表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万象  作者: 桐崎浪漫
第三章 「パライソへ」
78/620

21(泰河)


********





「おっ、榊。洋装じゃねぇか 今日は」


待ち合わせの展望台の山の駐車場に、榊は

黒いトレンチコートに 黒いロングブーツという格好で来た。

コートの中には、スモーキーなピンクの薄いニット、カーキのスカートを穿いている。


「娘の新作なのじゃ。柚葉の手縫いは ひどいものだが、みしんとやらは自在に操れる」


榊のいう柚葉ちゃんは、幽世かくりよにいる。

初夏に亡くなった 16歳の女の子だ。


榊は狐。

狐といっても 見ての通りの化け狐。

人化けが出来、術が使える。


榊は 最近、一度死んだ。

ついこないだまで オレや朋樹も掛かりきりになっていた、狐の 一件で。


白い首をぐるりと巻く紅い線は、その時に出来たものだ。

幽世で人の神に瑞獣の位を与えられ

この世と違う世を繋ぐ番人となって、現世に戻って来た。


「して、何やら面妖なものが出るというのは?」


艶やかな長い黒髪。切れ長の眼でオレを見る。


「屋敷の蔵だってよ。住所は聞いてある」


オレが車に乗り込むと、榊も助手席に乗った。


今日は 朋樹が別件で出ている。

沙耶ちゃん経由でまた朋樹に依頼が入ったが

朋樹は まだ時間が掛かる と言う。

それで オレが行くことになったが、朋樹向きの仕事なら 相手が霊ってことだ。


見えねぇんだよな、オレ。

祓い屋やってて何だけど、霊感とか あんまりない。


沙耶ちゃんは店がある。

困ったオレは、狐の里の屋敷に置いてきたスマホを鳴らしてみた。


『ふむ』と電話に出た榊に話してみると

『儂が行こう』となり、駐車場まで迎えに来たところだった。


依頼の屋敷は、榊がいう 二山

蛇が山神を務める山を少し登ったとこ辺り。

この辺は、裕福な人達の家が多い。


「これが その依頼の屋敷か?

立派じゃのう。里の屋敷の 三倍はあろう」


屋敷と聞いて納得だ。外の塀を 一周するのにも

結構 時間がかかるだろう。


「うん、すげぇな。どんな人が住んでるんだろな」


依頼の屋敷の外にある来客用の駐車場に車を停め、屋敷の門のインターフォンを鳴らした。


『はい』という、女の人の声。


「依頼をいただきました、梶谷です」


名乗ると、自動で門が開いた。


『お待ちしておりました。お入りください』


榊と並んで門に入り、家屋までの木々の間の踏み石を歩く。

家の玄関前には30代半ばくらいの女の人が立っていた。インターフォンに出た人のようだ。


「梶谷様、お越しいただきありがとうございます。中で奥様がお待ちです。そちらの方は?」


「あっ、助手の榊です」


奥様って...

この人はお手伝いさんか何かなのか。

すげぇな、なんか。


榊も会釈すると、玄関の中に通された。


廊下を渡り、お手伝いさんが襖をノックする。


「梶谷様が ご到着されました」


襖の中から どうぞ、という声がして

お手伝いさんが襖を開けた。


「よく お越しいただきました。

どうぞ、座られてください」


堂々とした でかいテーブルの向こうに

白いシャツにベージュのカーディガンを羽織った、50代くらいに見える品の良いおばさんが座っていた。

おはさんの背後には 小さな床の間という段差があり、生けた花が飾られ、墨絵の掛け軸が掛けられている。


「失礼します」と榊と並んで座り

自己紹介を済ませると、依頼の内容を詳しく聞く。


「遊びに来ていた孫が、右の蔵で幽霊を見たというのです」


さっきのお手伝いさんが、お茶と茶菓子を出してくれた。

オレが話を聞く隣で、榊が茶菓子に手を伸ばす。

こういう時、普通 食わないよな...

まあいいけどさ。


奥様と呼ばれるおばさんも、榊に目を止め

「ふふっ」とちょっと笑う。


「お孫さんは、なぜ蔵に入ったんですか?」


「“入ってみたい” と。

中を見たことがなかったので、気になっていたようです」


蔵にあるのは、昔からあるガラクタだと

依頼主のおばさんは言う。


「私が鍵を開け、扉を開けましたら

中を覗いて すぐに叫んで逃げてしまいまして... 」


おばさんには何も見えなかったようだ。


「何を見たか聞きましたか?」


「“しっぽの幽霊” だと言っていました」


オレの頭の中には、ムクムクフワフワの長い動物みたいなものが浮かぶ。

かわいいじゃねぇか、なんか。


「形は人のようです」


えっ、白尾ハクビみたいなヤツなんだろうか?


「とりあえず、見てみますね」


玄関を出て、三つ並んだ蔵の 一番右側のやつの前に案内された。


「こちらの蔵です」と、おばさんが鍵を開けて、天井から吊るされた電球の灯りを点ける。


左側の棚には 茶の道具のような鉄のやかんや木箱などが並び、段ボール箱も幾つか。

右側には 古い金庫や箪笥。

奥には... おっ、すげぇ!

兜と甲冑が飾られるように置かれている。

着てみてぇなぁ...


「いかがでしょうか?」


おばさんに聞かれるが、何も見えない。


「えーっと... 」


榊が オレの背に手を置き、もう片方の手を自分の肩の位置まで上げる。


うわっ...


「いますね」


甲冑の前に そいつは居た。男だ。


薄汚れた白装束に 落武者ヘアー。

両腕をまっすぐ前に伸ばし、首が折れているのか、頭が肩につく程 ガクリと左に傾いでいる。

極めつけは 眼と口から蜥蜴か蛇のような尾が長く出ていて、それぞれに身をくねらせていることだ。


しっぽの幽霊って、これかよ...

なんにも かわいくねぇな。


男は腕を突き出したまま、よたよたと歩いて来た。


「あの、終わったら報告しますので

家の方で待たれて下さい」


そう言ってみるが、おばさんは動かない。


「私には 何も見えないんですのよ」


「いや、そうかもしれないですけど... 」


榊が おばさんの背に手を置く。


「まだ見えぬであろうか?」


失神したおばさんを抱えて 一度家に戻り、玄関先でお手伝いさんに任せて 蔵に戻った。



「なんだよ、こいつは... 」


蔵からは出さない方がいい気がする。なんとなく。


「泰河。奴の動きを止めよ」


榊は クリーム色の毛並みをした狐に戻って言い、二つ尾をなびかせて金庫に飛び乗った。


「止めろっつったって... 」


触れんのかよ、こいつ。

眼や口から出ている青い鱗の尾は、濡れた色で艶めいている。気持ち悪ぃ。


試しに 突き出している腕を払ってみた。


おっ、いける。

なんか混じってるな。普通の霊じゃない。


払った左腕は折れたように、だらりと肩から下げられた。


右腕も払い、あまり近づきたくないので

腕を 目一杯伸ばして、首を掴んでみるが


「うおっ!? なんだこいつ!!」


指が ずぶずぶと首にぬかっていく。

ぬかった指には ヒンヤリとした鱗の身体が

何本もぞろめく感触。

一気に身体中、頭の毛穴まで鳥肌が立つ。


オレの指をぬからせたまま、みしりと首の右側の皮膚が裂けた。中で蛇の身体が蠢く。

首は折れてるんじゃない。中に蛇がいなけりゃ

落ちてやがんだ...


ヤバい! 手が抜けん!!


「榊! おい、ちょっと... 」


榊は 口から炎の珠を出した。


「泰河、尊勝陀羅尼じゃ」


もう手首までがぬかり、ぞろぞろと指の間を鱗が這う感触がする。寒気するぜ...


「泰河!」


「のっ... ノウボバギャバテイ・タレイロキャ・ハラチビシシュダヤ・ボウダヤ・バギャバテイ····」


陀羅尼を唱えると、眼や口から蠢く尾が動きを止める。


「よい。そのまま続けよ」


「タニャタ・オン・ビシュダヤ・ビシュダヤ・サマサマサンマンタ・ババシャソハランダギャチギャガナウ・ソハバンバ・ビシュデイ... 」


いきなり、ザザッと音を立てて

男の身から 蛇や蜥蜴が無数に落ちた。


榊が ふっと炎の珠を吹くと、珠が弾け炎が広がり蛇や蜥蜴を焼き尽くしていく。


ふ、と指が空を掴む。


青白い顔をした男の霊がそこに立っている。


金庫から降りた榊が 人化けをし

右手を肩の位置に挙げると、男の背後に扉が顕れた。


「逝くがよい」


榊が言うと、男は深く頭を下げて

扉に入って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ