1(ルカ)
「ほう。まだ繁らせようと?」
玄関先に水を撒いた後、庭にも水を撒いていると、赤い肌の魔神が読書の手を止めて言った。
「もーう、うるせーなー。
あっついから暑気払いしてんだよ」
庭は見事にミントで覆いつくされた。
ガムみたいな匂いするし。
しっかしさぁ、ミントってすげぇよな。
たった 一袋の種からこんなになるとは。
他の雑草も生えてこねーくらい旺盛に生えやがる。
梅雨が明けた時、イヤな予感はしたんだよな。
やけに庭が緑色してんな って。
盆は ほとんど実家にいて、帰ったらこれだし。
まいるぜ ほんと。
「ま、虫は少なくなったし... 」
ホースを くるくる巻きながら何気なく言うと
「先住生物を脅かすつもりだとは」と
ハーゲンティが言う。
「先住生物って... ここ、オレん家だし」
ハーゲンティは、大昔ソロモン王に使役された
72柱の悪魔のうちの 一人らしい。
春に、妹が悪魔に憑かれた。
その時に オレが呼び出した形になったんだけど、主に使役されてるのはオレの方だ。
本買って来い とか、指定の本が本屋になきゃ図書館まで行け とかさぁ。
パソコンで読めるものもあるぜ って言っても
手に取って読むものだ って聞かねーし。
本の情報は調べるくせによ。
最近、映画まで観出しちまったから
オレより オレん家にいるし...
「昆虫というものは、植物から生まれたのだ。
お前達より起源は古い。
他の生物は この星の外に多くの起源を持つ。
それは星の中で変容していったが... 」
「なんだよそれ。適当なこと言うなよなー
暑いのにさぁ、いーよ そういう話」
庭から家に上がってエアコンの冷気にあたる。
もう8月も終わるのに暑いったらない。
冷蔵庫の炭酸水をグラスに注いで、氷がないことに気づいた。嘘だろ もう...
「なぜ身体の造りが違うのか気にならんのか?
蝶は蛹の時、一度液化するのだ。
昆虫には外殻を持つものもおり、脚の数からして... 」
「気になんねーし。だって虫は虫じゃん。
それよか氷!」
話を遮ってやると「同じものを所望する」とか
言うし
しょーがねぇなーと、またグラス出して炭酸水を注ぐ。
ハーゲンティが グラス二つに指をつけると
グラスの中でカラリと氷が音を立てた。
「おっ、ありがとな」
ジェイドは『悪魔の術だ』って言うけど
錬金術って便利だよなー。
一口飲んで ん? とグラスを見る。
「シャンパン?」
「サービスだ。礼には及ばん」
うーん、便利だ。
リビングのテーブルには、ソファーは 一つ。
そこにハーゲンティが座っているので、仕方なくフローリングに あぐらをかく。
普段、読書する時は書斎にいるのに
今日は ここにいるんだよな。
何気なくテレビ点けて、ほけっと見てると
ハーゲンティが指を鳴らして、テレビの電源が落ちた。
「あっ、何で消すんだよ?」
「読書の妨げになる。たいして観てもおらんだろう」
「書斎で読めばいいだろ。暇なんだよオレ」
「飲みながら読む。
ミントの活用法でも調べるが良い」
うわぁ、なんかムカつくぅ。
でも 一度消されると、どうせしばらく点かねーし
ぐいっとシャンパン飲んでスマホを手に取る。
ミント。ハーブティ、製菓材料
えー... オレには関係ないな。
ミントバス?
これいいかも。刈って束で風呂に入れるだけ。
清涼感のある風呂になるらしい。
あっ、そうだ。
ちょっと こいつのこと調べてやろ。
... あんま載ってねーなぁ。
序列とか軍とかは どうでもいいし。
錬金術は わかってるしなぁ。
賢者? ふうん。なんか賢者のイメージ変わるよな。
だってこいつ、今は人型になってるけど
魔神の姿の時は 顔とか牡牛で角生えてるし
黒い翼まであるしさ。
賢者って、白い髭の厳めしい顔したじいさんの
イメージなんだよな、オレの中では。
ハーゲンティ。
ハゲニトやハーゲとも呼ばれる。
略称か? ハーゲだってよ。
「ところで、ルカ」
「なんだよ ハーゲ」
早速呼んでみたら黙ってるし。
「ハーゲって 略称なんじゃねーの?
そう書いてあるぜ。
ミカエルがマイク みたいなさぁ」
「この国では侮辱的な意味を持つ呼び方だ」
「まあ、確かになー。
けど、ハーゲンティって地味に長いよな」
ハーゲンティは黙ってグラスを口に運ぶ。
うーん、悪かったかな...
「じゃあさぁ、ハティは? かわいくね?」
提案してみると、グラスの氷を鳴らし
黒髪の隙間から漆黒の眼を向けて
「... 良かろう」と言った。
ちょっと口笑ってるじゃねーかよ。
気に入ったらしい。
「で、なんだよ?
何か言いかけてただろ?」
「最近、契約が減ってきている」
えー、知らねぇよ そんなの。... とは言わずに
黙っていると
「ジェイドに何か聞いておらんか?」と聞いてきた。
「別に何も聞いてないけどなぁ。... あ、でも
ちょくちょく見られてる感じがするらしいぜ。
悪魔に。
またハティんとこの下っぱじゃねーだろな?」
妹は、こいつの配下に憑かれた。
グラムという悪魔だ。
それを ハティが知っていた訳じゃないが
オレの中には、多少の わだかまりが残っている。
「視線? 悪魔のか?」
オレが頷くと
「わざわざ教会に出向いて、神父を見張ると?
酔狂な者もいたものだ」と鼻で笑った。
考えてみれば そうだよな。祓われる危険があるのに。
それに、ジェイドはエクソシストだ。
悪魔の範囲が オレら 一般より広い。
キリスト教でいう、父と子、聖霊以外は
全部悪魔だ。
つまり、ジェイドが “悪魔だ” と言っても
それはオレらが思うような悪魔とは違うかもしれないんだよな。
日本の神も、ジェイドには... というか
キリスト教では悪魔になる。
「今日は ジェイドに会うのか?」
「おう。今あいつ、日本の協会に手続きとかしに行ってるから、夕方から会うぜ」
「教会の周囲を見に行くと伝えておけ。
それと、本を借りたい」
本?
オレが 疑問な顔になると
ジェイドからではなく、前神父が遺した本を借りたいらしい。
「前神父は知識を有していた」
「会ったのか?」
いつだよ? ハティが地上に来た時は
もう亡くなってたんじゃないか?
「どこでもない狭間で。
グラムの呪いが気になって見に行ったが、綺麗に解けていた」
そうか。
神父の厚みのある手を思い出した。
握手をした時の、力強く暖かな手を。
「ジェイドに本のことは言ってみるけど
ハティさ、どうせならリンだけじゃなくて
オレとジェイドの記憶も操作したらよかったんじゃねーの?」
リン... 妹が憑かれた後
ハティは妹から その時の記憶を消した。
「それでは、友人として成り立たん」
... ふうん
まあ いいか。
「オレ、嫌いじゃないぜ。おまえのこと」
「それは光栄だ。
この国の歴史書物を所望する」
またかよ。
ハティは握った手に金貨を出し、オレに差し出しながら
「キリシタン弾圧についてのものを幾冊か」と
指定する。
ハティは 週に一度くらいの頻度で、こうして本代の金貨を渡す。
金貨は換金することになるし、それが 一手間ではあるけど、だいたい いつも五万くらいになる。
本を買った釣りは オレの小遣い。
まあ、割りのいいバイトみたいなもんだよな。
フローリングから立ち上がって金貨を受け取ろうと手を伸ばした。
ハティは オレの手に金貨渡すと、そのまま腕を上げ、人指し指でオレの顔を指差す。
「あれ?」
何故かテーブルに手をつき、引き寄せられるように ハティの人差し指に額を当てた。
えっ、気持ち悪っ。
すぐに指が離れ、身体を起こしたけど...
「ちょっと、何なんだよ これ」
「刻印を付けたのだ。
たいていの悪魔は お前に近寄れまい」
なんだそれ。
鏡で額を見ても特に何もない。
「さて。読書を再開することとしよう」
「あっ、静かにしろ ってことかよ それ」
ハティは 開いた本に視線を落とすし
仕方なく外へ出ることにした。




