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『ルカ、ちゃんと寝てるのか?』
「多少 まだ寝不足かもな... 」
リンの病院から家に帰ったところで
ジェイドから電話が鳴った。
『そうか... この間の魔法円なんだけど
あれは 悪魔を呼び出すためのものだったよ』
やっぱりか...
「その悪魔は、呼び出されると
人に憑いたりすんの?」
『いや、人が使役するんだ。ソロモン王のようにね。
ただ、相手は悪魔だ。
契約に持ち込もうとしたり、騙す場合もある』
「人が悪魔を呼び出すなんてことなんて、本当に可能なのか?」
『どうだろう... ソロモン王は、神に選ばれたから 出来たんだけど。
仮に呼び出すにしても、魔法円さえ描けばいいというものではないし
呼び出すための材料も手に入れるには困難な物が多い。人の脂肪で作った蝋燭、だとかね』
「もし、悪魔を呼び出せたとして
その悪魔に、“人に憑け”と言ったら?」
『悪魔の利になるなら憑くかもしれない。
理由なんかなく憑くヤツもいるしね。
ただ、材料を集めれたとしても
その魔法円では呼び出せないと思うよ。
円の中の記号が、一部正しくない』
「そうか... ありがとうな。
エクソシスムって、神父なら出来るのか?」
ジェイドは「誰でもじゃない」と、答えた。
『日本には いないはずだ。
エクソシストが必要なのか?』
「ああ... うん、どうかな... 」
『それなら手を引いた方がいい。
その仕事は、おまえには無理だよ』
********
「神父様。どうか娘を、救ってはいただけないでしょうか?」
教会のステンドグラスは、朝の日差しを明るく彩る。
「どうか... 」
氷咲さん、と
神父は母さんの肩に手を乗せた。
「顔を上げてください。
私には、エクソシスムを行うことは出来ないのです」
神父は、自分が その教育を受けていないことや
それを行う許可も得られないことを、母さんに説明した。
「... ですが、竜胆さんのために
私たちの父や子に 祈ることなら出来ます。
それで よろしければ、共に参ります」
母さんは「ありがとうございます」と
ハンカチを眼に当てる。
オレも少しホッとした。
神父が病室で福音を諳んじた時、リンは大人しくなった。
祈ってもらうだけでも、中のヤツを追い出すために、弱らせることは出来るんじゃないかと思う。
オレは、ジェイドとの通話を終えてから
父さんと母さんに話をした。
リンには、悪魔らしきものが憑いている と
そしてオレには、それを扱うのは無理らしい ということも、日本にはエクソシストがいない ということも。
「... ジェイドなら」
オレは言ってみたが
父さんや母さんは迷っていた。
「ジェイドを私たちが巻き込んで
もし、危険な目に合わせてしまったら... 」
「オレには よくわからんが、リンに何か憑いているとしてもだ。それが、もし悪魔じゃなかったら
ジェイドは無駄足になるだろう」
それに... と、父さんが言う。
「リンは、見られたくないんじゃないか... ?
今の自分の姿を。誰にも」
それで、母さんと教会へ行った。
オレも エクソシスムについて調べてみたけど
やり方云々よりも
根っこに、血に、信仰心がなければ
無理だと感じた。
オレは違うやり方を探さないと...
神父は 今日の午後4時に、病院へ見舞いに来てくれる という。
オレは母さんを家に送ると、図書館や本屋を巡ったが、何件回ってもグリモワール写本は、印刷本すらも手に入らなかった。
仕方なく、それを解説したような本を買い
実家ではなく、一人暮らししている方の家に戻る。
リンのバッグから見つけた魔法円と似たものを本の中から探し
書斎の床に模造紙4枚を広げると、自分の血を混ぜた赤いペンキで、その魔法円を紙いっぱいに描いた。
二重円の中に記号を描くと、二重円の間にも
H、A、A、G... と、時計周りに文字を入れていく。
必要な材料については 記載がない。
本にある呼び出すための呪文も、日本語で書いてあるものを ネットの翻訳サイトでラテン語に訳したもので、正しくはないだろうと思う。
でも、リンに憑いたヤツを、ここに呼び出すことが出来れば...
契約でも なんでもする。
リンの代わりに、オレに憑けばいい。
オレは魔法円の前で、その呪文を読んだ。
けど、当然かもしれないが
何も起こらない。
くそっ!
間違った魔法円でも リンには何か憑いてるってのに、なんで何も来ないんだよ!
床の魔法円に、手に持っていた解説書を投げ付けた。
あとは... 何か他に...
書斎に立ち尽くしたまま、イライラしながら考える。
ベッドに拘束されたリンの
艶をなくした髪や、痩せ細った腕や脚
紙のようになった肌が脳裏に浮かんでくる。
いつまで あの姿を見ていることになるのか と 考えると、大声で叫び出したくなった。
あの 青黒い獣
口汚く、おぞましい言葉と声
こんなに何かを恨んだことはない。
... そうだ
スマホを埋め尽くしていた、あの数字。
142857
何か意味があるかと検索してみると
巡回数だとか、ダイヤルナンバーだとかが
出てきた。
142857 × 1 = 142857
142857 × 2 = 285714
142857 × 3 = 428571
142857 × 4 = 571428
142857 × 5 = 714285
142857 × 6 = 857142
なるほど。掛ける数が6までは
答えの数字も142857が巡っている。
だが、次の7をかけると
142857 × 7 = 999999 となるようだ。
ついでに、1.0 ÷ 7.0 は 0.142857142857142857... となる。
だから、何なんだよ...
「142857142857142857142857... 」
オレは ぶつぶつ数字を繰り返しながら
この意味を考える。
数字自体ではなく、巡回する ということに
意味があるのだろうか?
いやでも、それならこの142857だけでなく、他にも巡回数はあるんじゃないか? なんでこれなんだ?
「...142857142857142857142857142857... 」
6桁。1から6までを掛けると巡回する。
6... 創世記なら
6日目に、獣や人が造られた。
7日目は 世界が完全になった安息日。
神が休みをとった日。
6は獣の数字、7は完全な数字。
1を7で割ると0.142857142857142857142857...
この数字は、物質を造る要素なのか?
1から6まではループする。
7で、抜ける。
「...142857142857142857142857142857... 」
まだ数字をぶつぶつ繰り返しながら考えていると、魔法円の模造紙が カサカサと微かな音を立てる。
なんだ?
「... 琉地 か?」
しばらく紙を見つめたが、琉地も何も現れなかった。
少し身構えていた肩が 自然に落ちる。
ため息をつくと、病院へ行くために
母さんを迎えに家を出た。
********
リンの病室に入る前に、診察室で母さんが医者と話した。
また、神父も 一緒でも構わないか と。
この前の神父が 一緒だった面会の後は
二日間 リンが目を覚まさなかったため、一言いっておこうと思ったようだ。
「それは構いませんが、神父さんがいらっしゃるのは、週に 一度ほどにして頂いてください。
娘さんの体力を削りますから」
母さんとオレが頷くと
「面会の際は、今まで通り私も 一緒に病室に入ります。医師が付き添うことが原則ですね?」と
逆に質問された。
どうやら、エクソシスムについて医者も少し調べたようだった。
「ありがとうございます」
母さんが言うと
「患者さんが快方へ向かうよう治療し、手助けするのが私の仕事ですから」と、医者は椅子を立った。
「そいつをここから出せ!
虫ケラめ! 俺に近づけるなぁっ!!」
リンは、男の声で叫ぶと
歯を剥き出し、唸って威嚇する。
「そこのアバズレぇ、おまえは
堕胎の罪を犯したなあ!」
リンの白濁した眼は、母さんに向いていた。
「この娘と同じ、17の時だ!
近所の農夫に犯されて身籠った!」
神父がリンに近寄り、小瓶から水をかけた。
聖水だ。
ギャアアーッ、と、リンは絶叫し
何かを振り払うように激しく首を振った。
たぶん、誰の眼にも見えていないが
オレには、聖水がかかった額と胸から
ぶすぶすと煙が上がっているのが見える。
「... おまえは、その子を堕胎したんだ!」
リンは やめなかった。
「罪を犯した! それで、我が子がかわいいなどと笑わせるものだ」
母さんは、白い顔をして立ち尽くしている。
「知っているぞ。それから おまえの父親が... 」
神父は リンの額に自分の手を乗せた。
「竜胆さん」
神父は、悪魔ではなく リンに語りかける。
「信じるのです」
リンは 男の声で笑った。
「無駄だ。この娘に信仰などあるものか」
「竜胆さん。
あなたには、お母様の血が流れている。
あなたは、知っている。
あなたが自分で自分を救うことが出来ずとも
救いを求めることが出来ることを。
あなたは、父により、子により、聖霊により
必ず救われる」
「やめろ!やめろやめろやめろーっ!!
この娘は俺のものだ!」
「... 天地の創造主
全能の父である 神を信じます
父のひとり子、わたしたちの主
イエス・キリストを信じます」
神父は、使徒信条を詠唱し始めた。
リンの絶叫が響く。
「... 主は聖霊によって やどり
おとめマリアから生まれ
ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け
十字架につけられて死に、葬られ、陰府に下り
三日目に死者のうちから復活し、天に登って
全能の父である神の右の座に着き
生者と死者を裁くために来られます」
「やめ... ろ やめ... 」
「... 聖霊を信じ、聖なる普遍の教会
聖徒の交わり、罪のゆるし からだの復活
永遠のいのちを信じます アーメン」
ゼッ ゼッ と 荒い息をしながら
リンは神父に唾を吐く。
神父が 聖書をリンの胸に乗せると
リンは白眼を剥いて気絶した。




