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「一般的には、大雑把な分類であれば
ミントやクローバーは 雑草に分類される。
この者は、雑草を抜いて 雑草を植えたのだ」
ハーゲンティは 庭にいた。
頬や眼にかかる漆黒の髪に、人でありえない色の深紅の肌。
黒いタイトなスーツに身を包み、昨日とは違う
人の顔をし、人型の姿をしていた。
「実に興味深い...
そうは思わないか、若き祓魔師よ」
「名を名乗れ」
「ハーゲンティ。
昨日、その者には名乗った」
「竜胆の記憶は... 」
「操作した。娘に不要な記憶だ」
ハーゲンティは、唸っている琉地に
自分の手を差し出す。
琉地は しばらく唸り続けたが、ハーゲンティの手の匂いを嗅ぎ、ふん と 鼻を鳴らした。
脅威や敵意は 感じなかったようだ。
「何を考えている?」
ジェイドは ハーゲンティに歩を詰める。
「配下の非礼の詫びだ。
それも昨日言ったが、なんたることか
断られたのだ」
ジェイドは ハーゲンティの胸ぐらを掴んだ。
「ふざけているのか?」
「そう見えるか?」
ハーゲンティは 両手を下ろしたまま
ジェイドに問い返した。
「若き祓魔師よ。
若いが、相当の実力を持っているとみえる。
地界の者が わざわざそこに現れようか?
我は 配下の者の非礼を詫びにきたのだ。
そうでなければ、このような危険は侵すまい。
何度説明すれば良い?」
ジェイドは 黙っている。
「地に戻したければ 戻すが良い。
それで詫びになるのなら 喜んで受けよう。
しかし、いつの世も祓魔師というものは 一方的なものだ。
人の都合に合わぬものは邪神だとされるのは、
どの世界でも共通した見解だが
祓魔師に至っては、他では神となる者も
悪と決めつけたものも悪なのだ。そうだな?
何故なら、それらは聖子ではないからだ」
ジェイドはハーゲンティを睨みつけながら
手を離した。
「なぜ、まだいる?」
ハーゲンティは「この者... ルカというのだな?
昨日 雑草を抜いて、また雑草を植えた。
その上 種子が流れるほど水を撒いた。
不可思議な者だ」と、オレを指差した。
うるせーしぃ
しかし母さん、雑草を勧めるとは...
「大変に興味深い。
無意味、いや 無駄とも言える行為に
時間と体力を費やす」
「だから、何だ」
「我は この者、ルカの友人となろう」
「... はぁっ?! なんだそれ!」
一呼吸置いて 口を挟んだ。
友人? ツレかよ?
「我は 悠久の時を過ごしている。
地界が泰平である時は退屈でもある。
ソロモンに使役されたのは、三千年ほど前になるか...
それ以前にも以後にも
時折、極稀に人の友はいたが」
オレは暇つぶしかよ。
ハーゲンティは深紅の指を自分の顎にやる。
「出会いは苦いものだが、おまえに興味がある。自ら言うのもなんだが
ルカ、おまえにとって名誉なこと」
「いらねーよ」
オレが言うと、ハーゲンティは
言い方を変えてきた。
「コヨーテは良いが 我は要らぬと...
そう言わず、友人になろうではないか。
もし、我が気にいらぬ時は
その祓魔師が 我を地界に戻すが良い」
えー... そんなこと言われてもなぁ...
ジェイドに眼をやると
「いつから見ていた?」と、ハーゲンティに聞いた。
「グラムが 地に戻りし時から。
こちらも保身を考え、最初は ルカとだけ話そうと 一人になる機会を伺っていた」
「レナ、という子は?」
ハーゲンティは「あの娘か... 」と
眉間に皺を寄せた。
「故意に間違った我の魔法円を描いた。
ロクに我を知らぬとも見えるが...
放っておいたが、グラムが無許可にその場に行ったようだ」
それで、グラムが リンに憑いたのか。
「彼女は誰かに、天に昇るために預言を託されていた。そのことは?」
「預言だと? 知らぬ。
だが それならば、天の者だろう。
または この国 固有の神か。
いずれにしろ 我ら地界の者は無関係だ。
我らは、天に魂を昇らせることなど出来ん」
そして「天の者ではあろうが、ロクな者でもなかろう」と 言い足す。
ジェイドが ピクッと反応して
またハーゲンティを睨んだ。
「天に昇らせてやる、と
娘を駒として操作したようだからな。
信仰心は結構だが、盲目にはならぬことだ。
若き祓魔師よ」
「... ジェイドだ。そう呼べ」
ジェイドはそう言って
「何か良からぬことをしてみろ。
僕は 容赦しないからな」と、もう 一度睨んだ。
ハーゲンティは笑い、深紅の指の人指し指を
くいっと上げた。
「ならば、心配する相手は間違っている」
書斎の方から バサバサと音がする。
リビングに それが現れた時
やばい、と オレは眼を瞑った。
でかい模造紙を四枚繋げたものが 二枚。
二枚の魔法円だ。
ジェイドは もう、それはすごい眼でオレを見る。
「円と数を使い、ここに我を呼んだ者を配下の者に見に行かせたのだが...
その時は、まあ、放っておけ と言った。
歳若い者と契約する気はないからな。
魂に経験が足りん。
だが、この投げ出された本のことを聞いた時に、現代の本に興味が湧いたのだ。
魔導書解説... おもしろいではないか。
我の分類では、コミックに分類される」
「そういうことだ」と、ハーゲンティは言い
ぐっと握った手から金貨を五枚出した。
「とりあえず、愉快な本を十冊ほど所望する。
残った金は好きに使うが良い。
あの おかしな床の書斎を使うことにする。
靴を脱ぐことは知っている」
オレに金貨を渡し、ハーゲンティは
「本棚の本を拝読する」と、書斎に向かった。
「... ルカ、おまえ」
「いや、わかってるし!
もうヒポナにも ちゃんと説教されたって!」
オレは 実家まで、後ろから
「軽率な行為は... 」とか
散々説教されて、バイクを運転した。
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教会墓地の芝生や 平らな墓石に
日射しがまぶしい。
昼間は長袖だと汗ばむ程だ。
今日は、神父の埋葬の日。
教会では寄付を募り、神父の墓を立てた。
すべての墓や、その先の教会を見守る位置に
白い大理石の 白い十字架の墓を。
神父の葬儀や埋葬を取り仕切ったのは、神父が属していた教会の協会だが
ジェイドもスータンで参列し、神父のために祈った。
「人類の救いを よろこび
罪人を ゆるされる神よ
いつくしみをもって わたしたちの祈りを
聞き入れてください
この世を去った わたしたちの兄弟、恩人が
聖母マリアと すべての聖人の
取り次ぎに助けられ
罪の束縛から解放されて
終わりのない喜びに入ることが出来ますように
わたしたちの主 ジェズ・クリストによって
アーメン」
埋葬が済むと、取り仕切っていた神父が
こちらに近づいてきた。
「ヴィタリーニ神父、少し良いですか?」
神父は、オレらの父さん達世代って感じだ。
髪に少し白髪が混じり、うっすらと皺も刻まれてきている。
「こちらの教会のことは、もう決められたのでしょうか?」
「はい」
ジェイドは答えた。
「僕は、この教会に入ります」
おっ!
オレは ジェイドをパッと見た。
「それは喜ばしいことです」
神父は 明るい笑顔になった。
「一度、イタリアに帰国し
所用を済ませてからになりますが... 」
神父は頷き
「こちらの協会にも手続きすることになりますね。教会に入る準備が出来たら、連絡してください」と、名刺を渡す。
ジェイドが 両手で受け取ると
「ああ! そうそう」と神父は鍵を出した。
「教会の裏の、前神父の家の鍵です。
あなたに残された。
教会の鍵は、後ほど お渡しします。
これから よろしくお願いします」
神父は ジェイドと握手して、墓地を出た。
「ジェイド、おまえ いいのか?
叔父さんや叔母さんは... 」
ジェイドのアッシュブロンドの髪が
夏の風に、その毛先を揺らす。
「喜んでいたよ。
日本に遊びに行く口実が増えた、ってね」
それに、と 薄いブラウンの眼を向け
「ハーゲンティのこともあるし、おまえが また魔法円を描かないとも限らない。
それでなくても
僕は、ずっと何かの視線を感じている」
ジェイドが短い祈りを口にすると、近くの草むらから黒い影が逃げた。
それに軽蔑の眼差しを送ると
また いつもの穏やかな眼でオレに向き直る。
「それに、僕は来年 桜を見るんだ。
さあ、今日は寿司屋に行こう。
本場の職人が握ったものが食べてみたい」と
先に歩き出す。
「おまえ、その格好のまま行くのか?」
「まだ服が少ない。
荷物を取り寄せるまで、もう少し
ルカが なんとかしてくると信じてるよ」
薄くなった財布が泣いている。
父さんのことでバイト確定だな...
ヘルメットを被り「僕も免許を取るかな」と
バイクに跨いでみせるジェイドを見て
まあ、いいかな とか思う。
「父さんも取ったんだぜ」
「じゃあ、僕も取ろう。
竜胆は 僕が後ろに乗せるよ」
「言っとけ。父さんが譲るもんか」
「そうか... おじさんの竜胆 だな、まだ。
竜胆の恋人は 大変だね。
叔父さんと おまえだけじゃなく、僕まで増えたんだから」
ジェイドは「さあ、寿司屋だ」と
一度 バイクを降りた。
オレが バイクに跨がると、今度は後ろに乗り
「サーモン以外のものも食べてみよう」と
寿司ネタの種類を質問し出す。
墓地から教会に出る周り道で
ふいに風が吹いた。
どこからか、桜の花びらが降ってくる。
バイクを停め、しばらくそれを見ていると
「まったく素晴らしい... 」と
ジェイドが 感嘆の声を出す。
ヒポナか、と 思ったが
アメイジング・グレイスが
どこからか微かに聞こえてくる。
「... 素晴らしいが、胃が寿司を望んでいる」
またバイクを出すと
はらはらと舞い落ちる桜の中で
ジェイドは小さな声で彼女に祈っている。
預言は成就された。
灰になった彼女は、天に昇って行った。
預言をしたヤツの存在は気になるけど
これからは こいつもいるし
まあ、なんとかなるかな...
とにかく、もう夏が来る。
庭の雑草も さぞかし繁ることだろう。
あっ、そうだ。そのことで
帰ったら母さんに ひとこと言ってやろう
そんなこと考えながら、この辺りで
一番旨い寿司屋に バイクを走らせた。
******** 「花の名前」 了




