表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万象  作者: 桐崎浪漫
第二章 「花の名前」(ルカ)
52/620

17



また 一人暮らしの方の家に戻ってきた。


オレは バカだ。

魔法円は、間違っていなければいけない。

リンはそれを持っていたのだから。


新しい紙を、前の魔法円の上に重ねて敷く。


ナイフで指を切り、ペンキに血を垂らすと

リンが持っていた紙の通りに 魔法円を描く。


文机に置いてあった解説書の本を手に取った時、違和感を感じた。


この本、投げなかったっけ?

カッとしてたし、よく覚えてないけど...


とりあえず、呪文を詠んだが

三十分程待っても 何も起こらなかった。


半分は わかっていた。こうなることは。

脱力すると、その場に座り込み

他に何か手はないかと考える。


... ヒポナに、聞いてみるか。


文机の上のノートパソコンを起動する。

アプリを開くと、ヒポナを呼び出した。


『ルカ、久しぶりだ。どうした?』


ヒポナとは、年に 一回か二回程

お互いの近況の報告をし合う。


軽く挨拶して、ヒポナに 悪魔について聞いた。


『人の悪魔か?』


「そう、聞いたことあるだろ」


『それは、クリスチャンのことか?』


「えっ?」


『我々は迫害された歴史を持っている』


「ヒポナ、そうかもしれないけど... 」


ヒポナは

『個人的な恨みは持っていないが』と断り

『その赤い模様の紙はなんだ?』と聞く。


「ああ、これは... なんだ

その悪魔に関しての 仕事関係で... 」


『ルカ』


ヒポナの オニキスのような黒い眼に

厳しい色が浮かぶ。


『相手が何であれ、その方法は間違えている。

みだりに知らぬ者に近づくな。

正しい方法を取れ。

それでは墓穴を二つ掘るようなものだ』


「... 妹が、憑かれたんだ」


ヒポナは少し黙った。


『なおさら、慎重になれ。思い付きで動くな』


「だから何していいかも わかんねーんだよ!

それで聞いてんじゃねーか!」


『おまえに出来るのは、精霊に祈ることと

妹と共に戦うことだ。

また、祈る時は 眼は開くものなのだ。

おまえは今、妹からも自分の心からも眼を背けている。何かをすれば、どうにかなるものばかりではない。

悪魔ではなく、妹に語りかけるのだ。

心で妹に寄り添え』




********




床の紙を書斎の脇にまとめて実家に戻ると

母さんが、ダイニングの椅子に座っていた。


食事の時のリンの席に。


「ルカ」


立ったままのオレの方に

母さんは顔を向けなかった。


「あの子が言ったことは、本当よ」


「母さ... 」


「私は罪を犯し 父は、農夫を撃ったの」


「母さん、違う。リンが言ったんじゃない。

あいつは母さんの傷を抉ろうとしたんだよ。

それに、そんなことオレは気にしない」


母さんは「そうね... 」と、テーブルを見つめている。


「オレが じいちゃんの立場なら

オレも そうする。

間違っていても、それも愛情だったんだ」


オレは、母さんの背に歩み寄って

肩に手をかけた。


「母さん、オレらが負けないようにしないと。

オレもリンも、母さんに愛されてるよ」


ちきしょう

オレが泣きそうだ。


「母さん、つらかったよな。

でも生きてて、産んでくれて ありがとうな」



母さんが泣き止むと、病院へ向かう前に

教会に寄った。


静かに祈る母さんの 小さな背を見護る。


「ヨハネの手紙を知っていますね? 第一です」


神父は、祈り終えた母さんの隣にしゃがんだ。


「... もし、罪はないと言うなら

私たちは 自分を欺いており

真理は 私たちのうちにありません

もし、私たちが 自分の罪を言い表すなら

神は真実で正しい方ですから

その罪を赦し、すべての悪から私たちを きよめてくださいます

もし、罪を犯していないと言うのなら

私たちは 神を偽り者とするのです

神の みことばは 私たちのうちにありません」


神父と 一緒に、告解室から出てきた母さんは

いくらか穏やかな顔に戻っていた。


車を運転するオレを「ルカ」と呼ぶ。


「私も、あなたを、リンを 愛しているわ」


母さんは、フロントガラスではなく

オレをまっすぐに見ていた。


「行きましょう。あの子に、リンに会いに」




********




病院の診察室で母さんが医者と話す間

オレは先に、リンの病室へ向かった。


病室の扉は開いていて、中から声が洩れてきた。父さんの声だ。


来てたのか...


「... おまえが 初めて立った時、オレは新聞なんか見てたんだ。

リアーナとルカの声に 振り向いたらさ

おまえはもう、尻餅ついてたんだよ」


父さんは、眠っているリンの隣に

丸椅子を近づけて座って話していた。


「幼稚園の制服姿のおまえは、そりゃあ、かわいかった。

よく、娘は嫁にやらん と聞くが

あれは、ああいう気持ちなんだなぁ... 」


オレは、なんとなく声がかけられなかった。


父さんは、オレと同じくらい背がある。

ジムに通っていたこともあって、しっかりと筋肉がついていた。


その背中が小さく見える。


「ずいぶん、痩せたなぁ...

痩せたい痩せたい って、年頃の子が言うように、おまえも よく言っていたが

父さんは よく食べるおまえが好きだよ。

... 大きくなったけど、こうして眠る顔は

赤ん坊の時と同じ顔をしてるんだな」


父さんが 立ち上がった。


オレは なんか焦って、病室から通路を挟んで向かいにあるトイレに向かおうとしたけど


「苦しいか、リン」


また、父さんの言葉で立ち止まった。


「いっそ 終わらせてあげられたら... 」


父さんの腕が動いた。指先が リンに向かう。


その時、夕方の病室の中が真昼の日射しで満たされた。

日射しは燦々と 父さんの背に降り注ぐ。


... ヒポナだ


ヒポナは、太陽の精霊に語りかけることが出来る。


父さんは手を、リンの額に乗せた。


「愛しているよ、おまえを。

オレは いつか

おまえが産んだ子を腕に抱くんだ」


父さんは日射しの中で 声と肩を震わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ