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万象  作者: 桐崎浪漫
第三章 「パライソへ」
77/620

20(ルカ)


教会墓地近くの穴から出たのは、深夜だった。


ワイヤー梯子を昇りきると

ぐぐう っと身体を伸ばす。


「やべー... マジで明日、身体動かねーわコレ」


「帰ってシャワーだな」


「飯 どうする?」


「パンとハムならある」


背後の山を見上げる。

キャンプ場じゃなくて、隣の方を。


前神父の記録にあった “地の光” っていうのは

あの中でみた灯りなのだろうか?


「帰るぞ ルカ。何を ぼんやりしてる?」


「ああ」


ジェイドは琉地と、少し前にいて

オレを振り返っている。


洞窟教会から帰る時、オレらは

そこであったことを話さなかった。

胸が詰まったのか震えたのかは、よくわからない。話せなかった。


追いつくように歩きながら

「地の光ってさ」と言うと

ジェイドが立ち止まる。


「僕は、カルドーネ神父のノートを読んだ」


「おっ、前神父の前の神父だな」


「ただし、夢の中でだ。今 思い出した」


「えっ なんだよそれ」


ジェイドは、夢の中で

前神父の浅井神父に ノートを渡されたらしい。


「場所は 家のリビングだった。

僕と神父は、紅茶を飲んでいた。

神父は僕に “私の日記に紛れてしまっている” と、ノートを渡したんだ」


渡されたノートは カルドーネ神父のもので

イタリア語で綴られていた。


「地の光というのは、僕ら神父を指す。

この教会の神父だ。

田口恵志郎、山にいた彼は

こうしてまた この国に教会が建つことを、

誰に阻まれることなく 信徒がそこで祈れることを

願っていたからだ」


だがもう、彼は

天には顔を向けることが出来なくなっていた。

神を、自分の信仰心を裏切り

たくさんの人達を棄教させ、自分と同じ道に堕とした と。


「そして、生きて祈り続ける人達を導いてくれる神父が、またこの国に訪れることを願っていた。

亡くなった後もね。

けれど、彼自身は罰されたかったんだ。

そうでなければ、赦しを乞うことも許されないと。

それが、自分に罪の枷を嵌めることになってしまった」


彼は 自分が、信仰の道から堕とし生かした人々が潜んだ地の穴の向こうから

待ち望んでいた神父がやって来るのを見た。

それはまるで、地の光だった。


最初に彼の元を訪れた神父は、禁教令が解かれた後に日本に渡り、この教会を建てたイタリア人の神父だった。


洞窟教会の先に集落があると聞き、信徒を教会に迎い入れるために、そこへ赴いた。


「神父は、彼の罪の赦しのために祈った。

すると彼は 眠ることが出来た。

地の光を灯すというのは、彼のために祈ることだ。

でもその眠りは 永遠ではなかったんだ」


地の光、神父が召されると

眠りから覚めてしまう。同時に記憶も目覚める。

枷を外すことは出来ない。

自分は赦されないからだ。


足の枷から伸びる鎖の先、そこではない どこかに十字架が立つ。

どこかに吊るし穴が空く。

役人の霊が枷を嵌められ、無差別に棄教を迫るが

足は地から離れない。

遠くに、見ているだけ。止めることも出来ずに。

自分の罪のせいで、繰り返すことを。


「神父が訪れると眠る。神父が召されるとまた目覚める」


それこそ地獄だ。


「この教会の神父は、次に教会を引き継ぐ神父に、彼のことを託すんだ。

彼が いつか安らかな眠りにつけるまで、と」


前神父には、時間がなかった。

いや、本当はまだ死期じゃなかったんじゃ...


「浅井神父は、夢の中で僕に

“私は召される時に君に出会えた。その時に聖霊を感じることが出来た” と告げて

おいしそうに紅茶を飲んだ。

そこで目が覚めて、今まで忘れていた」


聖霊というのは、働きのことをいう。


人に聖書を書かせる。出会うべき人に出会う。

そういう 眼には見えない働きのこと。


「そういう夢だった」


立ち止まっていたオレらが また歩き出すと

教会墓地の中を走り回っていた琉地がついて来る。


「僕はもう、繰り返させるべきではないと思った。

前神父も カルドーネ神父もだけど

それより以前に この教会に入ったどの神父も皆、エクソシストではなかった。

僕は僕のやり方で、彼の呪いを絶った。

だけどもし、彼の元に行く前に

今話した夢のことを思い出していたら、僕もただ祈ったかもしれない。彼が罪が赦されるように」


「ふうん。じゃあさ、おまえが今

このタイミングで夢を思い出したのも

その聖霊の働きなのかもな」


ジェイドは オレの顔を見て、ちょっと笑った。

地下の闇の中とは違って、地上は夜も明るい。


「わかったような顔をしてるじゃないか。

山では僕の胸ぐらを掴んだというのに」


「うるせーな。あれはあれでいいんだよ。

オレ別に反省しねーし」


「そうだな」


ジェイドは またちょっと笑った。


教会の外門を開けて敷地に入る。


石畳の向こうに建つ、白い小さな教会を見ると

あー、やっと戻ってきたっていう安心感と

戦後に一度建て直されたとはいえ

潜んでいたキリシタンたちが、ようやく通えるようになった場所のひとつだと思うと

ちょっと感慨深い。


明かりが消えた教会の外側を通って、裏の家の方に回る。


「あれ?」


教会と家の間の、地下室の蓋が開いていた。

中から薄く灯りが漏れている。

琉地がするりと入って行った。


「蓋してたよな?」


「だが、ここも教会だったんだ」


コンクリートの階段を降りるジェイドに続いて、オレも降りる。


石の壁の窪みには、一つ一つに蝋燭が立てられ、小さな炎が地下室を照らす。


「本山さん」


十字架の前に、助祭の本山くんがいた。

ジェイドの声に振り向くが、頬は涙に濡れている。


「ヴィタリーニ司祭... 」


琉地が 十字架の下に前足をかける。

十字架の下の小さな窪みには、メダイが入っていた。


「教会を閉める時、落ちていたメダイに気づきました」


メダイは 教会の扉の前に落ちていたらしい。


本山くんは、メダイを拾うと

教会の扉の鍵を閉め、裏口から教会を出た。


「話し声が、聞こえてきて... 」


視線の端に何かが入り、そこに目を向けると

地面から四角く光が漏れている。


近づいて蓋を開けた。


階段を降りると、光が溢れていた。

十字架の下の窪みから。


「耐え忍び、待ち望む人々の

信じる声がしたのです。祈りと共に」


洞窟教会で起こったことが、ここでも起こったようだ。


「声が遠のき、光は ゆっくりと消えました。

教会から蝋燭を持ち出し、ここに立てると

十字架の下にメダイを捧げて祈りました。

よく、待ち続けてくださいました と

彼らに伝えたかったのです」


そうか...

フランス教会のメダイは、禁教令が解かれてから日本に入ってきたものだ。

教えを護り伝えてきた人たちに、それを伝えることが出来る。

もう隠れることはない。

地上に建つ教会で祈ることが出来るのだと。


ジェイドが本山くんの肩に手を置く。


「きっと伝わりましたよ。

毎週、ここでも共に祈りましょう。

彼らが御国に近づくことが出来るように」

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