合っていた。
『牙』2年次、1年生だったこの男と『一、二年合同魔獣退治遠征』で一緒のチームだったのだ。
それより以前にも、春のフリマでこの男が入学早々に2年へ生意気な口をきいていたことも知っている。
【第826話、946話・参照】
自信家で誰よりも強いと思っていて、チームワークは苦手。その性格からすると、鮫川を少し小さくしたような奴だが、上峰の場合は実際に能力がかなり高い(まぁ、現在の俺と比べるとどうかわからないけど)。
そういう性格だから、2年の中でもリーダーのように率先して意見を言っていることも、生意気な1年を小突いたということも納得できる。
ただ、さすがの彼も速見先生たちになだめられると幾らか怒気は弱まり、舌鋒も鈍くなったようだ。
上峰は熱を冷ますように髪を掻き上げながら、一旦後ろに下がった。
ただ、今度は1年の方の男子が、倒された仲間に手を貸しながら、鋭い声を発した。
「何か、勘弁してやるか~みたいな雰囲気出してますけど、先に手を出したのはそっちッスからね? 上峰さんたちさぁ!」
「き、君……。もう~、せっかく収まりそうになっていたのに……」と、速見先生がうなだれた。可哀そうだ。
「そうよ。君たちも、先輩なのだから少し落ち着いて。ケンカで相手に怪我を負わせた場合、せっかくここまでやって来たのに、停学や退学などもあるわよ?」
佐倉先生がそう言い、月形さんたちも卒業生としてアドバイスし始めたが、1年の一部が挑発的な仕草をし、それに乗った2年の一部が先生たちの横を抜けて前に出て行き、また掴み合いが始まった。
「お前らよぉ! 前から偉そうだと思っていたんだよ! もう頭きたぜ!」
2年の中でひと際いきり立っていたその男は、以前、二宮にまとわりついて、俺たちがお灸を据えることにした男……諸塚だった。すぐに気がつかなかったのは、彼は頭を坊主にしていたからだ。
【第832話・参照】
「お前も偉くなったみたいだな? 諸塚君よ」と、俺はしかめ面で彼を制する。
「あ……あんた……。んだよっ! 卒業したんじゃないんですか?」と、諸塚は苦り切った顔で俺を見る。
「たまには顔を出してもいいだろ? それより、その頭はどうした?」
「今はいいだろ、そんなこと! ただ気合を入れるために丸めただけだ」と、諸塚はそのジョリジョリの頭をさすりながら一層顔を赤くする。
「……いつからだ?」と、俺もさらに質した。
これは、6日目の5つ目の『変化』ではないのか?
「だから、それ今、大事ですか? と言うか、俺の髪型に興味なんかないでしょ?」
「瀬戸君?」と、速見先生たちも俺に向け怪訝そうな一瞥を投げてくる。
ただ、俺はしつこく訊いた。
「もちろんいつもなら、お前の髪型には興味ない。アメリカにある湖……チャーゴグガゴグマンチャウグガゴグチャウバナガンガマウグの記述に誤字脱字があっても気にならないレベルで。でも、今はちょっと大事なんだ。なぁ、お前、いつから坊主なんだ? この『世界』でずっとか?」
俺は諸塚に詰め寄る。
「さっきから何を言ってんだ?」と、なるほど、諸塚の反応はもっともだ。
「あの鮫川って奴とか鳩ケ谷って奴とか、おかしい連中に引っ張られてあんたもおかしく……いや、元々か?」




